イカれ裁判
〔場面:地方裁判所 第1法廷〕
(裁判所内。木槌の音とともに開廷。)
書記官:
「これより、令和五年第1234号、傷害事件の公判を開廷いたします。」
裁判長:
「それでは、開廷にあたり、被告人の氏名、生年月日、住所、職業を確認いたします。書記官、被告人の基本情報を読み上げてください。」
書記官:
「被告人、○○、1992年5月12日生まれ、東京都練馬区○○町○丁目、職業は飲食業従事。」
裁判長:
「被告人、いま読み上げられた内容に間違いはありますか?」
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被告人:
「まちがってる!
私の名前は〇〇という記号で表された名前ではないし、それは戸籍に登録できない名前です!
更に!住所に〇〇という地名はありません!!!
よってお前はうんこだ!!!!!!!!!」
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裁判長(やや驚いた様子で):
「……被告人、落ち着いてください。あなたの氏名・住所について異議がある点は後ほど正式に確認しますが、法廷内での発言には節度を持ってください。」
検察官:
「裁判長、被告人の発言は公判の秩序を著しく乱すものであり、相応の対応をお願いしたく存じます。」
裁判長(厳しい口調に変わる):
「被告人、当法廷では冷静かつ理性的なやり取りが求められます。今のような不適切な発言──特に『うんこ』という侮辱的表現──は、法廷侮辱罪(法廷軽視)にあたる可能性があります。以後、同様の行為が繰り返される場合には、退廷を命じ、被告人不在のまま審理を進めることになります。」
裁判長:
「もう一度だけ聞きます。被告人、先ほど読み上げられた氏名・住所等の基本情報に誤りがあるとのことですが、落ち着いて、正確な内容をお答えください。」
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被告人:
「私の名前は、千田ぷり王
住所は、東京都とむとむとと区ぽん町ハンザイ・スミスミ荘444です。」
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裁判長:
「被告人、今ご申告いただいた氏名および住所について確認いたしますが……その内容は、現実の住民基本台帳や戸籍上存在し得ない名称を含んでいます。裁判所は真実の情報に基づいて審理を行う必要があります。あなたが虚偽の情報を述べているのであれば、偽証や公判妨害として取り扱う可能性があります。」
検察官:
「裁判長、被告人の供述が事実と異なるとすれば、審理の進行に重大な支障をきたします。調書上の身元情報と照合し、本人確認の再手続きを要請いたします。」
弁護人:
「裁判長、被告人は混乱している様子が見受けられます。落ち着いた状況で本人確認をやり直すことを提案いたします。必要であれば一時休廷もご検討ください。」
裁判長:
「被告人。これは最後の警告です。虚偽の氏名や住所の供述は、裁判手続きを無効にしうる重大な問題です。あなたの発言が故意である場合、法廷侮辱または証言拒否として正式に対応します。」
裁判長:
「10分間の休廷を命じます。その間に弁護人は被告人と面談し、正確な情報確認を行うように。休廷。」
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〔休廷中〕
(被告人、タバコを1カートン吸い尽くし、煙臭さをまとったまま再入廷)
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裁判長(険しい表情で):
「被告人、これは法廷です。公共の秩序と威厳を保つべき場所に、喫煙後に強い臭気をまとって戻ること自体、非常識かつ裁判所への敬意を欠く行為です。」
検察官:
「裁判長、被告人の一連の態度──混乱を招く供述、侮辱的発言、そして今回の非礼──これらはすでに審理妨害と見なされる範囲に達していると考えます。」
弁護人:
「裁判長、被告人の行動について深くお詫び申し上げます。本人は混乱とストレスの中にあり、冷静さを欠いていたことは否めません。」
裁判長:
「よろしい。今回は弁護人の進言を尊重し、続行を許可します。ただし被告人、これ以上の秩序妨害があれば即時退廷、さらなる措置をとることになります。…理解していますね?」
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被告人:
「くっ……。。
理解した…!」
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裁判長:
「よろしい。では、審理を再開します。」
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検察官:
「令和五年第1234号、傷害事件に関する起訴状を朗読いたします。
被告人・千田ぷり王こと、実名不詳の被告人は、令和五年十一月三日午後八時ごろ、東京都内某所において、被害者・山田太一氏に対し、故意に暴行を加え、前歯を2本折る全治3週間の傷害を負わせたものである──」
裁判長:
「被告人、いま読み上げられた起訴状の内容について、事実に間違いがあると思う点はありますか? 認否をお聞かせください。」
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被告人:
「前歯は5本折り、あばらも折っていたかと……。」
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(法廷、静まり返る)
