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クリカゲ  作者: 栢瀬 柚花
105/106

幕引き


 佐藤さんの供養が終わると、安はその場に倒れた。完全に意識を失った。

 那津は慌てて寄ったが、呼吸している事を確認して安堵のため息をもらした。

 しかし、今度は宇田の

「お師匠!」

 という焦った声に振り返った。

 紅野が昏倒していた。きっと出血が多すぎたのだ。

 那津も意識が朦朧していた。

 知華を見ると、こちらも意識がない。胸が動いているので呼吸はあるが、良い状況にはないと思った。宇田も同様で、目の焦点が怪しい。

 このままでは全員の意識が飛んでしまう。そうなれば助けを呼ぶ者が居なくなる。

 

 那津は暗くなってきた視界を何とか誤魔化し、這ってナースコールの位置まで移動した。ベッドの上にあるボタンを手探りで押すと、『ポーン』と音がしてマイクから

『どうされましたー?』

 と声がした。

 しかし、何か言う前にそこで意識が途切れた。


 

 返事がないので、担当ナースが病室に行き戸を開けると、叫び声をあげた。知華だけでなく、他にも四人が倒れていたからだ。

 しかも明らかに重症と見られる出血量の者もいる。

 慌てて応援を呼び、すぐに院内全体の救援要請、コード救急が招集された。

 そこから一気に慌ただしくなり、ドクターやナースが詰めよせ、手術準備やICUの手配がなされた。


 

 知華の担当医の河田は緊急で院長から呼び出しをくらった。

「どうなっているのか説明をしろ!」

 とかなり詰め寄られた。

 しかし、河田にも分からない。

 病室で決闘でもしたのかと言う有様で、備品は壊れ壁や床は血飛沫まみれ。おまけに緊急手術を五人中三人が受けるという事態。

 紅野を知っている河田は、きっと何かあったのだろうと思ったが、到底そんな事は口に出来ず、

「分かりません」

 を貫いた。

 いよいろ院長の堪忍袋の緒が切れそうになった時、河田の弁明に入ったのは、以外にも長田だった。

 かなり難航したが、何とか話をつけ二人で院長室を後にした。


「なんで弁明にきてくれた?」

 下階に移動するため、エレベーターを待っている時、河田は長田に聞いた。

 知華の夜間移動の件で揉めて以来の再会がこのタイミングとは、なんとも不思議で納得がいかなかった。

 長田はしばらく黙り込んでいたが、ボソッ言った。

「全員、お前の領分の奴らなんやろう?」

 その言葉に首を傾げた。

 領分とはどういう意味か分からなかった。

「お前には何かある。目に見えない何かが。同期として長年同じ病院で働いてきたんじゃ。お前の回りで不可思議な事が多いのは知っとる。良からぬ噂で揶揄されてる事もな。医者として救った命も多くあるのに、そんな事で帳消しにしちまうんじゃけな。……全く、難儀な奴なんよ、お前は」

 頭をかいてそう言われ、河田は笑った。

「……そうか。以外にも心配をかけとったんか」

「心配はしとらん。難儀と思っただけじゃ」

 医者の友人としての言葉に笑みを浮かべ、

「ありがとな」

 と礼を言った。



 知華が目覚めたのは襲撃の翌日だった。

 羽原家全員が揃っている時で、知華は両親をまたもや泣かせてしまった。

 和輝は涙する両親の後ろで静かに知華を見て、

「終わったんか?」

 とだけ聞いた。

 知華は頷き「終わった」とだけ返した。


 知華は和輝から、倒れた後の事を聞いた。

 安から一回だけの着信があり、始まるのだと分かった。

 しきしそこから待てど暮らせど連絡がなく、やきもきしていた所に病院から緊急連絡があった。

 知華の容体が急変し、緊急で輸血と処置が必要だというものだった。

 急いで病院に駆けつけ、河田から説明を受けた。内視鏡での止血作業と輸血が行われ、病室は一般病棟に移された。もともとの部屋は清掃のため立ち入れないからだ。

 知華の処置がなされる間、和輝は両親に事の次第を説明した。

「きっとここで決着がついた。霊媒師三人が重症なのがその証拠やろ」

 と和輝は言った。両親は不安な顔をしていたが何とか納得して、知華の覚醒を待った。

 当の和輝はと言うと、自分の言葉に縋る《すがる》思いだった。そうであって欲しい、そうであってくれ。

 その願望しかなかった。


 そしてそのまま時間が経過し、今に至る。

「オマモリサマはもうおらん。安ちゃんが祓ってくれた。これであたしももう平気。変な動きもせんし、定期的なお祓いを受ける必要もない。倒れることもない」

 知華は家族にそう説明した。

 母は知華に抱きついた。

「やっと……やっと落ち着いたんね……。良かった……。知華……良かった……」

 両親にとっても、長くトラウマだった元凶が消え去った事は嬉しく、喜んでくれた。

「他の奴らは何であそこまで重症になったんや?」

 和輝に問われ、知華はあの時の状況を説明した。

 長い説明だったので途中から頭がふわふわして、とても眠くなった。

 それでも全員の努力と頑張りを知って欲しくて、知華は粘って口を動かした。

 

