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【食品メーカー複数社監修】終焉の神ですが 今日も人の感情でお腹を満たす【もぐもぐ神™】  作者: 黒井津三木
献立4 お菓子 ときどきごはん

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五皿目『カルビー。ミレたん、ポテトチップスは勝利の味』

サクラが受付票をそっと指で押さえ、視線を一点に止めた。

ほんの一拍、呼吸が揺れる。


「……“カルビー”の《ポテトチップス》です」


その名が落ちた瞬間、ミレアの耳がぴくんと跳ねた。


「ぽてとちっぷす……? カルビ? おにく!?」


完全に違う方向へ飛んでいく解釈に、サクラは慣れきった苦笑で首を振る。


「カルビじゃなくて、カルビーです。お菓子メーカーですよ。ポテトチップス、スナックの王様です」


「王様……なんだか凄そうね」


ミレアがきらきらした目で前のめりになる。

その横でサクラは、控えめに頬へ指を添えながら続けた。


「ポテトチップスは流通が少ないですから、ぜひ勝ちましょう」


声は穏やかなのに、言葉の奥には “私も食べたい” が透けていた。

そんなサクラの横顔を見つめながら、ミレアがぽつりと首をひねる。


「チップスって、最初の方にも出てなかった? ほら、なんだっけ……えっと、ドラ……チップス? とかなんとか」


曖昧な記憶を手探りで引き寄せると、サクラがすぐに補足した。


「竜の鱗を模したドラゴンフーズ社の《ドラポリ・チップス》ですね」


「あ、そうそれ」


「確かにあれも美味しいです。……ええ、確かに」


サクラは胸の前で指をそろえ、普段より一歩だけ前へ出る。

その声音は、普段の穏やかさとは別の熱が帯びている。


「ドラポリ・チップスは、とてもよくできています。

生地を練って、厚みも形もそろえて、味も均一。

計算されたおいしさがあって、完成度の高い商品です。


……ですが。


私は、カルビーのポテトチップスの方が好きなんです。


じゃがいもをそのまま薄く切って揚げているから、

芋の甘みも、香りも、触れた瞬間の軽さも……全部、“本物”なんです。


一枚ごとに膨らみ方が違って、油のまとい方も違って、

噛んだときの響きも全部違って……。


その“揺らぎ”こそが自然そのものの味で、

誰にも設計できない、唯一の美しさなんです。


カルビーさんの塩の乗り方は、本当に奇跡なんです。

しょっぱさで押すんじゃなくて、芋の甘みをそっと支えて引き立てる。

噛んだ瞬間にふわっと広がって、スッ……と消えていく──

あの一瞬の儚さが、どうしても忘れられなくて。


ドラポリ・チップスが“計算された完成品”だとしたら……

カルビーのポテトチップスは、“自然の息づかいそのもの”なんです。


私……自然が作る味のほうが、どうしても好きなんです。

飾らずに、嘘がなくて、素材の声がそのまま届くから。


だから、カルビーのポテトチップスは……まさに至高なんです……!」



まるで信仰告白のような熱量だった。

瞳はきらきら輝き、声は妙に強く、息すら弾んでいる。


ミレアはぽかんと口を半開きにして見つめた。


「……へ、へぇ……そうなのね……。早口だったけど、リオは聞き取れた?」


隣を見ると、リオは小さく首を横に振った。


「そう。……てことで、もう少し分かりやすく教えてくれる?」


ミレアが助け舟を出すと、サクラはすっと背筋を伸ばし、

表情ひとつ変えずに要点だけをまとめた。


「じゃがいもをスライス。カラッと揚げる。塩加減がサイコー。美味い。つまり至高。……です」


「ぇうぅ……」


短い。

確かに短いが、短くなっただけで本質は伝わらない。


ミレアは困惑して目を細めた。


「……塩がいい感じってことくらいしか分からないんだけど……?」


