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クリカゲ  作者: 栢瀬 柚花
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怪異の青年

高校生の知華は中学時代から祖母の介護をしていた。


それも終わり、祖母の葬儀の日に一人の青年と出会う。

まだ若く見える青年は祖母と旧知の仲らしい。


葬儀を終えた帰り道、踏み外した階段でその青年が助けてくれたのだか…。


青年は、怪異だったー。


これを期に、知華は霊が見え、その声が聞こえるようになる。


怪異の青年、不良の同級生、霊媒師の女の子、そのサポートをするおじさん霊。


沢山の人と幽霊と出会いながら、知華は自分の変化に気がついていく。

そして、徐々に青年怪異と家族との繋がりが分かっていくのだった。

 


 夏の残暑がまだまだ残る九月上旬。


 蝉の声がまだまだ残り、気温は高く日差しも強い午後。

 日向では薄っすらと汗をかくほどだ。風も生ぬるい。


 残暑と言うには暑すぎる屋外で、一人の高校生が花壇の隅に座っていた。

 市内の公立高校の制服を着ており、紺の靴下に黒のローファーを履いている。俯いて地面の一点を見つめており、その顔は酷く疲れていた。 


 セレモニーホールで羽原家の葬儀が行われていた。

 ちょうど告別式が終わり、出棺の準備をしているところだった。


 初めての葬儀に参列し少した羽原知華はねはらちかは、外の空気を吸うために座っていた。クーラーの効いた室内から出てきたのには、理由がある。家族と同室だと、息が詰まりそうだったからだ。

 亡くなったのは彼女の父方の祖母で、享年七十八歳であった。期間にすると四年ほどだったが、中学ニ年から介護を手伝っていた知華にとってはとても長い時間だった。

 共働きの両親は大学生の兄と進学校に通う知華の学費を稼ぐためになかなか介護休暇が取れず、大学に受かった兄はさっさと一人暮らしを始めてしまい、介護から手を引いた。


 長期の休みがあるのは学生の知華だけだったので、自然と介護をするようになった。両親は書類など事務的なやりとりのみで、実際に手を出す事は殆ど無かった。ヘルパーや看護師との直接的なやりとりもほとんど知華が担当しており、その状況を見かねた介護スタッフが両親と話をしてくれた時もあったが改善はなく、いつも「ごめんね」と申し訳なさそうな笑顔を向けてくるだけだった。「頑張って」と言われたことはなかったが、両親のその笑顔は知華にとってそれと同義であった。 

 祖母が亡くなって誰よりも「肩の荷が下りた」と言ったのは父だった。母も同意するような表情で何か言おうとしたが、知華の表情を見て口をつぐんでいた。

 


 自分はどんな表情をしていたのだろうと、久々の一人の時間を過ごしながら知華は空を見上げる。

深呼吸すると気持ちが良かった。暑い日差しも、肩の荷が降りた今なら心地よささえ感じた。

 葬儀の最中に感じていたギクシャクとした家族の空気感が嫌だった。兄は口数少なく、両親は知華の方をあまり見なかった。

 (さっきの空気、吐き出したいなぁ)

 数回の深呼吸を繰り返し、温かい空気で肺を一杯に膨らませて、空っぽになるまで吐き出す。眩しく暑い日差しと共に、深い呼吸で身体が浄化されてしていくような気がした。

 (そろそろ出棺じゃろか)

 立ち上がりスカートをはたいていた時、視界の隅に人影が映った。



 二十歳前後に見受けられる青年だった。

 九月上旬とは言え、日中は三十度を超すこの気温の中、長袖シャツにジーパンという格好だ。あまりファッションに興味が無いのか、スニーカーの紐の色が左右でチグハグなのが目を引いた。


 青年と目が合った。

引き込まれるような、吸い込まれるような眼差しだと感じた。

「八重子の近親者か?」

 急に声をかけられ、知華ははっと我に返った。

「八重子」とは祖母の名前だ。呼び捨てている。

 葬儀場の駐車場に本日の葬儀予定の家名が掲げられているが、苗字だけなので下の名前を言い当てられるわけがなかった。しかし、こんなに年の離れた知り合いがいないと確信があった知華は訝しんだ。

