表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【食品メーカー複数社監修】終焉の神ですが 今日も人の感情でお腹を満たす【もぐもぐ神™】  作者: 黒井津三木
献立4 お菓子 ときどきごはん

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/39

二皿目『ミレたん、違う宝を持ってきた』

※今回の話では食べ物は出てきません。

スタートの合図が響いた瞬間、子供たちは一斉に森へ向かって駆け出した。

それぞれに組まれた保護者たちも、遅れまいと後に続く。


リオも勢いよく前へ踏み出す。

だが、ミレアだけがひと呼吸遅れて走り出した。


その足取りは重い。

地面に落としたままの視線は一度も上がらず、速度も伸びない。

先ほどまで元気そうに見えた気配は嘘のようで、リオとの距離はみるみる広がっていく。


「あ、あれ? お姉さん……?」


振り返ったリオは、そこでようやく悟る。


──ミレアは、限界ギリギリだ。


空腹で“ミレたん”を維持できない状態。

走るだけで精一杯なのは、ひと目で分かった。


(ぼくが……頑張らないと……!)


そう決意し、リオが正面へ視線を戻したその瞬間。


「……見えた!」


背後からミレアの声が飛ぶ。

次の刹那、視界の端を何かが駆け抜けた。

風だけを残し、姿はもう前方へ消えていた。


「うわっ……!」


巻き起こった風にたじろぎ、リオが後ろを振り返る。

そこにミレアの姿はなかった。


「……あれ、お姉さん?」


空腹では、普段のように力を引き出すことすらできていなかったはず……。


深呼吸して気持ちを整えたリオは、ひとり森の奥へと進んでいった。



リオは森へ踏み込むと、周囲の空気が一気に変わった。

木々のざわめき、地面に落ちた枝の感触──どれもがはっきりと耳と足裏に伝わってくる。


「……よし」


小さく息を整え、リオは走り出す。

お姉さん──ミレアの姿はどこにもない。

だが、それに怯む時間はなかった。


彼が狙うのは得点が少し高めの“大きいお宝”。

森のあちこちに隠されているはずだ。

得点が高いお宝は数が少なく、発見も困難。人よりスピードもスタミナもあるコボルトの特性を活かし、普通より少し高い得点の物を中心に素早く狙っていく。それがサクラのお姉さんが立案した作戦だった。


リオは木の根元を覗き込み、低い茂みの影をチェックし、時折ジャンプして枝の上まで目線を上げる。

慣れた動きで、隠れそうな場所を素早く探っていく。


「……ないなぁ」


苔むした倒木の下も、葉の溜まった窪みも空振り。

時間だけが過ぎていく。


そのうち、他の参加者の声が近づき、ぱたぱたと足音が横を通り過ぎていった。

ペアの保護者に背中を押されながら、子供たちは次々と道を進んでいく。


「みんな速いなぁ……」


リオは苦笑しつつ、もう一度気を引き締める。


あのお姉さんが、空腹でも必死に動いていた姿が脳裏に焼きついている。


(ぼくが、ちゃんとしなきゃ)


自分の役割を思い出し、リオはさらに奥へ。


木々の影が濃くなる。

地面には落ち葉が深く積もり、足が沈むたびにざくざくと音が立った。


視界の端で何かがちらりと光る。


「……!」


駆け寄ってみると、枝に掛けられた得点の高い宝。

横には大きめの石が目印のように置かれていた。


「やった!」


リオは宝を手に取り、胸にぎゅっと抱え込む。


(まずは一つ……しかも狙ってないものが見つかるなんてっ!)


