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【食品メーカー複数社監修】終焉の神ですが 今日も人の感情でお腹を満たす【もぐもぐ神™】  作者: 黒井津三木
献立2 和食

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21/60

九皿目 水菓子『甘酸っぱい余韻。ミレたん、口溶けは終焉の味』

夜明けの光が、ゆっくりと朱桜国を染めていく。

つい先ほどまで響いていた笛や太鼓の喧噪は、嘘のように消え失せ、路地裏に漂うのは片付けの匂いと、遠くの水音だけ。

宵の祭礼は幕を下ろし、街はようやく“普通の国”へと戻りつつあった。


その静けさの中、ひとりだけ変わらぬ調子で笑う少女がいた。


「ん〜っ、あ〜美味しかった〜♪」


ミレアは頬を緩め、子供のように笑みを零す。

瑞々しい果汁の滴が唇に残り、朝日を受けてきらりと光った。


隣のサクラは、すでに瞼が重く閉じかけていた。

それでも必死に視線だけはミレアを追い、吐息混じりに声をかける。


「ミレア様の胃袋は……まるで無尽蔵ですね。私はもう途中から、お腹いっぱいで……」


「えへへ〜、だって美味しいものなら無限に食べられるもの!」


ドヤ顔をしながら腰に手を当て胸を張るミレアに、サクラは苦笑しながら肩を落とす。


「それだけ召し上がっても太らないなんて……羨ましいです」


サクラは重い瞼を擦りながらそう綴る。

そんな様子を見て、ミレアは小さく首を傾げて微笑んだ。


「……そろそろ帰ろっか。もう、未練はない?」


「未練? ……あ」


サクラは気づいた。

朱桜国にあまり良い思い入れがなかった自分の前で、ミレア様はめいっぱい楽しそうに笑い、はしゃぎ、食べてみせてくれた。

──この国は楽しいところだよ、いいところなんだよ、と。

もしかすると最後になるかもしれない私に、ほんのひとときでも笑顔を残してくださったのだ。


「……おかげさまで。ミレア様、ありがとうございます。この国を……少しは好きになれたと思います」


サクラは深く頭を下げた。

けれどミレアは、ひらりと手を振る。


「ううん、別にいいわそんなこと。わたしが楽しみたかっただけだし」


(……わかっております。ミレア様。私に良い思い出を残すのは、“種まき”なのでしょう?)


サクラは胸の内でそっと呟いた。

最終的には、この方に食べられる。

ミレア様が食べているときほど、愛くるしい瞬間はないのだから。

どんなものでも美味しそうに、誰よりも幸せそうに食べる姿は、自然と頬を緩ませる。

もしお口周りを汚したなら……綺麗に拭いて差し上げたくなる。


「……帰りは、どうなさるのですか?」


サクラがふと尋ねると、ミレアは舌先をぺろりと出して笑った。


「う〜ん、行きしなの竜車は帰しちゃったしね〜」


「……手配し直しますか?」


提案すると、ミレアは肩をすくめて首を振った。


「また数日、あの揺れに揺られるのも飽きるしなぁ」


「…………」


サクラは黙り込む。

眠気のせいで頭が回らない。ミレア様は何を仰りたいのだろう?

瞼が落ちそうになるのを必死に持ち上げ、うっつらうっつらしながらも懸命に脳を動かす。


「サクラ、眠そうね」


ミレアは小さく笑って、ぽんとサクラの手を握った。


「仕方ないから、とりあえず巡回便でも乗ろっか」


巡回便──国や村をゆっくりと移動する馬車のこと。

本来は物資を運ぶために動いているが、人の移動も兼ねている。

安い賃金で乗れる代わりに、乗り心地は値段相応。


「……はい。ミレア様が……そう仰るのなら……」


眠気がついに限界に達し、サクラの身体はふらりと揺れる。

閉じかけた瞼のまま、必死にミレアの言葉を追いかけようとしていた。


(……人間とは、不便なものね)


