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【食品メーカー複数社監修】終焉の神ですが 今日も人の感情でお腹を満たす【もぐもぐ神™】  作者: 黒井津三木
献立4 お菓子 ときどきごはん

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十六皿目『ミレたん、竜王城でおやつ』

「さあ、行きましょう!」


背を向けたまま、サクラがはっきりと声を張る。

朝の光を受けて、その横顔は妙に晴れやかだった。 迷いも、逡巡もない。


「ぇう? 行くってどこに?」


間の抜けた声で、ミレアが首を傾げる。


「決まっています。竜王様の元へ、です」


振り返ったサクラの表情は、いつもの慎重な従者の顔ではなかった。 どこか吹っ切れたような、軽い笑み。


「サクラも行くの?」


「当然です。私はミレア様の従者ですから」


その声音には迷いがない。 “従う”というより、“並ぶ”に近い強さがあった。

ミレアは目を細める。


「……そっか。でも行く時間決めてないんだよね。招待状を貰った時刻くらいを予定してたんだけど」


「関係ありません」


即答だった。


「招待状には、要件の詳細すら書かれていなかったのでしょう?」


「う、うん」


「でしたら、今すぐ向かってやりましょう。無作法に呼びつけたのは向こうです。お会いできないのなら、それまでの王ということです」


サクラの口調は滑らかで、淀みがない。


いつもなら 「失礼ではないでしょうか」とか「ご迷惑では」とか そんな言葉が挟まっていたはずなのに。

今日は違う。


「それに、一国の王だか知りませんが。無作法な対応に、どうしてこちらが礼儀に則らなければならないのでしょう?」


歩幅が少し大きい。 勢いがある。


「文句があるなら、向こうから来るべきです」


尚もまくし立てるサクラ。

ミレアは、黙ってその横顔を見る。

さっきまで膝の上で眠りかけていた少女と、 今、王に噛みつこうとしている少女は、 同じ人物とは思えない。


「サクラ」


静かな呼びかけ。


「っ……あ、はい」


ようやく我に返ったように、サクラが足を止める。 自分がどれだけ感情を前に出していたのか、今さら気づいたらしい。


「……申し訳ございません。少々、言い過ぎました」


ミレアは、にっこりと笑った。


「ううん」


一歩、近づく。


「言いたいこと、はっきり言えるようになったね」


「え……?」


目を丸くするサクラ。


「今の、生の感情をそのまま出してるサクラのほうが、わたしは好きよ?」


それは甘やかしではない。 肯定だった。

力を抜くことを覚えた少女は、 今日は感情を抑え込まないことを覚えつつある。

ミレアは満足そうに頷くと、くるりと踵を返す。


「じゃあ、行こっか」


向かうのは、街で最も高く、最も白い建造物。

竜王の城。

その塔の先端は、朝の光を受けて、まるで金属のように鈍く輝いていた。



──────────



白亜の竜王城。


王城の最上層、外壁に沿うように設けられた執務室は、王の私室でありながら、同時に国家の中枢でもあった。


高い天井。

壁一面を覆う書架。

年代ごとに整然と並ぶ書物や資料が、竜王国という若い国家の歩みをそのまま積み重ねている。


大きな窓の外には、夕暮れに染まり始めた王都の屋根が広がっていた。


重厚な机の上には、幾つもの書類が整然と並べられている。


他国との条約文書。

貴金属鉱山の採掘報告。

周辺国家の情勢。

そして、他国に存在する竜種の記録。


それらを一枚一枚、淡々と処理しているのが──

竜王、ヴァルグレアだった。


椅子に深く腰掛けるその姿は、人の王というより、静かに巣を守る獣のような落ち着きを持っている。


長い銀髪は椅子の背に流れ落ち、窓から差し込む光を受けて淡く輝いていた。

側頭部から後ろへ伸びる四本の角は黒褐色で、磨かれた角質の光沢がある。


整った顔立ち。


だが端正という言葉だけでは足りない。

黄金色の瞳は細く、爬虫類を思わせる鋭い光を帯びている。

笑みを作れば柔らかく見えるが、油断すれば一瞬で捕食者の目になる類の顔だった。


白を基調とした衣装には、細やかな金の刺繍が走っている。

肩口には龍を象った装飾が施され、王としての威厳を静かに主張していた。


黒い手袋をはめた片手で頬杖をつき、もう片方の手で書類をめくる。


