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【食品メーカー複数社監修】終焉の神ですが 今日も人の感情でお腹を満たす【もぐもぐ神™】  作者: 黒井津三木
献立3 B級グルメ

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29/50

七皿目 つけあわせ『満腹罪。ミレたん、もぐもぐのまま捕まる』

夜の帳がゆっくりと降りて、石畳の上に街灯の明かりが点々と並び始めた。

仕事を終えたミレアの腹が、静かな路地に小さく鳴り響く。


「……おなかが空いたわ」


ぽつりと呟き、おなかを押さえて歩き出す。

風に乗って漂う香ばしい匂いが、鼻先をくすぐった。

それは油の焦げる匂い、甘いタレの匂い、そして人の幸福の匂い。


ミレアはふらふらと、その源を追う。


「ん〜?……んー……」


すれ違う人々の感情を味見するように目を細める。

けれど、どれも淡い甘さばかりで、強い香りはしない。

怒りも悲しみも、まるで“よく煮詰められたスープ”のように静かに均されていた。


「……やっぱりこの国は退屈ね」


少し肩をすくめて、夜空を見上げる。

灯がまばらに揺れ、まるで星々が街に落ちたようだった。


「仕方ないわ。手頃なお店でご馳走になろっと」


ミレアは、石畳の先にぽつんと灯る店の明かりを見つけた。

扉の上には、洒落た筆記体で

Le Banquetバンケ duデュ Dragonドラゴン』と金字で書かれている。

派手ではないが、窓越しに見える食器の輝きが妙に眩しい。


「おなか、すいたし……ここでいっか♪」


何の疑いもなく扉を押すミレア。


──そこが竜王国でも指折りの“高級すぎる庶民向け洋食店”だと知るのは、ずっと後のことだった。




扉を開けた瞬間、柔らかな鐘の音が鳴る。

照明は落ち着いた琥珀色で、床は磨かれた黒大理石。

カウンターの奥には、白手袋の給仕が三人並び、同時に一礼した。


「ようこそお越しくださいました。ご予約名を頂戴してもよろしいでしょうか?」


「ごよやく……?」


ミレアは首を傾げる。

店員は一瞬だけ目を瞬かせたが、微笑を崩さず続けた。


「ええと、もしご予約がございませんでしたら、空いているお席をご案内いたします」


「うん! 空いてるとこでいいわ♪」


軽やかな返事に、店員は小さく頷き、手を差し伸べる。

白手袋の指先が、まるで儀式のように優雅だった。


「かしこまりました。ご案内いたします。お足元にお気をつけくださいませ」


ミレアは、案内されながら店内をきょろきょろ見渡した。

壁には竜を模した金の装飾、テーブルには繊細な花。

他の客たちは静かに談笑しており、フォークとナイフの音が鈴のように響いている。


「わぁ……きれいなとこ。“楙櫱ぼうげつの庭”みたい」


生命の神竜。稔竜ねんりゅう・楙櫱。

枯れてもなお芽吹く命の象徴。

その名を思い出すほどに、この店はどこか温かい息づかいを感じさせた。


「ありがとうございます。当店の名は“ル・バンケ・デュ・ドラゴン”、竜王国の晩餐会を象徴する……」


「ばんさんかい? 食べる会なのね!」


「……ええ、まぁ、そういうことでございます」


店員は完璧な笑みのまま、心のどこかで“危険な香りがするお客様”と判断していた。


白手袋の店員に案内され、ミレアは奥の席へ歩いた。

廊下には和紙の灯りと、壁には金の装飾が混ざる。

一方のテーブルには西洋陶器、もう一方には漆塗りの盆。

まるで世界中の「美味しい」が一堂に集まったようだった。


「なんか、いろんな国のにおいがする〜」


促されるまま椅子に座り、差し出されたメニューを開く。

そこには天ぷら御膳、ポタージュ・パルマンティエ、特製ロッシーニ、にぎり寿司盛り合せ、クレープ・シュゼット……

何でもありの文字が並んでいた。


「……いっぱいある〜。どれがいちばんおいしそうかな……」


ひときわ豪華そうな文字を見つけて、ミレアは指を止めた。


Rossiniロッシーニ Sélection(セレクション)


