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クリカゲ  作者: 栢瀬 柚花
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道案内

 

 忌引が明けた翌日、知華は登校した。

 怪我は大したことはなく、肩や足に青痣がある程度ですんだ。

 青年に掴まれた腕にも持ち上げられた時についたのか、指の跡もあった。

(結構、危機一髪だったよんな)

 振り返ると大変な怪我をしてもおかしくない事故だった。

 しかし安心するよりも、あの青年の事が頭から消えず、心境は穏やかではなかった。


 学校は夏休みが明けたばかりの、気だるげな雰囲気が続いていた。

 休み明けの抜き打ちテストをする教師も多く、生徒からはブーイングの嵐だった。

 特に酷かったのが英語で、クラスの一部男子生徒から嫌われた先生というのもあり、生徒の抵抗が激しく授業は滞った。

 男子生徒と教師の言葉の応酬をただ聞いているだけの生徒が大半の中、知華もそれに漏れず、昨日の出来事を思い出していた。

 もう何度繰り返したか分からない。


 回想にふけっていると、隣から小さく折りたたまれた手紙が回ってきた。

 開いてみると、友人の奈海からで

『お葬式、大変だった?』

 と書かれていた。


 ボーッとしていたので、心配をかけてしまったらしい。

 怪我のことは伝えていなかった。

 青年の事があるので上手く話せそうにないと思った。

 目線を隣に向けると、奈海と目が合う。

 大丈夫、と笑顔を向けて頷いた。

 奈海には祖母の介護の事も打ち明けていたので、これまでも話を聞いてもらっていた。


『休み時間に話すね』

と書いて、手紙を回す。

 その内容を見て、うんと頷き返してくれた。



 昼食後、中庭の木陰で葬儀のことを話した。

 生徒は数グループいて、それぞれ談笑している。

 日差しが暑いので日陰に避難している生徒が大半だった。

「正直に言うと、介護から手が離れて急に自由になった感じ。休みの日って何をすればいいんじゃろ、って思っとる」

「そっか、今まで色々あったもんなぁ。お父さん達とは話せたん?お兄さんは?」

「葬儀終わってすぐに帰った。次の日講義が朝からあるって。……お父さん達とは、変わらんな。あんま、しゃべっとらん」

「……進路とかもあるし、相談位は出来るようになれればいいんじゃけど」

 この四年間、両親とはまともに話をしていない。

 高校受験の際は事情を知っていた当時の担任が、色々と仲立ちになって話を進めてくた。


 家族の話になるといつも口数が少なる事を知っていたので、奈海は話題を変える。

「なぁ、そろそろ知華が集めとる漫画の新刊、出るんじゃないん?今日買いに行く?」

「うーん、今日はいいや」

「そっか。うち、夜は塾あるけ、途中までしか一緒に帰れんのんよ。駅前まで」

「ええよ、そこまで一緒に帰ろうな」

 そこで予鈴が鳴り、二人はそれぞれの教室へと向かった。

 しかし数人の生徒がそのまま芝生に座って喋っている。 


 サボるつもりのようだ。

「また香西たちじゃ」

「中道先生とテストの事で揉めたから、イライラしとんじゃろ」

「また?」

 知華のクラスメイトと英語の中道教諭の騒ぎは学年で有名だった。

 中道教諭は小柄な女性教諭だったが、きしゃな体格とは相反し、強気な性格でいつも反抗する生徒に折れることなく言葉を返していた。

 それがより生徒の癪に触り、言葉の応酬となり授業が滞ることが多かった。

「もう教室いこ。関わることもないって」

 


 放課後、二人は塾のビルまで一緒に帰った。

 奈海は長年の労をねぎらって、たい焼きを奢ってくれた。

 これまですぐに帰宅していたので、友達と買い食いをする経験は新鮮だった。


 奈海は自身の夏休みの思い出を色々と話してくれた。

 母方の実家に行き、祖父母や従兄弟と会ったこと。 

 まだ小学生の従兄弟とプールに行ったこと。

 海で花火をしたこと。


 知華は楽しげに語る友人を見ているだけで同じ気分になり、にこにこと話を聞いた。


 楽しい談笑の時間はあっという間で、到着した塾に入っていく背中を見送って、帰路につく。

(奈海の誕生日も近し、今度何か贈ろう)


