霊媒師とおじさん②
五分後、三人(佐藤さんを入れると四人)は羽根家のリビングに座っていた。
テーブルには四脚の椅子があるが、兄が不在の今は残る一個が物置にされている。佐藤さんはその上にふわふわ浮いており、はたから見ると正座しているようだった。
無事に家に着いたことに安堵したのも束の間。
知華は、自分の家に同級生がいる不思議な感覚を味わっていた。これまで人を招いたことが無いので、どうすればいいのか戸惑う。
「突然来てしもうて、良かったん?」
突如家に招かれたので、安は心配そうだった。
「場所変えよ、とは言ったけど家に案内されるとは思わんくて……。適当なコンビニとかで良かったのに」
遠慮がちに座っているので、知華は安心せるように笑った。
「だって、ここが一番近かったし。暗くなってきたからここが一番ゆっくり話できるかな、って思って。両親は帰り遅いって言われたから、九時くらいまでは誰も来んよ」
知華の話を香西が受け継ぐ。
「もともと、俺が羽原の家を教えてもらうって目的があったからな」
香西が本来の目的をかいつまんで説明した。
「まぁ、そういう事なら……」
安は最終的に納得したようだ。
「話落ち着いたんなら、ワシはちょっと見回ってくるで」
佐藤さんは家そう言い、姿を消した。まずは見回りをするのがいつもの仕事らしい。
佐藤さんが消えると、三人はシーンと静かになる。
「なんか飲む?さっき走ったから、喉がカラカラなんよ、あたし」
「あっ、俺も何か欲しい」
言われて立ち上がり、台所に向かう。
何を出せばよいのか悩む。
普段ジュースも飲まないので、とりあえずお茶をいれることにした。
カチャカチャとコップの音や茶葉を入れる音が響く。
準備をしている間、二人は家をキョロキョロと見ている。
「安井さん、今日はたまたまあそこにおったん?」
沈黙に耐えかねたのか、香西が話を切り出した。
「ちょっと用事があって、たまたま通りかかったんよ。悪霊の気配がするって佐藤さんがダッシュしたから、ついてったら二人が襲われとった」
「偶然なんか。タイミングとしてはギリギリやったけど、ホンマに助かったわ」
そこに、お茶を淹れ終わった知華が戻ってきた。
二人の前に湯飲みを置くと、自分も席に座る。
出されたお茶を「ありがとう」と飲んだ後、安は先ほどの説明を始めた。
「あれは地縛霊かな。羽原さんが見えるから近づいてきたんやと思う。見える人は気付かれやすいし、穢も付きやすいから入りやすいんよ。そやから、狙われたんやろうね。香西くんは、まぁついでやな」
「俺、ついでなんか」
ついでと言われ、彼のテンションは少し下がっていた。
「まぁ、見えんからしゃーないか」
香西はお茶をぐっと飲み干すと、改めて安の方を見た。
「安井さんは霊媒師っていったけど、俺らと同級生位に見える。いくつ?」
いきなり年齢を聞かれ、少しムッとしたような表情をした安は「いきなり年聞く?」と言いつつも答えてくれた。
「十七才。一応、通信制の高校には行っとるよ。師匠が卒業資格はあった方がええって言うから」
「じゃ、同い年じゃね。あたし達は同じ高校に通ってて、クラスメイトなんよ」
「安井はその年でもう働いとるんじゃな。すごいな、おまえ」
「あんた、香西はいきなり距離縮めてくるな」
いきなり苗字を呼び捨てにされ、おまえ呼ばわりされたことが気に食わなかったのだろう。
安も同じ様にやり返した。
「別にええやろ。同級生なんやし」
「香西は年上から好かれんやろ。敬語と態度がなっとらんもん。接客業には向かんね」
うっ、と香西は言葉に詰まった。心当たりがありそうだ。
「でも、香西くんの言う通り、もう働いとるんじゃろ?凄いな。職業決めとるって。尊敬するわ」
素直に知華が言うと、表情が少し和いだ。
「もうやりたいことあるのに、普通の勉強したく無かったんよ。数学も古文も英語も霊媒師にはいらんし。それより、早く知識と経験を積みたかった。特殊な仕事じゃから学校とかないし」
凄いなぁ、感心の眼差しを向けると安ははにかんだ。
「同級生にこんな話したことないから、そんな反応されると照れるわ。羽原さんは素直やね。なぁ、知華って呼んでもええ?こんな話できる同級生、おらんのよ」
羽原はにこっと笑って
「じゃ、あたしも安ちゃんて呼ぶな」
と返した。
女子の和やかムードに入る事が出来ない香西は、空のコップをただ見ていた。
そこに
「この家、色々とおるなぁ」
と佐藤さんの呑気な声がした。
家の見回りが終わったようだ。
スイーっと安の横に並ぶと、自分用に出されたお茶を見て、ありがとうなぁと喜んでいる。
供えるだけで喉が潤うのだと安から聞いて、彼の分も準備したのだ。
「それで、どうやったん?」
「色々と小物がおるけど、心配いらん程度やな。対策セット一番でオッケーや」
佐藤さんの言葉を受け、安は頷いた。
「対策セット一番?」
知華が聞くと、「後で説明するわ」と安が返す。
