十九皿目・後編『ふたつの誓い』
「今後、何があっても──俺がお前たちを護る」
誓いをひとつ。
「そして──」
わずかに目を細める。
「誰も泣かない未来を作る」
誓いをふたつ。
「我が名において、ここに誓う。これより俺は──いや」
言葉を選び、そして、変える。
「私は──竜王・ヴァルグレアである」
黄金の瞳が、まっすぐ前を見据えた。
──────────
焉龍は笑う。
「どちらか選ぶがいい」
軽い声。
「民か、己か」
赤い瞳が、夜を射抜く。
「避ければ国が吹き飛ぶ」
くすり、と喉の奥で笑った。
「終焉は──どちらに訪れるかしらね?」
巨大な魔力弾が、王都へと落ちていく。
「ちぃ……!」
竜王は迷わない。
即座に進路を変え、上空へ。
翼を大きく広げ、そのまま真正面から魔力弾へ突っ込む。
衝突。
空気が悲鳴を上げる。
「ぐっ……これは……!」
受け止める。
だが、止まらない。
押し返すどころか、触れているだけで削られていく。
押し返す……不可能。
逸らす……どこへ?
破壊……手段がない。
思考が巡る。
だが、結論は一つしかない。
“何があっても──俺がお前たちを護る”
誓いが、脳裏を貫く。
「今度こそ……護ると誓った……!」
歯を食いしばる。
翼が軋む。
鱗が焼ける。
それでも、離さない。
(……足りない)
このままでは、押し切られる。
ならば──
「……そうか」
静かに、呟く。
「これしか、ないか」
竜王は、抵抗をやめた。
押し返すのではない。
逸らすのでもない。
自ら、魔力弾の中へと踏み込む。
強大な魔力に包まれ、身を焼かれる。
内蔵が押し潰されるような感覚に見舞われ、全身に理解を拒む痛みが走る。
「くっ……!」
意識が軋む。
だが、止まらない。
「私の魔力と肉体を使い……」
両翼を閉じる。
自らを核とするように、魔力弾の中心へ潜り込む。
「……すべて受け止める」
圧縮。
内側から、抑え込む。
「中和──相殺させる……!」
自分の魔力が削られていく。
急速に、確実に。
消えていく。
魔力とは、生命そのもの。
それを使い切るということは──
死ではない。
だが、終わりだ。
精神は潰え、肉体だけが残る。
それは、二度と目覚めることのない器。
(……構わん)
意識が薄れていく中で、思う。
(この身ひとつで足りるなら──安いものだ)
脳裏に浮かぶ。
あの日。
崩れた村。
差し出した手。
離れてしまった手。
届かなかった命。
(……今度は、違う)
さらに魔力を絞り出す。
骨が軋み、鱗が剥がれる。
それでも──止める。
別の光景がよぎる。
建設途中の孤児院はどうなった。
あの区画は基礎まで終わっていたはずだ。
資材の搬入は……間に合っていたか。
施設の整備は……越冬の備えは足りていたか。
子供たちの寝床は、足りていたか。
まだ目を通していない書類が山ほどある。
承認待ちの案件はいくつ残っていた。
優先順位は──誰に託すべきだったか。
……それと。
バジルグロンドは……どうなった。
あの日の光景が、焼き付いて離れない。
(奴を倒す。その日のために──)
爪を研ぎ、牙を鍛え、翼を裂き、骨を軋ませた。
建国以来、一日たりとも欠かしたことはない。
何度も、何度も、何度も。
ただ、その一つのために。
(……だが)
ある日の報告を思い出す。
(奴は……討たれたのだったな)
誰がやったのかは知らない。
だが確かに、“あの災厄は消えた”。
(ならば……あの鍛錬も──)
意味は……。
そこで、思考が止まる。
私が居なくなっても──滞りなく、進むのか。
視界が暗くなる。
音が遠のく。
風の音も、衝撃も、すべてが遠ざかり、感覚がひとつずつ削ぎ落とされていく。
……ああ。
魔力弾の大半は相殺できた。
すべてを打ち消すことは叶わなかったが、残りは骸となったこの肉体が受け止めるだろう。
それでいい。
長いようで、短い人生であった。
それでも──
悔いはない。
「───────ッ」
ドクン。
「───────ッ!」
ドクン。
(……うるさい鼓動だ。もはや死に損ないの骸だというのに、なぜ動き続けている。さっさと止まってしまえばいいというものを……)
意識は沈みかけている。
それでも、脈だけが続く。
「───────ッ!!」
先程から何だ。
誰かが、何かを言っているようだが……。
もう、いいはずだ。
これで……守れるのだから。
これが正しい。
ならば……終わりでいい。
ドクン。
ドクン。
だが、心臓は鳴り続ける。
「──────様ッ!!」
聞き慣れた声に、わずかに意識が引き戻される。
(……この声は、ユリエか? いや、違う……ユリエは……)
ドクン。
「───グレア様ッ!!」
誰かが、呼んでいる。
ドクン。
「──返事をしてくださいッ!」
視界が、わずかに開く。
そこにいたのは──城門の上から、今にも落ちそうなほど身を乗り出す、ひとりのメイド。
「ヴァルグレア様ッ!!」
必死に、叫んでいる。
(……何をしている。そんなところに乗っては、危ないぞ)
ドクン!