 やっと全てを話し終えると瞼が閉じる事を強制してきて、目を開けていられなかった。

 和輝はそんな妹の頭を撫で、

「長い説明ありがとな」

と眠りに誘った。


 次に知華が目覚めると、翌朝になっていた。

 朝食はまた形が無い内容に戻っていた。これにはかなりがっかりした。知華は消化器系から出血していたので、また逆戻りになったのだ。治療と思って渋々平らげた。

 それから朝の検温などが終わると、那津が訪ねてきた。

 病衣姿で、顔や首には絆創膏が見える。

「今ちょっとええか?」

 知華が頷くと個室のドアを閉めて、椅子に腰掛ける。動きはスムーズなので、軽傷だと分かった。

「あれからどうなった?あたし家族にしか会ってなくて……。安ちゃんとか宇田さんは無事?紅野さんは?一番重症じゃったけど」

 立て続いて聞く知華に、那津は

「順番に説明するな」

 と返した。

 まずは安。右腕が一番の重症で、動脈が損傷し手術での止血が必要だった。腹部と胸部の傷も浅くはなく、そこも縫合された。目覚めたのは昨晩らしい。

 宇田は足の傷が酷く、暫くは松葉杖の生活になるらしい。こちらも手術を受け、リハビリが必要なので入院が長引くとの事だった。

 一番重症なのが紅野で、生死の境を彷徨ったと説明された。

 内臓の損傷と出血が酷く、かなり危ない状態だったが、今は少し落ち着いたと言われた。

「まだ唯一ICUにおるのが紅野さん。他の皆は知華と同じで、一般病棟におる。あとで顔を見に行こうな」

 一通りの状況を教えてもらい、知華の心は少し落ち着いた。

 しかし那津はなぜそこまで状況に詳しいのか。

 軽傷で他のメンバーより早く目覚めたとはいえ、医師からの説明が無くては詳細は分からないはずだ。

「那津くんは誰から聞いたん?随分と詳しく知っとるけど」

「河田医師。俺ら、凄く迷惑かけてしもうてな……」

 申し訳なさそうな顔になったので、知華は首を傾げた。

「どういうこと?」

「考えても見ろって。オマモリサマとやりあって、あの病室がどうなったか」

 そう言われ、知華はあっと声をあげた。

「部屋の中で患者以外の人間が四人も倒れて意識不明。壁も床も血まみれで、備品も壊れとる。おまけに出血多量の患者がおるし、緊急手術やら病室の確保やらで、てんやわんやだったみたなんよ。河田先生は院長に呼び出し食らって、説明を求められて、しこたま怒られたらしい」

 それを聞き、知華も申し訳ない気持ちになった。

 河田は詳細を何も知らないとはいえ、何となくは察したはずだ。

(これまで状況を呑んで、何も聞かんと手を貸してくれとったのに……)

