文化祭①
地縛霊に襲われて数日間、知華は休む暇なく文化祭の準備に追われた。
安や佐藤さんの事を香西とゆっくり話したかったが、学校では到底無理だった。
夜電話しようにも体力が残っておらず、毎日ベットに横になると沈み込むように眠った。
昨年は展示だったので露店がこんなにも忙しいとは知らなかった知華は、しんどさを感じつつも楽しく過ごした。
おかげで怪異の事をあまり考えずに済む日々を送れた。
安の対策のおかげか、家の中でおかしな物は見なくなった。
登下校や買い物など、外へ出ると見かけることはあったが、安のアドバイス通り見えないふりをしてやり過ごした。
そうすると大概の霊は素通り出来たのだが、時折顔を覗き込んでくる者もいた。
そういった者はあのおばさんと同じで白目がなく、目は空洞のように見えた。
彼らは知華の後ろをついてきた。見えないフリは通じず、『見える人』と確実にバレていると知華は何故か確信があった。
学校や店の中までついてくることも多かったが、一定距離より近づいては来なかった。
しかし、また家の中に入られたらどうしようと不安な気持ちはあった。帰宅を渋ったが、帰らないわけにもいかないので家の敷地に入ると、彼らは姿を消した。
翌日も姿を見ず、付きまとわれることもなかったので、対策の効果だと思い知華は定期的に教えてもらったお風呂の入り方を続けた。
逆に悪意なく楽しげにしている霊も多く見た。
霊体で多くの人に見えないのをいい事に、車に突進したり大声を出して自己主張したり、セクハラ紛いな行為をする者も見かけた。
普通に道を歩いている霊も多く、昼間でもその姿を多々見かけるのが意外だった。
幽霊イコール夜、という考えが知華の中で早々に崩れた。
そしてもう一つ発見したのが、会話ができる霊がほとんどいないということだ。
霊どうしは話しているのに、生者相手だと話せない者が多かった。
霊は一方的に自分の話したいことを言っている事が大半で、会話のキャッチボールが成立しない。
試しに霊どうしで何を話しているのかこっそり聞いたことがあったが、甚だ食い違っていた。
たまに上手く話せる時もあるようだが、すぐに話がそれてお互い自分勝手に喋っているのだ。
そう考えると、佐藤さんがいかにコミュニケーションがとれていのか、よく分かった。
何の違和感もなく会話が成立していたし、安の手伝いまでしていた。安は軽く受け流していたが、飄々とした佐藤さんは実はレアケースの凄い霊だと感心したのだった。
そしていよいよ十月のある週末。
文化祭がやってきた。これまでの準備が大変だった分、本番は緊張とワクワクで朝から張り切って登校した。
メッセージのやり取りを始めた安とは、色々と話をしていた。
文化祭の事を伝え来校を勧めると、快く『行く!』と返事が帰ってきたので、彼女に会うのも楽しみだった。
知華は販売係になり、偶然にも香西と同じ時間帯の担当だった。他にも生徒がいたので、色々と怪異の事を話すわけにもいかなかったが、隙を見てコソコソと小声で近況を伝えた。
「あれからとうなん?連絡ないけど、何にも見てないん?」
「大丈夫。普通におる幽霊とか見るけど、怖い思いはしてないよ」
「幽霊って普通おるん?」
「あちこちに。昼間でも沢山おるよ。今日は文化祭じゃけぇかな?いつもより学校にも沢山おる」
それを聞いて香西は辺りをキョロキョロした。
ちょうど彼の目の前を大学生位の男性霊が通り過ぎた。
「今も大学生位の男の人が通ったよ。気を抜くと、生きてる人かそうじゃないか、分からんくらいおる」
生徒の保護者や家族、近所の子ども、同年代の他校の生徒。
ただでさえ人が多いが、透けている人も合わせると倍近くの人数が知華の目には映っている。
そう伝えると香西は「そんなにおるん?」と目を丸くした。
最近発見した霊の事や佐藤さんの凄さについても話したかったが、クラスメイトから「仕事中にいちゃつくな」と叱られた。