「ご理解いただけませんか? カルビーのポテトチップスには他にも味はございますので、よろしければ《コンソメパンチ》や《のりしお》についても……」


「いや結構よ」


珍しくミレアが、食に関する追加情報をぴしゃりと拒んだ。

サクラは「あら……?」と瞬きし、リオは肩を震わせて笑いをこらえる。


ミレアにぴしゃりと拒まれてから、サクラは一度瞬きをして表情を整えた。

先ほどまでの熱弁が嘘のように、いつもの穏やかな微笑みに戻る。


「……では、会場へ向かいましょうか。開始時刻もちょうど良い頃合いです」


声音は落ち着いているのに、どこかまだ“ポテチ熱”の余韻がほんのり残っている。


軽やかな足取りのまま、三人は最初の受付──

人だかりの増え始めた“なぞなぞ大会会場”へと歩いていく。


「うん……ぼく、なぞなぞは苦手だけど……お姉さんと一緒にがんばる!」


元気に宣言する姿に、ミレアはむふんと胸を張る。


「任せなさいな。さっきの虫取りではいろいろあったけど……今回は知恵勝負でしょ? わたしに答えられない問題はないわ!」


サクラがすかさず、ほんのり遠い目をしてボソリと付け加える。


「方向性さえ間違えなければ、ですね……」


「なんか言った?」


「いえ何も」


しれっとかわすサクラに、ミレアはむくれつつも歩調を合わせる。

その後ろでリオは、二人のやり取りに楽しそうに笑っていた。


夏の光が小道を照らし、葉の間からこぼれる風が涼しく肌を撫でる。

ざわめきの戻ってきた広場へ向かうその道は、どこか期待の香りが漂っていた。


そして──


「優勝賞品はポテトチップス、ねぇ……」


ミレアがぽつりと呟く。


サクラが横目でそっと微笑む。


「ええ。今回は本当に……取りに行きましょう」


「もちろんそのつもりだけど……そんなにおいしいの?」


ミレアが小首をかしげると、

サクラは即座に迷いのない声で返した。


「それはもう。子供が食べると、ご飯よりポテトチップスがいいと言うくらいです」


どこかで聞いた“よくある話”を例に挙げる。


「そんなに? ご飯より欲しがるなんて、相当ね」


「はい。ですので、親御さんはむやみにポテトチップスをあげるのは躊躇ためらうそうです。太る原因にもなりますし」


サクラは穏やかに言いながらも、どこか遠い目をしていた。

“それでも食べたい”という欲がうっすら漏れている。


「ふ〜ん、リオは食べたことあるの?」


ミレアが隣の少年へ向き直ると、リオは元気に手を上げた。


「ぼくはないよ。でも食べてみたいなぁ〜」


目がぱぁっと輝く。

その反応に、サクラの視線が静かに熱を帯びる。


「……とのことです。ミレア様、今度こそ……今度こそ勝ちましょう」


念が、重い。

願望ではなく、確信に近い“執念”がこもっていた。


「わ、わかってるってば……そんなに迫られなくても……!」


ミレアは押され気味になりつつも笑う。


三人がぽつぽつと話しているうちに、

人の流れが増え、ざわざわとした音が耳に広がっていった。


気づけば目的の広場。

受付を済ませ、ミレアとリオは並んで選手席へ腰を下ろす。



そこへ──

ぱんっ、と乾いた音とともに壇上へ軽やかに跳び上がった影があった。


明るい赤のベストを着た、元気いっぱいの司会者の若い女性。

手には可愛くデコレーションされた小さな木槌、胸には大きな数字が描かれたバッジ。

広場のざわめきが、彼女の登場と同時にすっと整列するように静まる。


彼女は満面の笑みで手を大きく振り、観客席にも選手席にも向けて声を張った。


「お待たせいたしました〜。それではなぞなぞ大会をはじめま〜す! ではまず、みんなにルールをお話しするね!

このなぞなぞ大会は、ぜんぶで“五つの問題”が出ます。

ひとつの問題につき、考える時間は60秒!」


司会者は指で「60」を示しながら、くるっと一回転。


「それから正解したときにもらえるポイントが、ちょっと特別なんだ。子共が正解すると 2ポイント!

大人の人が正解すると 1ポイント!

