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【食品メーカー複数社監修】終焉の神ですが 今日も人の感情でお腹を満たす【もぐもぐ神™】  作者: 黒井津三木
献立4 お菓子 ときどきごはん

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十四皿目『ミレたん、離さない手』

※今回食べ物の描写はありません。

「ぇうー……」


ベッドの上で、ミレアは完全に身動きが取れなくなっていた。

理由は単純だ。 自分の腕ではなく、横から回された腕が、しっかりと身体を捕まえている。


「……サクラに、こんな抱きつき癖があったなんてね〜」


小さく呟く。


隣──正確には、半分上に乗るような形で、サクラは眠っていた。 呼吸は規則正しく、寝息も静かだ。

意識のない状態で、まるですがるようにミレアを抱きしめている。

そっと力を抜けば、抜け出すことはできる。力任せに振りほどく必要もない。それくらい、簡単なことだった。


けれど。

服に皺ができるほど、ぎゅっと掴まれた指先を見て、 ミレアは、その選択をしなかった。


「……幼少期から、つい最近まで迫害されてたんだもんね」


視線を落とし、サクラの寝顔を伺う。


起きている時の、落ち着いた表情とは違う。

眉はわずかに緩み、警戒の色がない。

完全に、眠りに身を預けている顔だ。


それなのに、腕だけは離さない。

無意識のまま、逃がすまいとするように。


「性格が歪まなかっただけ、マシ……か」


そう口にしてから、ミレアは小さく首を振る。


「……違うわね」


歪まなかったのではない。 壊れなかったわけでもない。

ただ、壊れたまま、立っているだけだ。


「しっかりしてるけど……まだ、16歳」


その年齢を思い浮かべると、胸の奥が少しだけ重くなる。

人生の半分以上を、 “背教者の娘”という立場で過ごしてきた少女。

誰にも頼れず、 誰にも縋れず、 それでも生き延びてきた。


──それなのに。


今はこうして、 眠りの中で、誰かに縋っている。


「……」


ミレアは、動かない。


呼吸を乱すこともなく、身じろぎもしない。

ただ、横で眠るサクラの重みと、規則正しい呼吸だけを感じていた。


「……少しくらい、安心できる夜を迎えられるといいわね」


それは独り言に近い、ほとんど祈りだった。

ミレアは、サクラの指先にそっと自分の手を重ねる。


逃げ道を塞ぐようにではなく、

「ここにいるよ」と伝えるための、柔らかな握り方。

指と指が触れ合った瞬間、サクラの手にわずかな力が戻る。


「ん……」


眠りの底で、小さな反応。

だが目は覚めない。

意識は、まだ深いところに沈んでいる。


ミレアは静かに身を寄せ、

サクラの額へ、自分の額を軽く触れさせた。

熱も、圧も、ほとんど感じさせない距離。


「……」


言葉はもう、必要なかった。

ミレアは、サクラの“夢を覗く”。


踏み込むのではない。こじ開けるでもない。


ただ、向こうがこぼしている“縁”に、そっと触れるだけ。

視界が、ゆっくりと切り替わる。



暗い。

だが闇ではない。


重く、湿った空気。

冷たい石の感触。


