九皿目『ミレたん、覚える基準』
※今回の話では食べ物は出てきません。
ミレアにとって、最後の出場種目。
スタンプラリーが、始まる少し前の時間。
「よ〜し、今回もサクッと優勝するわよ!」
腕を伸ばし、天を指さすミレア。やる気十分の様子。
「……というか、スタンプラリーって何をするの?
そもそも、競技として成り立つの?」
ポーズのまま振り返り、ふと首を傾げる。
「観光所の回遊促進とか、滞在時間を増やすためでしょ?
スタンプラリーって」
ミレアは、妙に現実的な答えを口にする。
「そうなの? ぼく、知らないや」
そう答えたのはリオだった。
竜王国の外に出たことがない彼にとって、スタンプラリーは馴染みのない催しだ。
もっとも、リオは前回大会の優勝者でもある。
双子の兄と協力し、スタンプラリーを制した経験者。
言わば、今回の優勝候補だ。
「このスタンプラリーはね」
リオが説明を始める。
「街の中に、いくつもスタンプを押せる場所があるんだ。
それを全部集めて、早くゴールした人が勝ちだよ」
「ふ〜ん? 範囲は広いの?」
「結構ね。それで前回は、兄ちゃんと二手に分かれて集めたんだ」
「効率的ですね」
サクラが頷く。
「ですが、それでは種族差が出てしまうのでは?」
「うん。だから、この競技はね──
“街にあるものは、なんでも使っていい”んだよ」
「なんでも?」
サクラは一瞬考え、
「それでは、馬車や竜車も使える……いえ、そこまでして優勝に固執するのは、割に合いませんね」
と、すぐに結論を出した。
手段は自由。
だが、露骨な抜け道を使えば、観る側から白い目で見られる。
子供も参加する競技だからこそ、“ちゃんとした勝ち方”が求められる。
「結局は、走ればいいのよね」
ミレアが言う。
「……そうですね」
サクラも同意する。
「前回は、リオくんとお兄さんのペアで、コボルトの特性を活かして優勝したのですよね?」
「そうだよ!」
リオは少し誇らしげだ。
「ゴールする時は、全部のスタンプが揃ってないとダメなんだ。片方が早すぎても、遅すぎても意味がないからね」
経験者は語る。
「前回はぼくがちょっと遅れちゃって、兄ちゃんをゴール前で待たせちゃったんだ」
「それでも優勝できたのですよね? 相当、速かったのでは?」
「どうなんだろ。ぼく、必死だったから」
「……まぁ、なんだっていいわ」
ミレアが話を切る。
「優勝は、わたしが貰うから」
当然のように言い切る。
「そうですね」
サクラは穏やかに頷いた。先程の競技を見れば誰しもがそう思うだろう。
「今回も、余程変なことをしなければ、負ける要素はありません。普通に走ってくださいね、ミレア様」
含みのある言い方。
「わ、わかってるわよ……」
ミレアは少し視線を逸らす。
「走って、跳ぶだけならいいんでしょ?」
「はい。そうです」
サクラは念を押す。
「間違っても、魔法で浮遊したり、翼を生やして飛翔したりしてはいけません」
「ぇう……」
「大丈夫だよ、お姉さん!」
リオがすかさずフォローする。
「お姉さんの足なら、絶対負けないから!」
「ありがとうございます、リオくん」
サクラは微笑む。
「リオくんは、怪我をしないように安全第一で。スタンプは、ミレア様が集めてくださいますから」
「任せなさいなっ!」
ミレアは胸を張る。
「なんだったら、全部押して来るわ!」
「……だそうです」
サクラは淡々と言う。
「リオくんは、ゴール一直線に向かいましょう」
「それって……」
リオは少し考えてから、
「ぼく、いる意味あるかな?」
「よ〜し!」
ミレアは、そんな疑問を軽く流す。
「張り切って行くわよ〜♪」
スタンプラリー開始の合図は、すぐそこまで迫っていた。
同時刻。
「よ〜し! 今回こそは、優勝目指して頑張るデス!」
スタート地点の別ブロックでルッカは両拳を握り、気合十分だった。
「私、この競技苦手なんだけどー……?」
隣で、ルッカの妹が早くも不貞腐れる。
「だからこそ、頑張るんデスよ!」
「いや、頑張るとか、そういう話じゃなくて……」
妹は半目だ。
「前回はですね!」
ルッカは指を一本立て、声を張り上げる。
「方向音痴の妹が迷子になってしまったのが、敗因だったのデス!」
「わざわざ大声で言うな!」
即座にツッコミが飛ぶ。
「事実なのデス!」
「事実でも言わなくていいでしょ!!」
妹は羽をばたつかせ、ぷんすか怒る。
「今回はちゃんと作戦を立てたんデスから!」
胸を張るルッカに、妹が首を傾げる。
「作戦?」
「そうデス!」
ルッカは勢いよく続けた。
「予め、走るべきルートに目印を付けておいたデス!