全部終わったときに、1番ポイントが多かったペアが〜……」


ジャン! と袋を掲げる。


太陽の光を浴びてきらりと輝く《ポテトチップス》472gの大袋。


「──なんと! カルビーのポテトチップス、スーパービッグの《うすしお味》《コンソメパンチ》《のりしお》を“どーんと一箱まるごと”プレゼント致します!!」


会場がどっと沸く。


ミレアは背もたれから前のめりに。

サクラはわずかに拳を握っている。

リオは純粋な興奮で足をパタパタさせていた。


司会者は、ここで少し声を落として続ける。


「そしてね……もうひとつ大事なことがあります。この大会では、みんなが答えられる“チャンス”は限られているんだ」


会場がしんと静まる。

司会者は子共に話すように、ゆっくり言葉を置く。


「ひとりが使える“答えるチャンス”は……一回だけ。

つまり、ふたりペアだったら── 合わせて二回までってことだね!」


子供たちから「えぇー!」と驚きの声。

司会者はにっこり笑って続ける。


「どっちが答えるかは、ペアでよーく相談して決めてね。

でも、一度使っちゃうと、その人はもう答えられなくなるから……いつ使うかが、とても大事なんだよ!」


子供たちがそわそわし、大人たちは笑い、空気が一段階締まる。


「へぇ……おもしろいじゃない」


ミレアがニヤリと笑う。


「えっ……ぼく一回しか答えられないの……!?」


とリオは肩をすくめる。

サクラは静かに頷き、作戦を立てるような目をしていた。


司会者がマイクをぎゅっと握り、ぱっと明るい声で広場に響かせた。


「さぁ、それじゃあさっそく──第一問、いってみよう!

よーく見ると、体中にに“目”がいっぱいついているのに……ぜんぜん“見えない”野菜って、なーんだ?」


ざわっ、と会場が揺れた。

子どもたちの間に「こわい……?」「なにそれ……?」と小さな声が飛び交う。


ミレアは、開始 0.5 秒で指をぴしっと天へ向ける。


「はいっ。分かったわ」


リオが青ざめて飛びつくように袖をつかんだ。


「お、お姉さんだめ! お姉さんが答えると……ポイント1になっちゃう! ぼくが答えないと……勝てないよ……!!」


「え、どうして? わたしが答えても……」


「だめ……っ! ぼくに……考えさせて……!」


ミレアは「むぅ」と口をすぼめ、しぶしぶ手を下ろす。


リオは腕を組み、眉をぎゅっと寄せた。

司会者は手元の時計をちらり。


「残り30秒〜!」


「うぅ……“目”がいっぱい……見えない……野菜……えぇ……?」


その数秒後──


「あっ、はい! わかった!」


別のグループの子が元気よく手を挙げた。


「おっ? では答えをどうぞっ!」


「じゃがいもーっ!」


元気よく答える司会者が満面の笑みでうなずく。


「正解〜! すごいね! 第一問の答えは“じゃがいも”でした!」


会場がぱちぱちと拍手に包まれる。


リオの肩がしゅん、と落ちる。


「うぅ……ぼく……遅かった……」


「リオ、どうして止めたの? わたしが5問正解すれば他の子がポイントを取る前に優勝なのに」


「あ……」


その手があったか、とリオは今気づく。



司会者がにこっと笑い、少しだけ声のトーンを落として言う。


「それじゃあ──第二問、いくよ!

難しいから、みんなでよーく聞いてね。


ある村にね、“外に出たいのに出られない男の人”がいました。

男の人は、毎日窓の前に立って……外の景色をじーっと見ています。


でもね?

その人の部屋には鍵がかかってるわけじゃなくて、

歩くことだってちゃんとできるのに……

どうしてか、一度も外に出たことがないんだって。


さて──

この男の人が“外に出られないのは、どうしてでしょう?”

よーく考えてみてね!」


司会者の声が静かに落ち着き、会場がしん……と固まる。


子共たちの間に、さっきとは違うざわめきが走った。


「え……むずかしくない……?」

「外に出られないって……どういうこと?」


口々に囁き合うものの、誰ひとりとしてすぐには手を挙げようとしない。


(急に難易度が上がりましたね……。ミレア様は大丈夫でしょうか?)