「佐藤さん、色々って何がおったん?家の中でも時々影とか陽炎?見たいなもんが見えるんじゃけど。あれも良くないのも?ほっとくと、なんか起こる?」
影は家の一階で見ることが多く、壁をすり抜けて部屋と部屋を行き来していた。
急に現れるのでいつもビクッと体が反応してしまい、両親から不審がられないか心配だった。
陽炎の方はトイレやお風呂など水場で見ることが多く、影のように輪郭がハッキリとしていない。
黒い炎のように揺らめいていて、その場から動くことがなかった。
気がつくとその揺らめきを凝視しているので、我に返った時は視線をそらすようにしていた。
「どこにでもおるような穢じゃ。普通に生活しとるだけで寄ってくるような、一般的なやつ。誰の家でもおるから、そんなに気にせんでええよ」
優しく佐藤さんが答える。
知華はそっか、と安堵した。
見えず聞こえない香西は、知華の言葉で何となく察しだようだった。
「対策あるんなら、よかったな」
優しく知華に言った。それを見た安は
「彼女には優しいな」
と香西を見て言った。
彼は顔を赤くしたが、何か言う前に「彼女じゃないよ」と知華に言われてしまう。
「えっ、そうなん?除霊する時、必死で守っとったから、てっきり付き合っとるんかと思った」
本当に驚いたようで、安が二人を見やった。
よくいわれるなぁと知華は思いながらお茶を飲む。
「香西くんはあたしが見えるって知っとるから、相談に乗ってくれとんよ。世話焼きじゃから、ついつい首突っ込ませて、巻き込んじゃう」
淡々と言う知華の言葉を聞きつつ、何とも言えない顔している香西。
その顔を見てふーんと、安は返す。
「見えないんなら、あんまり首突っ込まんほうがええけどな。気がつかん事も多いし、知らんうちに憑かれることもあるから」
真剣にアドバイスすると
「じゃけど、誰にでも出来る話じゃないやろ。せめて、見えるって知っとる俺だけは聞いてやらんと!」
焦った顔になった香西はやや早口で言った。
それ見て少しニヤニヤしながら安は
「まぁ、巻き込まれたいんじゃったら好きにすればいいけど」
と返す。
「青春しとる所悪いんじゃけど、おじさん居場所ないわぁ」
佐藤さんが顔を赤くして手をもじもじさせながら言った。
「生前の奥さんとの馴れ初めとか思い出しとけばええやん」
安が冷たく返しながら、スマホを取り出す。
「知華、連絡先交換してよ。香西よりは役に立つからさ、あたし」
笑顔を知華に向けた。
「香西は、かなり気が進まんけど、仕方ないから交換するわ。知華に何かあった時だけ、連絡して」
香西に『だけ』を強調しながら言い、QRコードを見せてきた。
「心配せんでも、そのつもりや」
と渋々彼はスマホを差し出した。
それからしばらく、対策セット一番の説明を受けた。
突発的に除霊の場面に遭遇する事があるため、対策セットをいつも鞄に忍ばせていると、安は説明してくれた。
対策セットは御香やスプレー、お札、様々な水晶だった。
「何にも知らんかったら、怪しい商売の人に見えるな」
と香西はスプレーを手に取りながら、感想をもらした。
「このスプレー、特別な退魔のオイルなんよ。調べられても、何にも問題ないわ」
香西の手からスプレーを取り上げ、シュッと顔にかけた。
「うわっ、急になんや?!」
うぷっと振り払う仕草をする姿を見ながら、
「香西も一応、穢がついとるからな」
と何回か体に振りまいた。
「それに、今の所警察のお世話になったことはない。それに、いざとなったら師匠が説明してくれるから捕まらんよ」
冷ややかな視線を向けて安が言葉を返す。
「それって、どういうこと?」
疑いをかけられても警察を説得出来る、と言う意味だろうか?
「師匠クラスになるとな、警察からも仕事がくるんよ」
対策セットの準備をしながら、安は知華に説明した。
「警察は殺人とか事故、無念の死と関わりが深い。自殺とか、虐待を受けた動物とか、被害者の念から救済を頼まれる事もあるよ。色んな人の思いが詰まった現場ばっかりじゃけ、警察関係者は色々と見たり体験する事が多いんよ。だから、自然と繋がりが出来る」
なる程。言われてみれば恨み祟と縁が深い職業だ。
「そんな訳で、師匠が出てきてくれたらあたしの疑いは晴れるってわけ」
準備が終わったらしい安は「では、改めて」と対策グッズの解説を始めた。
言われた通りの対策をお勧めの場所に施した。
三人でやっても時間がかかり、二十時半になっていた。
なんとか両親の帰宅前に済ませることができた。
幽霊に襲われた二人はもうクタクタで、強い眠気に襲われた。
香西は何とか気力で帰るとトボトボ帰路についた。
安と佐藤さんは知華に別れを告げると、最後に家の周囲を見回った。
特に異常はなく、そのまま帰ることにする。
しばらく夜道を歩いた所で、何やら考えこんでいる佐藤さんを安が怪しんだ。
「どしたん、佐藤さん。珍しく静かやね。疲れたん?気力結構使った?」
尋ねる安に、佐藤さんは静かに言った。
「知華って子、何かあるで。用心しとき」




