零皿目 テイスティング『終焉の神、戦場でおやつ中』
荒野に、轟きが響いた。
空を割くような咆哮が大地を揺らし、炎と煙が入り混じる戦場。
魔導砲と呼ばれる兵器が火を吹き、空には翼竜が舞う。剣戟の音は、かすかに風に乗って響いていた。
そんな戦の真っただ中を、“あどけない少女”がひとり、呑気に歩いていた。
「さてさて、今日のおやつはなにかしら〜♪」
鼻歌交じりに、彼女は肩から下げた革鞄を揺らす。
足取りは軽やか。
戦地の喧騒などどこ吹く風とばかりに、肩から提げた小さな革鞄を揺らしていた。
「ん……このへんのはず、よね?」
少女──ミレア・ノワールは立ち止まり、手元の依頼書をひらひらと広げて確認する。
そして前方、砦を攻め立てる“指揮官”といった風情で立っている人物を見つけ、にこりと微笑んだ。
塹壕を軽々と飛び越え、砲弾が飛び交う中を突き進む。
いかにも「撃ってください」と言わんばかりに、高台の上へとひらりと降り立つ。
「……あなたがエーメロイね!」
手を軽く振りながら、愛嬌たっぷりに声をかける。
声を掛けられた指揮官は、困惑と警戒の入り混じった声を上げた。
「なんだ貴様は!?」
そんな反応などどこ吹く風と、ミレアは明るく言い放つ。
「お届け物、持ってきたわ」
そう言って鞄の中をごそごそと探りはじめた──その刹那。
ドンッ!!!!
大気を裂く轟音。耳をつんざく音圧に、周囲の兵士たちは思わず身をかがめた。
重厚な魔導砲の砲弾が、唸りを上げて一直線に彼女めがけて放たれる。
砲弾は唸りを上げて一直線に飛び──
ズガァン!!
ミレアの側頭部に、直撃した。
……が。
ミレアの側頭部にぶつかった砲弾は、鈍い音を立ててぴょんと跳ね上がった。
「………ん?」
こてん、と首を傾けながら、ミレアは視線だけで砲弾が飛んで来た方向を見つめる。
「なにこれ? プレゼント?」
ぽとりと落ちてきた砲弾を、両手でキャッチ。
「うーん……どれどれ?」
顔を近づけて、くんくん……。
「うっ……くさっ。おいしそーじゃないから──いーらないっ!」
くるんと一回転、フルスイングで敵陣に向けて豪快に投げ返した。
ズゴォォォォン!!
轟音、光、爆風。
砦の一角があっさりと消し飛び、煙と瓦礫が天へと舞い上がる。
遅れて風圧が堅牢な壁を捲り上げ、砦は一気に崩れ去った。
呆然と立ち尽くす周囲の兵士たちを尻目に、ミレアはふうっと息を吐いた。
「まったく……せっかく配達に来たのに、これじゃあお腹もすくわ」
その言葉の意味を、理解できた者はこの場にひとりもいなかった。
「……っと、はいこれ。お届け物で〜す♪」
にこっと笑って、ミレアは鞄から小包を取り出し、手渡す。
「受け取りのサイン、お願いねっ」
ペンを差し出され、指揮官はぽかんとしたまま受け取った。
「あ……ああ…。はい……ど、どうも…?」
指揮官は唖然としたまま、配達物を受け取り、署名する。
「ありがとっ! これにて仕事完了〜♪」
くるっと小さくターンしながら笑みを浮かべ、ミレアは空気をくんくんと嗅ぐ。
「ん〜、すっごい濃厚……♡ じゃ、いっただっきまーす♪」
スゥ……っとひと息吸い込んだ瞬間、
戦場に満ちていた“怒号”や“恐怖”が色を帯びて揺らめき始めた。
赤、紫、そして琥珀のきらめきが溶け合い──
風がわずかに渦を巻き、空間が“きらきら”と震えた。
──次の瞬間。
ポワン、と軽い音とともに、彼女の目の前に一枚のお皿が現れる。
上に乗っていたのは、鮮やかなレモンイエローのふわふわスフレ。
その頂には、怒りを象った真っ赤なラズベリーソースがぐるりとかけられ、周囲には恐怖を象った紫色のゼリーが宝石のように飾られていた。
とろりとした琥珀色のシロップが全体を照らし、まるで“感情のパフェ”のような姿だった。
ミレアは一欠片をちぎり取ると、ためらいもなく口に運ぶ。
「はむっ……ふわぁ……♡」
──その瞬間、戦場を包んでいた緊迫感がほんのわずかに揺らいだ。
「やっぱ、“感情”って、食べると落ち着くのよね〜♪」
兵士たちの顔から“何か”が抜け落ちたように、強ばりが一瞬だけ消える。
「……な、なんだ……?」
「……さっきまでの、この緊張……どこいった……?」
もう一口。
またひと口。
ミレアが咀嚼するたび、周囲の兵士たちの表情が変わっていく。
剣を取り落とし、呆然と座り込む者。
涙をこぼしながら笑い出す者。
顔の血の気がすっと引き、虚ろな目をした者。
やがてそれらはすべて、同じ“平然”へと均されていった。
「うまうま♪」
もぐもぐしながら、口元に笑みを浮かべる。
最後のひと口を飲み込むと、ミレアは満足げにお腹をさすり──
「……ふぅ。ぜんぶ食べちゃった♡ ごちそうさまでしたっ♪」
その瞬間──場には奇妙な静けさが訪れる。
さっきまで燃え盛っていた感情の嵐が、嘘のように消えていた。
兵士たちの顔には、ただ呆けたような無表情が浮かぶ。 “驚き”も、“恐怖”も、“怒り”も、まるで──最初から存在していなかったかのように。
戦場に残されたのは、甘い吐息と、ぞくりとするような違和感だけだった。
──だが誰ひとり、その感覚を口に出すことはできなかった。
──終焉の神。
世界を創世し、いくつもの星を形成した焉龍。
今はただ、配達員“ミレたん”として、地上をのんびり巡る少女。
彼女が今日も味わうのは、人間の感情というごちそう。
これは──
お腹と心を満たすまで、気まぐれに続く
「終焉の神のもぐもぐ日記」である。
零皿目 テイスティング『終焉の神、戦場でおやつ中』
おしまい




