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【食品メーカー複数社監修】終焉の神ですが 今日も人の感情でお腹を満たす【もぐもぐ神™】  作者: 黒井津三木
献立1

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五皿目 メインディッシュ『満腹。ミレたん、今日もとろける』

器をそっと地面に置いたミレアは、満ち足りたように小さく息を吐いた。


「ほっ……ごちそうさまでした♡」


その声音には、熱も、焦りもない。ただ、温度のある満腹の声。


静かに立ち上がり、衣の裾を軽く払う。


森の空気はまだ濁っていた。黒い蛇──バジルグロンドは、地を這いながら森を毒で塗り潰そうとしている。


「食材を届けてくれたんだから、お礼くらいしないとね」


視線を上げる。

巨躯の魔物を見つめるその目に、恐れはない。

あるのは、淡い興味と、ほんのすこしの──甘味への期待。


「でもその前に……メインディッシュね!」


風が動いた。


ミレアは、ゆっくりと手を伸ばした。


──頭のティアラを外す。愛らしさの象徴は、もう不要。


次に、束ねていた髪を解いた。ふわりと広がる桃色髪が、風に揺れる。


そして、背中を覆っていた配達員のマントを脱ぎ捨てる。

ひらりと舞ったその布は、彼女の“日常”を覆っていた仮面のよう。


すべてを脱ぎ去ったその姿は、もはや──

いつもの愛され配達員・ミレたんではなかった。



そこにいたのは──“終焉の神”ミレア・ノワール。



微笑みだけはそのままに、彼女は静かに一歩を踏み出す。

ゆっくりと、静かなる旨みに向かって。

足を踏み出す音はしない。けれど確かに、ミレアは前へ進む。

走らず、跳ねず。


ただ一歩ずつ──静かなる旨みに向かって歩いていく。


その背には、沈黙と満腹の余韻だけがついてきていた。

静かに歩を進めるミレアに、誰かが気づく。


「っ……おい! 何やってる! 危ないぞ!! 早く逃げろ!!」


男の冒険者が必死に叫ぶ。だが──ミレアの足は止まらない。

小さなその背は、恐怖も焦りもなく、ただ淡々と黒蛇へと歩を進める。


その異様さに、森を這う大蛇王──バジルグロンドの視線が、ミレアを捉えた。


(……何だ?)


内心に、かすかな疑念が走る。


(なぜ恐れぬ。なぜ逃げぬ。煌竜でも神竜でもない、小娘風情が──)


怒りに似たざわめきが、蛇の巨体を走った。


誰もが悲鳴を上げ、膝を屈するはずだった。だが──この少女だけは違った。


なぜなら。


──ミレアにとって、バジルグロンドは「敵」たりえない。


そこにあるのは、ただ魂の香気。舌が疼き、喉が鳴る。


よだれが落ちそうなほどの“上質な旨み”を前に、何を恐れる必要がある?


「…………んふっ♡」


ごくり──


一歩。


そして、また一歩。


踏みしめるたび、地の鼓動が響く。

ミレアが見つめているのは“味わい”。

殺すためでも、勝つためでもない。



──ただ、喰らうため。



ついに、バジルグロンドの怒りが爆ぜた。


(黙して歩くなァアアアア!!)


咆哮と共に、巨躯が唸り、地が裂ける。

殺意剥き出しに飛びかかり、その巨口でミレアを丸呑みにしようとした──その瞬間。



ズドォンッ!!!



雷鳴すら霞む轟音。

閃光にも似た破壊が、大蛇を包み込んだ。


頭部と胴体の半ばが、霧散する。

黒い大森林が爆風で吹き飛び、風穴が空く。

森だけでない。ミレアが歩んできた岩山すら──痕跡も残らず、消えていた。



一撃。完全粉砕。



風が止まり、空気が凍る。


そこにただ一人、拳を突き出したまま、涼やかな顔で立つ少女がいた。


ミレア・ノワール。


その笑みには、ほんの少し──スープの満足感と、次への“メインディッシュ”を待つ期待が混ざっていた。


「……ふふっ♡」


ミレアが静かに微笑むと、まるで空気そのものが震えたように周囲がざわめいた。


目を閉じて、息を吸う。


──すぅ……。


何も見えないはずのその瞬間、彼女の世界だけが“彩り”を得た。


黒蛇が散らした魂の核。

冒険者たちから発せられた、恐怖・驚愕・怒り・畏怖・絶望──。


それらは空気の粒となり、香りとなり、音となり、彼女の元へと吸い込まれてゆく。


(……ああ、熟してる。これは、いいものが作れそう♡)