 知華は申し訳なくて顔向け出来ない気分になった。

 那津は知華の頭をポンポンと撫でた。

「大丈夫や、そんな顔せんでも。医者の友達が一緒に弁明して助けてくれたって、笑っとったから」

 そう言われても、申し訳なさと罪悪感が募った。次に顔を合わせた時には厚くお礼を言おうと思った。

「那津くんは?怪我の具合、どうなん?」

「俺は平気。明日退院できる」 

 ニコッと笑った顔を見て、知華は安心した。


 午後、二人は安の元へ面会へ行った。知華と安の病室は近く、ほんの数個先の部屋だった。それでも知華は歩いて行くことが出来ず、車椅子を那津に押してもらい移動した。

「知華!よかった!やっと顔見れた!」

 病室に入ると安は点滴中で、顔にも腕にも細かな傷が沢山あった。一番痛々しいのは右腕で、大きな三角巾で吊っている。

 知華がどこを見ているのかすぐに気が付き、

「なんか大層な事になってしもうた」

 と苦笑いした。

「平気?痛みは?」

 知華が案じて聞くと、

「痛いよ。痛み止めの点滴たまにしてもらっとる。でもあたしはまだ自分で歩けるから。知華、顔色良くないで?知華の方こそ平気なん?」

 今はまだ体調は良い方だったので、頷いた。

「またトイレまで歩けんくなったし、ご飯もドロドロに戻ったけど。痛みは無いから平気」

 そう返すと、

「そっか……」

 と言い、今度は知華の胸辺りを見た。

 何かに気がついたのか、しんみりとした顔になり、

「……二人ともごめんな」

 とこぼした。

 いきなりそう言われ、一緒にきょとんとした。

「何が?」

 安は知華の肩に触れると、ゆっくり喉の下辺りまで指を滑らせた。まるで無事であるかを確かめるような手つきだった。

「オマモリサマに魂掴まれて、痛かったやろ?」

 まるで自分が痛みを感じているかのような表情だ。

「二人の絶叫が耳から離れん……。最終的には守れたけど、あんなにも痛くて辛い思いをさせた……。ホンマにごめん。魂も少し傷ついとるみたいじゃし、退院したら二人とも平癒のお祈り受けてな」

 自分の至らなさで二人には苦労をかけ、死をも覚悟する痛みを与えた。

 安はその自責の念がどうしても拭えなかった。 

 知華は安の手をと取り、笑った。

 ちゃんと覚悟をもって挑んだことだったと、知ってほしかった。

「あたしはもう、皆の足枷になりとうなかった。助けられてばっかりが嫌じゃった。最後まで引かずに戦うって決めとったから、後悔なんてしてない。確かに痛かったけど、安ちゃんは必死に助けてくれた。じゃから、そんな顔せんで」

「俺もこれっぽっちも気にしてない。痛くなかったとは言わんけどな。でも、全員で向かって行けたけ、オマモリサマを倒した今がある。必要な事じゃったし、無駄な事じゃなかった。安井が謝る必要も、後悔する必要もない。ちゃんと俺らを守ってくれた。信じとったけど、さすがやな。ありがとな」

 二人からそう言われ、安は目を潤ませた。

 やっと守れた。

 ちゃんと信用に応えることが出来た。

 その安堵と嬉しさが込み上げ、心が満たされた。

「……うん……二人とも頑張ってくれて、ホンマにありがとう……。信じてくれて、ありがとうーー」

 俯くと頬に涙が伝った。

 知華は出来るだけ車椅子をベッドに寄せて安に近づいた。

「安ちゃん、痛かったらごめん」 

 そう言うと安を抱きしめた。

「安ちゃんも頑張った。凄い霊力だったよ。綺麗だった、紺碧の霊力。佐藤さんも供養してくれてありがと。あたしらも最後に、佐藤さんの顔を見れて良かった。一緒に見送れて嬉しかった」

 知華の中に残る佐藤さんの最後は、悲しがとても美しく温かかった。

 

 安は知華の腕を掴んで泣いた。

 佐藤さんを想うと、どうしても堪えきれなかった。

 

 最善を尽くした。

 穢れてしまった佐藤さんの魂を浄化し、天に返す。

 あれ以上の供養はなかった。しかし、もっと伝えたいことがあった。もっと聞いて欲しいことがあったのに、一言しか言えなかった。

「もっと沢山伝えれば良かった……佐藤さんにありがとうって……。最後にあんなにも守ってくれたのに……。一言しか……言えんかった……」

「うん……。でも、佐藤さんには伝わっとるから大丈夫。だって、あたしらにも今の安ちゃんの気持ちは分かるもから。じゃから、絶対に佐藤さんにも伝わったよ。笑っとったし、穏やかないい顔だったよ……」

 安は知華の腕に顔を埋めたまま、頷いた。

「俺からもお礼を言わせてや。あん時、安井の霊力が部屋に満ちとったから、俺にも佐藤さんが見えた。最後にちゃんと見えたから、嬉しかった。見送れた。ありがとうな、お別れさせてくれて」

 安はそれを聞いて、さらに泣いた。

 知華はずっと震える背中をさすっていた。


 オマモリサマを祓えた代わりに失ったもの。

 それは余りにも大きかったが、最初から佐藤さんが望んでいたこと。それを叶えられた。

 さみしく悔しもあったが、最後の笑顔が安の心を慰めてくれた。

 いつまでも忘れない。忘れずに前を向いて歩いていく。生きていく。

 それが佐藤さんが一番望んだこと。皆に望んだこと。

 三人はそれを噛み締めて生きていこうと思った。


 

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