幕引き
佐藤さんの供養が終わると、安はその場に倒れた。完全に意識を失った。
那津は慌てて寄ったが、呼吸している事を確認して安堵のため息をもらした。
しかし、今度は宇田の
「お師匠!」
という焦った声に振り返った。
紅野が昏倒していた。きっと出血が多すぎたのだ。
那津も意識が朦朧していた。
知華を見ると、こちらも意識がない。胸が動いているので呼吸はあるが、良い状況にはないと思った。宇田も同様で、目の焦点が怪しい。
このままでは全員の意識が飛んでしまう。そうなれば助けを呼ぶ者が居なくなる。
那津は暗くなってきた視界を何とか誤魔化し、這ってナースコールの位置まで移動した。ベッドの上にあるボタンを手探りで押すと、『ポーン』と音がしてマイクから
『どうされましたー?』
と声がした。
しかし、何か言う前にそこで意識が途切れた。
返事がないので、担当ナースが病室に行き戸を開けると、叫び声をあげた。知華だけでなく、他にも四人が倒れていたからだ。
しかも明らかに重症と見られる出血量の者もいる。
慌てて応援を呼び、すぐに院内全体の救援要請、コード救急が招集された。
そこから一気に慌ただしくなり、ドクターやナースが詰めよせ、手術準備やICUの手配がなされた。
知華の担当医の河田は緊急で院長から呼び出しをくらった。
「どうなっているのか説明をしろ!」
とかなり詰め寄られた。
しかし、河田にも分からない。
病室で決闘でもしたのかと言う有様で、備品は壊れ壁や床は血飛沫まみれ。おまけに緊急手術を五人中三人が受けるという事態。
紅野を知っている河田は、きっと何かあったのだろうと思ったが、到底そんな事は口に出来ず、
「分かりません」
を貫いた。
いよいろ院長の堪忍袋の緒が切れそうになった時、河田の弁明に入ったのは、以外にも長田だった。
かなり難航したが、何とか話をつけ二人で院長室を後にした。
「なんで弁明にきてくれた?」
下階に移動するため、エレベーターを待っている時、河田は長田に聞いた。
知華の夜間移動の件で揉めて以来の再会がこのタイミングとは、なんとも不思議で納得がいかなかった。
長田はしばらく黙り込んでいたが、ボソッ言った。
「全員、お前の領分の奴らなんやろう?」
その言葉に首を傾げた。
領分とはどういう意味か分からなかった。
「お前には何かある。目に見えない何かが。同期として長年同じ病院で働いてきたんじゃ。お前の回りで不可思議な事が多いのは知っとる。良からぬ噂で揶揄されてる事もな。医者として救った命も多くあるのに、そんな事で帳消しにしちまうんじゃけな。……全く、難儀な奴なんよ、お前は」
頭をかいてそう言われ、河田は笑った。
「……そうか。以外にも心配をかけとったんか」
「心配はしとらん。難儀と思っただけじゃ」
医者の友人としての言葉に笑みを浮かべ、
「ありがとな」
と礼を言った。
知華が目覚めたのは襲撃の翌日だった。
羽原家全員が揃っている時で、知華は両親をまたもや泣かせてしまった。
和輝は涙する両親の後ろで静かに知華を見て、
「終わったんか?」
とだけ聞いた。
知華は頷き「終わった」とだけ返した。
知華は和輝から、倒れた後の事を聞いた。
安から一回だけの着信があり、始まるのだと分かった。
しきしそこから待てど暮らせど連絡がなく、やきもきしていた所に病院から緊急連絡があった。
知華の容体が急変し、緊急で輸血と処置が必要だというものだった。
急いで病院に駆けつけ、河田から説明を受けた。内視鏡での止血作業と輸血が行われ、病室は一般病棟に移された。もともとの部屋は清掃のため立ち入れないからだ。
知華の処置がなされる間、和輝は両親に事の次第を説明した。
「きっとここで決着がついた。霊媒師三人が重症なのがその証拠やろ」
と和輝は言った。両親は不安な顔をしていたが何とか納得して、知華の覚醒を待った。
当の和輝はと言うと、自分の言葉に縋る《すがる》思いだった。そうであって欲しい、そうであってくれ。
その願望しかなかった。
そしてそのまま時間が経過し、今に至る。