見た瞬間、意味はまったく分からなかったけれど、

並ぶ文字の響きがなんだか“かっこよくて”、おいしそうに見えた。


「うん、これにするわ!」


「かしこまりました」


優雅なお辞儀とともに、店員の声が静かに響く。


「名前がいちばんキラキラしてたし、きっと当たりよね!」


ミレアはメニューを閉じ、嬉しそうに頬を緩める。


「なにが出てくるのかな〜、たのしみ〜♪」


窓の外では、夜の街灯が石畳を照らしている。

その光がテーブルのグラスに反射して、ゆらゆらと波のように揺れた。

店内は静かで、聞こえるのは遠くのピアノと、皿を運ぶ小さな足音。


ふと、香ばしい匂いが鼻先をかすめる。

厨房の奥から、バターが溶ける音がした。

ミレアは胸の前で手を組み、小さく息を弾ませる。


「いいにおい……♪」


やがて運ばれてきたのは、前菜の小鉢だった。

湯気の立つポタージュ・パルマンティエ。

白い皿に金の縁取りがあり、スプーンを入れた瞬間、ふわりとバターとじゃがいもの香りが広がる。


「……やさしい味」


静かに口をつけ、丁寧に一匙ずつ。

店内の音が遠のいて、ミレアの頬だけがやわらかく染まる。


次に出されたのは、ソール・ムニエル。

レモンの酸味と焦がしバターの香りが絡み、皿の上で光るように揺れている。

一口食べた瞬間、彼女の瞳がきらりと揺れた。


「これもおいし〜♪」


肉料理のフィレ・ド・ブフ・ロッシーニに至っては、周囲の客が思わず息を呑むほどだった。

フォアグラがとろりと溶け、黒トリュフの香りが漂う。

彼女はナイフをほとんど使わず、まるで儀式のように一口ごとに味わっていく。


グラタン・ドフィノワ、天ぷら盛り合わせ、炊き込みご飯、クレープ・シュゼット──

どの皿も完璧に食べ切り、残り一滴も残さない。



そして、最後の逸品が運ばれてくる。



湯気をまとった《茶碗蒸し》が、そっとテーブルに置かれた。

蓋を取ると、熱の層がふわりとほどけて鼻先を撫でた。

鰹と昆布の合わせ出汁に、卵の甘い香り。

奥には、三つ葉の青い香りがほのかに差している。

その温もりだけで、胸の奥がやわらかく解けていくようだった。


ミレアはスプーンを静かに沈めた。

とろり、とわずかな抵抗のあと、ぷるんとした弾力を指先に伝える。

持ち上げたそれは、金色の光を透かすようにゆらぎ、

すくい上げるたびに湯気が細く立ちのぼった。


ひと匙を口に運ぶ。

舌に触れた瞬間、卵の膜がほろりと崩れ、

熱を帯びた出汁が内側から溢れ出す。

ふわふわと溶けながら、鰹の旨味が喉の奥に届き、

昆布のまろやかさがそれを静かに包み込む。


次に現れたのは、銀杏。

ころりとした粒が舌の上で転がり、噛むとほのかな苦味と香ばしさが広がる。

その一瞬のアクセントが、全体の甘みを引き締めた。


さらに掬えば、椎茸。

出汁を吸いきった身は、噛むたびにじゅわっと旨味を解き放ち、

土の香りが鼻の奥で深く息づく。

その香ばしさが卵のやわらかさに溶け合い、

まるで森の空気を一匙に閉じ込めたようだった。


底には、海老。

熱でとろけかけた身が、舌に乗せた瞬間ふわりとほどけ、

海の塩気がほのかに残る。

その香りは出汁と混ざり合い、

まるで潮風が一瞬だけ店内を通り抜けたように感じられた。


「……ん〜♪ うまうまっ♡」


ミレアはうっとりと目を細めた。

湯気の向こうで、スプーンを口へ運ぶ手がゆるやかに動く。

口に入れるたび、温もりと香りが折り重なり、

味が層を成してひとつの調和を作っていく。


店内はしんと静まり、

器を打つ“かちり”という音だけが、世界のリズムになっていた。

ミレアはただ、その小さな器の中で──

幸福そのものを、もぐもぐと味わっていた。



そのとき、横から白手袋の手がそっと伸びる。