サクラがミレアを見つめるが、その心配は杞憂だった。


ミレアだけは違った。


問題を聞き終えた瞬間、もう答えに辿り着いている。

けれど──さっきのやり取りが頭の端に引っかかって、伸ばした腕を途中で止めた。


肩の高さ。

そこから先には、上がりきらない。


「……」


半分だけ挙がったその手に、司会者の目が留まる。


「おや? そこのお姉さん、もう分かっちゃったかな?」


軽い冗談のように声をかける。

会場の視線がふっとミレアに集まった。


ミレアは気まずそうに笑って、こそっとリオの顔を覗き込む。


「ねぇリオ。どうする? わたし、分かっちゃったけど」


「えっ……」


リオは眉をぎゅっと寄せて、目を泳がせる。


「“外に出たいけど出られない”……窓……鍵……ない……。うぅ……」


ミレアの手は、まだ肩の位置。

上げようと思えばすぐにでもまっすぐ伸ばせる。

けれど彼女は、リオの表情を見て、ぎりぎりのところで踏みとどまっていた。


サクラは後ろで、そっと手を口元に当てる。


(……ミレア様、完全に分かってますね。さすがです……!)


司会者が、手元の時計をちらりと見て声を張る。


「残り40秒!」


空気が一段きゅっと締まる。


リオは両手で頭を抱えた。


「どうして……どうして出られないの……? 鍵、かかってないのに……」


「わたしが答えてもいいけど……」


「でも……お姉さんが答えたら、ポイントは1で……この先お姉さんが答えられなかったら……」


リオの視線が、賞品のポテトチップスの箱へ吸い寄せられる。

その横顔には、さっき奪われた一問目の悔しさがまだ残っていた。


司会者が再び声を上げる。


「残り20秒〜!」


鼓動の音だけがやけに大きく感じられる。


リオはぎゅっと唇を噛みしめた。


「……ごめん。ぼく、わかんない……。お姉さん、お願いしていい……?」


その一言で、ミレアの肩がふっと軽くなる。


「任されたわ」


半分で止まっていた手が、迷いなく天井へまっすぐ伸びた。


「はいっ」


今度は、はっきりした声。


司会者が即座に指を向ける。


「はい、さっきからずっと我慢してたお姉さん。どうぞ!」


ミレアは席から少しだけ身を乗り出し、落ち着いた口調で告げる。


「その男の人は、“絵の中に描かれた人”。

窓も、景色も、ぜんぶ絵の中の背景だから……本物の外には、出られないの」



一瞬の静寂。



次の瞬間、会場が「おぉ……!」とどよめきに包まれた。


司会者は満面の笑みでうなずいた。


「大正解〜! そう、その男の人は“絵の中の人”でした! よく気付いたね!」


子供達も納得の声をあげる。


「絵だって!」

「そうか、だから出られないんだ!」


ぽつぽつと拍手が広がり、やがて一つの波になる。


リオはほっとしたように大きく息を吐き、隣のミレアを見上げる。


「……ありがとう、お姉さん。さすがだね」


「この調子で任せなさいなっ!」


ミレアは胸を張りながらも、どこか誇らしげに笑った。

その背中を、サクラが静かに見守っていた。



司会者が手元のカードをくるりと回し、元気よく掲げた。


「それじゃあ──第三問、いくよ!