足元に広がる、終わりの見えない床。


──とん、とん、とん。


乾いた音が、遠くから近づいてくる。

最初は不規則で、切れ切れで、息が追いついていない音。

やがて、それが走る音だと分かる。


「はっ……はっ……あぅっ……」


荒い呼吸。


小さな喉が、必死に空気を求めている。

視界の奥から、ひとつの影が浮かび上がる。

幼いサクラだった。


今よりもずっと小さく、細く、服も身体に合っていない。

足取りは拙く、それでも必死に前へ前へと進んでいる。


彼女は走っている。

逃げているのではない。追いかけていた。


その視線の先にあるのは──一人の女性の背中。


母の背中だった。


距離は近い。

だが、どれだけ走っても縮まらない。


「……っ」


幼いサクラは何度も腕を伸ばす。

指先が空を掻く。

触れそうで、触れない。


追うたびに、表情が変わっていく。


最初は焦り。次に困惑。

そして、じわじわと胸に広がる不安。

眉が下がり、唇が震え、目の奥に水が溜まっていく。


「お母さん……!」


声は、床に吸い込まれていく。

返事はない。


その瞬間。


伸ばされた小さな手を、

横から、そっと別の手が掴んだ。


「……え?」


幼いサクラの足が止まる。

引き止められたわけではない。

ただ、掴まれた。


驚いて振り向く。


そこにいたのは、ミレアだった。


背は高くも低くもない。大きくも小さくもない。

ただ、幼いサクラの目線に合わせて、静かにそこにいる。


「いつまでも過去に引きずられちゃ、勿体ないわ」


声は柔らかく、否定がない。


「新しい夢を見ないとね」


ミレアは、掴んだ手を離さない。

指先を包み込むように、温度を伝える。


強くない。引っ張らない。

ただ、“ここにいる”という感触。


「……こっちよ」


ミレアは、ゆっくりと視線を向ける。

母の背中とは、違う方向。


「大丈夫」


そう言って、幼いサクラを見る。


「わたしは、手を離したりしないから」


約束でも、誓いでもない。

ただの事実のような言い方。


ミレアは一歩、前に往く。

それに合わせて、サクラの手をそっと引く。


「……」


幼いサクラは、しばらく動かない。


母の背中を見る。

遠ざかっていく背中。


そして──自分の手を握る、温かい存在を見る。


迷いは、確かにあった。

それでも。


サクラは、ミレアを見上げた。


涙は、落ちない。

ただ、唇をきゅっと結んで。


そして──ミレアの隣に、並ぶ。


走るのをやめ、歩く速度に、呼吸を合わせて。

二人の足音は、重なっていく。


とん。

とん。


終わりの見えない床の上で、

母の背中は、いつの間にか視界から消えていた。


けれど、

サクラの手は、まだ──


しっかりと、ミレアに握られていた。




「……」


ゆっくりと意識が現実へ戻る。


ミレアが目を開くと、腕の中の重みは先ほどよりもずっと穏やかになっていた。

サクラは、深く、静かな呼吸を繰り返している。


ぎゅっと掴まれていたはずの服の袖は、

今は指先で軽くつままれているだけ。

力は抜け、逃げ場を探す必死さは、そこにはもうない。


(……よしよし)


