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クリカゲ  作者: 栢瀬 柚花
103/106

それぞれの攻防

 オマモリサマの目に殺気がこもった。紅野はそれをみて取り、全身に力を入れて構えた。


 オマモリサマは流れ続ける黒い血を使って刃を形成し、連続して紅野に放った。先ほどよりも威力も精度も上がっている。

 何とか反応し五本を霧散させると、次は十本飛んできた。

 さらに速度が上がった。老体には俊敏な動きは辛く、間に合わなかった刃で腕、腿、顔に傷がつく。

 それを見て取ると、オマモリサマは更に二十本を形成し放った。重さが加わり苦戦する。

 安が援護のため幾つか霧散させたが、間に合わない刃が紅野の腹と右腿を大きく割いた。

 痛みよりは衝撃を感じた。

 鮮血が飛び散り「お師匠!」と弟子二人の声が耳に入った。

 袴が見る見る赤に染まっていくが、紅野は無視した。

 オマモリサマから目を離さずにいると、第五陣が飛んでいた。

 紅野は防御結界で刃を跳ね返し幾つかをオマモリサマにぶつけた。残りは安と宇田が霧散させた。


 弟子との連携に、オマモリサマは今度は三方向に刃を飛ばす。それぞれが十本を捌くことになった。

 安はその重さと威力に押された。こんな物理攻撃を受けたことはなく、体が上手く反応しない。

 しかし後ろには那津がいる。自分が引けば攻撃も防御もできない那津が引き裂かれる。

 そう思うと足を前に出すしかなかった。宇田も同様に感じたようで、知華を背後に庇いながら、必死に跳ね返してた。

 血の刃は数を増やしていった。

 二十五本ずつを捌き切った頃には軽く息が切れていた。

(これ以上は流石にキツイ…)

 そう考えた時、今度は三十本が飛んできた。

 必死に捌いていると、刃の中に更に小さな刃物が見えた。

 油断した。ここにきてやり方を変えられ、安は対応できなかった。

 小さな刃は剃刀のようで、鋭く安の全身を切り裂き、何本かは体に突き刺さった。

 その間に大きい刃が容赦なく腕を切り落としにかかってくる。何とか防御結界で跳ね返したが、右腕をザックリと切られた。衝撃に思わず膝をつく。

 袴のあちこちから出血している。刺さったままの刃は安の霊力を奪った。早く抜かないとどんどん消耗する。

 安は無理やり引き抜いた。痛みで吐き気が込み上げてきたが、堪えた。

 宇田も状態は似たようなもので、アキレス腱辺りと右脇腹を深く傷つけていた。安と同じ様に刺さった刃を腿から抜いている。

 一番の重症は紅野だった。裂けた腹から血が滴っている。顔も青い。

 

 かなり状況は不利だった。霊媒師三人とも傷を負い、座り込んで荒く息をしている。

 しかも幾重にも張った結界はすでにボロボロだった。オマモリサマの穢の影響と、血の刃で引き裂かたからだ。そろそろ消えてもおかしくない。

 そうなると、さらに戦況は向こうに傾く。

 安は唇を噛んだ。

 徹底的に網を張ったつもりだったが、全く足らなかった。今回はこんな事ばかりで、自分に腹が立って仕方がなかった。

 安はオマモリサマを隠し見た。

 まだ立っていたが、先ほどよりも顔色が一層悪く見える。

 死臭が強くなっている。切り落とされた左腕からはまだ血が流れていた。部屋に臭いが充満する。鼻がもげそうだった。

 しかし弱っている状態なら攻撃を続けなければ。

 安は霊力を集中させた。


 

 オマモリサマは霊媒師三人が床に座り込むのを確認すると、一旦攻撃の手を止めた。

 初手で仕留めるつもりだった。

 しかし出来なかった。力が入らない。

 この程度の攻撃で息も切れている。

 こんな半端な術者二人も死んでいない。はっきりと殺意をもって放ったにも関わらず、オマモリサマの想定する半分にも満たない威力だった。

 

