彩り
クリカゲこれにて終話となります。
お付き合いいただき、ありがとうございました。
ムーンライトノベルにて安と和樹の後日談を大晦日と元旦に公開予定です。
気になる方はご覧ください。
翌日、那津が退院する前に宇田のお見舞いに三人で行った。
紅野はまだICUなので面会謝絶だった。
宇田は元気そうに見え、食事もモリモリ食べとるよ、と笑っていた。松葉杖であること以外は健康そうで、リハビリのため毎日筋トレていると教えてくれた。
「県北に戻っても暫くは車移動も出来ん。不便じゃな……。あそこ買い物出来る場所行くの、大変なのに……」
とすでに退院後の心配をしていた。
奈海は那津の退院時間ギリギリになって面会にやってきた。
三人の怪我を見ると顔を青くしていたので、必死に大丈夫だから、となだめた。
「ホンマに?知華、また顔色悪くなったよ?安ちゃんは腕吊っとるし、大怪我やん!」
「そこは、そうなんじゃけど……。でも、もうこんな怪我することはないけ。そこは本当だから」
知華に言われ、奈海は少し沈黙した。
「……終わった。色々大変だった事が、終わったん?」
三人全員が頷いた。
「全部終わったんよ。今度ゆっくり話を聞いてな。奈海にも聞いて、知っといて欲しいから」
知華に言われ、奈海はその両手をとった。
「……うん。四人でお茶しながら聞かせて。沢山話そうな……」
退院の那津とその父を見送ると、病院の一階にあるカフェで女子三人でお喋りした。
知華はリハビリを兼ねて自分の足で歩いて移動した。軽く息が切れるが、めまいを起こしたりすることはなかった。
二人とゆったり過ごすのは楽しく、知華は食事制限があるにも関わらず、こっそりプリンとアイスを食べた。
奈海は学校が春休みに入り、本格的に受験生になる事を心配していた。知華はまだ希望校も決まっていないので、退院したら相談に乗ってな、と奈海と約束した。
「そう言えば、和輝さんってそろそろ大学始まるよな?」
安から言われ、知華は「知らない」と返した。
「いちいちそんな連絡こんよ。そういえば面会来てないから、講義が始まっとるんかもしれんけど」
「そうなん?大学のスケジュール教えてくれたよ。今年は有志の人と海外行くんじゃろ?お土産何がいいって聞かれたよ」
「あたしは聞かれてないよ」
二人の会話を聞いていた奈海の目がキラキラになった。
知華は『あっ、マズイやつだ……』と思ったが、遅かった。
「安ちゃん。その話、詳しく」
前のめりになった奈海に安は少し怯えていた。
そこからいつもの質問ラッシュが始まり、帰してもらえなかった。知華はただ話を聞く側に徹した。
解放されたのは夕方で、安は大物悪霊を祓った後のような顔をしていた。
「……奈海ちゃんて恋バナにると人が変わるな」
「付き合い始めたらもっと凄いよ?デート報告も必須じゃから、覚悟した方がええよ?」
知華にそう言われ、「ウソじゃろ?今のより長いん?」と驚いていた。
「というか、付き合ってもないし、恋愛感情でもないんじゃけど……」
安は困った様に言った。和輝の性格を考えると、何の気持ちもない相手にメッセージをするタイプには思えなかったので、妹としてアドバイスした。
「少なくともお兄ちゃんは、安ちゃんの事を好きじゃと思うよ。無駄なことしない主義じゃから、気にかけてもない女の子にメッセージとかせんと思うし」
そう言われ、安はやや困惑していた。
「……正直言うと、恋愛事にかまけておれる自信がないんじゃけど……。まだまだ修行したいし、鍛錬も積みたいし……」
その言葉を聞いて、まんざらでもなさそうだと思ったので、更にアドバイスした。
「そこは大丈夫。お兄ちゃんも野心ある人じゃから、気長に待つと思うよ。あたしは安ちゃんが義理姉になってくれたら嬉しい」
いきなり話が飛躍して、安は顔を赤らめた。
「ちょっと、それは話が飛びすぎじゃろ!」
そんな話をしながら一緒に病室へ帰った。
知華が退院したのは、春休みも後半に入った四月だった。その頃には紅野も一般病棟に移っており、少し話ができた。
あの桔梗柄の手帳は、那津がそのまま持っていて良いと言われた。