唇から縫って出る舌が、彼女の渇望を表していた。

ミレアはそっと、一歩前へ。

感情はすでに、ただの「感情」ではない。


“素材”だ。


魂は──“肉”そのもの。


まず最初に凝縮されたのは、三百年ものの魂。


黒く輝く核が、濃厚なゼラチン質のように滑らかに形を変え、彼女の掌の前に浮かび上がる。

それは熟成されたフォアグラそのもの──火を入れずとも濃密な香りが脳を痺れさせる。

表面には一筋の光が差し、脂がわずかにとろけてゆく。


これが、本日のメインディッシュ。


次に、トッピングたちが集束を始める。


──恐怖。


冒険者達が大蛇王に身を縮こませた、その一瞬の怯え。

それが、ピリッと刺激的な柚子胡椒の泡に変わる。

見えざるスパイスが、空間の端で淡く発泡し、フワリと香気だけを残して皿の端に落ちていった。


──驚愕。


誰かが見た「現実」の否定、思考の崩壊。

それは、弾けるバルサミコのエスプーマへと変わる。

軽く、だが鋭く弾ける泡が、次の層に重ねられていく。


──怒り。


あの蛇が死ぬ直前に湧き上がった、傲慢への怒り。

これは、深紅の赤ワイン&チリのグレーズに。

艶やかな液体が、フォアグラの下にじゅわっと広がり、器に血のような光を宿した。


──畏怖。


誰かの目が、彼女を「それ」と見なした瞬間。

それは、イカ墨と黒オリーブのピュレに溶け込んだ。

ざらりとした微粒子のような漆黒が、フォアグラの上に薄く広がり、深い闇の幕をかける。


──絶望。


「確実に死ぬ」と思った時、人は抵抗をやめる。

それは、黒にんにくの熟成ペーストとして浮かび上がった。

ほのかに甘く、だがどこか発酵寸前の香りが、料理全体を包み込むように滲み出る。


──すべてが揃った。


ミレアの両手がゆっくりと下ろされると同時に、

虚空に、完璧な“皿”が浮かび上がった。


漆黒の皿に乗せられた、フォアグラのソテー。

その上にスライスされた黒トリュフが宝石のように散らされ、

周囲には五つの“感情由来”のトッピングが円を描くように配置されている。


赤ワインのソースは、まるで“血”を思わせる照り。


泡立つ柚子胡椒は、刺激の名残。

エスプーマは、見る者の錯覚を誘う。


イカ墨の幕が、理解不能な“沈黙”をまとわせ──

黒にんにくのペーストは、全ての終わりを告げる。


そして中央には──

まるで“魔物の記憶”を蒸留したかのような、魂のフォアグラが鎮座していた。


周囲の者たちは、その料理を“視認”していた。


だが、あまりの現実離れした光景の数々に言葉は出るが、心がついてこない。


だがミレアは、にっこりと笑う。


「ああ……すっごく、おいしそう……♡」


料理は、確かにそこにあった。

感情を溶かし、魂を焼き、

それらすべてを“おいしい”に変える──悪魔的な完成品。


それこそが、ミレア・ノワールの“お料理”。


──誰かの絶望は、彼女にとって、最高のスパイスなのだ。


「……うふふっ♡」


ミレアは両手をゆっくり下ろし、唇にうっすらと笑みを乗せた。


まさに、極上の逸品。


ミレアは静かに、ナイフとフォークを手に取る。

その所作は丁寧で、まるで大切な誰かに触れるようだった。


ふわりと香る黒トリュフの芳香。

温かく立ち昇る脂の甘み。

皿の上に広がる、静かな世界。


「……いただきます♡」


ナイフでフォアグラをそっと切り分けると、外はパリッと香ばしく、内側はとろりと崩れる。

まるで熟した脂のように、芯から熱と香りを放っていた。


それを──口に運ぶ。


「っ……♡」


舌に触れた瞬間、ミレアのまつ毛がわずかに震える。

頬が熱を帯び、微かに紅潮する。


フォアグラがとろける。濃密な脂の旨味が舌に絡みつき、コクン……と音を立てるように喉奥へ甘く滑り落ちていく。


「ん……ふぅ……♡」


小さな吐息が、自然と漏れた。


熱いものが胃の奥へと沈み、じわりと内側から身体が温まっていく。

赤ワインソースの酸味とチリの刺激が、喉を焦がしながら余韻を残す。

イカ墨のピュレが、静かに沈むような深みを加え、

黒にんにくのペーストが、まるで“諦め”のような甘さで後を引く。


口の中で広がる、複雑な“感情の余韻”。

ミレアの目がとろりと細まり、ゆっくりと瞬きを繰り返す。


「あっ…♡ ……すごい……」


吐息のような声とともに、彼女はフォークを再び皿へと伸ばす。

もう夢中だった。

その指先に迷いはない。

一切れごとに、喉が鳴り、身体がわずかに震え、

呼吸は深く、甘く、熱を含んでいく。


「……んっ♡ ……しみるっ……」


唇がほんのり濡れて、うっとりと笑う。

その笑みは、心から“満たされてゆくこと”に酔っている者の表情。


瞳を閉じて咀嚼するたび、ミレアはまるで──愛された後のような表情を浮かべていた。


五つのトッピングを一つずつ味わいながら、

身体の奥で何かが静かにほどけていくのを感じていた。


「……あぁ…たまらない……♡」


そう呟いたときには、皿の上にはもう何も残っていなかった。


完食。


ミレアはそっと両手を合わせる。


「……ごちそうさまでしたっ♡」


ゆっくりと目を開けるその顔には、恍惚とした光が宿っていた。


小さく伸びをして、喉元に手を当てる。

今もそこに残っている温もりを、じんわりと確かめるように。


「……んっ……おなかの奥が、幸せ……♡」


その声は、甘く、柔らかく、

そしてどこか──満たされた獣のようだった。


静寂の中。

誰も何も言えないまま、ただ一人の少女だけが、

食の悦びに身を沈め、

誰よりも静かに、誰よりも満たされ、


──誰よりもとろけていた。



五皿目 メインディッシュ『満腹。ミレたん、今日もとろける』

おしまい

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