ちょっとふしぎだから、耳をすませてね」


読み上げる声だけが、会場の空気をすっと整える。


「見る人によって“色”も“形”も変わっちゃう、不思議な“器”があります。

どんなに壊そうとしても、ぜ〜ったいに壊れません。


そしてね……

一杯になるほど“軽くなって”、

空っぽになるほど“重くなる”んだ。


さて、この“器”って──いったいなんでしょう?」


ざわっ、と子どもたちが一斉に首をかしげた。


「え、むず……」

「なにそれ……」

「形が変わるの?」


大人たちでさえ苦笑している。

子供向けとは? という空気が、じわじわと広がった。


その中心で──


ミレアは、問題が聞き終わる瞬間にはもう 手を高く掲げきっていた。


迷いゼロの、一直線。


リオがぎょっとして横を見る。


「お、お姉さんもう分かったの……?」


ミレアはさらりと微笑む。


「もちろんよ」


リオは腕をぶんぶん振り、頭を抱えはじめた。


「えぇぇ……ぼくまだ理解できてないのに……無理だよこんなの……!」


その隣、サクラは額に指を当て、静かにため息を落とす。


「……この難度……本当に子供向けですか……?」


司会者は会場全体を見渡しながら、ミレアの存在感ある“挙手”に、にこっと微笑む。


「はいはい、お姉さんの手、ちゃんと見えてるよ〜。

でも、みんなにも考えるチャンスを、もうちょーっとだけあげてね!」


笑顔のまま、ミレアは手を下ろさない。

完璧に答えを掴んでいる顔で、ただ静かに待つ。


会場は、うんうん唸る子共たちでいっぱいになった。


「かるい器……?」

「色が変わるんだよ??」

「なにそれ〜〜〜!」


しかし──


30秒をすぎても、誰一人手が挙がらない。

司会者は、子共たちの沈黙を確認し、穏やかに声を落とす。


「うーん、さすがにちょっと難しいかったかな……

じゃあ──ずっと手をあげてくれてるお姉さん。答えてみて?」


ミレアはようやく、しずかに息を吸った。


「答えは……“記憶”。

見る人の心で色も形も変わる“思い出”の器よ」


司会者の目がぱっと見開き、笑顔が弾けた。


「正解〜っ!」


会場がどよめく。


「えぇぇぇ!? なにそれ!」

「そんなの分かるわけないよ!!」


リオはぽかんと口を開けたまま。

サクラは胸元を押さえ、そっとつぶやく。


「……さすがはミレア様……。はっ! これが受付嬢の皆さんがよく言う、“さすミレ”……」


第三問は、圧倒的な実力差で突破された。



司会者が、軽く息を整えながらカードを持ち替えた。


「それじゃあ──第四問!」


声が少しだけ低くなり、会場がぴたりと静まる。


「真っ暗な部屋の中に、ロウソクが1本。

それから──マッチが1本だけあります。


でもね……ロウソクには、火をつけることができません。

だけど、マッチは“何をしてもいい”ルールです。

使っても、投げても、折っても、どんな形にしてもOK!」


子共たちが「えっ、なんでもいいの?」とどよめく。


司会者は続ける。


「ただし……“ロウソクに火をつけること以外の方法”で──


ロウソクを“明るくしてください”。


……そして、“あかりを足す”ようなことは禁止です!」


「え、えぇ……?」

「どういうことなの……!?」


子共だけでなく、大人も首をひねる。

またも一気に難易度が跳ね上がった。


ミレアはというと──


問題文が半分読み上げられた時点で、もうすっと手を挙げている。


姿勢は完璧。視線は司会者へ一直線。

完全に答えを掴んでいる者の動き。


司会者はちらりとミレアの手を見て、

「あっ」という顔をしつつも……あえて当てない。


「は〜い、お姉さんの手は見えてるよ〜。でもこれは……

みんなにも、ちょっとだけ頑張ってもらいたいね!」


ミレアは微動だにしない。

挙げた腕は、美術品のように揺れひとつしない。


リオはもう泣きそう。


「お、お姉さん……ずっとわかってる顔……すごい……」


サクラは額に手を当て、小声でぼそり。


「これを子供向け大会に出すのは、どうかと……。ん〜??」


会場は「?」が飛び交いまくり、誰も手を挙げる気配がない。


司会者は時計を見て声を張る。


「残り30秒〜!」


子供たちの思考が混乱の渦になる。


「え、火をつけちゃダメなんでしょ?」

「でも明るくしろって……?」

「無理じゃん……!!」


サクラも静かに首を振った。


「……太陽光……? いやでも新たな光源は禁止……」


しかし、ミレアの手だけが鋭く空へ向いている。

まるで「はやく指名して」と訴えるように。


そして──

残り20秒を切ったあたりで、ついに観念したように司会者が笑った。


「……はいっ! ずっと挙げてくれているお姉さん! どうぞ!」


ミレアは、待ってましたと言わんばかりに立ち上がる。


「答えは簡単よ。

ロウソクには“もう火がついている”の。だから“点火できない”。

あとは──折ったマッチを燃料にして、そこから火を分けてもらえばいいわ」


司会者の表情がぱぁぁっと明るくなる。


「せいかぁぁいっ!!」


どよめき、ざわめき、半ば悲鳴。


「最初から火ついてたの!?」

「これひっかけかよ!?」

「そんなの気づくわけないって!」


リオは膝から崩れ落ちる。


「な、なんで第三問より難しいのに……お姉さん、聞いた瞬間もう“答え分かってる目”してたよ……!」


サクラは肩を落とし、天を仰ぐ。


「……盲点でした。ミレア様、普段は何も考えてなさそうに見えるのに、瞬時に分かってしまうなんて……」


司会者が勢いよく手を叩く。


「それじゃあ──いよいよ次が最終問題!!