「見つけた持ち主が君なら、いいじゃろう」
那津はしみじみと手帳を見た。
この一冊がなければ、オマモリサマは祓えなかった。
知華だけでなく、多くの運命を変えた一冊だ。
頷くと、丁寧に鞄にしまった。
多くの運命。
そう思った時、那津は岡の訃報を耳にしてた時の事を思い出した。
彼もまた、オマモリサマによって運命を捻じ曲げられた一人だ。
教えてくれたのは青井で、救急隊の講習に参加した時の事だった。
「死因は失血死で、状況からみても誰かと争ったらしい……。両手を切られても挑もうとしたみたいでな……あちこちに防御創があった。あいつらしくはあるが、命は落としてほしゅうなかった……。犯人は捕まってない。凶器もないし、手掛かりがゼロなんよ。とにかく鋭いもので切られたって事しか分かっとらん」
那津はすぐにオマモリサマがやったと分かった。
あのデートの時、オマモリサマの影は岡の魂を見て、綺麗と言っていた。
(取りに行ったんや……)
そう考える罪悪感で一杯になった。
あの時、声を掛けられても振り向かなければ良かった。
信じてくれずとも、岡に忠告していれば良かった。
顔を歪める那津に、青井は言った。
「君がそこまで気にやまんでもええよ。……ありがとうな。出会ってそんなに時間もたっとらんのに、そんなにも偲んでくれて。君はええ人間になるわ」
青井は慰めるつもりで言ってくれたが、那津の心には深く刺さった。
知華が退院すると、二人で岡の墓参りに行った。墓前で全てを報告し、謝罪した。
決して後悔も悔しさも消えず、懺悔も治まらなかったが、手を合わせるとほんの僅かに慰められた。
その後、安や宇田も退院すると、全員で佐藤さんの墓標を立てた。とは言っても正確な名前や出生、没年月日が分からないので、とても簡易的なものだった。
墓標は県北の神社の敷地内、見晴らしがよい丘の上に建てられた。
「ここ、佐藤さんが好きだった場所なんよ」
安が懐かしむように教えてくれた。
好きだったコーヒーとお菓子を供え、全員で手を合わせた。
丘からは神社が少し見え、遠くの街の景色と山々が見渡せた。
まだ春寒の残っている冷たい空気の中に、何やら芽や花のにおいが交じっている。
冬が終わり、春が来る。
季節は巡り、人も巡る。決して忘れてはいけないものだけが、永遠にその中に残っていく。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
新学期が始まり、すでに二月が経った。
高校生三年の知華と那津は、志望校合格に向けて一緒に勉強する毎日を過ごしていた。
クラスは別々になったので、時折休み時間に顔を見に行くのが日課となっていた。もっぱら勉強をどこでするか、の相談が多かった。
「今日は俺の家来るか?」
「いいよ。放課後そのまま直行?」
「どっちでもええよ」
あと授業も一限を残すのみとなった頃、那津がやってきてそんな話をした。
知華と守安と奈海は同じクラスなので、三人で話している途中だったが、二人は遠慮して黙って会話を聞いていた。
「あたし一回帰ってからにする。借りとった参考書返したいんよ。あと、昨日お母さんとお菓子作ったけ、持っていくな」
那津は「気ぃ使わんでもええよ」と知華の頭をポンポンと撫でた。
「使ってないから安心して」
そこで予冷が鳴り、那津は自分のクラスに帰っていった。
その姿が見えなくなると、守安が驚いたような、感心したような声で言った。
「香西って変わったよな……。頭ポンポンとかするタイプなんも、驚きじゃけど」
知華は「そう?」と首を傾げた。
「よくしてくれるよ?」
当たり前、という知華の顔を見て、
「香西くんは知華にメロメロじゃからな」
と奈海が返した。
守安は羨ましそうに口を尖らせる。
「いいなぁ。圭吾はそういうスキンシップないからなぁ」
とボヤいた。
「那津くんはあげないよ」
と言うと、
「真面目な顔でそんな事言わんでや……」
「ラブラブなのは知っとるよ」
と笑われた。
放課後。
那津の家のチャイムを押すと、モノトーンの私服を来た那津が出迎えた。
