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【食品メーカー複数社監修】終焉の神ですが 今日も人の感情でお腹を満たす【もぐもぐ神™】  作者: 黒井津三木
献立2 和食

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三皿目 椀物『揺らがぬ焉火。ミレたん、静謐の椀』

朱桜国の城門をくぐり、夜の街へと足を踏み入れた。

昼間とは違い、竜車はのんびりとした足取りで街を進んでゆく。


両脇に広がる通りは、橙色の灯りと花の香りで満ちていた。

屋台から立ちのぼる甘辛い匂い、軒先の提灯に映る人々の笑顔、遠くで響く笛と太鼓。


──この都は、夜こそが本懐。


「ミレア様、宿はどうなさいますか?」


隣に座るサクラが問いかける。


「わたし? いらないわ。せっかくだから街を見て回りたいの」


「でしたら、まず竜王の火種を納品してしまいましょう」


サクラはミレアの膝上に視線を落とした。そこには、金色の紋様をあしらった厳重な黒箱が鎮座している。


中身は、朱桜国にとってなくてはならない灯──

竜王の火種だ。


「夜なのに、朱桜様って人に会えるの?」


ミレアが首を傾げる。


「むしろ夜こそ、です。眠らぬ桜の都の“表”は夜にありますから」


「へ〜、変わってるわね」


「それが朱桜国・燈霞宸とうかしんです」


サクラは胸を張った。


ふと、ミレアが街の灯を見渡す。


「ん……? この街の灯りって、ほとんどこれ?」


ミレアが黒箱をコンコンと叩く。


「はい。もちろん全てではありませんが、一日中営業しているお店は、その証として竜王様の火で店先を照らしています。だから、その火は街には欠かせないんです」


「ふーん……」


「そして、火種が納品されれば、その日のうちに神竜・瀞澪とろみお様を祀る宴が開かれますよ」


「即日!? 随分せっかちなのね〜」


「ふふっ、それが朱桜様のすごいところです。たった一代で、この国の在り方をすべて変えてしまった御方ですから」


サクラの瞳には、憧れと尊敬が宿っていた。


「へ〜……しかし、瀞澪がね〜……」


街の灯を映す瞳が、ふと膝上の黒箱へと落ちる。そしてすぐに街並みへと向けられた。


その視線を、サクラは見逃さなかった。

箱の中身──竜王の火種は、この賑わいを支える源だ。

しかも、その扱いに一切の畏れを見せない様子……。


そしてもうひとつ、サクラは気づいた。


──この方は、神竜に“様”をつけない。


信仰のある者なら、当然のようにつける敬称を、まるで親しい友人の名を呼ぶように口にする。

……やはり、只者ではない。


「そういえばこの火種って、何年かごとに届けるんでしょ?」


「ええ。火種の寿命は百年と言われていますが……分けた数だけ、その命は半分になってしまいますから」


サクラの視線が黒箱に落ち、声の温度が一段、低くなる。

ミレアも、その沈みを追うように箱を見つめた。


「宴で使われたあとは、街に火を配るんだっけ?」


「はい。寿命が尽きかけている灯へ、優先的に」


「ふぅん……ずいぶん手間のかかるやり方ね」


サクラは苦笑する。確かに他国の者から見ればそう映るだろう。


「そうかもしれませんが……それが今の朱桜国でもありますから」


サクラは視線を窓の外に流しながら答えた。

灯のゆらめきが、車内の彼女の横顔を柔らかく照らしている。


「わたしなら、消えない火を使うけどな〜」


「……そんな火があれば、どれほど楽でしょうね。詳しくは分かりませんが、この竜王の火種も決して安いものではないと聞きます」


「たしか、一部のお菓子とか嗜好品を優先的に回してるって言ってたわね」