息を切らしながらも、顔には達成感と決意が混じったような笑みが浮かんでいた。


ミレアは戻らない。

だからこそ──

自分ができるすべてを、この森でやるしかなかった。


リオは最初の宝を握りしめ、森の奥へ駆け込んだ。

落ち葉が跳ねるたび、小さな足が前へ前へと伸びる。




倒れた丸太が行く手を塞ぐ。

一瞬だけためらい、けれど勢いのまま飛び越える。

着地の瞬間、視界の端に淡く光る何かがのぞいた。


「……あっ!」


丸太の陰に半ば埋まっていた宝をつかむ。

胸がひとつ弾んで、そのまま走り出す。




背の高い草がしっとり揺れ、風の音が遠くなる。

リオは背を低くし、草むらのトンネルへ進む。

揺れた隙間からちらりと色がのぞく。


手を伸ばせば、指先に触れた。

三つ目をポケットへ押し込む。




今度は土の匂いが濃くなる。

斜面だ。

ほかの子供の声が遠くに響き、焦りが胸をつつく。


「負けないぞ……!」


勢いのまま坂を駆け下りる。

下り切ると、ひんやりとした水の気配。

小さな沢のそば──濡れた石の上に、落ちそうで落ちない宝。


滑りかけ、踏みとどまり、そうして拾い上げる。




木々が途切れ、天井のような枝のあいだから陽光が差し込む場所。

光を浴びた木の幹はひどく高く見え、その上の方に小さな宝が括られている。


「えいっ……!」


短い腕を伸ばし、木肌に抱きつくようにしてよじ登る。

指先で宝をかき寄せると、ぽとりと宝が落ちる。

地面に転がったそれを拾い上げ、息を吐いた。



そのとき、森の外で大人たちの声が響く。


「はーい! 間もなく終了でーす! 出口へ戻ってくださーい!」


ざわざわと森の空気が動いた。

走る音が散り始める。


リオは手元の宝を数え、ぎゅっと握る。


(……五つ。ぼく、ちゃんと……できたんだ)