胸元には、白金の十字架が一つ。

派手さはないが、その存在感は妙に目を引く代物だった。


その姿勢には、焦りも苛立ちもない。

ただ、仕事を処理する王の静かな時間が流れている。


だが。


ヴァルグレアの意識の片隅には、ひとつの名前が残っていた。


──ミレア・ノワール。


人化した竜種。

配達員。

そして──煌竜の可能性。


書類をめくる手が、ほんのわずかに止まる。

自分が送った招待状のことを思い出していた。


「……昨日は、少し焦りすぎたな」


小さく呟く。


拒否されたのは当然だと、ヴァルグレア自身が理解している。


子供向けの催しとはいえ、あの場に最初から参加していたとなれば、身なりの乱れや汚れはあるはずだ。


それを整える間も与えず、王城へ呼びつけるなど──


無粋。


その一言に尽きる。


竜種であっても、人の姿で長く暮らしているならば、人と同じ感覚は持つはずだ。


美意識。

体裁。

礼儀。


メスともなれば、尚更だろう。


ヴァルグレアは椅子の背に体を預け、軽く息を吐いた。


「頭では分かっていたつもりだが……」


黄金の瞳が、わずかに細くなる。


オスとしての本能が思考を鈍らせたか」


口元に、自嘲の笑み。


「こればかりは品性の欠片も無く、擁護のしようがないな」


静かな独り言だった。


竜王であろうと、竜である以上、本能から完全に自由にはなれない。

煌竜という存在を前にして、冷静さを欠いた。


それが事実だった。


だが。


ヴァルグレアは決して、自分の判断を悔いているわけではない。


むしろ──


「……とはいえ」


指先で机を軽く叩く。


「可能性があるなら、確かめずにはいられない」


煌竜。


それは、この世界でも数えるほどしか確認されていない竜種だ。


そして、自分もまた──

その一体である。


だからこそ。


もし本当に、同格の竜が現れたのだとしたら。

それは国家にとっても、個体としても、見過ごせる存在ではない。


ヴァルグレアが再び書類へ視線を戻そうとした、その時。


「陛下、ご報告が……」


執務室の扉の外から、控えめな声が響いた。


「なんだ?」


ヴァルグレアは手を止めない。

視線も書類から外さず、淡々と答える。


「ミレア・ノワールが来城しました」


その瞬間、紙をめくるはずだった手が、ぴたりと止まった。


「……なに?」


顔を上げる。

黄金の瞳がわずかに細くなる。


「如何なさいましょう?」


扉の向こうの騎士が、判断を仰ぐ。


「ふむ……」


ヴァルグレアは椅子の背に体を預けた。


昨日出した招待状。

そこに記した時刻より──随分と早い。


本来の予想では、招待状が届いた頃合いで訪れるはずだった。

少なくとも、そう見積もっていた。


だが。


「予定より……早すぎるな」


指先で机を軽く叩く。


状況を整理する。


まず、本来の予定時間ではない。

次に、突然の来訪。


選択肢は単純だ。


追い返すか。

通すか。


問題は──


なぜ今なのか。


ヴァルグレアは思考を巡らせる。


ミレア・ノワール。


もし彼女が本当に煌竜であるならば、

この行動から推測できる性格は二つ。


傲慢か。

あるいは、自由奔放か。


誠実。

堅実。


その類の性格であれば、

招待状の時間を守るはずだ。


「……だが」


傲慢であるならば、むしろ御しやすい。

力ある個体ほど、自尊心を満たしさえすればいいのだから。


問題は、野放図な場合だ。

秩序を嫌い、気分で動く個体。


だが。


「配達員……」


小さく呟く。


営業成績一位。


その情報を思い出す。


野放図な竜が、組織の仕事で一位を取り続けることは難しい。


つまり──少なくとも、社会性はある。


「……ならば」


追い返す、という選択肢は──ほぼ消える。

次の接触機会が減るのは確実だ。


「通すか?」


ヴァルグレアの視線が窓へ向く。


この多忙な時間帯に。


だが。


情報は得られる。


それだけでも価値がある。


そして──ふと、別の可能性が浮かぶ。


「……これは」


口元がわずかに歪む。


「試されているのか?」


元を辿れば、こちらが不躾だった。


急な呼びつけ。

しかも王城への招待。


それに対する、突然の訪問。

まるで、当てつけのような行動。


ここで門を閉じれば──どう見える?