そんなサクラを見やりながら、ミレアは胸の内で小さく思う。

けれど、その不便ささえ愛おしげに眺めているような笑みを浮かべていた。


「うん、ならそうしよ」


ミレアは無邪気に頷くと、そのままサクラの手を引き歩き出した。

朱桜国を背に、石畳を踏みしめながら歩を進めると──そこに人影が立っていた。


朱桜こと、レンカだった。


王としての威容を保ちながらも、その顔は柔らかかった。

彼女自身、なぜここに来たのかは分からなかった。

見送りのためでも、監視のためでもない。

ただ心のままに歩いていたら、いつの間にか足が門の外へと向いていたのだ。


「……行くのじゃな」


レンカの声は、どこか吹っ切れた色を帯びていた。

その眼差しは、焉龍のことを今は脇へ置き、ただ目の前の小さな存在を見守る者のものだった。


「……レンカ。なんか、スッキリした顔してるわね?」


振り返ったミレアの言葉に、レンカは小さく笑んだ。


「ああ。ミレたんはミレたんだからの。あれこれ気にしても仕方ない──そう考えるに至ったわけじゃ」


「そうなんだ? でも、探求の感情は渦巻いてるみたいだけど」


「……知りたいという気持ちは嘘ではないのでの。それとこれとは、また別問題さね」


レンカの声音は王としての威ではなく、一人の女としての素直な響きを帯びていた。

結局のところ彼女は、国王としてではなく、ただ自分の心に従って見送りに来たのだ。


「……この国は、どうじゃった?」


「よかったわ、すごく。竜王国よりは気に入ったね」


「ほう? ならこの国に籍を置かぬか? ミレたんが望むなら無償で……」


言い切る前に、ミレアが軽やかに口を挟んだ。


「竜王国の近くには、“あの子”が眠っているからね。起きたら労ってあげたいの。そろそろ起きる頃だから」


レンカはその言葉の意味を理解できなかった。

だが追及することなく、ただ目を細めて頷いた。


「……そうか。だがミレたんが望むなら、この国はいつでもそなたを迎え入れる所存であるからの」


「うん! もしその時はよろしくね」


ミレアは満面の笑顔で答え、サクラの手を引いて門の外へ向かう。


巡回便の馬車に乗るための手続きを済ませると、二人の背中はやがて人混みの向こうへと消えてゆく。


朱桜国を後にして。

夜祭りの余韻も、古き文献の残響も──ただ静かな朝の空気に溶けていった。



──────────



巡回便の馬車は、きしむ音を立てながら緩やかに街道を進んでいた。

粗末な座席の揺れは決して心地よいものではない。だが、その中でサクラはすでに夢の中にいた。


ミレアの膝に、頭を預けて。


「……ふふ、よく寝てるわね」


少し強引に膝へと引き寄せたとき、サクラは抵抗する間もなく瞼を閉じた。

緊張と疲労が限界に達していたのだろう。寝息はすぐに整い、微かに口元を緩めていた。


「一日中付き合わせちゃったもんね。ありがと、サクラ」


囁くように言いながら、ミレアはそっとサクラの髪を撫でる。

その手つきはあまりに優しく、慈愛に満ちた母のようですらあった。


外の景色はゆるやかに流れていく。

やがて朝の光が傾き始め、街道を淡い影が覆い始めるころ──。



悪意の影が、静かに近づいていた。



馬車の揺れは変わらず単調だった。

ガタリ、ガタリと車輪が石を噛む音が続くなか、サクラの寝息だけが車内に安らぎを与えていた。


変わらずミレアは微笑みながら、その髪を撫で続ける。


──だが、その時間は長く続かなかった。


ふいに、馬が耳を伏せて嘶いた。

御者の叫び声が上がり、馬車は急停止する。

ガタン、と大きく揺れ、サクラの身体が小さく跳ねたが、眠りはまだ深い。


「しゅ、襲撃だぁーー!!」


御者の声と同時に、馬が荒れ狂うように嘶く。

護衛たちは慌てて武器を抜き、馬車を囲む影へと身構えた。


「……襲撃?」


ミレアは小さく呟き、眠るサクラの耳をそっと手で覆う。

車内では他の乗客たちが小さな悲鳴をあげ、肩を寄せ合うように縮こまった。


「へへっ、命が惜しくば金目の物を出しなっ!」


野盗の一人が馬車へ乗り込み、鈍く光る剣を抜きながら乗客を睨みつける。

鋭い声に乗客たちはさらに怯え、泣き声混じりの悲鳴があがる。


その刹那、ミレアの瞳が盗賊たちを映す。

彼らの感情は、金品だけを求めるものではなかった。

──若い女も、その「金目」に含まれている。

不快感が胸に渦を巻く。狙われるのは自分とサクラ。そう理解するのは容易だった。


「……ん……んん……」


騒音に、サクラが小さく呻き声を漏らす。

外では剣戟の音、叫び声、馬の嘶き。