胸の奥がじんわり温かくなる。


葉に当たる光がまた少し揺れ、足元に帰り道の影が伸びていた。

リオはそれを追うように、一歩踏み出す。


リオは胸に集めた宝の重みを確かめながら、足を森の出口へ向けた。


「お姉さん……ちゃんと見つけられたかな?」


戻り道の光は明るいのに、不安だけが影みたいに足元へつきまとった。


広場へ戻ると、すでに子供たちは長い列を作り、ひとりずつ“宝物の査定”を受けていた。

けれど──ペアで動いていたはずのお姉さんの姿は見当たらない。


リオは仕方なく最後尾へ並ぶ。


「……それじゃあ次の子、見つけた宝物を出してくれるかな?」


スタッフの声がして、列がひとつ進む。

気づけば、順番が来た。


「え、あの……まだもう1人戻ってきてなくて……」


「そうなのかい? でも時間はとっくに過ぎてるからねぇ……」


困ったように眉を寄せたスタッフが、予定通り進めようとしたそのとき──


「……おーい!」


会場の端から、異様に緩い声が届く。


振り返ったリオは、目を見開いた。


土まみれで、服も髪もぼさぼさ……。

その状態のミレアが、頭の上に何か“巨大な塊”を抱えて全力疾走してきた。


「あ、お姉さん!……って、それなに?」


「なにって……お宝よ」


あまりに真顔で返され、周囲の視線が一気に“なんだこいつ”と濁る。


スタッフが戸惑いながらリオへ確認する。


「えっと……その人が君のパートナーかな?」


「そうです!」


「ギリギリ間に合ったかしら? とりあえずこれを提出するわ」


──ゴトッ。


ミレアがテーブルへ置いた瞬間、地響きのような音が鳴った。

そこに鎮座するのは、小さな子供ほどある巨大な岩塊。

表面は光を吸い、七色を返すように輝いている。


「あの……なんですかこれは……?」


スタッフが訊ねる声は、完全に“困惑の限界”だった。


「だからお宝よ。……ああ、名前は“アレキサンドライト”とか言うんだっけ? 列記としたお宝、宝石よ!」


その場が一瞬、静寂した。

ほんの一秒遅れて──ざわっ、と周囲が揺れた。


「え、宝石?」

「やば……でか……」


一部の大人は目を丸くし、一部の子供は口を開けたまま固まった。


「……お姉さん、それ多分違うよ。そもそもそんなの、どこで見つけてきたの?」


リオが恐る恐る訊く。


「え、地中深くだけど……これダメ!?」


ミレアが頭上に掲げていたそれは──

ただ“大きい岩”なんかじゃなかった。


光を受けた瞬間、その塊は生物みたいに目を覚ます。


表面は荒々しい岩肌のままなのに割れ目の奥、ひびのひと筋ひと筋が深海の青と、焔の赤紫をゆっくりと切り替えながら光る。


角度がひとつ変わるたび、色が反転する。


青。

紫。

深い緑。

そして、わずかに覗く赤。


“アレキサンドライト”と呼ばれる宝石の特徴──

昼光では青く、夕光では赤く見えるあの色変化。


それを、この巨大な原石は見事に見せていた。


あまりに大きく、あまりに乱暴に地中から抜かれたものだからか、表面には小さな土粒がまだこびりついている。

けれど、その土すら光を反射して宝石の色彩をかえって引き立てていた。


ひび割れのひとつに指を当てれば、中から“冷たく澄んだ光”が透けるように指先へ返りそうな──そんな透明度。


内部はまだ完全に姿を現していないのに隙間越しに覗く結晶が、確かに“宝石そのもの”の光を宿していた。


まるで、大地の奥で何百年も呼吸してきた命の塊。


どの角度で見ても、“お宝”の一言で片づけてしまうのが申し訳ないほどの存在感だった。


スタッフも、周囲の大人も、子どもさえも──

その場の誰もが息を呑んだ。


驚愕というよりも、“現実感が追いつかない”という種類のざわめき。


ミレアの腕の中で光るその塊はイベントの景品どころか、竜王国の財務が動く本物の資源レベル。


それを、ミレアは当たり前のように抱えていた。


「ほら! こんなに大きくて綺麗なのよ!? 間違いなく1番じゃない!」


そう言って差し出したとき──

光が宝石の芯に落ち、一瞬だけ“深い赤紫”が膨らんだ。


それは、宝石がミレアの言葉に応えるように輝いた瞬間だった。


だがスタッフは、苦渋をにじませながら口を開く。


「え〜……そちらは多分、いや絶対──当スタッフが用意した物ではございません。申し訳ありませんが、そちらは無効ということで……」


ミレアは絶句した。


「そ、そんな……これに価値がないなんて……。頑張って掘ったのにぃ〜……」


再び頭上に掲げられた宝石は、無情にも太陽光を浴びてきらりと輝く。

まるで“本人だけが知らない悲劇”を照らしているみたいに。


「……べふっ……」


次の瞬間、ミレアは力尽きて前に倒れた。

遅れて、巨大アレキサンドライトがミレアの背に落ちる。


「ぐえ……」


スタッフは見てはいけないものを見た顔で、業務に戻るしかなかった。


「と、とりあえず得点を数えようね」


「う、うん」


提出した宝を集計されたリオの結果は──


四位。


ミレアが掘り当てた“地球規模の宝物”は無効。

だがリオの努力だけは、しっかり順位として残った。



──────────



ミレアはテーブルに突っ伏していた。


「ぇう〜……」


魂が口から漏れ出しているような、あの分かりやすい脱力姿勢。

ツインテールはしおしおと萎れ、肩は沈み込み、見るからに飢えた亡者だった。

横には──あの巨大なアレキサンドライトだけが、変わらず澄んだ光を放っている。


「お姉さん、大丈夫……?」


リオが覗き込む。

返ってきたのは、感情の影もない声。


「……ぇゔ〜……」


まるでアンデッドの呻き。


そのとき。


「……ミレア様〜!」


高い声が弾んで届く。

紙袋を抱えたサクラが、人混みを縫うように駆け寄ってきた。

顔は息で上気し、でも目は必死だった。


「ミレア様、大丈夫ですか? 食べ物、買ってきましたよ」


サクラはすぐ膝をつき、テーブルに沈み込んだミレアの手を取る。


「ぇぅ……」


かろうじて漏れた声。


「すぐに準備致しますね」


サクラは紙袋の中を探り始めた。


「……たべ……もの……?」


その言葉の弱さは、糸の切れかけた羽虫のようだった。


「はい。すぐにできますよ」


「あり……がとう……。お礼に……これ、を……」


ミレアの指先が、横の巨大アレキサンドライトにちょん、と触れる。


「そんな、お礼なんて……えっ、なんですかそれ!?」


ようやくサクラが宝石の存在に気付いた。

宝石に詳しいわけではない。

だが──その大きさ、輝き、透明度。

“とんでもない代物”だということくらいは、ひと目で分かる。


「得点にならなかったから……あげるわ……」


「……あ」


サクラはその一言で、だいたい全部を察した。


「はぁ……だからズルはいけないと申し上げましたのに……」


呆れ、しかし怒らない。

そして、宝石をそっと見つめる。


「それにしても……すごく綺麗な石ですね。──まるでミレア様のよう」


宝石は二色の光を抱えていた。


いつもの愛らしいミレたんの顔と、時折のぞく“神”の影。その両方が、この石の揺らぎに重なって見えた。


希少性や価格など関係ない。

ただ純粋に、サクラはこの宝石を綺麗だと思った。


「……もう少し小さければ、欲しかったやも知れません」


穏やかで、どこか愛おしむような声音。


「サクラ……ごはん……」


ミレアの手がサクラの袖を引く。


「あっ、はい! すぐに!」


サクラは紙袋を抱え直し、慌てて準備を始める。



二皿目『ミレたん、違う宝を持ってきた』

おしまい

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