心臓が、強く跳ねる。
その瞬間、竜王の瞳が開かれた。
メイドの頬を、雫が伝う。
“誰も泣かない未来を作る”
誓いが、蘇る。
(私は……何をしている。己で立てた誓いを……忘れたか)
視界の奥に、影がある。
黒い巨躯。
(悔いはない、だと? 何を言っている、ヴァルグレア。あれを止めなければ……)
思考が、繋がる。
(私が倒れれば──誰が、あれと戦う)
ドクッ。
鼓動が、変わった。
力が、戻る。
いや──“湧き上がる”。
消えたはずの魔力が、内側から溢れ出す。
量ではない。
質。
圧。
密度。
全てが違う。
全身に光が、走る。
竜王の鱗が軋み、砕ける。
そして──再構築される。
白金が、より深く。
より鋭く。
より“完成された形”へ。
翼が広がると、煌びやかな光を帯びる。
その一振りで、魔力弾の圧力が歪む。
(……これは……本当に、私の力なのか?)
竜は至る。
“本物の煌竜”へと──。
焉龍は、静かに見下ろしながら口を開いた。
「煌竜っていうのはね──“心魔体”」
軽い声音。だが、その意味は重い。
人で言うなら心技体。
だが、それよりもずっと厳密で、ずっと容赦がない。
「心は、想いと覚悟。折れない意思。守ると“言い切れるかどうか”」
わずかに視線が揺れる。彼が持つ誓いをなぞるように。
「魔は、量じゃない。扱い方」
焉龍の指先が、空をなぞる。
「自分の“形”をいくつに分けても崩れない精度。制御。再現性」
そして、視線が落ちる。
ヴァルグレアの肉体へ。
「体は……見たままよ。ただ大きいだけじゃ意味がない」
一瞬、間を置く。
「削れても壊れても、最後まで“機能する体”」
静かに言い切る。
「この三つが揃って、やっと“資格”ができる」
煌竜とは、名ではない。
強さでもない。
到達点。
そこへ辿り着いた者だけに許される“結果”。
焉龍は、くすりと笑った。
「でもね──そこまでは、誰も来れてなかったのよ」
城壁に腰を降ろし、続ける。
「煌竜って呼ばれてるのは、いっぱいいるわ。でも全部、中途半端」
ほんの少しだけ、楽しそうに。
「……まあ、ひとりだけ変なのがいたけどー」
ボソッとつぶやく。
「心か、魔か、体か。多くはそのどれかが足りない」
掌を見つめ、ゆっくりと握る。
「だから全部、“名ばかり”」
その視線が、再びヴァルグレアを捉える。
「……でも」
ほんの僅かに、目が細くなる。
「アナタは違ったみたいね」
魔力弾の内側から、光が漏れる。
亀裂。
ひとつ。
またひとつ。
ビキィッ──!!
内部から、圧が弾ける。
光が、溢れ出す。
ボォォォン!!