「はい。……むしろ自国で消費するより、竜王国に輸出している方が多いくらいです。私が運んだ荷もそういったものでした」


「じゃあ、食べたくても食べられないの?」


「そうですね……今はかなり値が高騰しています。この間ミレア様が召し上がったわらび餅、この街でなら大銀貨一枚はくだらないかと」


「……大銀貨一枚って、どれくらい? わたし一番安い料金で仕事を請け負ってるから、よく分からないわ」


「ええ!?」


サクラは思わず目を見開く。


「も、もしかして今回の配達も……?」


「ええ、そうよ」


ミレアはなんでもないことのように言う。


「……大銀貨一枚は、庶民の“十分な”一週間分の生活費に相当します」


「へ〜」


「っ……」


こんな尊い存在が、近場の手紙配達程度の料金で動いてるなんて……。

不可解だが──深入りしてはならない。



そんな思考を巡らせていたとき──視界の端で、ミレアが黒箱の錠前に指をかける。


「……ミレア様!?」


メキョッ、バキッ──

飾りを剥がすような手つきで、厳重な錠が、あっけなく外れた。


「ちょちょちょちょっ! なにしてるんですか!?」


「いやだって──」


「だってじゃありません! 勝手に開けちゃダm──」


言葉が途切れる。ミレアが無造作に火種を取り出したのだ。


「ミレア様ぁぁぁ!!」


御者が肩をびくりと揺らすほどの大声。

サクラは半ばパニックで「あわ……あわ……」と口を開閉するばかり。


ミレアは目の高さに火種を掲げ、じっと覗き込む。


小さな灯は、息づくように脈動していた。

橙に近い金の火芯が、水面の月光のように揺れ、熱気ではなく柔らかな温みだけが頬を撫でる。


耳を澄ませば、炎のはぜる音ではなく──胸の奥で鳴る鼓動めいた律動。

揺らぎを孕み、いつかは尽きる未来を背負った火。


「……ああ、なるほど。こうなってるんだ」


ミレアがわずかに目を細め、唇を寄せる。

スゥ、と息を吸い込み──ふっと、境目だけを撫でるみたいに吐きかけた。


瞬間、炎が低く咆哮めいた音を立ててふくらむ。

黒と金、そして血の気配を帯びた深い赤が撚り糸のように絡み、芯へ巻き戻っていく。


金は曇りを落として澄み、赤は縁に輪郭だけを残し、黒は髄へ沈んで拍動を整える。

見えない“揺らぎ”が薄皮になって一枚ずつ剥がれ、最後の膜が音もなく解ける。


──静寂が訪れた。

外の囃子が遠のき、この場だけ時が止まる。


はぜる音はどこにもない。透明な鼓動だけが一定に続く。

炎は刃で切り抜いたみたいに輪郭を乱さず、光は澄み、揺れようとする気配そのものが構造から欠落している。


「これでよしっ」


「よしって……」


サクラが覗き込む。そこに在るのは見たことのない安定の炎。

喉の奥で短く息が鳴り、言葉より先に体が固まる。


揺らぎはほとんどなく、まるで永遠に消えぬかのような静謐せいひつさをたたえている。


それは“燃えている”のではなく“在る”。命を削って灯る種火ではなく、永遠に呼吸を続ける心臓の焔。


ミレアは火種を黒箱へ戻し、壊れた錠を指で撫でる。

次の瞬間、何事もなかったように元通りになる。


「……え、え、えぇぇぇ――!?」


サクラの視線が、ミレアの顔と膝上の黒箱を何度も往復する。今の気持ちを表す言葉を、サクラは持ち合わせていなかった──。




──三色の火種。

それは終焉の神の息吹により編み直され、

“未来永劫”消えることのない灯火。



──“焉火えんか”。



これは後に「史上もっとも揺らがない夜灯」として語られる。

──それが国の運命を揺るがすとは、このときサクラはまだ知らない。



───────────



サクラは額に手を当て、深くため息をつく。