最後の問題はポイント2倍だよ! みんな、頑張ってついてきてね!!」


第四問は、またもミレアが制した。



司会者が、深呼吸ひとつ置いてカードを高く掲げた。


「さぁ! いよいよ“最終問題”です!! まだチャンスはあるよ! ここがいちばんの勝負所だ!」


子共たちが、ごくりと息をのむ。

ミレアだけはすでに優勝でもしたかのような余裕っぷり。


司会者が、物語を語るようにゆっくりと読み始める。


「あなたは、とっても高い塔──

なんと 高さ50メートル! の塔の、一番上の部屋にいるよ。


部屋には、扉がありません。あるのは……“窓”がひとつだけ。

窓は床のすぐ近くにあります。


そしてね、部屋の中にある道具は……

長さ25メートルのロープが、1本だけ。

それ以外の道具はありません」


司会者は続ける。


「窓の外はまっすぐ地面。足をひっかける出っぱりもなし。

ジャンプしても届かない。

でも安全に地面まで降りないといけない」


「む、無理じゃん……」

「ロープしかないの……?」

「下が水とか……?」


子供たちが一斉にざわざわ。

サクラも思考停止。


「……これはなぞなぞ、なのでしょうか……?」


ただ一人──

ミレアだけは、問題文の途中でゆっくりと腕を上げ始めていた。


「……はい」


迷いひとつない、美しい角度。


司会者が苦笑する。


「あー……またお姉さんか。てことはもう分かってるね……。

でも……これは最終問題だから、もう少し待ってね」


ミレアの腕は下がらない。

完全に“答え分かってます”の眼差し。


リオは震える声で言う。


「……わかんない。もう考えるのやめる」


サクラは眉を寄せる。


「ロープが足りないのに……降りる……? そんな無茶な……」


会場は混乱の渦。


司会者が声を張る。


「残り30秒〜」


ミレアは静かに、しっかりと司会者を見つめる。

“そろそろ当てなさい”の圧がすごい。


そしてカウントが20を切った頃。


司会者が観念したように笑う。


「はいっ、ずっと待ってくれているお姉さん、答えをお願いします!」


ミレアは、すっと立ち上がる。


「答えは簡単。

ロープは、ほどけば“縦に二本”に分けられるの。

ってあるだけなんだから、時間をかければ

25メートルの細いロープが二本できるわ。


それを端と端で結べば……

25+25で、ちょうど50メートル。


塔と同じ高さになる。

あとは、その一本を窓から垂らして普通に降りればいいわね」


司会者が大きな拍手を送りながら叫ぶ。


「せいかぁぁぁいっ!!」


会場もぱちぱちと拍手しつつ、叫びも混じる大混乱。


会場、阿鼻叫喚。


「ええええええええええええ!??」

「それでいいの!?」

「そんな発想ないよぉ!!」


リオは顔を真っ青にして揺れた。


「なんでそんな当たり前みたいに……ぼく一生かかっても思いつかないよ……」


サクラはもう諦めの境地。


「……これが子供向けとは、なかなかに鬼畜ですね」


こうして第五問も、圧倒的速さでミレアが正解した。


合計四問正解──ミレアの優勝が確定した。



第五問が終わり、会場のざわめきはまだ収まらない。


司会者は手を叩きながら笑顔を広げた。


「はーい! これで全五問が終わりました〜! みんな、本当にすっごくがんばったね!」


もう子共たちも、大人たちも分かっていた。


あのピンク髪のお姉さんが全部持っていったことを。


集計という名の“儀式”が短く済まされ、司会者がくるりと集計板を返す。


「それでは……結果発表〜!! 今回いちばんポイントを取ったペアは──」


大きく息を吸い、勢いよく指を向ける。


「ミレアさんとリオくんペアです!! 優勝おめでとう!」


言われるまでもなく会場の誰もが知っていたが、子供と大人たちは苦笑しながら拍手した。