 おかしい。明らかにおかしい。 

 オマモリサマは激しく動揺していた。こんなことは百年五十年で一度たりともなかった。

 必死に考えを巡らせる。今までになく、今回にのみ当てはまる出来事。それは一つしか思い当たらない。

 影飛ばしが露見した事。

 

 怪異にとって自分の悪行が暴れることは最大の失態であり、自分の首を絞める事になる。露見すると体の自由が利かなくなり、身動き出来ない事も多い。未熟な怪異や力が弱い悪霊にとっては致命打となる。

(思い当たるのはそれしかない……)

 オマモリサマの場合、動きを封じられる程ではないが、ここまで抑制されるとは考えてもみなかった。

 そもそも影飛ばしが露見した事がなかったので、危惧したこともなかった。

 オマモリサマは内心で舌打ちした。

 ここで全員を殺し、影飛ばしの事を後世に伝えられない様にしなくては。 

(そのためにはまず、目的を果たす)

 オマモリサマは知華を見た。そもそも知華の魂喰いたさに始めたことだ。

 まずはそれを成し遂げ、残りの人間の始末にかかる。

 オマモリサマにも余力が残っていなかった。体が重く、言うことをきかない。これ以上長引かせたくなかった。

 知華の魂を喰らえば、少しは回復する。

 その後に残りを一気に始末しよう。 

 


 知華は三人の酷い傷に激しく動揺した。全員血だらけで、紅野はもう動けそうになかった。

 安と宇田も息絶え絶えだ。非常に不利な状況になった。

(何とか形勢逆転せんと…!)

 必死に打開策を考えていると、オマモリサマと目が合った。

 その瞬間、来ると分かった。

 オマモリサマは再び知華に向けて手を伸ばした。

 先ほどまでのスピードはなかったが、それでも回避するのはギリギリだった。

 病後の体は上手く言うことを聞かず、横に飛び退くとすぐに腕に力が入らなくなり、前のめりに倒れてしまった。息が切れる。今し方、首を絞められたのも良くなかった。

 オマモリサマの手はすぐに知華を追ってきた。

 肩を掴まれ無理やり上向きにされる。

 すると、すかさず手が胸に突き刺さった。

 ズブズブと深く、腕が知華の中に侵入してくる。

 しかし血は出なかった。

 肉体ではなく魂を狙われているからだ。

 

 知華は絶叫した。

 救急搬送された時以上の激痛だった。

 手は無理やり魂を引き抜こうと、強引に引き千切ってきた。

 それを拒否する体と魂が抵抗し、壮絶な痛みを生んだ。

 ガッシリと魂が掴まれているのが分かる。

 これを掴まれてはいけない。このままでは抜かれる。 

 それが本能的に分かった。

 そして、抜かれてしまえば死ぬことも分かった。

 命がなくなる死ではなく、人間としての死だ。

 駄目だ。何としても抵抗しないと。


 那津は知華に腕が飛ばされた時点で動いた。

 足がもつれ転びそうになったが、何とか踏ん張った。

 知華の胸元に手がズブズブ入っていくのが見え、全身の血が逆流するほどの恐怖を覚えた。

 知華を失ってしまう。

 