 もしかしたら、新手の詐欺かもしれない。

「どちら様ですか?」

 警戒心を露わにする知華を鼻先で笑うようにふん、とあしらうと、青年は再び

「八重子の近親者か?」

 と問うた。

 年齢的には兄の知り合いの可能性も高いが、わざわざ葬儀に来るとは思えない。ましてや祖母を訪ねるなど。

「兄の知り合いですか?」

 質問を繰り返す知華に、

「警戒心が強いのぉ。八重子に似とる」

 何が嬉しいのか、青年はニタニタと不快感のある笑みを見せた。


 さらに質問をするか考えていた所に、葬儀会場後スタッフが「お時間ですよ」と呼びに来た。

「はい」と返事を返すために振り返った、そのほんの数秒。


 青年の姿は消えていた。


 駐車場や敷地の外を見ても、どこにもいない。

 隠れられる場所もあるが、そんな事をする必要性も分からない。

 キョロキョロとしている知華を不思議そうに見ていたスタッフから再び声を掛けられたので、仕方なく会場に戻った。




 火葬が終わると、既に日が傾きかけていた。

 知華は一人、家路とは別の道をとぼとぼと歩いていた。

 十八時を過ぎた平日の夕方。公園で遊ぶ子供の姿はまばらで、部活帰りの学生の姿も少ない。住宅街からは夕食の匂いが流れてくる。


 骨壺を持った両親は自家用車で自宅に戻り、明日の朝から講義があるという兄は駅に向かった。


 両親と一緒の車に乗る気になれなかった知華は、どこを目指すわけでもなく歩いていた。

 以前は介護をするという建前で、祖母の部屋に逃げ込むことができた。それも出来なくなったので、自室にいる事が増えるだろう、と知華はため息を漏らしながら考えた。


 今になって部活に入っていないことが悔やまれる。幽霊部員でもいいから、何かに入っておけばよかったと、遅すぎる後悔をする。友人の奈海の家に行く事も考えたが、塾があるので頻繁には無理だった。


 そこまで思考を巡らせた所で、ふと知華は気がつく。自然と帰宅を遅くしようとしている。やはり居心地が良くないのだと思った。

 両親の事は嫌いではない。ただ、顔を合わせると、どうしても会話の無い時間が窮屈で、息苦しい。

 ここ最近は特に身体も頭も重かった。祖母の遺品整理などをして、余り寝ていないせいかもしれない。

 ぼんやりとそんな事を思いながら、公園近くの階段を下っていた。 


 思考にモヤがかかったように考えがまとまらない。明日は忌引が終わるので学校に行かなくては行けないのに。ふわふわする頭でそんな事を思う。


 足元をよく見ていなかったせいか、寝不足のせいか。

 知華は階段を踏み外していた。ガクッと体がよろけ、そのまま前に倒れていく。

けれど焦った気持ちはなく、頭にモヤがかかったままで、実感がなかった。

(このまま落ちたら痛いんじゃろうな)