……これで方向音痴も気にせず、それに沿って走れば──」
「ズルじゃん」
妹が、間髪入れずに切り捨てた。
「……え?」
「スタンプの配置、カンニングしたんでしょ?」
呆れたように、じっと見る。
「それ、普通にズルじゃん」
スタンプラリーは、開始直前に地図が配られる。
スタンプの場所は複数記されているが、
どの順で回るか、どう分担するか──
それを“競技中に考える”ところまで含めての勝負だ。
相談が甘ければ、必ず漏れが出る。
負担配分を間違えれば、失速する。
だからこそ、単純な速さだけでは勝てない。
「特急配達員がズルで一番って、恥ずかしくないの?」
妹は容赦がない。
「そんなことしてまで、あのミレアって人に勝ちたいの?
それにさ……ズルして負けたら、目も当てられないけど」
「……あれ?」
ルッカの動きが止まる。
「私って、もしかして……すごくバカなこと言ってるデス?」
「うん」
即答だった。
「普通にルール違反だし、配達員としてのプライドとか無いのかなって思う」
呆れた視線が刺さる。
「そんなことで勝って、なんになるのさ? 軽蔑した目、向けられるよ」
「……」
ルッカの脳裏に、一瞬の想像がよぎる。
──ミレア先輩の、ゴミを見るような目。
「…………」
ぞくり、と背筋が震えた。
「そ、それは……嫌なのデス……」
急に声が弱くなる。
「でしょ?」
妹は腕を組む。
「だったら、正々堂々やりなよ。どうせ、勝てる気もしないんでしょ?」
「……それは、そうなのデスけど……」
「だったら尚更」
妹は一歩前に出る。
「ズルしないで負けた方が、まだ胸張れるってもんでしょ」
「……」
ルッカは、しばらく黙り込んだあと──
不意に、ぱちりと瞬きをした。
「……ん? なんで全部、私が悪いみたいに言われてるデスか?」
ハッとしたように、妹の顔を見る。
「たしかに私の作戦はダメだったデスけど!