それは大人気ない、という失笑か。子供向けの内容ではなかったものの、それらを即答出来るほどの頭脳を持つ彼女への尊敬にも似た呆れか。


「お姉さんのお陰でほんとに優勝できたよ!」


リオの表情が明るい笑みを見せる。

ミレアは堂々と胸を張り、髪先をふわりと揺らして言った。


「当然っ♪」


サクラは胸にそっと手を置き、安堵の息を吐いた。


「おめでとうございます。初優勝ですね、ミレア様」


「それでは優勝賞品の授与です! カルビーの《ポテトチップス》各種セット一箱まるごと!! どうぞお受け取りくださ〜い!」


箱を開けた瞬間、太陽を受けた金色の袋たちが、宝物のように輝いた。


リオは感動の声を漏らす。


「わぁ……いっぱい……! 本当にこんなにもらえるんだ……!」


ミレアは袋のひとつ──《うすしお味》をすっと取り上げる。


指先で撫でただけで、彼女の瞳はもう“料理人”のそれだった。


「サクラ。あなたがそんなに絶賛する“ポテトチップス”。実際に確かめてみましょうか」


サクラが背筋を伸ばし、小さく頷く。


「はい……ぜひ。ミレア様にこそ、この味が届くべきです」



袋は、薄い金属膜をまとった“枕”のようにわずかに膨らんでいる。

指を置いた瞬間、窒素を内側へ張りつかせたまま、外側だけがかすかに沈む。

その沈み方ひとつで、“中にまだ手のつけられていない窒素”が確かに存在していると分かる。


まずは裏側へ返す。

表にあった鮮やかな味の写真とはまったく別の顔──

製造所、原材料、細かな文字がびっしりと並び、透明な油分に負けないインクで整然と組み立てられている。

食品というより、ひとつの“情報の層”。


「情報は自信の表れであり、誇れる味を証明しているわね」


ミレアは端のシール圧着部分へ親指を当てる。

そこだけ紙でも布でもない、“熱で溶かし撫でつけた跡”がある。


軽く押し上げる。


ぴし。


一線の亀裂が走り、窒素がひと呼吸だけ抜けた。

たったそれだけで、袋全体がふっと軽くなる。

“守られていた空間”が、外気と初めて接触した瞬間。


開口部を広げる。


その中は想像よりも静かだ。

油の香りが洪水のように押し寄せることはない。

むしろ、袋内部に残っていたわずかな温度がゆっくりと漏れ出し、じゃがいもの世界と気づかせるような柔らかい香りが立ち上る。


「……うん、誰しもが安心できる香りだわ」


袋の縁を両手でつまみ、少しだけ光の下へ傾ける。


薄い欠片たちが、重なり合い、寄り添い、影を作っている。

ひとつひとつはとても軽いはずなのに、重なりは“地層”のような奥行きを作る。

その表面には、ごく細いしわと、揚げ油が触れた痕跡が細かく走っている。


ミレアは一枚をそっとつまむ。


「薄い……。けれど、1枚1枚がちゃんと存在感を放ってる」


指に触れた瞬間、その薄さが伝わる。

だが薄いだけではない。

端のカーブには、乾燥したじゃがいも特有の“しなる強さ”がある。

折れそうで、折れない。

軽いのに、妙に意志がある。


「それじゃあ、いただきます」


口へ運ぶ。


唇がふれた一瞬、何の音もないのに“軽さ”の気配だけが伝わる。

噛む。


ぱり。


「ん?」


最初の膜が割れる。

そこから続く音は軽快で、驚くほど短い。

ぱり、ぱり、……ふわ。

砕けるたびに、欠片が舌の上で踊るように散っていく。


味が広がり始めるのは、噛み砕く音が止んだあとだ。


じゃがいもの甘みが、溶けるのではなく“蒸発”するように広がる。

それと重なるように、塩の粒が舌の上で点のような刺激を作り、その点がいくつも繋がって、味の“線”になる。


ミレアは少し瞬きをする。


「これは……」


味が軽い。

だが、軽いからこそ次が欲しくなる。

油の重さで引き止めず、塩気の主張で縛らず、

ただ“もう一枚”を促すような、巧妙な味設計。