 そう考えた次の瞬間に、足と頭と肩に強い衝撃があった。


 視界に映る世界がぐるぐると変わり、自分の体の向きが分からない。数度強い衝撃を感じた後、急に強い力で引っ張られ、動きが止まった。

 ぐるぐる回っていた視界も止り、ぼんやりと開けた目には自分の足が映った。まだ視界が揺れている。

 しばらくぐわんぐわんと頭に音が響いていたが、それと落ち着いてくると、自分の状況が分かってきた。

 階段から落ちた。それがなぜか止まり、今は体が持ち上げられている。 


 そう、持ち上げられているのだ。


 腕を掴まれ、体ごと引き上げられている。

 地面につくはずの両足は宙に浮き、だらんと垂れている。腕の痛みを今さら感じ、顔が引きつった。

「なんじゃ、お前か」

 青年の声がした。

 まだ頭が目眩を起こし揺れていたが、それを我慢し顔を上げてた。

 昼間、葬儀会場で声をかけてきた青年が立っていた。

 またこいつだ、と思ったのも一瞬。

 知華を持ち上げているのはその青年だと気づいた。

 そして、その持ち上げている腕が。


 腕が異様に長かった。


 長いと言うより、伸びている。

 着ているチェックの長袖シャツから、長く伸びた腕が見える。


 それに気がついた知華は驚いたが声が出なかった。

 何度見直してもその異様さは変わらず、階段から落ちた衝撃による見間違えではないのだと分かる。

 理解すると、今度はサッと全身が冷えた。

「う……あっ……」

 声にならない音が口から漏れる。

 知華の動揺とパニックに気づいていない青年は、重さのない物を持っているかのように、すずしい顔をしていた。

 じっと知華を見ているが目は合わず、まるで知華の奥にあるものを凝視しているようであった。

 数十秒凝視すると、青年は表情をほとんど変えず、眉だけをわずかに動かした。

「随分と憑いとるな」

 独り言のように呟いた。

「しかし随分と綺麗な……。祓えばより輝くか……?」

 なにやら思案している様子で、眉間にシワを寄せる。

 しばしそのままでいると、

「祓って欲しいか?」

 と突然に問われた。

 じっと知華を見つめているが、その顔からは感情を読みとれなかった。

 知華は青年の顔を見つめ返し、困惑した。

 問われた事の意味が分からず、ただ表情を強張らせた。

「黙っていても分からん。どうする?祓うか?」

 もう一度聞かれた。


 何のことか分からない。


 祓う、とはどういうことだろう。


「……わから、ない」

 カラカラの口で、辛うじてそれだけ答えた。

「ワシとしてはこのままでもいいが。じゃけど、取られるのは面白くないか」

 不愉快そうに眉間にシワを寄せた表情でそう言うと、伸びた腕を縮めた。

 知華の体がすーっと青年に近づいていく。

 距離が縮まる事に恐怖したが、腕をガッチリと掴まれているので動けない。

 足先が地面につくか、つかないかの所で動きが止まった。

 青年は知華に顔を近づけると、ふーっと息を吹きかけた。


 冷たい息だった。


 冷たさを感じると同時。頭が急に晴れ視界が明るくなった気がした。

 そして全身の痛みを感じた。

「こんなもんかの」

 そう言うと、知華の体を下ろした。

 地面に足がつくと、掴まれていた腕も解放された。痛みがある腕をさすりながら青年を見る。


 彼の腕は普通の長さに戻っていた。


「あちこち怪我しとるが、平気そうじゃな」

 言われて自分の方体を見てみると、足に何箇所か擦り傷があった。肩やわき腹も痛いが、服で見えない。

 

 しかし、怪我よりも今しがた自分の身に起きたことが信じられず、心臓が早鐘を打っていた。

 手も体も震えていて、自分でも押さえる事が出来なかった。

 息も不自然に上がり、指先が氷の様に冷たい。


 目に見えて震えていたのだろう。青年は知華の様子に気が付き、しゃがみ込んで顔を覗いてくる。

「どうした?寒いんか?」

 それにビクッと反応すると「ああ、ワシが怖いんか」とニタニタ顔で言った。

「助けてやったのに礼もなしで、怖がるんか。狭量な奴じゃな」 

 呆れたような顔をしていた。

 知華は自分の唇までもが震えているのが分かったが、何とか言葉を絞り出した。

「助けて、くれた?」

「そうじゃ。階段から盛大に転がったじゃろ」

 青年が自分の後ろを指さす。

 確かに、階段の下にいた。上段を歩いていた記憶があるので、半分は落ちた事になる。

 ざっと二十段くらいだろうか。

 それを止めて、体を持ち上げてくれたということだろう。

 そのおかげか、立てる程の軽症で済んでいた。

 身体のあちこちに痛みを感じるが、骨折などはしていない事が分かる。

 確かに助けてくれたようだが、まだ恐怖が拭えない。

 表情からもそれが伝わったのか、青年は軽い口調で言った。

「まぁ、そんなに怖がるな。お前に聞きたい事があって追ってきた」

 青年は知華を見ると、質問を投げかける。

「お前は八重子の孫か?そうなら、何もせん。」

 昼間もそんな事を聞いていた。この青年には、祖母の血縁者である事が重要らしい。

 青年は知華に顔をずいと近づけ、覗き込むように言った。

「孫か?」

 声を出せそうになかったので、うんうんと頷いた。

 そうかと青年は言葉を続ける。

「それにしても、八重子に目と鼻が似とる。人間はなんで近親者に似るんじゃ。気持ちわるいのぉ」

 まるで汚い物を見るような目つきだ。話している声にも嫌悪さが滲み出ていた。

 しかし、ハッキリと青年は言った。

 

「人間は」と。

 

 やはり、この青年は違うのか。

 だとしたら、祖母とはどういう関係なのか。

 亡くなった事を知って葬儀場まで来たのか。

 なぜ、孫の知華を追ってきたのか。

 聞きたい事が次々と頭に浮かぶ。

 

「あの」

 かすれた声がようやっと出た。しかし喉が張り付いてうまくしゃべれない。

 青年には知華が出した精一杯の声は届かなかったのか、別の方向を見ていた。

「人が来るぞ」

 言われて同じ方向に視線を向けると、街灯に照らされた人の姿が見えた。どうやらジョギングをしているようだ。

「びょーいんに連れてってもらえ」

 青年に向き直ると、既に姿が消えていた。

 ジョギングの男性は知華の姿をみると驚いて駆け寄り、声を掛けてくれた。しかし何を話し、どうやって帰ったのか、あまり覚えていない。

 自宅の玄関で、驚いた両親に何か説明し、適当な事を喋った気がする。

 (ああいうのを妖怪とか、怪異って言うんじゃろうか)

 一通り手当てをしてお風呂に入った後、布団の中でそんな事を考えた。お化けや幽霊といった類とは違う気がする。はっきりと人間の姿をしていたし、触れることもできた。

 (怖がってしもうたけど、お礼を言うべきだったんかな)

 葬儀から始まり、階段からの転落、怪異の青年との出会い。イレギュラー尽くしの長い一日だった。



更新はマイペースに行っていきます。

自分が描きたいものを描いているので、ご容赦下さい。


投稿後も、納得できない部分があれば随時変更や加筆をしていくので、少し物語が変わるかもしれません...。


描いていると彼らは勝手に動き出す事があるので、それに合わせて文章を変えたりしてます。


気長に呼んで、楽しんで、応援してくれたら嬉しいです。

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