「オマモリサマはもうおらん。安ちゃんが祓ってくれた。これであたしももう平気。変な動きもせんし、定期的なお祓いを受ける必要もない。倒れることもない」
知華は家族にそう説明した。
母は知華に抱きついた。
「やっと……やっと落ち着いたんね……。良かった……。知華……良かった……」
両親にとっても、長くトラウマだった元凶が消え去った事は嬉しく、喜んでくれた。
「他の奴らは何であそこまで重症になったんや?」
和輝に問われ、知華はあの時の状況を説明した。
長い説明だったので途中から頭がふわふわして、とても眠くなった。
それでも全員の努力と頑張りを知って欲しくて、知華は粘って口を動かした。
やっと全てを話し終えると瞼が閉じる事を強制してきて、目を開けていられなかった。
和輝はそんな妹の頭を撫で、
「長い説明ありがとな」
と眠りに誘った。
次に知華が目覚めると、翌朝になっていた。
朝食はまた形が無い内容に戻っていた。これにはかなりがっかりした。知華は消化器系から出血していたので、また逆戻りになったのだ。治療と思って渋々平らげた。
それから朝の検温などが終わると、那津が訪ねてきた。
病衣姿で、顔や首には絆創膏が見える。
「今ちょっとええか?」
知華が頷くと個室のドアを閉めて、椅子に腰掛ける。動きはスムーズなので、軽傷だと分かった。
「あれからどうなった?あたし家族にしか会ってなくて……。安ちゃんとか宇田さんは無事?紅野さんは?一番重症じゃったけど」
立て続いて聞く知華に、那津は
「順番に説明するな」
と返した。
まずは安。右腕が一番の重症で、動脈が損傷し手術での止血が必要だった。腹部と胸部の傷も浅くはなく、そこも縫合された。目覚めたのは昨晩らしい。
宇田は足の傷が酷く、暫くは松葉杖の生活になるらしい。こちらも手術を受け、リハビリが必要なので入院が長引くとの事だった。
一番重症なのが紅野で、生死の境を彷徨ったと説明された。
内臓の損傷と出血が酷く、かなり危ない状態だったが、今は少し落ち着いたと言われた。
「まだ唯一ICUにおるのが紅野さん。他の皆は知華と同じで、一般病棟におる。あとで顔を見に行こうな」
一通りの状況を教えてもらい、知華の心は少し落ち着いた。
しかし那津はなぜそこまで状況に詳しいのか。
軽傷で他のメンバーより早く目覚めたとはいえ、医師からの説明が無くては詳細は分からないはずだ。
「那津くんは誰から聞いたん?随分と詳しく知っとるけど」
「河田医師。俺ら、凄く迷惑かけてしもうてな……」
申し訳なさそうな顔になったので、知華は首を傾げた。
「どういうこと?」
「考えても見ろって。オマモリサマとやりあって、あの病室がどうなったか」
そう言われ、知華はあっと声をあげた。
「部屋の中で患者以外の人間が四人も倒れて意識不明。壁も床も血まみれで、備品も壊れとる。おまけに出血多量の患者がおるし、緊急手術やら病室の確保やらで、てんやわんやだったみたなんよ。河田先生は院長に呼び出し食らって、説明を求められて、しこたま怒られたらしい」
それを聞き、知華も申し訳ない気持ちになった。
河田は詳細を何も知らないとはいえ、何となくは察したはずだ。
(これまで状況を呑んで、何も聞かんと手を貸してくれとったのに……)
知華は申し訳なくて顔向け出来ない気分になった。
那津は知華の頭をポンポンと撫でた。
「大丈夫や、そんな顔せんでも。医者の友達が一緒に弁明して助けてくれたって、笑っとったから」
そう言われても、申し訳なさと罪悪感が募った。次に顔を合わせた時には厚くお礼を言おうと思った。
「那津くんは?怪我の具合、どうなん?」
「俺は平気。明日退院できる」
ニコッと笑った顔を見て、知華は安心した。
午後、二人は安の元へ面会へ行った。知華と安の病室は近く、ほんの数個先の部屋だった。それでも知華は歩いて行くことが出来ず、車椅子を那津に押してもらい移動した。
「知華!よかった!やっと顔見れた!」
病室に入ると安は点滴中で、顔にも腕にも細かな傷が沢山あった。一番痛々しいのは右腕で、大きな三角巾で吊っている。
知華がどこを見ているのかすぐに気が付き、
「なんか大層な事になってしもうた」