目の前では野盗が荒々しく声を張り上げる。安眠できるはずもない。


「大丈夫よ。ゆっくりおやすみ」


ミレアは優しく囁き、サクラの頭を膝からゆっくりと持ちあげ、座席にそっと寝かせる。

そしてすっと立ち上がり、盗賊へと向き直った。


「お? なかなかの上玉……」


下卑た笑みを浮かべた盗賊が言い終える前に、力なく糸が切れたように崩れ落ちた。


「騒々しいわね。そんな下卑た視線を向けないでくれるかしら?」


冷ややかに吐き捨て、ミレアはその身体を無造作に蹴り飛ばす。

ごとりと馬車の外に放り出された盗賊は、砂埃をあげて転がった。


そのまま軽やかに馬車を降りるミレアの瞳が、外の光を鋭く弾く。

外では護衛たちが必死に応戦していたが、数は明らかに盗賊の方が多く、押されているのは一目瞭然だった。


馬車から降り立った瞬間、その小さな姿に盗賊たちの視線が一斉に集まった。

数人が互いに頷き合い、獲物を囲むようにじりじりと円を描いて迫る。


「……1、2、3……」


ミレアは小さく数を数え、つまらなさそうにため息をついた。


「どれも成熟してなくて美味しくなさそうね。まあいいわ」


すっと空を掴むように手を掲げ、軽く振りあげる。

その瞬間、囲んでいた盗賊たちの身体から光が弾け、糸の切れた人形のように一斉に崩れ落ちた。


「な、なんだ今のは……!?」


盗賊も護衛も、誰もがその異様な光景に息を呑む。


「さて……お次は」


ミレアが視線を巡らせると、苦戦する護衛の周囲に群がる盗賊たちが見えた。

その魂を、先ほどと同じ要領でひとまとめにして引き抜く。


「う、うえぇ!?」


護衛は助けられたのではなく、敵が一斉に崩れ落ちた異常に声を裏返した。


「く、くそ! なんだアイツはっ!」


恐慌の声が響くなか、一人の盗賊が弓を引いた。

矢が唸りを上げて飛ぶ──が、ミレアの左肩に当たった瞬間、キンっ! と鋭い金属音を残して地面に弾かれた。


さかしいだけね」


冷ややかに告げると同時に、ミレアは拳を前へ突き出した。

振るわれたのは殴打ではなく、空間そのものを薙ぎ払うような一撃。

矢を放った盗賊の姿は、周囲の土煙ごと綺麗に掻き消えていた。


「ひ、ひぃいっ!」

「ば、化け物だ……!」


異常な光景に、盗賊たちの戦意は見る見るうちに崩れ落ちる。

武器を投げ捨てて背を向ける者、震える手で命乞いをする者。

尚も必死に刃を構える者すらいたが、その眼はすでに恐怖に濁っていた。


「哀れね。他人から奪おうとして、逆に危険に見舞われると逃げ出すなんて」


ミレアの吐き捨てる声は冷たく澄んでいた。

逃げ出そうとした盗賊たちは、息を吹き返した護衛たちの反撃に取り押さえられていく。

戦場に残ったのは、恐怖に支配された呻き声と、なお静かに立つ少女の姿だけだった。


戦場の喧騒は、すでに収束を迎えていた。

地に伏した盗賊たちの一部は護衛に押さえ込まれ、縄で拘束されている。恐怖に染まった顔は、もはや戦意を失った敗者のそれだった。


「た、助けてくれ……!」

「もうしない! 命だけは……!」


縋るような声が次々と上がる。

その場に居合わせた者たちは、一瞬だけ安堵の息を漏らしかけた──が。


ミレアは何の感情も宿さぬ瞳で、静かにその光景を見下ろしていた。


「……奪いに来たくせに」


少女の声は冷ややかで、しかしどこか澄み切った響きを持つ。


「いざ立場が逆になると許してもらえるとでも? それは──あまりに虫がよすぎると思わない?」


そう告げると同時に、彼女の細い指先が空を撫でた。

次の瞬間、拘束された盗賊たちの身体から淡い光が立ちのぼり、叫び声をあげる暇もなく抜け落ちてゆく。


困惑と恐怖にまみれた呻きが途切れる。

やがてその場に残ったのは、魂を失い抜け殻となった肉体だけだった。


ミレアは短く息をつき、ひとつの言葉を残す。


「……これにて終焉よ」


それだけを言い残し、振り返ることなく馬車へと戻っていった。


眠るサクラの安らかな寝顔を守るために、戦場の冷徹を背後に置いたまま。



──────────



「……ん……」


重い瞼を持ち上げると、橙に染まる夕暮れが視界に広がった。

揺れる馬車の中、サクラの顔を覗き込むのは、相変わらず無邪気に微笑むミレアだった。


「おはよっ、サクラ。もう夕方になっちゃったよ?」


彼女の手には赤紫と青緑の果実が揺れ、やがて冷気を帯びて水菓子シャーベットへと変わっていく。

《プラムのソルベ・黎明れいめいの雫》

《ライムのソルベ・翠風すいふうの調べ》

――眠りと目覚め、終焉と始まりを結ぶ、ふたりのひと匙。