「お邪魔します」
いつものように二階の部屋に通される。
和室の部屋に机、ベット、本棚、タンスというシンプルな家具。ハンガーにかけられた制服。
本棚には漫画が多く、隅っこに参考書がいくつか見える。
あの日と変わった所と言えば、写真くらいだ。
「好きな所、座り」
那津は知華の上着を預かると、ハンガーにかけた。
知華は机の前に座った。
借りていた参考書を本棚に戻す。すると気になった本があったので、「これ面白い?」と聞いた。
「ああ、それか。読んでみる?あんまり長編やないから、読みやすいで」
漫画を手に取りページをめくる。
「知華って少年漫画も読むんや」
「面白そうなジャンルは関係なく読むよ」
「なら、持って帰ったらええやん。息抜きに読んだらええよ」
言われて、紙袋に収めた。
「これ、作ったお菓子」
別の紙袋を差し出すと、お茶を入れてくると言い、部屋を出ていった。
一人になった知華はふと、写真に目が向いた。
佐藤さんの墓標を立てた時に撮った写真だった。
あの日撮った事を思い返すと、少し切ない気持ちになる。
(安ちゃん、元気かな)
安はあれから、さらなる修行のため単身で秋田に行っている。ここ最近はほとんどメッセージだけのやり取りになり、電話もしていなかった。
(声が聞ければなぁ)
と考えていると那津が戻ってきた。
知華が何を見ているか分かると、物憂げな顔をした。
飲み物が載ったお盆を机に置くと、知華のもとにやってきて、
「淋しいか?」
と一言聞いた。
淋しくないと言えば嘘になる。
あんなにも色々とあった半年間。確かに大変な思いをしたが、それでも楽しいことも多かった。
今では嘘のように日常にもどったが、あの日々を思い返すと気持が温かくなる。
「やっばり、安ちゃんには会いたい。佐藤さんもおらんから、ホンマに一人じゃし、修行は長くて大変じゃろうし」
「そうよな」
二人でしみじみと写真を見ていると、
「二人で行こうか、秋田」
と言われた。
那津を振り返る。彼も物寂しい顔で写真を見ていた。
「新幹線乗って。流石に泊まりじゃないとキツイから、何泊かして。夏休みなら、少し時間空くやろ」
二人で旅行。
その言葉にくすぐったさを感じた。
一緒に新幹線に乗って、秋田の美味しいものを食べて、安と再会したらあの頃のように三人で色々と回って。
想像しただけでワクワクした。
「うん、いいな。きっと楽しいよな」
笑って言う知華に、那津はさらに
「一緒の部屋、泊まる?」
と聞いてきた。
それには真っ赤な顔になる。
「えっ、部屋.....、一緒に?」
オマモリサマが抜けてから、知華はとても表情が豊かになった。
以前なら平然と答えていたが、今ではこんなにも真っ赤になる。那津はその表情に思わず笑った。
面白そうに笑われ、
「もう!からかったん?」
と知華は頬を膨らませた。
「いや、知華ってこんなにもころころ表情変わるんやなと思って」
そして、知華の頬に触れる。
「かわええなぁ、と思っただけ」
その言葉に耳まで赤くなった。
「俺と一緒は嫌?」
じっと顔を見られ、恥ずかしさから思わず目をそらす。
首だけ横に振って、返事をした。
「そっか。なら、今度一緒に宿探そ」
優しく言われ、頬に手の平が添えられる。
那津は微笑むような目つきをしていた。
二人っきりの時にしか見せない表情、声。
思わず心臓の鼓動が早くなる。
知華はその大きな手に顔を擦りつけた。
この温かさが好きだ。
那津の手はゴツゴツしているが優しく、触れていると安心した。
那津の顔が近づく。知華は逃げなかった。
二人の唇が重なる。
優しく甘いキスだった。
唇を離すとお互いの目が合い、二人で笑った。
「あん時の約束、やっと叶えそうやな」
あの時。
電車で県北に向かった車内で語り合った他愛もない会話。
一つずつの小さな、細やかな願いが叶っていく。
それが重なり思い出になり、人生は彩られていく。
これからも二人で一緒に彩っていきたい。
ずっと、ずっと。
「そうやね。これからも叶えていこうな」
知華は那津の手を取った。
二人なら、きっと素敵な人生になる。
終