答えは簡単だ。


“ただの傲慢な王”。


しかも、相手は竜種。


下手に機嫌を損ねれば、

後々の関係が面倒になる。


ヴァルグレアはペンを机に置いた。


決断は早い。


「構わん」


椅子に座ったまま言う。


「通せ」


騎士の返事がすぐに返る。


「はっ」


ヴァルグレアは続ける。


「それと──」


一瞬の思考。


「茶と菓子を用意させろ」


客人として迎える。


戦意はない。

そう示すには十分だ。


「承知しました」


騎士の足音が遠ざかる。


扉の向こうの気配が消えると、執務室に静けさが戻った。

ヴァルグレアは椅子にもたれ、天井を見上げる。


黄金の瞳に、わずかな興味が浮かんだ。


「……少し」


小さく呟く。


「高飛車な小娘を想定しておくか」


口元に、静かな笑み。


もしそれが違うのなら──それはそれで、面白い。


次に扉が開く時、竜王は初めてミレアと対面することになる。




メイドが、ふたりを案内してくる。


廊下に靴音が響く。

絨毯を踏む柔らかな足音が、執務室の前で止まった。


コンコン、とノック。


「陛下、ミレア・ノワール様をお連れしました」


「入れ」


短い返答。


重厚な扉が、ゆっくりと開かれる。


最初に入ってきたのは、ミレアだった。

その後ろに、サクラが続く。


ヴァルグレアは椅子に座ったまま、二人を観察する。


まず雰囲気。

次に魔力。

そして──竜の気配。


それらを探ろうと、意識を向けた瞬間。


「失礼しま〜……あ、お菓子ある!」


先頭のミレアが、ぽつりと呟いた。


一瞬、部屋の空気が止まる。


メイドの動きが固まり、

ヴァルグレアも、思わず言葉を失った。


「ミレア様。まずはご挨拶からです」


後ろからサクラが小声で言う。


「ぇう〜?」


ミレアは振り返り、


「アークリンクのミレア・ノワールで〜す♪」


にこやかに名乗りながら、そのまま部屋へ入ってくる。


サクラは深く一礼し、静かに入室した。


「よっと」


ミレアは迷いなくソファへ向かう。


「ふかふか〜」


ぽすん、と腰を下ろしたと思えば、

弾力を確かめるようにぽよん、ぽよんと軽く跳ねる。


その後ろでサクラがすっと立ち、控えた。


「……」


ヴァルグレアは、完全に言葉を失っていた。


天真爛漫の方であったか……。


脳裏に浮かんだのは、その一言だった。


となると……

この時間に訪れるよう仕向けたのは──

後ろの従者か。


黄金の瞳が、サクラを一瞬だけ見る。


落ち着いた立ち姿。

感情を抑えた表情。


(……なるほど)