「眠気覚ましにどう? プラムとライムのシャーベットだよ。はい、あ〜ん♪」


匙にすくい、ひと口差し出される。


「あ、あ〜んっ……」


突然のことだったが、サクラは赤紫のプラムを口に運んだ。

ひんやりとした冷たさの後、濃厚な酸味がじゅわりと舌を包む。

甘さよりも先に、深い酸味が脳を突き抜ける。けれど、その奥にじんわりと広がる蜜のような余韻──。


「……っ、すごく濃い……でも、後から優しい甘さがきます」


サクラの頬が自然と緩み、眠気の残る瞳が輝きを取り戻す。


続けて、ミレアが青緑のライムをひと匙。

口に含んだ瞬間、爽やかな香気が一気に広がる。

鋭い酸味が舌を刺し、それがすぐに透き通るような涼やかさに変わり、喉をすうっと抜けていった。


「ん〜、いいねこれ! すっきりしてて、でも甘さもちゃんとある。いくらでも食べられちゃう! うまうまっ♪」


無邪気に笑う彼女の頬には、冷気でわずかに赤みが差している。


「プラムは濃くて……じんわり体に沁みる感じです」

「ライムは軽やかで、ずっと食べてても飽きないのよね〜」


二人は同じ皿を分け合いながら、違う味わいを楽しみ、互いの反応に笑みをこぼす。


サクラにとっては、旅の途中のひとときの甘いご褒美。

けれどその涼やかな甘さの奥底に、彼女が知らぬ“終焉”の色が静かに潜んでいた。



九皿目 水菓子『甘酸っぱい余韻。ミレたん、口溶けは終焉の味』

おしまい

『献立2』を最後までお読みくださりありがとうございます。

本編に登場した国や人物、建物についての補足資料です。

物語をより深く楽しみたい方に、少しでも世界観を知っていただければと思います。


● 朱桜国の施設


・桜綺苑

朱桜国で一番の料亭。

店全体が二階構造で八角形を成し、中央には巨大な桜がそびえる。その桜の上部はガラス張りとなっており、夜空を見上げることができる。

各席には折りたたみ式の壁が設けられており、必要に応じて半個室に変更可能。VIPルームは一階の真正面奥にあり、完全個室の造りとなっている。


・朱楼宮・閉架書庫

王族や学者のみが立ち入れる特別な空間。歴史的資料の保管庫としての役割を持つ。有権者以外が閲覧する場合は、有権者からの許可が必須。

朱桜国の歴史や竜種に関わる古文書が数多く収められており、レンカやサクラ父は「五柱神竜創世譚・最古古文書写」をすらすら読めるほどの知能を備えている。


● 登場人物関連


⬛︎ レンカ

高い知能と鋭い観察眼によって、実力で朱桜国の王位を勝ち取った人物。朱桜国は完全なる実力主義であり、レンカ自身も王族の血筋ではあるが、その血は薄く末端の家系にあたる。


・他の王族について

レンカが巧みに仕事を割り振り、彼らに「自分も国に貢献している」という満足感を与えているため、出しゃばる余地を与えない。結果として、実際にはレンカ一人で国を動かしている状況にある。


・竜王国との関係

他国との差別化を図るため、夜に機能させる政策として「竜王の火種」に注目。これを活かした改革を進めた結果、現在の朱桜国の姿を築き上げ、その功績により「朱桜」として君臨するに至った。

しかし功を焦った政策の欠陥を竜王ヴァルグレアに見抜かれ、利用されてしまう。

当初ヴァルグレアは「改革の助力」として朱桜国に有利な条件で取引していたが、徐々に対等条件へと切り替えた。朱桜国側には恩義があったため受け入れざるを得ず、現在では「竜王の火種」が不可欠となったことを背景に、金品までも要求されるようになり、取引は竜王国有利の形に傾いている。


⬛︎ サクラの家(ミナヅキ家)

由緒ある家柄だが、背教者を出したことで失墜気味。伝統としがらみに縛られた家でもある。


・サクラ母

ミナヅキ家へ嫁入り。サクラ父がサクラに愛情を示さず、放任していたことを指摘した結果、言い争いへと発展。その場で瀞澪を悪く言ってしまい、背教者として罰せられ追放となった。


・サクラ父(ミナヅキ宮司)

瀞澪を第一とする狂信者。崇拝するあまり「自分の言葉はすべて瀞澪に届いている」と錯覚するようになる。

もともと知能は高く、人を助けることで得た見返りも多かったが、それを「瀞澪からの賜りもの」と勘違いし始めたのが転機。以後は「瀞澪への崇拝こそが家や国を助ける」と信じ、自らの知能を活かして国に貢献していく。

結果として、自分の能力で獲得した収益すら「瀞澪の恩恵」と解釈し、「自分で稼いだものではない」と考えるに至った。そしてついには「自分の言葉は瀞澪の代弁」と錯覚し、暴走を始める。

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