爆ぜる。
魔力弾そのものが、内側から破裂するように霧散した。
風が吹き抜け、夜空が開ける。
その中心には──立っていた。
白金の光を纏った、一体の竜。
以前とは違う。
明確に。
形が。
重みが。
“格”が。
変わっている。
焉龍が、ゆっくりと首を傾げる。
「……いい感じに見違えたわね」
楽しそうに、笑った。
「少しだけ、見直したわ」
その言葉は、評価であり──
次の“遊び”の合図でもあった。
爆ぜた光の余韻が、ゆっくりと夜空から剥がれていく。
その中心に立つ竜王は、静かに呼吸を整えていた。
荒いはずの息は、すでに落ち着いている。
焼け焦げた鱗は残っている。だが、その奥に宿る気配は──先ほどまでとは別物だった。
視線が上がる。
城門の上。
焉龍が、腰を落としたままこちらを見下ろしている。
竜王は、ゆっくりと口を開いた。
「……私の目的はひとつだ」
一歩、踏み出す。
その足取りは、重くない。
確かな“重み”だけがある。
「貴様を倒すこと」
黄金の瞳が、真っ直ぐに焉龍を射抜く。
「貴様の目的が何であれ──ここで止めねば、この国だけでなく」
わずかに間を置く。
「世界そのものが、終焉を迎えるやもしれん」
言い切る。
迷いはない。
焉龍は、じっとそれを見ていた。
そして、くすりと笑う。
竜王の翼が、大きく広がる。
風が押し出される。
空気が震える。
「邪竜よ」
低く、唸る。
「もはや貴様が何者なのかなどどうでもいい」
一歩。
「今ここで──打ち倒す」
宣言。
焉龍が、わずかに目を細める
「邪竜とは失礼ね」
ほんの少しだけ、ムッとした態度を見せる。
「あんな、とち狂った連中と同じにしないでほしいわ」
竜王は、わずかに鼻で笑う。
「変わらんよ」
翼がわずかに揺れる。
それだけで、周囲の空気が歪む。
「貴様と邪竜、どこが違う」
焉龍は、少しだけ首を傾げる。
「……ふーん」
その瞬間。
姿が、消えた。
視界から。気配から。
“認識”から。
次の瞬間──目の前にいた。
「おすわり」
軽い声。
振り下ろされる爪。
「──っ!」
竜王は紙一重で外し、そのまま踏み込む。
拳が焉龍の腹へめり込む。
ドォグッ。
確かに捉えた。沈む。だが浅い。
焉龍の巨体がふっと軽くなる。押し返されたのではない。流れに乗っただけだ。
くるりと捻ると、尾がしなる。
「よいしょ」
バチィィィン!!
横薙ぎの一撃が竜王の顎を弾き飛ばす。
だが崩れない。翼を打って姿勢を戻す。
焉龍が、クスリと笑う。
「鬼さんこちら♪」
翼を広げはるか上空へ飛び立つ。
竜王も翼を開く。
一瞬の逡巡もなく、上へ。
空を裂く白金の閃光が、黒を追う。
層雲を突き抜け、さらに上へ。
焉龍はそこで待っている。何もしていない。
ただ、そこにいるだけで空の性質が変わる。
「それじゃあ、遊びましょ〜♪」
指先がわずかに動く。
それだけで、空に層が生まれる。
見えない面が重なり、流れが歪む。
竜王は踏み込む。一直線ではない。最短でなく、最薄を選ぶ。層の継ぎ目を見つけ、突き抜ける。
バンッ。
三層、五層、連続で裂く。先にいる焉龍へ。
「お、正解。良い目ね」
竜王の爪が伸びる。焉龍は合わせる。
正面で受け、流し、返す。
ガキィィン!!
拮抗。だが一瞬。
焉龍の爪が滑るように軌道を外し、同時に尾が逆側から入る。
ズシッ。
内側に入る衝撃。竜王は受け切らない。通す。体幹で逃がし、次の一撃へ繋ぐ。
「上手、上手〜」
楽しそうな声。
(チッ──変わらず余裕か)
焉龍は距離を取らない。近いまま、軽くいなす。
時折、針のような一撃を混ぜてくる。
どれも致命には届かないが、当たれば深い。
竜王は読む。流す。返す。循環が途切れない。
ドドン、ドン、ガン。
連打。空が鳴る。
「どんどんいくよ〜」
声は軽いのに、空の色が一段だけ深くなる。
周囲の温度が落ち、次の瞬間──黒炎が“壁”になった。
平面ではない。何層も重なった黒い面が、燃え盛りながら前へ押し出される。
竜王の黄金の炎が掌に灯る。ひとつの火球。だがその内部で圧が締まり、輪郭が細くなる。
それを投げると同時に踏み込む。
そのまま火球を砕くと、黄金の炎が体中を巡り、全身で纏う。
翼を畳み、抵抗を消す。体を絞り、軸を通す。
矢のように細く、鋭く、まっすぐに飛ぶ。
黒炎の壁に触れ、表層を削ると──ほんの一瞬だけ“密度”が緩む。
その隙へ、自らを鏃として差し込む。
ゴォォォ……!
黒炎が擦れる音。
押し返される。だが止まらない。
回転をかけ、外側の圧を弾く。光が芯を守り、炎が周囲を削る。
(抜ける……!)
一段、二段。層を割る。
ボシュンッ!!