ヴァルグレアの口元が、わずかに緩む。


面白い。

これはむしろ、僥倖と言うべきか。


もしあの少女が完全に自由奔放なら、交渉は難しい。

だが、隣に思考役がいるなら話は別だ。


ヴァルグレアは軽く手を差し出す。


「非公式の場だ」


穏やかな声で言った。


「君もかけたまえ」


視線はサクラへ向けられている。


サクラは一瞬迷い、軽く頭を下げた。


「……では、失礼致します」


ミレアの隣へ静かに腰を下ろす。


そのタイミングで、メイドが紅茶を注ぎ始めた。

白磁のカップに、琥珀色の液体が満ちていく。


「こちら、ダージリンでございます」


香りが、ふわりと広がる。


続いて、銀の皿が運ばれてくる。


小さな焼き菓子。

薄く焼かれたクッキー。

砂糖菓子。

果実を使った菓子。


テーブルの上が、あっという間に華やかになる。


「お?」


ミレアが身を乗り出した。


「これだけじゃなかったんだ?」


そう言って、最初から置かれていた箱を見る。


ヴァルグレアは頷く。


「そちらは私のお気に入りでね」


落ち着いた声。


「紅茶には欠かせないのだよ」


わずかに笑みを浮かべる。


「好きなように召し上がってくれたまえ」


その言葉を待っていたかのように、

ミレアの目が輝いた。


「それじゃあ遠慮なく〜♪」


嬉しそうに声を弾ませながら、ミレアはテーブルの上にあった二つの箱を自分の方へ引き寄せる。


ころり、と箱を回して表を確認する。


「んー……ん?」


ミレアの表情が少し変わった。


「これ、明治だ!」


思い出したように声を上げる。

以前食べた果汁グミ。

あの時の鮮烈な甘さが、ふっと記憶に蘇った。


「明治さんの《アーモンドチョコレート》と

《マカダミアチョコレート》ですね」


横からサクラが説明する。


「どちらもすごく美味しいですよ」


落ち着いた口調だが、わずかに楽しげでもある。


「へ〜」


ミレアは箱を見比べる。


「それは楽しみ♪」


ミレアが先に手にしたのは、

《明治 アーモンドチョコレート》。


箱を持ち上げた瞬間、フィルム越しに伝わる軽やかなのに頼もしい重みが掌に収まる。

ぴたりと張りついた透明の外装が、角の立った紙箱の端正さを際立たせている。


側面の細いティアテープに指をかけ、するりと引く。

外装が一周して裂け、張りつめていた膜がほどける。


密閉されていた空気が、わずかな音とともに解き放たれる。

あらわになった紙箱は、よりくっきりと角を主張し、

内部に整列したひと粒ひと粒の存在を掌へ伝えてくる。


フラップを開く。

わずかな摩擦音とともに、空気が入れ替わる。


その瞬間、立ち上がるのは甘さ一辺倒の匂いではない。

カカオの落ち着いた香りの奥に、ローストナッツの香ばしさが静かに横たわっている。

焦げの手前で止められた、品のある焙煎香。

甘いのに、どこか乾いた印象がある。


ひと粒、指先で取り出す。


楕円のフォルムは均整が取れている。

表面はなめらかで、指でそっと転がすと、

わずかに温度を受け止める感触が返る。

艶も落ち着いており、光を静かに反すだけだ。


チョコレート層は厚すぎず、薄すぎない。

内部のアーモンドをきちんと包み込みながら、その存在を隠してはいない厚みだ。


口元へ運ぶ。


最初に触れるのは、外側のチョコレート。

歯を入れた瞬間、パキン、と明確な割れが返ってくる。

柔らかく溶ける前に、内側からアーモンドの硬質な抵抗が現れる。


カリッ。


この音がすべてを決定づける。

期待は、裏切られない。


湿気ていない。

軽すぎない。

芯まで均一に火が入った、アーモンドらしい香ばしい割れ。


噛み進めると、チョコレートが溶け始める。

ミルクの甘さは丸いが、過度ではない。


その間に、砕けたアーモンドの断面から油分がにじむ。

アーモンド特有のコクが、チョコレートの甘さに重なり、

味に奥行きを生む。


そして、甘さは“立体”になる。


味が、ゆっくりほどける。ただ甘いのではない。

カカオのほろ苦さ、乳の柔らかさ、アーモンドの香ばしさ。

三層が順に開き、最後にひとつへ収束する。


ひと噛みで、アーモンドの芯まで歯が入る。


外側よりもやや締まった部分が砕け、香りが一段深くなる。

焙煎の余韻が鼻へ抜け、わずかな苦味が舌の奥を引き締める。


ここで甘さが抑え込まれるのではない。

むしろ、輪郭が整う。

広がろうとする甘味を、アーモンドのほのかな渋みがきちんと支えている。


飲み込む直前、口内には三つの記憶が残る。


溶けかけたチョコレートのまろやかさ。

砕けたアーモンドの乾いた食感。

そして、焙煎由来のほのかな余韻。


喉を過ぎると、後味は意外なほど軽い。

甘ったるさは残らない。

代わりに、アーモンドの香ばしさが細く長く続く。


チョコレートは先にほどけ、

口の中には砕けたアーモンドの細かな断片や繊維、薄皮が残る。

その乾いた余韻が心地よく、自然と次のひと粒へ手が伸びる。


箱の中を覗く。

整然と並んだ粒は、均質でありながら、それぞれが確かな存在感を放っている。


「……これは、甘さより香りで押すお菓子ね」


アーモンドの硬質な核と、チョコレートの柔らかな層。

対照的な二つを、衝突させずに重ね合わせた構造。



《明治 アーモンドチョコレート》は、

“甘味と香ばしさの均衡を、ひと口で完成させた設計”。

軽快な噛み心地。揺るがないローストの芯。

