兄弟子、宇田
電車に揺られること九十分余り。
鈍行の電車旅は思ったより疲れた。
目的の駅に着くと全員伸びをして、体をほぐした。
そこは無人駅で、知華達の住む町より気温が低く、肌寒さを感じた。
周りには長閑な風景が広がっている。
ケイトウが咲き、稲刈りが終わった田んぼが広がっていた。
駅の周りには自動販売機が一台あるだけで、駐輪場には壊れた自転車が数台、転がっている。
見える範囲にコンビニも住宅もなく、静かな風の音だけが聞こえた。
「もう少ししたら迎えが来るから、待っとこ」
安がスマホを見てメッセージを確認すると、そう言った。
五分もしないうちに、軽自動車の姿が見えた。
白い車は三人の前で止まると、窓があいた。
運転していたのは青年で、二十代半ばに見える。
優しそうな顔立ちで、くせ毛の茶髪を無造作に一つくくりにしていた。
「ごめんよ、安ちゃん。待った?」
「平気です。前に話した二人です。羽原知華ちゃんと、香西那津くん」
紹介され、二人はペコリと頭を下げた。
男性は「よろしく」と言うと、車に乗るよう声をかけた。
香西は助手席、知華と安は後部座席に座った。
佐藤さんは前と後ろの席の真ん中に小さく体操座りをして収まった。
三人がシートベルトを着けると、車は発進した。
男性は「佐藤さん、こんにちは。お久しぶりです」と挨拶をする。
そして、改めて車内で自己紹介をした。
「僕は宇田辰之助。安ちゃんの兄弟子になるんよ。師匠の神社には十分位で着くから。狭いけど、我慢してな」
よく笑う、柔らかな表情の男性だった。
ジーパンにチェックのシャツというラフな格好で、兄より少し年上かな、と知華は思う。
車は田んぼ道を走り、山へと向かった。
舗装された道路ではあるが車一台分の幅しかなく、自転車ともすれ違う事は出来なそうだった。
「な~んにも無い所やろ?」
車窓を見ている知華に安が言う。
「夜になると、ホンマに真っ暗よ。街灯ないから」
車窓から外を見て確認してみる。
言われてみれば、電柱のみでライトは付いていない。
「民家がないから、付いてないん?」
「田んぼがあるからよ。お米は夜明るいと育ちが悪くなるから、わざと付けてないんよ」
「そうなんじゃ。知らんかった。安ちゃんって物知りよな」
「あたしも師匠の受け売りだから」
後部座席の女子の話しが終わると、宇田が話しかけてきた。
「二人は同じ高校に通っとるん?」
「はい。同じクラスです」
助手席の香西が答える。
「二人とも見える人?」
「いや、羽原だけで、俺は何にも」
「聞こえないし、感じない?」
そうです、と返事を聞いた宇田は「よく当てられないね」と感心したようだ。
「当てられるって、何ですか?」
「霊感ある人の近くにいると、そいう力が目覚めやすいんよ。もしくは穢に触れて体調悪くしたり。香西くんは耐性があるんかもな」
「宇田さんも霊媒師なんですか?」
「そうだよ。僕は供養専門。除霊は出来ないんだ」
「えっ?なんか違いがあるんですか?」
霊媒師といえば霊を祓い除霊するイメージだったので、驚いた。
「みんな個性があるから。一口に『祓う』って言っても種類があるんよ。攻撃が得意な人、呪物や土地の浄化が得意人、悪霊、悪魔退治が得意な人って」
「安ちゃんは悪霊退治が出来る戦闘系。うだっちゃんは癒しの供養系なんよ」
佐藤さんが補足説明をしてくれた。
「僕は霊の訴えを聞いて未練を晴らすのが得意なだから、穏やかなお祓いって感じかな」
祓うにしても、やり方が違うと教えてくれた。
御経も違い、それぞれに合った内容の御経を読むのだと言う。
「霊感にも種類があるんよ。見てる、聞こえる、匂う、感じるの四つが基本。知華は見えて聞こえるけど、匂ったりせんじゃろ?」
「匂うって何?」
運転しながら宇田が答えてくれた。
「霊臭って言って、霊がいると独特な匂いを感じる事だよ。人によって感じる匂いが違うけど」
思い返しても、そういった体験はしことがない。
「霊感も除霊も、種類があるんじゃ。知らんかったわ」
素直に感想を言う香西に、宇田は優しく言った。
「香西くんは素直やね。こういう話は信じない人が多いのに。受け流すか、気を悪くして距離を置かれるか、不審者みたいな目で見られるか。どっちにしろ、良い印象は持たれない」
何も感じない者からすれば、分からない感覚だからだろう。
理解してもらえない事が多いと言う宇田に、香西は伝える。
「俺は見えんけど、羽原も安井も嘘言っとるようには思えません。霊の事で困ったり苦しんだり、喜んだり笑ったりしとるの見てきたんで。だから信じますよ、そういう存在がいる事は」
香西がオマモリサマとの一件を思い出しているのだと、知華には分かった。
霊とは違う存在だが、怪異には遭遇したことがあるのだ。
ミズチカに助けてもらった事もあり、恐い存在だけではないことも彼は知っている。
香西の真剣な言葉は宇田の心に響くものがあったのだろう。満足そうな声と笑みで宇田は言った。
「安ちゃんに良い友達出来て、兄弟子として嬉しいわ」
佐藤さんも何やら嬉しそうな表情をしている。
「今の時代、ネットで誹謗中傷もあるから。心ない言葉に追い詰められて、この仕事辞める人もおるんよ。ええ理解者が側におってくれるのは、本当に有り難いわ」
バックミラー越しに安を見ながら、宇田は話しかける。
「良かったな、安ちゃん。良い縁に巡りあえたこと、感謝せな」
目を細めた温かな表情だった。本当の兄のようだと、知華は感じる。
「うん」
安ははにかんだ顔を見せた。
「きっと師匠も喜ぶわ。大事な友達やから、今日はきちんとお祓い受けて、御守り貰いな」