黒炎の向こう側へ抜ける。
竜王はそのまま回転を解かず、距離を詰める。
「おー、なるほど。そう来たんだ」
焉龍がくるりと半回転する。そのまま、逆方向へ弾けるように飛ぶ。黒い尾が一筋の線を引き、あっという間に距離が開く。
(ちぃ、まだ逃げるか……!)
竜王は回転を解き、翼を打つ。勢いをそのまま推進へ変え、一直線に追う。
追いながら、喉奥が光る。
ドォン! ドォン! ドォン!!
灼熱砲が連なる。赤橙の塊が尾を引いて走るが、焉龍は振り返りもしない。ほんのわずかな体の傾きだけで、軌道から外れていく。すべてが空を焼くだけで、届かない。
「ふふっ」
焉龍が小さく笑う。次の瞬間、上へ。黒い影が一直線に高度を上げる。
竜王も追う。角度を合わせ、速度を上げる。
だが──空の色が変わる。
焉龍の上方に、淡い光の輪が浮かぶ。
円が幾重にも重なり、白く発光する。中心が一点に収束する。
「はい、どーん」
軽い合図。
ドゴォォォォン!!
巨大な雷が、一本の柱になって落ちる。
白光が視界を塗りつぶす。
「ングッ……!」
直撃。
全身が硬直する。筋肉が強張り、翼の動きが止まる。
白金の鱗の上を、青白い電光が走り続ける。
落ちる。
竜王の身体が、制御を失って真下へ引かれる。
(……まだだ)
意識は飛ばない。歯を食いしばる。
残る熱を掴む。
喉奥に、かすかな赤が灯る。
「──散れ!」
口から炎を吐く。
自分の周囲へ、円を描くように広げ、雷の残滓を焼き切る。
バチン、と弾ける音。体の拘束がわずかに緩む。
翼を、強引に動かす。
一度。
二度。
落下が鈍る。
三度目で、姿勢を戻す。
「……っ、くそ……」
視線を上げる。
上空には邪竜が、そこにいる。
何もしていない。
ただ見ている。
(奴は、何がしたいのだ……?)
「この程度じゃダメねー」
誰に向けたでもない声。
「じゃあちょっと派手なの、いってみようか」
焉龍が翼を大きく広げる。
空が、裂けた。
夜ではない。黒が“深く”なる。星が近い。光が滲まない。音が消える。
「……は?」
竜王の瞳が見開く。
そこは、無音の世界だった。
裂け目の向こう、暗い広がりの中に、点々と光る影。
次の瞬間、それらが動く。
「堕ちろ」
小さな声。
ゴォォォ……。
音がないはずの空間で、重さだけが伝わってくる。
無数の岩塊が、裂け目から滑り出る。
赤く焼け、尾を引きながら加速する。
隕石。
「バカな!?」
竜王は即座に動く。
翼を大きく広げ、白金の光を引き上げる。
「穿て──!」
光が幾筋にも分かれる。
一本ではない。複数の光線が扇状に広がり、降り注ぐ隕石へ突き刺さる。
ドドドドォン!!
直撃したものが砕ける。だが数が多い。砕けた破片すら、次の塊として落ちてくる。
(全部は落とせん……!)
竜王は高度を下げる。街との距離を測る。
一瞬の逡巡。
「やってみせるさ」
視線が走る。落下軌道。街へ向かうもの。外へ逸れているもの。
「街に落ちる分だけ、落とす」
翼が鋭く打たれる。白金の光が細く伸び、一本、二本、三本。狙いを絞った光線が、街へ向かう塊だけを貫く。
ドドドン!!
直撃した隕石が砕け、炎が弾ける。破片は四散し、街の外へ逸れていく。
残りは落ちる。
王都の外縁。鉱山の方角。平野に、山肌に。
ゴォン、ゴォォン!!
地面がえぐられ、いくつものクレーターが穿たれる。衝撃の波が遅れて広がる。
竜王はそれを見下ろす。
「……なんとデタラメな奴」
もし、今のが街に直撃していれば──考えるまでもない。
「そう?」
上から声。
「まだあるんだけど」
空が、もう一度裂ける。
先ほどとは“規模”が違う。
影が落ちる。
遅れて見える程に──
巨大。
先の群れとは比べ物にならない、単一の塊。
「なっ……」
竜王の瞳が揺れる。
空を割って現れたそれは、落ちるというより“押し出されてくる”。
焉龍が、その上に降り立つ。
黒い巨体の足が、隕石の表面に触れる。
「よっと」
軽い声。
竜王を見下ろす。
「これが最後よ」
拳が振り上げられ、次の瞬間──叩き込まれる。
ドン!!