と苦笑いした。
「平気?痛みは?」
知華が案じて聞くと、
「痛いよ。痛み止めの点滴たまにしてもらっとる。でもあたしはまだ自分で歩けるから。知華、顔色良くないで?知華の方こそ平気なん?」
今はまだ体調は良い方だったので、頷いた。
「またトイレまで歩けんくなったし、ご飯もドロドロに戻ったけど。痛みは無いから平気」
そう返すと、
「そっか……」
と言い、今度は知華の胸辺りを見た。
何かに気がついたのか、しんみりとした顔になり、
「……二人ともごめんな」
とこぼした。
いきなりそう言われ、一緒にきょとんとした。
「何が?」
安は知華の肩に触れると、ゆっくり喉の下辺りまで指を滑らせた。まるで無事であるかを確かめるような手つきだった。
「オマモリサマに魂掴まれて、痛かったやろ?」
まるで自分が痛みを感じているかのような表情だ。
「二人の絶叫が耳から離れん……。最終的には守れたけど、あんなにも痛くて辛い思いをさせた……。ホンマにごめん。魂も少し傷ついとるみたいじゃし、退院したら二人とも平癒のお祈り受けてな」
自分の至らなさで二人には苦労をかけ、死をも覚悟する痛みを与えた。
安はその自責の念がどうしても拭えなかった。
知華は安の手をと取り、笑った。
ちゃんと覚悟をもって挑んだことだったと、知ってほしかった。
「あたしはもう、皆の足枷になりとうなかった。助けられてばっかりが嫌じゃった。最後まで引かずに戦うって決めとったから、後悔なんてしてない。確かに痛かったけど、安ちゃんは必死に助けてくれた。じゃから、そんな顔せんで」
「俺もこれっぽっちも気にしてない。痛くなかったとは言わんけどな。でも、全員で向かって行けたけ、オマモリサマを倒した今がある。必要な事じゃったし、無駄な事じゃなかった。安井が謝る必要も、後悔する必要もない。ちゃんと俺らを守ってくれた。信じとったけど、さすがやな。ありがとな」
二人からそう言われ、安は目を潤ませた。
やっと守れた。
ちゃんと信用に応えることが出来た。
その安堵と嬉しさが込み上げ、心が満たされた。
「……うん……二人とも頑張ってくれて、ホンマにありがとう……。信じてくれて、ありがとうーー」
俯くと頬に涙が伝った。
知華は出来るだけ車椅子をベッドに寄せて安に近づいた。
「安ちゃん、痛かったらごめん」
そう言うと安を抱きしめた。
「安ちゃんも頑張った。凄い霊力だったよ。綺麗だった、紺碧の霊力。佐藤さんも供養してくれてありがと。あたしらも最後に、佐藤さんの顔を見れて良かった。一緒に見送れて嬉しかった」
知華の中に残る佐藤さんの最後は、悲しがとても美しく温かかった。
安は知華の腕を掴んで泣いた。
佐藤さんを想うと、どうしても堪えきれなかった。
最善を尽くした。
穢れてしまった佐藤さんの魂を浄化し、天に返す。
あれ以上の供養はなかった。しかし、もっと伝えたいことがあった。もっと聞いて欲しいことがあったのに、一言しか言えなかった。
「もっと沢山伝えれば良かった……佐藤さんにありがとうって……。最後にあんなにも守ってくれたのに……。一言しか……言えんかった……」
「うん……。でも、佐藤さんには伝わっとるから大丈夫。だって、あたしらにも今の安ちゃんの気持ちは分かるもから。じゃから、絶対に佐藤さんにも伝わったよ。笑っとったし、穏やかないい顔だったよ……」
安は知華の腕に顔を埋めたまま、頷いた。
「俺からもお礼を言わせてや。あん時、安井の霊力が部屋に満ちとったから、俺にも佐藤さんが見えた。最後にちゃんと見えたから、嬉しかった。見送れた。ありがとうな、お別れさせてくれて」
安はそれを聞いて、さらに泣いた。
知華はずっと震える背中をさすっていた。
オマモリサマを祓えた代わりに失ったもの。
それは余りにも大きかったが、最初から佐藤さんが望んでいたこと。それを叶えられた。
さみしく悔しもあったが、最後の笑顔が安の心を慰めてくれた。
いつまでも忘れない。忘れずに前を向いて歩いていく。生きていく。
それが佐藤さんが一番望んだこと。皆に望んだこと。
三人はそれを噛み締めて生きていこうと思った。




