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クリカゲ  作者: 栢瀬 柚花
18/47

電車内

 


 一週間後の土曜日。


 最寄りの駅で待ち合わせた三人は電車に乗っていた。二両しかない電車だったが乗客は少なく、ボックス席に座る事が出来た。


 車窓が見たいと言った佐藤さんは窓側に陣取り、横に安が座った。

 知華は香西と同じ座席に座り、目の前の安とおしゃべりすることができた。


 こんな風に友達だけで電車で出かけるのは初めてで、何だかそわそわしていると

「知華、楽しそうじゃな」

 安が嬉しそうに言った。

「友達と電車で遠出するの、初めて!」

 テンション高く帰ってきた返事を聞いて、安は「あたしも」と笑った。

 佐藤さんはニコニコしながら

「そうかぁ、良かったなぁ」

 と親のような視線を送っている。

 


 電車は時刻ぴったりに動き出した。ゆっくりと速度を上げていく電車の振動が伝わってくる。

「どれくらいで着くん?」

「大体、一時間半かな。駅からも歩くけど、車で迎えに来てくれるから安心して」

 どんな所だろうと想像すると、更にワクワクしてきた。

「俺この路線、乗った事ないわ」

 車内を見ながら、香西が足を組む。

「あたしも。学校へは徒歩で行くし、電車を使わんもんね。安ちゃんはお仕事の時、よく電車使うん?」

「たまにね。基本は徒歩じゃけど。師匠に会いに行くには、これを使うしかないから。もっと寒くなると雪が降ることもあるけん、たまに運休するんよ」


 確かに、思い返せばニュースで見たことがあった。自分の生活圏とは関係ない場所だったので、ぼんやりとしか聞いていないため、地名などは覚えていない。

「そんなに山深いところにあるん?」

「真冬はよく霜がおりとる。うっすら雪が降ることはよくあるよ。こっちと比べると、五度は低い気温かな」

 同じ県に住んでいるが、知らない事ばかりだ。

「移動、大変そうやね。冬は特に」

「雪は仕方ないにしても、距離が遠いんよな。原付免許取ろうかなぁって考え中。お金かかるけど、移動手段増えるのは助かるし」

「でも安ちゃん、時間無いじゃろ。修行沢山入れられるからな」 

 佐藤さんが車窓を見ながら言った。

「そうなんよなぁ。ぱぱっと取れたらいいのに」

 ぼやく安を見て、香西がさらっと

「えっ、免許って一日で取れるやろ?」

 と言った。

 安は一瞬固まり、

「そうなん?」

 と目を丸くした。

「俺の友達も週末取ったで。技能試験なしで、筆記だけって言っとった」

「試験って、どんなやつ?」

「マルバツ形式。視力とか聴力検査受けたらしい。筆記の後、講習受けて、筆記が合格やったら免許貰えるで。原付一種は出せるスピード制限あるから、それでもええんなら取ればええとと思うけど」