ミレアは小さく息を吐き、

サクラの頭を抱き寄せるように、そっと手を回した。


指先で、髪を撫でる。

一定のリズムで、何度も、何度も。


「おいしくな〜れ……♡ おいしくな〜れ……♡」


囁きは、眠りを乱さない程度の、かすかな声。

呪文のようでいて、子守唄のようでもある。


サクラの手を包み、頭を抱くその姿は、

確かに“母のよう”だった。


守るための距離。拒まれない温度。

逃げなくていいと、身体に教える抱擁。


──けれど。


その微笑みは、母ならざる者の、

慈しみと、所有と、食欲が、静かに溶け合った笑み。


「……」


ミレアは、何も言わない。


ただ、撫でる。

サクラの呼吸が、さらに深くなる。

夢の底で、追いかける足音はもう鳴っていない。


そして──



朝日が昇る。



淡い光が、窓から差し込む。

夜の名残を溶かすように、部屋を静かに照らしていく。


小鳥の声。

遠くの街の気配。


サクラは、まだ眠っている。

だが、その表情は昨夜とはまるで違っていた。


眉は解け、唇はわずかに緩み、

胸の奥にあった張り詰めたものが、きれいに抜け落ちている。


ミレアは、その寝顔を見下ろしながら、

小さく、満足そうに微笑わらった。


「……いい朝ね。そうだとは思わない?」


誰に向けるでもなく、ミレアは呟く。

視線は窓の外へ。

世界を照らし始めた“太陽”へと向けられたその目は、

薄く、金色を帯び、刃のように鋭かった。


「……そうね。今日は数百年ぶりに“あの子”が起きる時間ね」


そこには確かに、会話の相手が“いる”かのような間があった。

見えない誰かの返答を待つように、ほんの一拍。


「……ええ、問題ないわ。はなからそのタイミングに被せるつもりだったから」


淡々とした声音。

その間も、ミレアの手は止まらない。


眠るサクラの髪を、額を、頬の輪郭を──

壊れ物に触れるように、しかし確かな存在を確かめるように撫で続けている。


「……大丈夫よ。もし起きなかったら──」


言葉を継ぎ、


「竜王と派手にドンパチやって、目覚ましにしてあげるから」


低く、静かに言い放つ。

冗談めいていながら、どこにも冗談の余地はなかった。


「……ぅ、うん……?」


微かな声。

サクラが、ゆっくりと瞼を持ち上げる。


「お? おはよっ、サクラ」


その瞬間、金色は消え、いつもの紫の瞳がそこにあった。

にっこりと、いつも通りの笑顔。


「ぁ、え……? ミ、ミレア様!?」


息がかかるほど近い距離。

サクラは状況を理解する前に、思わず目を見開く。


「いい、一体これは……!? どうして私はミレア様に抱き枕にされているのでしょう……?」


顔を赤くしながら、必死に問いかける。


「ぇう? 抱き枕にされてたのはわたしの方だよ?」


ミレアは不思議そうに首を傾げる。


「あまりにもガッチリしがみつくもんだから、甘えたいのかなぁ〜、って思って」


そう言いながら、撫でる手を少しだけ早める。

一定だった動きに、柔らかなリズムが生まれる。


「あぅ、あわわわ〜……す、すみません! なにかご迷惑をおかけてしまったようで……」


サクラはふにゃふにゃとした口調で、なんとか謝罪の形を作る。


「サクラはまだ子供なんだから、いっぱい甘えてもいいんだよ?」


その言葉は軽く、逃げ場のないほど優しかった。


サクラはなにか言いかけて、言葉を失う。

理屈として整理しようとすればするほど、

状況の異常さと、自分の動揺が浮き彫りになってしまう。


頭では分かっている。

これは責められるようなことではないし、ミレア様に悪意があるわけでもない。

それでも、胸の奥が落ち着かない。


サクラは視線を彷徨わせる。

言葉にしようとするたび、顔に熱が集まっていくのが自分でも分かる。耳まで赤い。というか熱い。


「……夢にまで、ミレア様が出てこられて……」


声は小さい。

目を閉じたまま、事実だけを零すように言う。


「え〜? サクラったら、わたしのこと好き過ぎじゃな〜い♡」


わざとらしく、甘く弾んだ声。

からかい半分、楽しさ半分。

その軽さが、かえってサクラの逃げ道を塞ぐ。


言葉と同時に、ミレアの腕に力がこもる。

包み込むように、逃がさない距離感。


「ひゃあぁ……!? も……もう、どうにでもなれです……!」


驚きと混乱が入り混じった声。

だが次の瞬間、サクラは観念したように息を吐き──


逃げられないなら。抗っても無駄なら。

いっそ、身を預けて慣れてしまえ。


それは敗北ではなく、切り替えだった。

耐えることをやめ、受け入れて耐性を得るという選択。


それでもどこか不器用で、遠慮がちで、

それがかえって、サクラという少女の性格を如実に表していた。


ミレアは、その反応を咎めない。

ただ、抱きしめたまま、動かずにいる。

朝の光が、二人の輪郭をやわらかく縁取っていた。


(……はぁ。困ったお方です……)


ため息を零す。


(……でも、ここ数年で一番よく眠れた気がする……)


サクラは再び目を閉じ、ミレアに身を預けるのであった。



十四皿目『ミレたん、離さない手』

おしまい

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