そして、溶け際まで崩れない上品な甘さ。

一粒で完結する構造美。食べ終えた瞬間、また確かめたくなる。

静かに完成された、品位を示す強さだった。



「ふんふん♪ それじゃあお次はこちら〜♪」


続いて《明治 マカダミアチョコレート》に手を伸ばす。


箱を手に取ると、まず感じるのは“柔らかな期待”だ。

アーモンドのような緊張感ではない。

もっと丸く、ゆったりとした印象。


蓋を開く。

内側のトレーを覆うシートが、ぴたりと密着している。

端をつまみ、ゆっくりと引き上げる。

軽い音とともに封が解け、そこで初めて空気が触れる。


立ちのぼるのは、穏やかな甘い香り。

カカオの甘さの奥に、乳脂肪を思わせるやわらかなコク。

ナッツの気配もあるが、鋭さはない。

バターを含んだ木の実のような、丸みを帯びた香ばしさ。

ひと粒を取り出す。


形はやや大きめで、丸みに余裕がある。

表面は艶やかで、指先に吸いつくような滑らかさ。

内部に“空洞のない充実”を抱えていることが、重みでわかる。


口へ運び、歯を入れる。


こつ。


アーモンドよりも、外殻はやや厚い。

そのぶん、最初の破断は明確で、音に小さな重みがある。


だが本番はその直後。


内部のマカダミアナッツに歯が届いた瞬間、感触が一変する。


ほろっ。


砕ける、というより“崩れる”。

乾いた硬質な抵抗ではなく、油分を多く含んだ柔らかな崩れ方。

この質感の違いが、アーモンドとの最大の分岐点。


チョコレートが溶け始める。

ミルクの甘さが舌に広がるが、すぐにナッツの脂肪分がそれを包み込む。


ここで味は一段階、濃くなる。

アーモンドが“香ばしさで支える構造”なら、

マカダミアは“コクで溶け合わせる構造”。


砕けたナッツの断面から、豊かな油分がにじみ、

チョコレートのカカオ感と混ざり合う。

甘さは角が取れ、より丸く、より厚みを持つ。


二噛み目。


ナッツがさらに細かく崩れ、口内でペースト状に近づく。

ここで初めて、マカダミア特有の“ほのかな青い苦味”が顔を出す。

それは強くはない。

だが、乳脂のコクを引き締めるには十分な線。


甘さ、コク、ほろ苦さ。

三つが混ざると、味は単純なチョコレート菓子の枠を越える。


溶けきったあとも、満足感だけが静かに残る。


まるで、ナッツクリームを高品質なチョコレートで包み込んだような完成度。


飲み込む直前、口内には濃密な余韻が満ちている。

だが重すぎない。

油分が多いにもかかわらず、後味は意外なほど澄んでいる。


喉を過ぎると、残るのは二層。


ひとつはミルクチョコレートのやさしい甘さ。

もうひとつは、マカダミアの丸いコク。


アーモンドのような乾いた香ばしさは長く残らない。

代わりに、柔らかな脂肪の記憶が、ゆっくりと溶けていく。


数秒後、舌の奥にだけほのかな苦味が残る。

その控えめな締まりが、全体を甘くしすぎない。


箱の中を見つめる。


粒はどれも均一に見えるが、

噛んだ瞬間に広がるコクは、ひとつひとつが主役級だ。


「これは、甘さのためのチョコレートじゃないわね。

……静かに満たされるための一粒だわ」



《明治 マカダミアチョコレート》は、

“柔らかく崩れるコクを、最も美しく閉じ込めた構造”。

外側の明確な破断。内側のやわらかな崩れ。

溶け合う甘さとナッツの厚み。

一粒で、満足が完成する。

それでも、もう一粒を求めてしまう。

静かな贅沢を知っている、定番のお菓子だった。



「どっちも美味しいわ♪ うまうま♡」


ミレアは満足そうに頬を緩めながら、チョコレートを頬張る。


ころり、と次の一粒を指先で転がし、また口へ運ぶ。

幸せそうなその様子は、まるで菓子の時間そのものを楽しんでいるようだった。


「それは、大変よろしゅうございますね」


サクラが微笑みながら答える。


その姿を見て、サクラは胸の奥がふわりと温かくなるのを感じた。


ついさっきまで、広場のベンチで日光浴をしていた。

力を抜くことを覚え、子供のように休むことを許された。


そして今。


竜王城の執務室で、紅茶とお菓子を楽しんでいる。


常識で考えれば、あり得ない状況だ。


けれど――


(……不思議と、落ち着きますね)


サクラはカップを手に取る。


ダージリンの香りがふわりと立ち上る。


一口。


静かに口へ運ぶ。


その横で、ミレアは相変わらずチョコレートを楽しんでいた。


紅茶を飲み、お菓子をつまみ、また紅茶を飲む。


ゆったりとした時間が流れている。


「……」


その様子を、ヴァルグレアは静かに眺めていた。

執務室の空気は、いつの間にか完全に変わっている。


本来ここは、条約と報告書が並ぶ場所。


政治と交渉の場。


だが今は──ただの、穏やかな茶会のようだった。


ヴァルグレアは内心で小さく笑う。


思っていたよりも、

ずっと面白い相手らしい。


そして、カップを持ち上げる。


「気に入ってもらえたようで、何よりだ」


静かな声で言った。

ヴァルグレアもまた、紅茶とチョコレートを楽しんでいた。



十六皿目『ミレたん、竜王城でおやつ』

おしまい

※本作に登場する

「アーモンドチョコレート」

「マカダミアチョコレート」

の名称および関連表現については、株式会社 明治様より正式に使用許諾・監修をいただいております。

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