 そう思うと体が心に応えて動いた。

 僅か一歩でオマモリサマに飛びかかり、その腕を掴んだ。知華から引き抜こうとしたが、魂を掴まれている知華にとっては負担になる。

 だからオマモリサマの目を見た。

 前回の乗っ取りの時以上に瞳を凝視し、体の中にいるオマモリサマ本体を見ようとした。

「無駄な事はよせ、ガキ!」

 言われたが、オマモリサマには片手しかないので何もされなかった。

 那津はひたすらにオマモリサマの奥底を見ようとした。

 すると僅かに影を見つけた。

 しかし本体はしぶとく姿をくらました。まるで水槽の中を逃げ回る小さな魚を追いかけるようだった。

 チラチラと見えては隠れを繰り返され、那津はイライラした。

 すると、安の「そのまま捉えようとしてて!」との声が聞こえた。

 那津は言われた通り、オマモリサマの瞳を見続けた。


 安は知華の胸に腕が入るの見て、自分の体に構わず走った。

 知華の絶叫が部屋に響き跳ね返る。聞いていられない程の悲痛な声だった。

 霊力を高めたまま、安は自分の血を指に付けた。

 そして懐に忍ばせていた白紙の札に、退魔の真言を書いた。血液は呪物にもなり得る強力な媒介だ。そこに退魔の思いをのせて書きなぐった。

 それを何とかオマモリサマに張り付けようとしたが、穢と妖力が邪魔をする。無理に張れば御札が負けて効力を失くしてしまう……。

 何とかオマモリサマの力を弱められないかと考えていると、那津があの時の様に、オマモリサマ本体を捉えようとしているのが分かった。

「そのまま捉えようとしてて!」

 そう叫び、先に穢を浄化しようと印を結んだ。

 安が首から下げている木珠が熱く反応するのを感じた。宗原から紅野が受け継いだ木珠だ。

 力を貸してくれているのが分かり、励まされた。

 このまま何とか弱体化させたいーー

 

 安が浄化の御経を唱え始めた所で、知華が動いた。

 絶叫していた声を抑え込み、オマモリサマを必死に見ようとしている。

 安は息を呑んだ。

 相当な激痛のはずだ。きっと意識を保つのも困難だろう。

 しかし知華は自分に刺さっている腕を両手でがっちりと掴んだ。爪が食い込むほどの力で。

 

 知華はオマモリサマを見た。

 正確には、中にある“影”を見た。

 自分の中にある“影”と同じもの。

 知華の中にある“影”よりも濃く、黒く、ドロっとしている“本体の影”

 それを睨みつけた。

「捕らえた。もう逃さない」

 知華の言葉は言霊となってオマモリサマの本体を捕らえ、縛り付けた。

 同じものが体内ある者同士、特有の言霊縛り“共鳴”。

 それは絶大な効力を発揮してオマモリサマ本体を縛りあげた。

 オマモリサマは飯田の体が硬直するのを感じた。

 紅野の不動縛の比ではない効力。

 全く動けなくなった。

 予想外の事態に、オマモリサマは怒鳴った。

「知華ぁ!!」

 口は動くが指の一本も動かせない。

 二人は硬直した状態で激しく睨み合った。

 知華は魂を握られたままなので、どんどん顔色が悪くなっていた。口角から血が滴っている。

 それでも断固たる決意の灯は消えておらず、オマモリサマを捕らえた続けた。

 安が穢の浄化を始めた。鎧を剥がされるかのように、オマモリサマを纏う穢が取れていく。

 那津は知華が捕らえた“本体の影”を見つけ、それに強く念じた。『消えろ。消滅しろ』と。

 

 知華の言霊縛り、安の浄化、那津の念。

 それぞれがオマモリサマを三方向から縛り付けた。


 穢がだいぶ剥がれた所で、血文字の札を取り出した。

 退魔の札であることを見て取ったオマモリサマは

 慄いた。

 ーーこのままでは祓われる。

 

 オマモリサマは本体を小さくまとめた。

 飯田の体を捨てようとしたのだ。

 何とか肉体を離れようと分離を試みる。百年五十年もの間共有した肉体とオマモリサマ本体はほぼ融合しており、なかなか時間がかかりそうだった。

 それでも粘って、半ば強引に引き剥がしにかかった。

 多少本体が傷つこうが構わず、オマモリサマは全力で引き剥がしに集中させた。

 

 知華も那津も、本体の動きがおかしい事を察知したが、どうすることもできなかった。

 しかも魂を掴まれたままの知華はそろそろ限界にきていた。激痛に耐えるのも、意識を保つのも……。

 知華は大量に吐血した。喉も口も鼻も血で鉄臭く、呼吸がしんどかった。

 喉がヒューヒューと音を立てている。

 指に力が入らない……

 目も霞んできた……

 もう長くは持たない……

 