でも、元はと言えば方向音痴の妹をカバーするための作戦で……!」
必死に言い募るルッカ。
「ちっ……」
妹は小さく舌打ちする。
「有耶無耶にして、全責任を姉に押し付けるつもりだったのに」
悪びれもせず、本音を口にした。
「っ!?」
ルッカは目を見開く。
「私よりも、陰湿で姑息なカスなのデス!!」
「シンプル失礼ね」
妹は肩をすくめる。
「あ〜あ……」
わざとらしくため息をつき、口元に薄い笑みを浮かべる。
「地図は読めるけど、頭の回転が遅い姉と」
一歩、距離を詰める。
「地図が読めない分、頭の回転が早い妹」
ゆっくりと首を傾げる。
「どうして、こうも綺麗に分かれちゃったんだろね?」
影が差したような笑み。
それは、無邪気さとは程遠い。
相手の言葉の隙を見つけ責任の流れをすり替え、気付いた時には立場を逆転させる──
そんな種類の顔。
人を外側から殴るのではなく、
内側から食い潰すタイプの、悪者の顔だった。
「……」
ルッカは、思わず一歩引いた。
「……妹が、たまに本当に怖いのデス」
「今さら?」
妹は、ニヤリと口角を上げて答えた。
「なにをどこまで計算して動いてるのか、分かんないデス……」
「地図が読めなくて方向音痴なのは、本当よ」
妹は肩をすくめる。
「だってあれって、俯瞰で見てるんでしょ?」
両手を使って、よく分からない動きをする。
「……これが、こうなってて、それで、ここが今で……みたいな感じでしょ?」
空中に描かれる、謎のジェスチャー。
「なんデスか、それ……」
ルッカは素直に困惑した。
「っ……とにかく!」
妹は急に声を荒げる。
「なんでそれで自分の現在地が把握できるのか、理解できないのよ! 悪い!?」
「別に、悪くはないデスけど……」
ルッカは言葉を選びながら続ける。
「頭の回転が早ければ、地図くらい読めそうなもんデス」
「うるっさいわね!」
妹は羽をばさっと広げた。
「苦手なことのひとつやふたつくらい、誰にだってあるでしょ!」
再びぷんすかと怒り出す。
「……それを全部、私のせいにされるのは納得いかないのデス」
「してないわよ」
妹は即答する。
「ただ、あんたが全部背負い込もうとするから利用してるだけ」
「それを“陰湿で姑息”って言うんデス……」
「褒め言葉よ」
「どこがなのデス!?」
即座に噛みつくルッカに、妹はふっと息を吐いた。
「……それに──」
一拍置いて、声の調子が変わる。
「陰湿で姑息って言うなら。あのミレアって人も、相当ヤバいよ」
「っ!」
ルッカの羽がぴくりと震えた。
「なんてこと言うデスか!?」
反射的に、声が荒くなる。
憧れの先輩を貶められたと感じて、感情が先に出た。
「あんたが“憧れの人”って言うからさ」
妹は視線を落としたまま続ける。
「どんな人なのか、ちゃんと見てみようと思って。だから、わざと生意気な態度を取った」
「……」
「でも」
そこで、妹の表情が暗くなる。
「……ねぇ、お姉ちゃん」
久しぶりに聞いた呼び方だった。
この子が“お姉ちゃん”と呼ぶ時は、
冗談でも皮肉でもない、本当に大事な話の時だけだ。
「あの人には、近付かない方がいいと思う」
目を逸らさず、真正面から言う。
「……どうして、そう思うのデスか?」
ルッカも、ふざけるのをやめた。
真剣な妹には、真剣に向き合わなければならない。
「うまく言葉にできないんだけど……」
妹は、少し考えるように視線を彷徨わせる。
「何枚も皮を被ってる、って感じがするの。一枚二枚じゃなくて、もっとこう……重なってる」
言葉を探しながら、慎重に続ける。
「何かを求めてるとか、快か不快か、得か損か……
そういう基準で生きてる感じじゃない」
「……」
「なんというか、違うところにいる。
“見ている世界が違う”……そんな感じ」
どうにか掴んだ感覚を、無理やり言葉にしている様子だった。
「……つまり、どういうことなのデス?」
「うーん……」
妹は首を傾げる。
「底が見えないヤバさ……って言えばいいのかな。
私がどんな態度を取っても、ほんの少しも揺れなかった」
「……寛容、ってことデス?」
「そういうんじゃなくて……見下してるとか、怒ってるとか、そういうのとも違う」
妹は静かに言う。
「……“食えるか、食えないか”。その品定めをされてる気分だった」
「……」
ますます分からない表現に、ルッカは言葉を失う。