 たい焼きをほうばりながら、奈海と別れた一人道。

 少し冷たくなってきた秋風を感じながら、知華は空を見上げ、プレゼントを考えていた。

 そこに、

「それ、美味そうじゃな」

 突然声をかけられ、体が止まった。


 聞き覚えがある。

 昨日の青年の声だった。

 振り返ると、昨日と同じ格好で青年が立っていた。


 昨日はよく見なかったが、青年は色白、というよりも青白い顔色をしていた。

 小顔で骨っぽい輪郭。ややくせ毛な髪が襟元にかかっている。眉と目が上がっているので、少し怖い印象を受けた。


 青年は知華の食べかけのたい焼きをじっと見ていた。

「それ、なんじゃったかなぁ。……なんとか、焼き……たい焼き!」

 思い出せたことが嬉しいのか、笑った。


 そしてずいっと知華に顔を寄せて

「奢ってくれ」

と詰め寄った。


 急な事に数歩後退りした彼女を見て、

「なんじゃ。嫌か?」

と不満そうに言った。

「急にそんな事言われても……」

「昨日、階段から落ちそうな所を助けたじゃろ。礼はないんか?」

 それを言われると何も言い返せず、知華は先ほどのたい焼き屋に戻り、出来立てを一個購入した。


 ほかほかで熱いたい焼きを、店の前のベンチに座り、満足そうに頬張っている。

 青年を改めてみる。

 昨日の出来事がなければ、ただの人と思うだろう。

 その服装をみれば貧乏学生にも見えた。

 服は所々ほつれや擦り切れがあり、少し古めかしい。長年着ているように見えた。

 靴はといえば、あちこち泥がついて乾燥している。左右でちぐはぐの靴ひもが一層みすぼらしさに拍車をかけていた。


 そんな知華の視線を気にもせず、青年はたい焼きをペロリとたいあげると

「お前、八重子の孫。名前は?」

と問うてきた。

「知華、です」

 ちか、と小声で繰り返すと、おもむろに立ち上があり今度は、

「知華、このあたりで祠はないか?」

 と知華を見下ろしながら聞いてきた。

「ほ、祠?」

 急なことで、知華の声が少し裏返る。

「昔、この辺りにあったんよ。知り合いがおってな。久々に会いたいんじゃ」

「祠って、どんな?」

 青年は少し考えて

「知華位の身長の石積みに、木でできた祠がのっとる。幅も知華の横幅くらいじゃ。もっとも、今もあれば、の話じゃがな」

 知華の思いつく限り、この辺りでは祠を見かけたことはなかった。

「えーっと、あなたが前に見たのってどれくらい昔なんです?」

「百年くらい前、かの。あと、オマモリサマじゃ」

「えっ?」

「人間はワシのことをそう呼ぶ。昔からの。じゃあ、行くぞ」

 オマモリサマは昔の記憶を頼りにする、と言い歩き出した。

「えっ、これから?」

 完全に相手ペースになってしまい、知華は戸惑った。


 まだ明るいとは言え、日暮れが早くなったので時間も気になる。なにより、まだ行動を共にするほどの勇気はない。


 しかしそんな事お構い無しに、オマモリサマは知華にこの周辺の道案内をするように言い、後ろをついて歩かせた。

 途中で横道に逸れて逃げようかとも思ったが、

「消えてもすぐに分かるぞ」

と言われてしまい、諦めた。

 家まで着いてこられても困る。


「この辺りに山はあるか?」

「すぐそこの坂を登った先に見えてきます」

 オマモリサマの後ろ姿を見ながら、その正体について考える。


 少なくとも百年以上は生きている、人間ではない者。祖母とはどんな関係だったのか。


「あの、おばあちゃんとはいつから知り合いなんです?」

「さぁ。八重子に子供が産まれる前じゃ。若い頃じゃな」

 思っていたよりも昔だ。独身時代ならば、五十年ほど前だろうか。

「八重子の息子とも会ったことがあるぞ。まだ小さかった頃じゃな」

 父とも面識があるのか、と驚く。

 しかしそんな話は聞いたことがなかった。普通の人間と思っていれば、記憶にないかもしれない。


 町を抜けて、稲刈りが済んでいない黄金色に光る田んぼを眺めながら農道を歩いていく。

 脇道に咲く彼岸花が目に入り、飛んでいる赤とんぼも多く見かけた。


 農道から伸びる小道に入ると、今度は森の入り口を入っていった。

 暑い日差しが遮られ、涼しさを感じつつも薄暗くなり不気味に感じた。

 地面が少し湿っており、雨が降っていないのにぬかるんでいる個所がある。石がゴロゴロとむき出しで、木の根もボコボコと見えているので歩きにくい。


 五分も歩かないうちに少し道が整い、ならされている場所に出た。

 近くにベニヤとトタンで作られた簡素な小屋があり、農具が置かれている。この近くに畑でもあるのだろうか。


 小屋には丸まった何かもいて、知華は少しビクッとした。

 よく見ると犬が寝ていた。

 近くに水受けもあるので、よくここにいるらしい。 

 首輪がないので、捨て犬か野良犬かもしれない。


「こんな所に犬か」

 オマモリサマはあまり興味がなさそうにチラッと見た。

「犬は好かん」

 素っ気なくそう言うと、足元に転がっていた石を掴み、犬に投げた。


 こつん、と当たっただけで特に痛そうでもなかったが、犬は目を覚まして二人の方を見た。

「石なんて、投げんで下さいよ」

「犬は他の動物と違って、目をじっと見てくるじゃろ。何か読み取ろうとしょーるみたいで、苦手じゃ」


 二個目の石を拾おうとしたので、知華は思わず犬の前に立った。

「いじめんで下さい」

 犬は知華の方を見ていた。


 目が悪いのか、片方濁って白くなっている。

 威嚇するわけでも無く、静かに伏せたままだ。

 老犬なのかもしれない。

「ほら。大人しい子ですよ」

「知華は犬が好きか」

「飼ってはないけど、嫌いじゃないです」

 ふん、と鼻を鳴らし老犬を一瞥すると

「知華はここにおれ。奥を少し見てくる。勝手に帰るなよ。帰っても、分かるからな」

 と言い残し、更に奥へと歩いて行ってしまった。


 老犬と小屋に残された知華は、仕方なくその場に座り込んだ。

 「困ったね」と老犬に話しかけるが、再び伏せて寝てしまった。


 知華は空を見上げた。

 気温は高いが、空は高く秋を感じさせた。


 老犬は規則正し寝息を立てている。

 呼吸に合わせて動く背中を見ながら、時折そこをたでてみる。

 老犬は嫌がることもなく、知華の好きにさせていた。

 しばらくその姿を眺めていると、不意に足音がした。


 森の入り口の方からだ。

 こんな場所に誰だろうといぶかしんだ。しかし私有地だった場合、勝手に入った事を咎められるかもしれない。

 小屋もあるので、所有者だったらどうしようと急に不安になった。 

 ドキドキしながら道をみていると、やがて姿が見えてきた。





 

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