文化祭②
「知華ちゃん、ちょっとええか?」
佐藤さんが提案なんやけど、と切り出した。
「安ちゃんと一緒に来て欲しい所があんねん。文化祭終わって、少し学校が落ち着くならでええんやけど」
「どこ?」
「師匠の神社」
安が説明する。
「おばさんの件を報告した時、師匠の方から提案されてな。そんだけ見えて、魅入られる子なら持ってた方がいいって」
「何を?」
「師匠が特別に作ったブレスレット」
そう言いながら、安は自分の手首を見せた。
ぐるりと一周天然石があしらわれたブレスレットで、陽の光にキラキラと輝いている。
「綺麗じゃね」
「もともと石には色々と意味があって、パワーストーンとか聞いたことない?組み合わせで仕事運アップとか恋愛成就とかを願うことができるんよ」
「ああ、御守りみたいな感じか」
横で聞いていた香西もブレスレットを見て言う。
「神社とかで見たことない?御守りと一緒にお札と一緒に売られとることもあるよ」
初詣を思い出すと、確か端っこの方で桐箱に入った物を見たことがあった。
「桐箱に入って売られてるやつ?お葬式とかで使う数珠かと思っとった」
「そういう物と一緒に売られとる事も多いよ。あたしがつけとるこれは、霊媒するのをサポートしたり、身を守る意味が込められとる。師匠が特別に石を選んでご祈祷してくれた物」
「へー、優しお師匠さんやね」
「知華もこんなやつを持ってた方がいいから、今度神社に連れておいでって言われたんよ。県北だから電車で行くと少し時間かかるんじゃけど……」
文化祭後は暫く行事はなく、期末テストも先だ。
私用も入っていないので、知華は「大丈夫だよ」と答えた。
「良かった。じゃ、日にち決めようか?」
「俺も行っていいんよな?」
ずっと話を聞くだけだった香西が安を見ている。
「まぁ、ええけど。あんたの事も師匠には話したし。お祓いを受けたほうがええやろ」
三人の話し合いの末、二週間後の週末に決まった。
「県北かぁ。電車では行ったことないな。オヤジの車でなら、あるけど」
「県北行きは三十分に一本しかないから、当日遅れんように駅に来てな」
頷く二人。
電車に乗るのは久しぶりで、小旅行の予定が決まったようで知華はウキウキした。
話がまとまり、のんびりとジュースを飲んでいると、不意に声をかけられた。
「知華」
振り向くと、そこに両親がいた。
急な事に体が固まる。
今日来るとは聞いていなかったし、文化祭の日にちを知らせてもいなかった。
表情が一気に強張ったのを見て、安と香西は訝しんだ。
友人との楽しげな空気を壊してしまった事を察したのか、母の表情は強張っていた。
「ごめんね、急に来て」
「……今日が文化祭って、知っとったん?」
先ほどとは打って変わり、沈んだ声だった。
それに気が付き、母は下を向いた。
「お父さんがホームページで調べてくれて。ほら、最近の知華、夜まで頑張ってたし。おばあちゃんを一人にする心配もないから、来てもいいかなって……」
「…そう」
しばらく沈黙が流れた。
何を話せばいいのかわからず困っていると、父が「迷惑だったか?」とだけ聞いてきた。
「そんな事ないけど、びっくりして…。朝、言ってくれればよかったのに」
「そうか」
そこでまた会話が切れた。
親子三人、それぞれ違う方向を見ながら無言だった。
気まずい雰囲気に耐えられなかったのか、香西が
「うち、吹奏楽が有名なんです。もうすぐ運動場で始まるから、良かったらみてって下さい」
と声をかけた。
「そうなの?お父さん、せっかくだから見ましょうよ」
母がそう誘うと、そそくさと群衆の中に消えていった。
その背中が見えなくなると、知華は肩の力が抜けて自然と深く息を吐き出した。
心臓が早鐘を打っている。急に両親が現れた事にこんなにも動揺している自分が意外だった。
「大丈夫か?」
明らかに様子がおかしい知華を、香西が気遣う。
うん、と頷いて短く「ごめん」とだけ言った。
「……ご両親と仲悪いん?」
言いにくそうに安が聞いた。
「そう言う訳じゃ……ないと、思う」
自分でも自信が持てなかった。喧嘩をする訳では無い。
喧嘩できるほど、喋れるわけでもなかいが。
言いにくそうにしている知華を見て、香西と安は顔を見合わせた。
「まぁ、家庭事情はそれぞれある」
最年長の佐藤さんが、いつの間にか隣にいた。
「おいおい、話はせんといけんけどな。あせらず、ゆっくりでええと思うで」
半透明に透ける目には、確かに優しさがあった。
それに温かみを感じ、うん、とだけ言葉を返す。
佐藤さんは頭を撫でる仕草をしてくれた。
安と佐藤さんの残り時間が少なった所で、知華と香西も出店の片付けに戻らなくてはいけなくなった。
また連絡する、と二人と別れ、香西と知華は校庭の方に歩き出す。
クラスの出店がある場所に向かいながら、「さっきはびっくりさせてごめん」と香西に謝った。
「あんな気まずい所、見せたくなかった」
「まぁ、そうよな」
言いながら、彼は頭をかいた。
しばらく考えて、言葉を選んだ香西は足を止めた。
「プライペートな部分やし、あんまり話しとうないかも知れんけど」
知華に向き直り、真剣に続けた。
「なんか話したくなったら、聞くから」
シンプルな言葉だが、力強い気持ちを感じた。
彼の目を見たまま、知華も頷いた。
「ありがとう」