常識が通じない相手に、常識をぶつけるだけ無駄──そう結論づけると、心の奥にあった緊張がふっと抜けていく。


「……あー……私、先に自分の完了手続きに行ってきます。ミレア様は、そのまま朱楼宮しゅろうきゅうへ向かってください」


「はーい、いってら〜」


サクラは竜車の手すりを掴み、動きながらも軽やかに飛び降りた。


竜車は大通りをたおやかに進む。屋台の明かりが川面に映え、夜風が甘い香りを運んでくる。

やがて人通りが途切れ、朱楼宮の楼門が夜空の下に浮かび上がっていった。


「着きました。ここが朱楼宮です」


御者の声と同時に、竜車は静かに停まった。目の前には朱塗りの高い門と、夜灯に照らされた白壁が広がる。


「ありがと〜。ご苦労さまでしたっ♪」


ミレアは軽く手を振り、座席から身を乗り出して周囲を見回す。


「お帰りは……いつ頃に?」


御者が気遣うように問いかける。


「先に戻ってていいわ」


「え!? いや、往復料金を頂いてますし、それは……」


慌てる御者に、ミレアは肩をすくめて笑った。


「いいのいいの。その分は全部あなたの懐に入れちゃって」


「……そ、それでは……お言葉に甘えて」


御者はやや戸惑いながらも一礼し、竜車をゆっくりと門前から離していった。


竜車が去っていくのを見送り、ミレアは「さて」と小さく呟いた。


「アークリンク配達連盟でーす♪ 竜王の火種、お届けに参りました〜!」


「おお、もう着いたのか。思ったより早かったな……少し待っていてくれ」


片方の門番が奥へと消え、残ったもう一人の門番と目が合う。

ミレアはにっこりと笑みを浮かべて話しかけた。


「ねえ、この国の名物って何があるの?」


「名物? そうだな……桜餅、桜花羊羹、桜最中あたりか」


「あ、それサクラが言ってたやつ!」


「……サクラ? サクラ・ミナヅキのことか?」


「そうそう!」


「……そうか」


一瞬、門番の目が細くなった。

眉間に小さな皺が寄り、声の温度がほんのわずかに冷える。

それは名を聞いた瞬間に浮かんだ、“ある家”への記憶と偏見だった。


ミレアはその揺らぎ──わずかな嫌悪を、はっきりと感じ取る。


「ん?」


「ああ、悪い。なんでもない」


ミレアはぱっと話題を変える。


「あ! みたらし団子ってある!?」


「みたらし団子か……それなら大通りの団子屋だな。さっき言った名物も全部そろっている」


「ほんと? ありがと〜!」


花が咲いたような笑顔に、門番の表情から険が消えていった。



やがて、奥へ消えた門番が戻ってきた。


「お待たせした。こちら、この国の重鎮であらせられる、タダチカ・カタギリ様だ」


年の頃六十ほどの男と、影のように寄り添う数名の護衛。

男の纏う衣は、朱桜国の紋を金糸であしらった深緋の直垂。

背筋は真っすぐ、歩みは静かでありながら、その一歩ごとに周囲の空気をわずかに震わせるような威圧感を纏っていた。


「火種の輸送、ご苦労であった」


低く響く声が夜気を震わせる。


「朱桜様がお待ちだ。こちらへ」


「は〜い♪」


手招きに従い、ミレアは歩みを進めた。

朱楼宮の回廊は夜灯に照らされ、石畳が淡く輝く。

歩きながら、ふと気になったことを口にする。


「そういえば、配達員は“可愛い女子おなご”がいいって聞いたけど……なにか理由があるの?」


カタギリはわずかに眉間に皺を寄せ、深いため息を吐いた。


「……あのお方は、可憐な少女を好む趣向があってな。以前の配達者は、真面目一徹な堅物で……“つまらん”と一蹴されたのだ」


困ったものだ、とでも言いたげな表情。

その声音に混じる苦味が、冗談ではないことを物語っている。


「へえ……」


ミレアの瞳に、わずかな警戒の色が差した。


(……面倒くさそうな人間ね)