 オマモリサマは知華の言霊縛りが緩んだ隙を見逃さなかった。

 瞬時に血の刃を作り、安の首目がけて鋭く放った。

 安は飛んでくる刃を見て悟った。なすすべがなかった。真言も御経も印も間に合わない……。

 首を落とされるー

 

 覚悟した時、佐藤さんが間に入った。

 ずっと隠形の術で身を隠し、穢と妖力に耐えて、固唾を飲んで見守っていたのだ。

 しかし安の危機は見過ごす事が出来なかった。

 安だけは、犠牲にさせないーー

 

 刃は佐藤さんの霊体を貫き、真っ二つにした。

「佐藤さん!!」

 安の叫び声には動じず、佐藤さんはオマモリサマを睨み続けた。

「ワシの娘に手を出すな」

 別れ別れになった下半身が霧散して消える。

 残った上半身もどんどん霞の様になっていく。

 それでもオマモリサマと安の間から逃げようとはしなかった。

「そんな消える寸前の死霊に何ができる!」

 オマモリサマは怒鳴った。

「すぐに目の前で全員殺してやる!」

 肉体と本体の分離があと少し。

 那津も捕らえ続けるのが困難になった。知華もほとんど目が見えない。思考もはっきりしない。

 ここまで追い込んだのに、逃げられるーー!

 

 全員が焦り切迫した思いを抱いた時。

 飯田の魂が動いた。

 

(行かせない)

 飯田はそう言った。

 

 オマモリサマは驚愕した。もうボロボロになり、すでに消えるしかないスカスカの魂。

 それが話しかけてきた。

「飯田!何のつもりじゃ!!!」

 唾を撒き散らしながら怒鳴った。

(この子は彼女の子孫じゃ)

 そう言って飯田はオマモリサマが離れることを拒否した。

 すると、体はそれに応えて本体の引き剥がしを拒絶した。

 あと少しだった分離が止まる。

「ここにきて、まだそんなつまらん事に拘るか!」

 飯田の言葉を理解できないオマモリサマは激昂した。しかし飯田は気にせず穏やかに言った。

(言ったやろ。産まれて死ぬまでに何をするか、何を残せるかが大事なんじゃって。俺はここで残したい。彼女が生きとった証を。その子孫を守る事で残したいんじゃ)

 オマモリサマはあまり事に苛立ちを抑えられず、怒りの咆哮をあげた。

 分離が止まったことを見て取った安は、血文字の札をオマモリサマに貼り付ける。

 霊力を極限まで研ぎ澄ませ、御経を唱えた。

 纏う薄青い霊力が輝きを増す。

 

 オマモリサマは呪いを込めて安を見た。

 しかしその視線を佐藤さんが全て受け止めた。肉体を持たない佐藤さんは、魂が一気に穢れ、色が変色した。激痛のはずたが全く表情を変えず、

「これ以上、娘は傷つけさせん」

と鋭く言い切った。

 オマモリサマは憎々しげに死霊を見下し、

「たかだか死霊風情が……!」

 と毒づいた。

 佐藤さんはオマモリサマを見て教えてやった。

「お前は侮り過ぎなんよ。人間も死霊の事も。じゃからここで消える」

 

 ーー消える 

 そう言われ、生まれて初めて死を意識した。


 御経が完成すると安は両手で印を結んだ。

 安の薄青い霊力の色が、紺碧に変化した。

 組んだ印を切ると同時に、オマモリサマに放つ。

 その瞬間、辺りは安の紺碧の色一色に眩しく染まった。

 その光に触れ、飯田の肉体が消え行く。

 サラサラと砂のように体が、本体が散っていくのをオマモリサマは感じた。

 

 地獄の音が耳を打つ。

 死の音に戦慄した。

 その時、オマモリサマは初めて死を恐れている自分を自覚した。

 しかし全ては遅すぎた。

 

 紺碧の色に送られるように、空中で欠片も残さず、飯田の体とオマモリサマ本体は消え去った。 

  


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