一枚の黒い革のホルダーが、テーブルの端に静かに置かれた。


「お会計でございます」


「む〜?」


ミレアはスプーンを口にくわえたまま、首を傾げる。

ゆっくりとその革の入れ物を開き、中を覗き込む。


「……お?」


数字が並んでいる。

一、十、百、千、万、十万──


「……ゼロ、多くない?」


店内の空気が凍った。

茶碗蒸しの湯気だけが、ゆらゆらと間を埋める。


「お、お客様……こちら、当店自慢の“ロッシーニ・セレクション”でございますので……」


「ひとり分でこれ? でもこんなに持ってないわ」


スプーンを持ったまま給仕の顔を見つめるミレア。

給仕は慌てて別の店員に目配せする。


「お待ちください! すぐ確認を──!」


ざわつく店内を他所に、ミレアはスプーンで茶碗蒸しをすくっていた。


「もぐもぐ……」


間もなくして、外の通りから衛兵の笛が響いた。


「無銭飲食の通報だ! 出てこい!」


扉が開いた瞬間、二人の衛兵が踏み込んできた。

店員が指を差す。


「その人です! 支払いを拒んで──」


衛兵がすぐさまミレアの腕を掴む。


「立て。衛兵署まで来てもらう」


「ぇう?」


ミレアは掴まれたまま、茶碗蒸しを見つめていた。

表面にまだ湯気が残っている。

スプーンを取り、ひと口。


「うまうまっ♪」


「何をしてる!? 今すぐ置け!」


「やだ」


「……ッ、この女……!」


腕を強く引かれても、ミレアは転ばない。

器を傾けないように、まるでそれだけに集中している。


「やーだー、たべるのー」


「もういい、連行しろ!」


牢屋型の馬車が横付けされ、衛兵が彼女を押し込む。

ミレアは抵抗もせず、すとんと床に腰を下ろした。

その手には、しっかりと茶碗蒸し。


馬車が動き出しても、ミレアは黙ってスプーンを動かす。

とろりとした卵を口に運び、静かに頷く。


「お〜いしっ♪」


外では衛兵がため息をつき、馬車に乗る。



──────────



同時刻。

その日の配達を終えようとしていたサクラは、最後の配達物を届けに繁華街の一角へ足を向けていた。

夕暮れの街に、妙なざわめきが混じっている。


「……? なにかあったのかな」


足を速め、声のする方を覗き込むと、

高級洋食店の前で人だかりができていた。

その中心では、衛兵たちが牢屋型の馬車に誰かを押し込めている。


「無銭飲食だ! しっかり押さえろ!」


サクラの視線がその人物に向いた瞬間、

心臓が止まりそうになった。


「……っ、ミレア……様?」


桃色の髪。

手にした茶碗蒸し。

そして──スプーンを動かす、あのマイペースな仕草。


間違いない。


「えっ……ええぇぇぇーーー!!?」


サクラの叫びに、ミレアがのんびりと顔を上げた。

もぐもぐと口を動かしながら、牢の中から軽く手を振る。


「サクラー♪ これね、すっごくおいしいよ〜♪」


「な、なにして……あ、ちょっ……ミレア様ぁぁーーー!!」


馬車が走り出し、遠ざかっていく。

夕暮れの街に、サクラの悲鳴と──かすかな“もぐもぐ”の音だけが残った。



七皿目 つけあわせ『満腹罪。ミレたん、もぐもぐのまま捕まる』

おしまい

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

本作は カクヨム を中心に投稿しております。

今回の話で、なろう版はカクヨム掲載分の最新話まで追いつきました。


今後は 毎月「0」と「5」のつく日 に更新を予定しており、

カクヨムと同時期に投稿していく形となります。


引き続き『もぐもぐ神』をよろしくお願いいたします。

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