鈍い一撃。
隕石が、応えるように震える。
表面に黒炎が走り、一気に広がる。
赤でも橙でもない、光を呑む炎。
そのまま、落ちる。
一直線に。
王都へ。
「それじゃあ、頑張ってね」
焉龍は興味を失ったように、ひらりと身を翻し、先に地表へ向かって落ちていく。
残されたのは、巨大な黒炎の塊と──竜王。
一瞬の静寂。
そして。
「……守る」
低く、短く。
翼が大きく広がる。
白金の光が、全身から立ち上る。
逃げ場はない。
逸らす先もない。
ならば──
「壊すしかない」
竜王は進路を変える。上ではない。下へ。
黒炎を纏った巨大隕石。その落下軌道へ、自らも地表へ向かって降りる。
一気に高度を落とし、地面へ。
ドォン!!
着地と同時に四肢を広げる。爪が地面に深く食い込み、岩盤を抉る。衝撃で周囲の土が弾けるが、動じない。
視線はひとつ。
空。
落ちてくる、黒い巨塊。
顎を開く。
喉奥が、灼けるように光る。
全魔力を注ぐ。逃がさない。絞る。圧縮する。
内側で暴れる熱を、ひとつに束ねる。
「──焼き切れ!」
ドォォォン!!
灼熱砲が放たれる。一直線に、空を貫く。
黒炎の塊へ直撃。
表面が削れる。赤く焼け、外殻が崩れる。
押し返しているように見える。
わずかに、ほんの僅かに軌道が鈍る。
だが──削れているのは、外側だけ。
黒炎は剥がれない。
核に、届かない。
ギギギ……ッ。
隕石に、細い亀裂が走る。
それが限界だった。
「カハッ………この力を持ってしても……ダメか」
歯を食いしばる。視線を外さない。
ただ、それを睨む。
その時、背後に気配を感じ取る。
振り返るより先に、声が落ちる。
「はい、ご苦労さま」
焉龍が、そこにいた。
いつの間にか。
何の前触れもなく。
「あなたの力は、十分証明されたわ」
隕石を見上げる。
「正直、あれにヒビを入れるなんて思ってなかった」
くすりと笑う。
「あなたの属性、ちゃんと弾くように細工してたのにね」
その巨躯に似合わない仕草で、脚を投げ出すようにちょこんとその場に座る。
竜王は何も言わない。
言葉が出ない。
目の前の現実と、今の評価と、すべてが噛み合わない。
「誇っていいわよ」
焉龍が、横目で見る。
「あなたは強い。立派な煌竜よ」
その言葉は軽い。だが、嘘ではない。
そして──焉龍が、ゆっくりと顎を開く。
「……これくらいかな」
呟く。
次の瞬間。
音が、消える。
放たれたのは、光でも炎でもない。
“終わり”そのもののようなブレス。
黒い奔流が、一直線に走る。
隕石へ──全てを覆い尽くす。
一瞬。
それだけで巨大な塊は、存在ごと消えた。
塵すら、残らない。
空が、元に戻る。
竜王は、ただそれを見ていた。
その時。
地が、鳴った。
鈍い振動が足元から伝わる。揺れではない。
奥から押し上げられるような重さ。
竜王と焉龍が、同時に視線を向ける。
鉱山の方角。
地面が盛り上がる。
岩盤が軋み、ひび割れが走る。次の瞬間──
ドゴォン……!!
地表を突き破り、巨大な“竜の頭部”が姿を現した。
山と見紛うほどの大きさ。
鱗は古く、鈍く、時そのものを纏ったような色をしている。
閉じていた眼が、ゆっくりと開く。
空気が変わる。
音が遠のく。
ただそこに在るだけで、周囲の“格”が下がるような圧。
竜王の瞳が、わずかに揺れる。
(まさか……これは……)
焉龍が、くすりと笑う。
「お、あの子が起きたわね!」
楽しそうに言い、そのまま軽く翼を打つ。
黒い影がすっと浮き上がり、一直線にその頭部へ向かう。
「ま、待て!」
竜王が声を張る。
だが、体が重い。魔力はほとんど残っていない。
翼を動かすたびに、軋むような感覚が走る。
歯を食いしばり、ふらつく身体を押し上げ、無理やり空へ。
白金の光は、もうほとんど残っていない。
それでも翼を打つ。
追う。
黒い影の先。
そして、そのさらに先に──目覚めた“それ”。
空気が、静かに張り詰めていく。
十九皿目・後編『ふたつの誓い』
おしまい




