葬送
安も知華も那津も、黒い砂の最後の欠片が消えるまでを見届けた。
安の霊力に包まれた部屋から砂粒が見えなくなり完全に気配が消えると、全員がその場に倒れ込んだ。
知華は床を見ながら、体が自分のものではないような感覚がした。手足が勝手にあちこちに投げ出されたように思った。
一番嫌だったのは口の中で、鉄の味を吐き出したかった。しかしどうにも体が動かなかった。
相変わらず喉はヒューヒューとおかしな音を立てている。視界も暗い。息をするので精一杯だった。
「知華……知華……!」
那津が這って近くに寄ると、チアノーゼになった唇を見て慌てた。
辺りを見回し、酸素吸入器の装置を見つけると何とか管を手繰り寄せた。ぶら下がったままの酸素マスクを知華に付け、
「知華、息して……。ゆっくりでええから……」
と繰り返し声をかけた。
立ち上がって調節バーをいじって酸素投与を始めた。那津も上手く体が動かせなかったが、口の中を綺麗にしようとペットボトルの水を開ける。タオルを湿らせ、マスクを少しずらして指が届く出来るだけの範囲を拭ってやった。
少しは口腔内の異物がなくなり、呼吸が楽になる。
ゆっくり酸素を吸うと視界が開け、明るくなった。
那津が心配そうに自分を見下ろしている。顔や喉、体のあちこちに沢山の傷があり、全てから出血していた。
疲労の色も濃いが、知華と目が合うと笑っていた。
安は動かない右腕を引きずりながら、膝でずりずり移動した。知華の元へいき、容体を確かめた。
ずっと魂が不浄な者に触れられていたので、かなり衰弱していた。それでも那津の処置のお陰で、目は焦点が合う。
ひとまずは大丈夫そうだ。
それに安堵して、次に後ろを振り返った。
紅野は宇田に介抱されていた。しかしかなり容体は悪そうで、顔面蒼白だった。出血が止まらないようだ。それでも何とか意識を保っていた。
安と目が合うと、紅野は何か言った。しかし声が出ないのか、何も聞こえない。安は口の動きで何とか言葉を読もうとした。
『佐藤さん』
そう見えた。
ハッとして佐藤さんがいた所を見ると、もう姿はほとんどなかった。オマモリサマの攻撃で幽体は消滅し、魂だけの姿になりつつあった。
魂だけになれば、もう佐藤さんとは話せない。
安はお礼が言いたかった。
これまで佐藤さんと過ごした全ての時間に、思い出に、感謝したかった。
消え入る姿を見ていると、自然と涙が溢れる。
二年の日々は、安の中で咲いては消える花のように思い起こされた。それは決して長く咲かなかったが、その一瞬一瞬の美しさに思いを馳せた。
言いたいこと、伝えたい事は山のようにあるはずなのに、安の口からは
「佐藤さん、ありがとう!」
しか出てこなかった。
涙声になり、その言葉すらも上手く言えたかは分からない。
安の声が聞こえ、佐藤さんはまどろむ意識を無理やり引っ張ってきた。
幽体は消えかけ、もう霞のような思考しか佐藤さんには残されていなかった。
それでも安の声は佐藤さんの胸の奥底に響いた。
安の除霊により、病室内は澄んだ綺麗な青色の霊力に満ちていた。その力を借りて何とか目を開け、全員の姿を見ようとした。
目に映る安の最後の姿を。
皆、姿もボロボロで、とても大丈夫と言える状態では無かったが、全員が佐藤さんを見ていた。
見送ろうとしていた。
その表情がいたたまれず、いつもの明るしい調子で佐藤さんは言った。
「そんな顔せんでや。ワシはな、安ちゃんや紅野の手を煩わせんでよかったなと思っとるよ」
ずっと前に決めていた。
この人達のタイミングがいいと。
ここで見送られるなら本望だと。
安はもう見ることも聞くことも出来なくなる佐藤さん姿を、声を、ちゃんと最後に焼き付けたかった。
「ホンマにありがとな、みんな。ワシは幸せやったよ」
佐藤さんの幽体は、笑顔のままゆっくりと消えていった。
その場から丸く綺麗な魂がふわりと出てきた。少し濁っているのは最後にオマモリサマと戦って、穢を付けたせいだ。
安は佐藤さんの魂を、ちゃんと供養したかった。
暖かな天へ返したかった。
安は手を合わせて御経を唱える。宇田が圭ちゃんを送ってくれた時の御経だ。
魂は御経で穢を落とされ、輝き出した。
すると綺麗な道が空から伸びた。
空の先は暖かく、光って見えた。
安がその光に向かって佐藤さんの魂を掲げると、綺麗な道に乗ってすうっと上にのぼっていった。
みんなで光の中に消え去っていくのを見届けた。
もう顔は見えないが、佐藤さんが笑っているのが全員に分かった。




