電車内
一週間後の土曜日。
最寄りの駅で待ち合わせた三人は電車に乗っていた。二両しかない電車だったが乗客は少なく、ボックス席に座る事が出来た。
車窓が見たいと言った佐藤さんは窓側に陣取り、横に安が座った。
知華は香西と同じ座席に座り、目の前の安とおしゃべりすることができた。
こんな風に友達だけで電車で出かけるのは初めてで、何だかそわそわしていると
「知華、楽しそうじゃな」
安が嬉しそうに言った。
「友達と電車で遠出するの、初めて!」
テンション高く帰ってきた返事を聞いて、安は「あたしも」と笑った。
佐藤さんはニコニコしながら
「そうかぁ、良かったなぁ」
と親のような視線を送っている。
電車は時刻ぴったりに動き出した。ゆっくりと速度を上げていく電車の振動が伝わってくる。
「どれくらいで着くん?」
「大体、一時間半かな。駅からも歩くけど、車で迎えに来てくれるから安心して」
どんな所だろうと想像すると、更にワクワクしてきた。
「俺この路線、乗った事ないわ」
車内を見ながら、香西が足を組む。
「あたしも。学校へは徒歩で行くし、電車を使わんもんね。安ちゃんはお仕事の時、よく電車使うん?」
「たまにね。基本は徒歩じゃけど。師匠に会いに行くには、これを使うしかないから。もっと寒くなると雪が降ることもあるけん、たまに運休するんよ」
確かに、思い返せばニュースで見たことがあった。自分の生活圏とは関係ない場所だったので、ぼんやりとしか聞いていないため、地名などは覚えていない。
「そんなに山深いところにあるん?」
「真冬はよく霜がおりとる。うっすら雪が降ることはよくあるよ。こっちと比べると、五度は低い気温かな」
同じ県に住んでいるが、知らない事ばかりだ。
「移動、大変そうやね。冬は特に」
「雪は仕方ないにしても、距離が遠いんよな。原付免許取ろうかなぁって考え中。お金かかるけど、移動手段増えるのは助かるし」
「でも安ちゃん、時間無いじゃろ。修行沢山入れられるからな」
佐藤さんが車窓を見ながら言った。
「そうなんよなぁ。ぱぱっと取れたらいいのに」
ぼやく安を見て、香西がさらっと
「えっ、免許って一日で取れるやろ?」
と言った。
安は一瞬固まり、
「そうなん?」
と目を丸くした。
「俺の友達も週末取ったで。技能試験なしで、筆記だけって言っとった」
「試験って、どんなやつ?」
「マルバツ形式。視力とか聴力検査受けたらしい。筆記の後、講習受けて、筆記が合格やったら免許貰えるで。原付一種は出せるスピード制限あるから、それでもええんなら取ればええとと思うけど」
「一種って何?種類があるん?」
詳細に聞いている安と、律儀に細かく説明する香西。
この二人が言い争う事なく喋っているのを初めて見た。
バイクに詳しい香西は、安に色々と教えている。
真剣に聞きながらスマホにメモを取った安は、満足そうに笑っていた。
「めっちゃ助かった。思ったよりお金もかからんし。バイクを買うお金を心配すればええかな。今年誕生日プレゼント貰ってないから、両親に掛け合ってみようかなぁ」
真剣に計画を考えて、独り言をいっている。
知華は安の口から初めて親の事を聞いた。
メッセージのやり取りでも聞いたことはなく、踏み込まない方が良いのかと、なんとなく避けていたのだ。
霊媒師の仕事の事を知っているのか、賛成してくれてるのか気になっていた知華は、思い切って話を振った。
「前から気になっとったんじゃけど、ご両親は安ちゃんの仕事の事、知っとるん?」
安は特に気にするわけでもなく、普通に話してくれた。
「もちろん。一緒に住んでないけど、ちょくちょく実家には帰っとる」
「一人暮らしやったん?!」
香西が驚いた。
「そんなに驚く?」
びっくりした安は、なんて事ないという顔をしている。
「仕事上、連れて帰ったりすることもあるから、一緒に住んでないんよ。離れてれば影響無いし、あたしが身を清めて会えば安心やから、一人暮らししとる」
なる程。そういう理由があるのかと二人は腑に落ちた。
「凄いなぁ」
「結構苦労するじゃろ?」