香西は顔を赤くして否定していたが、知華はまた勘違いされたと思うだけだった。
昼時になると来客が増え、二人の店も多忙になった。目の回るような忙しさ、とはこの事だと思いながら、ひたすらに目の前の仕事をこなしていく。
そうしていると、やっと交代の時間になった。
香西と知華は大きく息を吐いて、ぐったりと控室の椅子に座った。
お腹が空いたし、喉もかなり渇いていた。
グビグビと持参のお茶を飲み干していると
「露店回ってきてええよ。片付けになったら帰ってきてな」
とクラスメイトから言われた。
二人はやっと開放されたので、好きな店を一緒に回ることにした。
奈海は午後の販売担当と事前に聞かされていたので、一緒に楽しむことは出来なかった。
安との約束の時間が迫っており、とりあえず店の商品を買って回ることにした。
「安井とは連絡、とったん?」
「たまにね。安ちゃん忙しいみたいで、すぐには返事くれないことが多いんじゃけど。今日は予定あけとくって、張り切ったメッセージきたよ」
「佐藤さんもくるんかな?まぁ、おっても俺には見えんのじゃけど」
たこ焼き、フランクフルト、ポップコーン、揚げないポテチとドーナツ。色々と買い込んだ。
中庭の飲食スペースに行くと、安と佐藤さんが席をとって待っていた。
安は今日もふわふわした服を着ており、知華を見つけると元気に手を振った。
「会えて良かったぁ!」
「久しぶりやね、安ちゃん。佐藤さんもこんにちは」
知華と安は再会を喜んだ後、佐藤さんにも挨拶をする。
「こんにちは〜。学校来たの、ひっさしぶりで逆に新鮮やわ」
佐藤さんは校舎を見ている。
前回会った時とは服装が違い、ポロシャツにジーパンというラフな格好だった。
佐藤さんは服も変えられるという新事実を発見し、知華は密かに感心した。
「高校の文化祭って初めて来たけど、結構人来るしお店も多いんやね」
テンション高く、安は学校を見て笑う。
「うちは行事とか部活に力入れとるから。吹奏楽の演奏とか、全国大会行くから結構迫力あって凄いよ」
「え〜、それも観たいなぁ!所で、荷物持ちの香西くん、ご苦労さん」
一通り喋ると、話に入れなかった香西に安が顔を向けた。
「気がついてくれて、嬉しいわ」
嫌味っぽくテーブルに買い出した物を置きながら、香西は返事を返した。
「佐藤さんもおるんやな、好きなもん食べていいですよ」
見えない香西は実際の佐藤さんがいる方向とは違う場所を見ていたが、佐藤さんは気にすること無く
「ありがとうなぁ、若い兄ちゃん」
と言ってたこ焼きの匂いを嗅ぐ仕草をした。
知華は佐藤さんがお礼を言ってたこ焼きを選んだよ、と伝えてあげた。
三人はテーブルに座り、買い込んだものを食べながらお互いの近況や知華が見た霊達について話をした。
特に自分が発見した事を話したくしてうずうずしていた知華は、堰を切ったかのように喋った。
「霊って昼間でも普通におるんやね。夜とか関係ないんやなって思った。あと、あんまり会話出来んのやね。佐藤さんを最初に見てたから、皆出来るのかと思った」
「えっ、会話出来んのん?」
ポテチを頬張っていた香西が驚いて言う。
「まぁ、基本的には自分の言いたいことしか話さんわね。師匠とかなら、言葉なしで相手の見た物とか経験した事が頭に入ってくるみたいじゃけど」
「なに、その超能力」
「飽くまで相手が『知って欲しい』って思った時だけらしいけどな」
「安ちゃんも出来るん?」
「いやいや、あたしは無理よ!まだまだそんな域じゃないって」
霊媒師の能力について色々と聞くのは面白く、二人は夢中で話を聞いていた。
佐藤さんについても安は教えくれ、服装は本人が頭に描いた物を着れるらしい。ただし、レパートリーは少ないのだと言う。
「わし、あんまりファッションには興味ないんよ」
椅子に座れない佐藤さんは椅子と椅子の間に立ち、話した。