「それが、どうして“近付かない方がいい”に繋がるんデス?」
「うーん……」
妹は少し困った顔をしてから、続けた。
「あのミレアって人さ」
一瞬、言葉を選び、
「もっと極端に言えば──生きてる、って感じがしない」
「……?」
「多分だけど」
妹は、ぽつりと付け足す。
「“食える”って思った人だけの名前を、ちゃんと覚えてるんじゃないかな」
その言葉は、確信ではなかった。
ただの直感。
けれど、妙に重かった。
「食える……?」
ルッカは、何も言えずに黙り込む。
胸の奥で、憧れと、否定したくない違和感が、静かにぶつかっていた。
スタンプラリーの喧騒が、遠くで続いている。
だが姉妹の間には──一瞬、別の静けさが落ちていた。
「私が……」
ルッカは、少し間を置いてから言葉を選んだ。
「私が、ミレア先輩の“その何か”を満たすようになったから、
名前を覚えてくれた。……そういうことデス?」
慎重に、確認するように綴る。
「うん」
妹は、短く頷いた。
「だから、近付かない方がいい。そういう意味デスね?」
「……うん」
「そうデスか……」
ルッカは、ゆっくりと俯いた。
ほんの数秒。考え込むような沈黙。
だが、次の瞬間。
「……でも!」
ルッカは顔を上げた。
その表情は、驚くほど明るかった。
「やっぱり、ミレア先輩はミレア先輩デス!」
迷いのない声。
「私が、よく知らないだけで。そういう所も含めて、ミレア先輩なのデス!」
憧れを、都合よく美化するのではない。
違和感を無視するでもない。
それでもなお、“それを含めて好きだ”と選ぶ声だった。
「……はぁ」
妹は、深くため息をつく。
「警告はしたからね」
呆れ半分、諦め半分。
「はい!」
ルッカは、元気よく頷いた。
「たしかに、受け取ったデス!」
「……ならいいわ」
妹は肩をすくめる。
「あとで後悔しても、“知らなかった”とは言わせないから」
「それでも、私はミレア先輩について行くのデス!」
「強情な姉ね」
「知ってるデス!」
即答するルッカに、妹は小さく肩をすくめた。
「私は、少しでもミレア先輩に近付きたいんデス!」
胸の前で拳を握り、まっすぐに言い切る。
「近付いて、どうすんの?」
妹は淡々と返す。
「……どうもしないのデス」
少し間を置いて、ルッカは続けた。
「憧れ、というのはそういうものデス。追いつくとか、並ぶとか、認められるとか……そういう結果じゃなくて」
前を見たまま、言葉を紡ぐ。
「ただ、背中を見ていたい。それだけで十分なのデス」
「ふーん」
妹は興味なさそうに鼻を鳴らす。
「まあ、好きにすればいいわ。私は、私の道を征くから」
「それでいいのデス!」
ルッカは、ぱっと表情を明るくして答えた。
「自分の道は、自分で決めるのデス!」
「他人から与えられるだけの道なんて、クソ喰らえだしね」
妹は、どこか投げやりに言う。
「その通りなのデス!!」
勢いよく肯定するルッカ。
「そうよ。だから目印なんて、セコい真似すんじゃないわよ」
「うぐ……」
ルッカは言葉に詰まる。
「それはもう、許して欲しいのデスよ……」
「はいはい」
妹は軽く手を振った。
「じゃあ、私は適当に頑張るから。あんたは、私の分まで頑張ってね」
「任せるのデス! ……って、えぇぇー!?」
ルッカの声が裏返った。
「私を戦力に数えるんじゃない!」
妹はきっぱりと言い切る。
「ちょっ、嘘デスよね!? 私ひとりで全部周るデスか!?」
「どうせ」
妹は歩き出しながら、さらりと言う。
「あのミレアって人も、ほとんどひとりで周るでしょ?」
振り返りもせずに続ける。
「だったら、せいぜい“近付ける距離”まで頑張んなさいよ」
しれっと擦り付けるような物言い。
だが、その通りでもあった。
目標というのは、遠すぎても折れる。
近すぎても意味がない。
手を伸ばせば、届きそうで──
けれど、まだ届かない場所。それこそが理想なのだから。
「むむむ……やってやるデス!」
拳を握りしめる。
「特急配達員、実績第一位の実力!
目にもの見せてやる、デェス!!」
その声は、街中に響き渡った。
スタンプラリーの喧騒に混じり、しかし確かに意志だけはハッキリと届く声。
それは、誰かに勝つための宣言ではない。
誰かに認められるためでもない。
自分で選んだ道を、自分の脚で走るための叫びだった。
九皿目『ミレたん、覚える基準』
おしまい