二人から尊敬の眼差しを向けられ、安は戸惑っているようだった。
「そうかな?高校生で一人暮らしって、少ないかも知れるけど、聞くじゃろ?」
「聞くけど、凄いよ。もう仕事してて、学校もちゃんと行って。家では一人暮らしで家事も全部しとるんじゃろ?大変じゃん!」
「通信でも試験はあるんじゃろ?勉強もせんといけんし、めちゃくちゃ凄いな!安井!」
沢山褒められ、安は戸惑いながらも照れたのか、少し顔が赤い。
「そんな、大袈裟な……」
佐藤さんが助け舟を出した。
「安ちゃん、照れ屋さんなんよ。こんなに褒められる事無いから。素直になれんだけじゃけぇな」
「もう、余計なこと言わんで!」
佐藤さんの台詞でもっと顔が赤くなった。
「あたしは、そんなに凄くないよ。兄弟子と比べても、まだまだやし……」
自信なさげに、声が小さくなる。
「経験重ねれば、追いつくって。師匠からも言われたやん。焦らず丁寧に、一つ一つ積み重ねなさいって」
佐藤さんが励ましている。
他にも弟子がいるのか、と知華は驚いた。
安の霊媒師の仕事や師匠について、これまで詳細を聞いたことは無かった。細かく触れててもいいのか、判断がつかなかったからだ。
「安井って、なんで霊媒師になったん?俺ら高二じゃし、進路とかの参考にさせてや」
香西が言った。
すると安の赤らめた顔がすっと真顔になった。
空気が変わったので、良くない事を聞いてしまったのかと香西は慌てる。
「いや、言いたくなかったらええで?」
安は暫し無言でいる。
普段はこんなことが無いため、明らかに地雷を踏んでしまったらしいと思う二人。
安に変わり、佐藤さんが促す。
「黙っとっても、二人に分からんで。嫌ならそう言えばええんよ。今は話せんって、伝えんと」
安はうん、と頷くと、言葉を選んでいるのかしばらく考えた。
「ちょっと重い話になるから、あんまり細かいことは話さんよ」
そう前置きして、香西と知華を見た。
固く結んだ口をゆっくりと開き、話し出す。
「霊媒師目指したのは、家族が関係しとる。ある事件があって、家族みんな被害を受けた。二度と同じ様な目に遭わんために、この仕事についたんよ。両親が仕事を理解してくれてるのも、そういう理由。あたしの覚悟も決意も、全部知ってくれとる。最初は反対されたけど、今は分かってくれとるよ。心配はさせとるけどな。普通の仕事じゃないし、危険でもあるから」
そこまで一気に話すと視線を外し、車窓を見た。
「これ以上は、今は話せん」
硬い表情のまま、締めくくった。
思った以上に重要な話だった。
詳細は分からないが、安の表情を見れば簡単に話せない内容なのだと思えた。
「悪かったな、無理に聞いて」
香西がバツが悪そうな顔をする。
空気を変えてしまったことに責任を感じているのか、安も気まずそうだ。
「ええよ。みんなが進学するか就職するかって、考え時期なんじゃし。でも、あたしは特殊やから参考にはならんじゃろ?」
自傷気味に笑う安を見て、真面目に香西が伝える。
「そんな事ない。一人暮らしの苦労とか、勉強と仕事との両立とか、色々参考になるで。安井は一歩先を行っとるんじゃけ、先輩として教えてや」
思ってもいない返事だったのか、安は暫く香西をまじまじと見た。
そして少し笑い、そっかと呟く。
「実はいい奴じゃな、香西。少し見直した」
「少し、なんか。もっと敬ってくれてもええで?」
「やめとくわ」
「遠慮せんでもいいのに」
「遠慮とちゃう」
いつもの二人に戻り、知華は笑った。
言い合う二人を見ながら、知華は自分に置き換えて考えていた。
知華も、二人に話していないことがある。
安にも暗い過去があった。
しかしきちんと向き合い、両親とも話をして先を見据え、前に進んでいる。
自分には出来ていないことだと、知華は思う。
これまでずっと避けていた事だ。未だに踏み出す勇気がなく、立ち止まっている自分が情けなく感じた。
いつか自分にも出来るだろうか。その時、この二人は話を聞いてくれるだろうか。
言い合う香西と安を見なから、知華は思った。
そんな知華を佐藤さんは静かに見ていた。