「じゃあ、元モデルさんとかなら色々着れるかな?」
「あんまり会ったことないから、分からんけど。前、会うたんびに服装違うおねぇちゃんおったからなぁ。そうなんかも知れん」
生前の趣味嗜好が死後も反映されるということだろうか。
「でもな、幽霊の姿がそのまんま生きてた頃の姿ってわけじゃないよ」
安がさらっと言うと、香西と知華は二人見事にハモって「えっ、そうなん?」と驚いた。
「子供の姿でも、本人がそう望んで小さくなってるだけで、ホンマはおじいちゃんとかあるから。性別を変えとる人は、今の所会ったことないけど。もしかしたら、本人が言わんかっただけかもしれん。あと、死んだ年代も色々。服装が昭和っぽい人とかも、おるやろ?」
言われてみれば、知華が見かけた霊たちは現代的な服装が多かったが、時折昭和の様な服を着た人も見かけた。
安から聞く話に感心するやら驚くやらで、夢中で聞き入った。
自分たちの知らない世界、見えない世界について知るのは怖くもあり楽しくもあった。
香西も興味津々で聞いている。
時々安にちゃちゃを入れられつつも、楽しそうに話していた。
「今日は新発見づくめで、夜寝れんかもしれん」と高揚している。
沢山話した安はジュースを飲み干すと、ふーと喋り疲れたのか息を吐いた。
昼時を大分過ぎ、テーブルの席も空きが出てきた。
幼稚園位の女の子が、バルーンアートで作られたお花を嬉しうに持っている。
その子は佐藤さんに気がついたようで、不思議なものを見るように佐藤さんを目で追った。
佐藤さんはヒラヒラと手を振ってみせると、女の子はにこっとして母親に
「見てみて!」
と促したが、見えないのでキョロキョロした後、人混みに消えていった。
「あの子、見えるんや」
その光景を見た知華が独り言の様に言うと、安は
「小さい子は結構見えとるよ」
と紙コップを潰しながら言う。
「成長につれて見えんくなるのが大半じゃけどね」
ゴミを一つにまとめ、ぽいっとテーブルに置いた。
「知華は最近、見える様になったんだっけ?珍しいけど、たまにあるんよな。それにしても、あれから悪い霊に会ってないみたいで、良かったわ。一回ああいう目に遭うと、次々に巻き込まれることもあるからさ」
安心した表情をする。自身の実体験なのか、しみじみとした口調だった。
「俺も心配しとったけど、何にもなさそうで良かったわ。ここ最近忙しかったから、また連絡ないだけかと思って、少しハラハラしとったんじゃけど」
二人から安堵の言葉をもらい、知華はそんなに心配をかけていたのか、と反省した。
これからはもう少しマメに連絡をしようと、密かに誓う。
「今日、色々と話したけど、これからもあんまり自分から話かけたり接触しようとはせんでな」
安が知華を見ながら、真剣に言う。
「関われば関わるほど、向こうとの繋がりが強くなるから。今よりもっと見えるようになったり、聞こえてるようなってしまうよ。その分、近づかれやすくなるから、トラブルも増えてしまう。前はタイミングよく佐藤さんが見つけてくれたけど、次はどうなるか分からん。助けれんかもしれん」
真摯な言葉に、うんと頷いた。
「安井もそう言う目によく会うんか?」
香西が伺うような目線を向ける。
「まぁ、仕事にしとる以上リスクはあるよ。あたしの場合、佐藤さんが悪霊とかたちの悪いモノを見極めてくれるから。あたしだけじゃ対処しきれん奴には近づかん」
「佐藤さんって、凄いんやね」
感心すると「もっと褒めて〜」と照れつつ体をクネクネさせた。
その動きが可笑しくて、知華はぷっと吹いた。
つられて安も笑う。
「大丈夫、自分からは何もせんよ。もちろん、話しかけたりもせんよ」
ひとしきり笑った後、安を見て伝えた。
「心配してくれて、ありがとうね。何かなくても連絡する。遊びに行ったりしよな?
うん、と笑って安は頷いた。