「止まらないわ……」


二枚目をつまむ。

袋の中で形が微妙に違うのが分かる。

ひらべったいもの、反り返ったもの、端が濃い黄金色のもの。

どれも同じじゃがいもなのに、揚がり方ひとつでキャラクターが変わる。


二枚目をかじる。


ぱり。


そこにほんのり油の甘い香りが追いかけてくる。

熱はもうないのに、鼻の奥で“温かみの記憶”だけがよみがえる。

揚げた瞬間の香りが、わずかに残っていたかのような錯覚。


「んんっ、染み渡るように残るわね……!」


舌の上では、砕けた無数の欠片が溶けずに踊っている。

じゃがいもは溶けない。

最後まで小さな欠片として残り、塩と油をまとったまま舌の端へ、歯と歯の隙間へ、小さく移動していく。


それを口の中で集めると──

一枚目とは違う味が生まれる。

塩の粒がゆっくりと溶け、油の香りが少し濃くなり、

ほんのわずかに“焦がした”ような香りが立つ。


「味や食感だけじゃない。香りや、余韻すらもひとつの味なのね」


袋を軽く押す。


中から、窒素に守られていた香りがふわりと上がる。

油ではなく、じゃがいもでもなく、

“カルビーのポテトチップスの袋を開けたときだけ存在する、独特の空気”。


それは、ただのスナックではない。

開けた瞬間から、食べ終わるまで、

袋の内側にひとつの“世界”が完結している。


食べ終えたあと、舌に残るのは、じゃがいもの優しい甘みと、塩の細い余韻だけ。

重さも、しつこさも、強い油気も残らない。


だから、手がまた袋の中へ伸びる。


カルビーのポテトチップスとは──

「軽さで満たす」という矛盾を成立させた、日常の傑作。

一枚では終わらせてくれず、

一袋を食べ終えるまで、その“軽い祝祭”は続く。


「これはいけないわ……。スナックはとりあえずポテトチップスで、と言うのが当たり前になってしまう程の美味さね……♪」


ミレアのその吊りたがった口角が、このポテトチップスの満足度を示していた。



「そう、それですミレア様……! まさにその通りなんです……! だからこそ……至高なんです!」


「ええ。これなら無限に欲してしまうのも無理ないわ。……ほら、リオもサクラも食べましょう?」


「うんっ!」


リオは呼ばれた瞬間、耳をぴこっと立てて元気よく返事し、勢いそのまま袋へ手を伸ばす。


「……いただきます」


サクラは控えめな声でそう答えつつ、同時にすでに分析モードに入っている目つきだった。


リオがひとくち齧る。

ぽりっ。


瞬間、耳がぴんっと跳ね、尻尾がぶんぶんと高速で揺れはじめる。

ぽりぽり、ぽりぽり。

咀嚼の度に尻尾の速度が上がり、足元でわずかに影が揺れるほどだ。


「お、おいしい……っ! これ、すっごいおいしいっ!」


尻尾が語彙力を吹き飛ばす勢いで喜びを表現していた。


サクラも一枚つまんで口へ運ぶ。

噛むと同時に目が細まり、自分の世界へと陶酔する。


「……やはり、自然由来の塩味こそ至高。じゃがいもそのものの旨味を尊重した製法で、余計な風味を纏わせていない……これは、素材の誇りを──」


そこまで言ったところで、ミレアはそっと目線をそらし袋の中から一枚つまんで噛む。


──ポリポリ。


「うまうまっ♡ まさに勝利の味ね♪」


ミレアは満ち足りたように頬をゆるめ、袋を抱えたまま小さく揺れている。


こうして、その日の“なぞなぞ大会”は温かい笑い声と、ぽりぽりという心地よい音に包まれて幕を閉じた。



五皿目『カルビー。ミレたん、ポテトチップスは勝利の味』

おしまい

※本作に登場する

「ポテトチップス うすしお味」

の名称および関連表現については、カルビー株式会社様より正式に使用許諾・監修をいただいております。

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