「一種って何?種類があるん?」

 詳細に聞いている安と、律儀に細かく説明する香西。


 この二人が言い争う事なく喋っているのを初めて見た。

 バイクに詳しい香西は、安に色々と教えている。

 真剣に聞きながらスマホにメモを取った安は、満足そうに笑っていた。

「めっちゃ助かった。思ったよりお金もかからんし。バイクを買うお金を心配すればええかな。今年誕生日プレゼント貰ってないから、両親に掛け合ってみようかなぁ」

 真剣に計画を考えて、独り言をいっている。


 知華は安の口から初めて親の事を聞いた。

 メッセージのやり取りでも聞いたことはなく、踏み込まない方が良いのかと、なんとなく避けていたのだ。

 霊媒師の仕事の事を知っているのか、賛成してくれてるのか気になっていた知華は、思い切って話を振った。

「前から気になっとったんじゃけど、ご両親は安ちゃんの仕事の事、知っとるん?」

 安は特に気にするわけでもなく、普通に話してくれた。

「もちろん。一緒に住んでないけど、ちょくちょく実家には帰っとる」

「一人暮らしやったん?!」

 香西が驚いた。

「そんなに驚く?」

 びっくりした安は、なんて事ないという顔をしている。

「仕事上、連れて帰ったりすることもあるから、一緒に住んでないんよ。離れてれば影響無いし、あたしが身を清めて会えば安心やから、一人暮らししとる」

 なる程。そういう理由があるのかと二人は腑に落ちた。

「凄いなぁ」

「結構苦労するじゃろ?」

 二人から尊敬の眼差しを向けられ、安は戸惑っているようだった。

「そうかな?高校生で一人暮らしって、少ないかも知れるけど、聞くじゃろ?」

「聞くけど、凄いよ。もう仕事してて、学校もちゃんと行って。家では一人暮らしで家事も全部しとるんじゃろ?大変じゃん!」

「通信でも試験はあるんじゃろ?勉強もせんといけんし、めちゃくちゃ凄いな!安井!」 

 沢山褒められ、安は戸惑いながらも照れたのか、少し顔が赤い。

「そんな、大袈裟な……」

 佐藤さんが助け舟を出した。

「安ちゃん、照れ屋さんなんよ。こんなに褒められる事無いから。素直になれんだけじゃけぇな」

「もう、余計なこと言わんで!」

 佐藤さんの台詞でもっと顔が赤くなった。

「あたしは、そんなに凄くないよ。兄弟子と比べても、まだまだやし……」

 自信なさげに、声が小さくなる。

「経験重ねれば、追いつくって。師匠からも言われたやん。焦らず丁寧に、一つ一つ積み重ねなさいって」

 佐藤さんが励ましている。

 他にも弟子がいるのか、と知華は驚いた。


 安の霊媒師の仕事や師匠について、これまで詳細を聞いたことは無かった。細かく触れててもいいのか、判断がつかなかったからだ。

「安井って、なんで霊媒師になったん?俺ら高二じゃし、進路とかの参考にさせてや」

 香西が言った。


 すると安の赤らめた顔がすっと真顔になった。

 空気が変わったので、良くない事を聞いてしまったのかと香西は慌てる。

「いや、言いたくなかったらええで?」

 安は暫し無言でいる。


 普段はこんなことが無いため、明らかに地雷を踏んでしまったらしいと思う二人。


 安に変わり、佐藤さんが促す。

「黙っとっても、二人に分からんで。嫌ならそう言えばええんよ。今は話せんって、伝えんと」

 安はうん、と頷くと、言葉を選んでいるのかしばらく考えた。

「ちょっと重い話になるから、あんまり細かいことは話さんよ」

 そう前置きして、香西と知華を見た。

 固く結んだ口をゆっくりと開き、話し出す。

「霊媒師目指したのは、家族が関係しとる。ある事件があって、家族みんな被害を受けた。二度と同じ様な目に遭わんために、この仕事についたんよ。両親が仕事を理解してくれてるのも、そういう理由。あたしの覚悟も決意も、全部知ってくれとる。最初は反対されたけど、今は分かってくれとるよ。心配はさせとるけどな。普通の仕事じゃないし、危険でもあるから」

 そこまで一気に話すと視線を外し、車窓を見た。

「これ以上は、今は話せん」

 硬い表情のまま、締めくくった。


 思った以上に重要な話だった。

 詳細は分からないが、安の表情を見れば簡単に話せない内容なのだと思えた。

「悪かったな、無理に聞いて」

 香西がバツが悪そうな顔をする。


 空気を変えてしまったことに責任を感じているのか、安も気まずそうだ。

「ええよ。みんなが進学するか就職するかって、考え時期なんじゃし。でも、あたしは特殊やから参考にはならんじゃろ?」

 自傷気味に笑う安を見て、真面目に香西が伝える。

「そんな事ない。一人暮らしの苦労とか、勉強と仕事との両立とか、色々参考になるで。安井は一歩先を行っとるんじゃけ、先輩として教えてや」

 思ってもいない返事だったのか、安は暫く香西をまじまじと見た。

 そして少し笑い、そっかと呟く。

「実はいい奴じゃな、香西。少し見直した」

「少し、なんか。もっと敬ってくれてもええで?」

「やめとくわ」

「遠慮せんでもいいのに」

「遠慮とちゃう」

 いつもの二人に戻り、知華は笑った。


 言い合う二人を見ながら、知華は自分に置き換えて考えていた。

 知華も、二人に話していないことがある。

 安にも暗い過去があった。

 しかしきちんと向き合い、両親とも話をして先を見据え、前に進んでいる。


 自分には出来ていないことだと、知華は思う。

 これまでずっと避けていた事だ。未だに踏み出す勇気がなく、立ち止まっている自分が情けなく感じた。

 いつか自分にも出来るだろうか。その時、この二人は話を聞いてくれるだろうか。

 言い合う香西と安を見なから、知華は思った。

 そんな知華を佐藤さんは静かに見ていた。

 



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