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クリカゲ  作者: 栢瀬 柚花
12/51

おばさん④

 


 それから購入した物品を学校に届け、買い出し班としての役割を終えた。


 クラスメイトはもう少し残る者もいるようだが、二人は遠出をしたので解放された。


 帰路につき二人きりになると、知華は香西の家を聞いた。自宅からさほど遠くなく、十五分もあれば着く距離だったので、驚いた。

「小学校は別学区やね。中学も」

「結構近所じゃけど、気づかんもんじゃな」

 雑談しながら道を歩いていくと、おばさんを見かける電柱まで来た。


 やはり、今日もいない。


「ここでおばさんを見るんよ。それで、家の近くまで着いて来る」

 道案内をしながら、慣れた路地を入っていく。

「この辺は来たことないなぁ。じゃけど、一回迷って来たことはあるかも知れん。小学生の時」

 香西は辺りをキョロキョロしながら見ている。


 一緒に歩いているのが不思議な気がして、クスッと知華は笑った。

「あんまり特徴もない道じゃし。自販機もコンビニも公園もないからなぁ。あっ、昔ちっさなのはあった

か。ブランコと鉄棒があるだけなんじゃけど。今は老朽化して、空き地になっとるよ」 

「うちの周りも、似たようなもんじゃな」

 お互いの近所事情について、しばらく話が盛り上がった。


 そうしていると、ふと知華は不思議に思った。

 先ほど電柱を通り過ぎた。

 そこから家まで五分もかからないのに、まだ歩いている。


 足を止め、辺りを見回す。

 急に静かになりキョロキョロしだした知華を不思議に思い、彼も足を止めて「どしたん?」と話しかける。

「なんか、おかしい」

 警戒してるのが伝わり、香西も表情が変わった。

「なんか、おる?」

「そうじゃのうて…。家に着かん。こんなに歩くわけないんよ」

「流石に気のせいじゃないわな。自分の家やし」

 二人で辺りを見回すが、特に何も起こらない。

 このまま進むか考えていると、ひやりと背中が冷えた。


 昨夜と同じだと気づき、体が緊張したのと同時。


 ゾワッと寒気がしたので、バッと後ろを振り返る。

 百メートルほど先におばさんが立っていた。


 この道は直線ではないのに、道が一本長く、どこまでも続いている。


 夕日を背景に、いつものコートを羽織り直立しているおばさんは、何も喋らず、こちらを見ていた。


 知華は話しかけようか一瞬迷ったが、口を開いた。

「ここで何をしてるんですか?」

 急にあらぬ方向に話し始めた知華を見て、香西は彼女の視線の先を見る。が、その目には何も映らなかった。

「どこか、行きたい所があるんですか?」

 ピクッと、おばさんが反応した。

「どこに行きたいんてすか?」

 何も返事をしないが、すすっと動き出した。

 足を動かしているが歩いているようには見えず、地面を滑るように移動している。

 おばさんは無言で近づいてくる。


 それが不気味で、知華は「いつでも走れるようにしといて」と香西に伝えた。

 五メートルまで近くに来ると、初めて帽子の下の顔を見た。

 昨日はあえて見ようとしなかったが、今日は一人ではない。


 その目は真っ黒で白目がなく、穴があいているように見えた。

 顔は真っ白で、白さに反した黒髪が異様に目立つ。よく見るとコートに所々血がついている。


 その不気味さに、思わず走り出そうと香西の手を掴んだ所で、急に

「入れて入れて入れて入れて入れて入れて入れて」

と連呼しだした。


 その大声に思わず体がビクつき、走り出すのが遅れた。

 その一瞬の隙で急速におばさんの動きが速くなり、一メートルまで距離が縮まった。

 香西の手をグッと握り、慌てて走り出した。

 香西は最初、知華に引っ張られる形で走っていたが、やがて彼女を抜かし逆に引っ張る形になった。


 道はひたすら真っ直ぐしかなく、左右は民家がずっと続いている。

 どの家にも玄関がない。

 誰にも会わず、何の生活音もしない。


 夕日がいつまでも二人の影を長く伸ばしているだけで、走る息づかいだけが耳に残った。


 ひたすらに走り脇腹が痛くなってきた所で、一度振り返る。


 少し距離があき、おばさんは十メートルほど後ろにいた。

「ちょっと……距離……空いた……」

 言葉絶え絶えにそれだけ言うと、香西は急に右に曲がった。


 直線だった道が分岐したのだ。

 そのまま走り続けると、公園に着いた。

 ブランコと鉄棒があるだけの狭い公園だ。


 行き止まりで、他の道を行くには戻るしかなかった。

「まずいな……ここ、行き止まりや……」

 激しく肩で息をしながら、香西が言う。

 知華が振り返ると、おばさんがゆっくり曲がって来る所だった。

 道幅は狭く、すれ違うのは困難だった。

「おばさん、曲がって……来た」

 喉がカラカラで声がかすれた。

 どうしようかと周囲を見渡すが、民家があるだけだ。

 

香西は家に入れないかと塀によじ登り窓をガタガタ揺らすが、びくともしなかった。

 他の民家を見るが、どこも窓はあるが開かない。


 そんな事をしているうちに、おばさんはどんどん進んで公園入り口まで来ていた。

 この狭い敷地内で上手く巻いて、隙を見て元の道に戻る他ない。


 そう考えているとおばさんは「入れて入れて入れて入れて入れて」を繰り返しながら手を伸ばしてきた。


 知華はぐいっと香西を引っ張り公園の角に移動した。

 おばさんを隅で巻こうとしたが、手がぐいーんと伸びて行く手を塞がれた。


 咄嗟に腕の下をくぐり抜けたが、反対の手で肩を掴まれた。

 それは凄い力で、バランスを崩した二人はひっくり返った。

 そこにおばさんがのしかかってきて、

「入れて入れて入れて入れて入れて入れて入れて入れて」

 と顔を近づけてくる。

 冷蔵庫の中にいるような寒気が全身を包んだ。


 硬直して動けない所に、香西が知華を庇うように覆いかぶさった。

「入れて」の声がどんどん近くなる。

 体が重くなり、重力とは違う圧力が体を地面に押しつけた。

 香西は潰されまいと両腕に力を入れて踏ん張っているが、ぷるぷると震えているところを見ると、崩れるのも時間の問題であるようだった。

 苦悶表情で耐えていた所に、更に力が加わった。


 寒気が一層増す。


「入れて」の声が、今や耳元で響いている……。


 絶望感で気持ちが一杯になる。


 二人とも入られる――


 そう覚悟した時

「安ちゃん、急げ!」とおじさんの声がした。


 澄んだおりんの音とお教が聞こえ、温かい空気が流れた。


 冷気が弱まり、温風が全身を温める。

 その温かさで気持ちが落ち着き、絶望感が薄れた。

 しばらくシャンシャンという鈴の音とお教が木霊す。


 徐々に冷気が消え、やがて重い空気も完全に消えた。同時に、上からの圧迫感も消えうせた。

 体が重さから解放され、二人ともフッーと息を吐いた。

 どうやらしばらく呼吸を忘れていたらしい。


 安堵していた所に

「もう大丈夫よ」

 と声をかけられ、二人はやっと顔を上げた。

 夕日が差す空き地に二人は倒れ込んでいた。

 辺りは車の走る音や子どもの声がしており、いつもの日常風景が広がっている。

「兄ちゃん、彼女助けようとしたんじゃなぁ」

 楽しげなおじさんの声がした。


 見ると、半透明の中年男性と十代半ばの少女が二人を見下ろしていた。



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