男同士の話
車は山を降り、田んぼ道を抜けて走った。
山々の風景が変わり、ちらほらと家が見えてくると、人や畑も増えていった。
舗装された道路は一車線から二車線になり、信号も増えてくると飲食店舗やスーパーが見え始め、馴染みの景色が広がってきた。
四人は和食屋に入り昼食を食べた。
そのあと近くにあった道の駅で休憩をした。
名産のジャージー牛乳を使ったアイスがあったので、デザートにそれを食べた。
パラソルのある椅子に座り、味比べをしてしゃぐ女子二人を見ながら、男性陣(佐藤さん含む)は離れたベンチでのんびりと飲み物を飲んだ。
「あの二人、霊以外の話もしとる?」
空になった缶をもて遊びながら、宇田が香西に尋ねた。
「してますよ。安井はうちの高校の文化祭にも来ました。露店回ったり吹奏楽の演奏見たり、楽しんでましたよ」
文化祭での様子を宇田に話した。
初めての文化祭ではしゃいでいた様子。
知華や佐藤さんと楽しく話ながらを商品を食べていたこと。
沢山遊びに行こうと約束したこと。
宇田は嬉しそうに聞いていた。
兄の様な眼差しに感じた。
「仕事以外でゆっくり出来る時間ありそうで、安心したわ。安は一人暮らしなのは、知っとる?」
「ええ。今日電車の中で教えてくれました。両親のことも。霊媒師になった理由は、ぼんやりとだけ聞いてます」
「あの事、話したんか?」
驚く宇田に、佐藤さんが言葉を付け足した。
「漠然とした理由だけな」
「少しだけ教えてくれました。家族も関わってくるから今は話せん、言われました」
電車内での事を思い出し、少し苦い顔をする。
「安井には嫌な思いさせたと思います。あんな顔、見たことなかったんで。あいつ、いつもちゃちゃ入れてくる奴やけど、苦労しとるんですよね。覚悟決めて弟子になって、一人暮らしまでして。羽原も俺も、話してくれた時はしっかりと聞くつもりです」
宇田は兄弟子として、安を修行を始めた時から見てきた。
あの頃は精神的に追い詰められており、表情は硬く、目だけが憎しに燃えていた。
とても中学生には見えない顔だった。
そんな中、両親と離れて良いのだろうかと、紅野も宇田も散々話し合い、安に数年は様子を見ようと説得した。
しかしその決意は固く、決して譲らなかった。
安の両親も心配し引き留めようとしたが、それでも揺るがなかった。
あの時の顔が、宇田は今でも忘れられない。
この子が笑える日が来るのだろうか、とずっと心配していた。
しかし目の前で楽しそうに笑う少女が二人いる。
心配は杞憂だと、あの頃の自分に言いたい。
宇田は目頭が熱くなるのを感じ、それをぐっと堪えた。
「ありがとう、香西くん。君は見えない事で二人とは違う苦労があるかもしれんけど、そんな時は頼って欲しい。あの二人のこと、頼んだよ」
宇田が駅まで送ってくれ、三人は帰路についた。
帰りの電車、香西はスマホの画面を見ていた。
宇田と連絡先を交換したのだ。
道の駅での会話が思い起こされる。
「見える二人とは違う苦労があるだろう」
宇田の言葉は前から香西の心にあるものだった。安や知華と同じ物が見えない事で、分かってあげられないことが多すぎると思っていた。
「見えない人が、見えるようにはなれんのんですか?」
以前から思っていた事を宇田に聞いてみた。
安に聞いた所で、嫌味の様な言葉で否定されると思い、これまで聞けなかったのだ。
「出来るよ」
宇田はそう返事をくれたが、すぐに「でも、教えない」と言葉を続けた。
「なんでですか?!」
突き放されたように思い、香西は思わず口調荒く聞いてしまった。
しかし不機嫌になることもなく、宇田はその理由を教えてくれた。
「幽霊や妖を見る者は昔からおった。平安時代は『見鬼の才』といって、陰陽師に必須の力だったらしい。だから、見えなくては困る人もいたわけだ。術や呪いでその力を得る事ができた。でも、大抵は体が耐えられんで、非業の死を遂げたり精神を病んだそうだ。だから、禁術になった。今でもその術はどこかに残っとるらしいけど、どこにあるかは僕も知らん。仮に知っていたとしても、教えない」
香西は明らかに落胆したようだった。
その姿に、宇田は更に言葉を続ける。
「見えなくても大丈夫。香西くんは十分、二人の力になっとるよ。佐藤さんから色々聞いとる。見えない人が近くにいる事で、救われることもあるんよ。見えるようになる努力より、支える努力を重ねてほしい」
具体的に何をすればいいのか、考えは浮かばない。
しかし宇田のこの言葉を信じるなら、今のままでいいのかもしれない。
胸ポケットにある御守りに触れてみる。
帰ったら首から下げられる様に紐を付けようと思った。