「その……わたしは、その人の趣向に合っていると?」


足を止めたカタギリが、ちらとミレアの顔を見やり、再び歩を進める。


「……間違いなく、朱桜様好みのお顔だ。今宵は、前回の鬱憤もあり、責務そっちのけで愛でられるやもしれん」


ミレアの内側に、警戒心が一段と高まる。


情欲──それは、彼女がもっとも嫌う感情だ。

ドブのように濁った臭いは、なにをどうしても抜けず、調理もできない。


この肉体はただ「可愛いだけ」を追求して造ったもので、短い手足も華奢な体つきも、性の誘惑とは無縁のはずだ。


──それでも、向けられる視線は油断ならない。



やがて、一行は朱楼宮の奥、広く荘厳な扉の前に立った。


両脇の護衛が静かに扉を押し開ける。

その向こうが、朱桜国の王との謁見の間だった。


朱塗りの扉が重々しく開き、室内の空気がひやりと流れ込んできた。


扉を潜った瞬間、ふわりと沈香の香りが鼻をくすぐる。外の夜気とは違う、柔らかくも濃い香りが、静まり返った謁見の間に満ちていた。


ゆっくりと歩を進め、部屋の中央で静止すると同時に膝を折り、膝横へ黒箱をそっと置いた。


許しがあるまでは王の顔を見ない──どこかで聞きかじった礼法が、自然と身体を動かしていた。


「朱桜様。今宵、竜王の火種が無事届けられました」


カタギリの声が静まり返った空間に響く。


「……おもてを上げよ」


低く、しかし艶やかな声。許可を得たミレアは、ほんの少し息を吸い込んだ。


──どうか、情欲を向けてくる相手ではありませんように。


最低限の礼節は尽くすつもりだが、あまりにキツければ“削除”してしまうかもしれない。


顔を上げた瞬間、目に飛び込んできたのは意外な光景だった。

玉座には着物をゆるく着崩し、足を組んで鎮座するひとりの女性。

艶やかな黒髪、引き締まった口元、深みのある瞳。三十代か四十代ほどに見えるが、その美貌と佇まいが年齢を覆い隠している。品格と色香を併せ持つ、大人の女性だった。


「………女の人?」


小さく呟いた瞬間、その女性が──ぱっと目を輝かせた。


「まぁ! なんと愛らしい子か!」


バッと立ち上がり、短い階段を小走りで降りてくる。


「……っと、その前に。余はこの朱桜国・燈霞宸とうかしんを治めるレンカ・シラヌイじゃ。よろしゅうな」


着物の袖を軽く翻し、誇らしげに名を告げる。


「ミレア・ノワール、です……?」


「うむ! アークリンクは約束を守ったな。……想いを届ける仕事、確かに受け取ったぞ〜♪」


その声は喜びに満ち、誰が聞いても分かるほどの高揚感にあふれていた。


「かわゆいの〜♪ なんて愛らしいお顔じゃ。小さなお顔、大きな瞳、短いお鼻、ぷにぷにのほっぺ──」


観察するように視線がなぞり、褒め言葉が次々と飛び出す。

そして──指先が頬に触れ、ぷにっ、と軽く押し込まれた。


「むっ!? なんじゃこのほっぺ! ぷにっぷにの国宝級じゃぞ!?」


「ぇう?」


予想外すぎて思考が一瞬止まり、されるがままのミレア。


「朱桜様、竜王の火種が──」


カタギリが口を開きかけた瞬間──


「わっちは愛でるのに忙しいんじゃ! 火種なぞ、その辺に置いておけ!」


鋭く、しかしどこか無邪気な声が重鎮を押しのけた。


「朱桜様っ……!」


なおも諫めようとする声を、更なる圧がかき消す。


「じゃかぁしぃ! わっちの楽しみを邪魔するのかえカタギリぃ〜? 随分と偉くなったもんじゃのぅ……えぇ〜?」


その気迫に、カタギリはもちろん、護衛でさえも一歩引く。

逆らえば、その場で命を落としかねない……そんな圧が空気を支配していた。


「……で、では、これは片付けておきます……」


黒箱はカタギリの手でそっと持ち去られていく。


「ふんっ! ……さ〜て、わっちはお楽しみと洒落込もうかの〜♪」


一歩、また一歩と距離を詰めるたび、衣擦れの音が耳に触れる。ミレアは思わず半歩後ずさるが──その瞬間、腰の辺りにそっと腕が回り──ひょい、とミレアの身体が抱き上げられた。


「はぇー? ……え?」


その腕からは、情欲の匂いは一切しなかった。

あるのは──遊びたい、愛でたいという純粋な衝動。

日々積み重ねた重圧から逃れたいという、解放の願い。


そう分析しているうちに、気づけばレンカの自室へと運び込まれていった───。



三皿目 椀物『揺らがぬ焉火。ミレたん、静謐の椀』

おしまい

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