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裁判長(眉をひそめ、低い声で):
「……いまの被告人の発言、確認いたしました。
被告人、あなたは起訴状に記載された内容──すなわち“前歯2本の損傷”──に対し、それ以上の傷害を与えた可能性を自ら認める発言をしました。これは重大な供述です。」
検察官(即座に立ち上がる):
「裁判長、ただいまの被告人の自白により、事実関係に重大な相違があることが明らかになりました。供述調書の再確認、および追加立件の検討が必要です。公判の一時中断と捜査機関への連絡を要請します。」
弁護人(目を見開き、被告人に向き直って小声で):
「(小声)……何を言っているんですか、あなた……」
裁判長:
「被告人、いまの発言は正式な供述として記録されます。自白としての法的効力を持つ可能性がありますが、その真意を確認する必要があります。」
裁判長:
「弁護人、被告人と5分間の接見を認めます。その後、被告人の供述の真意を確認し、公判続行の可否を判断します。」
書記官:
「記録:被告人、自発的に起訴内容を上回る傷害事実を供述。裁判長より供述の真意確認のため休廷指示あり。」
裁判長:
「休廷。」
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〔接見室〕
(弁護人と被告人が向かい合って座っている)
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弁護人:
「……千田さん、まず落ち着いて聞いてください。
あなたがいま法廷で言ったこと、あれは“自白”とみなされます。しかも、検察が起訴した内容より重い――“加重傷害”に該当する可能性がある内容でした。つまり、あなたは自分で自分の罪を重くしてしまったんです。」
弁護人:
「本当にあばらまで折ったんですか? それとも、つい勢いで言ってしまっただけですか?
ここで正直に答えてください。あなたのこれからの人生が、かかっています。」
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被告人:
「私は! 本当はそんなことはしていないと思っていたかったと心底思いつつあり変わりつつある心情に追いつかなかったと言えば嘘ではないことは本当に異なると認識せざるを得ないかもしれない!!」
(クソデカボイスが接見室に轟き、弁護人が耳を押さえ、耳から血を流す)
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弁護人(呻きながら):
「うっ……ッ! お、おい……っ、声を落とせ!ここは体育館じゃない、法廷の控室だぞ!」
弁護人:
「このあと、法廷に戻ったらこう言ってください。
『先ほどの発言は混乱によるもので、私は起訴内容以上の行為をしたとは断言できません』。
嘘をつけとは言わない。けれど、混乱を素直に説明し、供述を正すことはできます。」
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〔法廷再開〕
(再入廷。ビデオリンクに切り替えられた被告人)
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裁判長:
「被告人、先ほどの発言──“前歯5本、あばらも折ったかもしれない”という供述について、接見ののち訂正または補足したいことがあるか、改めてお聞きします。」
被告人:
「混乱で言ったものだった、、、、、、と、弁護士に言えと言われたので!!今!ここで間違えた発言であったことを言う!」
裁判長:
「被告人、いまの発言をもって、先の供述は撤回され、起訴状記載の内容に基づく審理とします。」
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(中略)
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裁判長:
「被告人、いま一度、自身の記憶と向き合い、冷静に整理して臨むように。」
被告人:
「はみ」
裁判長:
「……被告人。“はい”と、明確にお答えください。」
被告人:
「Yes…あ、ごめんなさい、帰国子女なのでつい…はい。」
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(審理が進行)
裁判長:
「次回公判では、あなた自身の供述を詳細に伺います。」
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(モニターがフェードアウト)
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〔数日後・面会室〕
弁護人(左耳に包帯、右耳に補聴器):
「……聞こえてるぞ。一応な。
右耳だけだけどな……おかげさまで、“生きた証拠”になっちまったよ。」
被告人:
「喫茶店、行かない?」
弁護人:
「……おまえ、何言ってんだ。
俺、あんたの声で“鼓膜破裂”してんだぞ? 喫茶店どころか、“客席”の音ですら地獄だ。」
(少し笑う)
弁護人:
「……でもまあ、冗談か、本気か、そうやって人とつながろうとする態度自体は……悪くない。裁判でも、その素直さを出してくれりゃ、救える可能性はある。」
弁護人:
「判決が出たら、出所後に考えな。“禁煙の喫茶店”限定でな。」
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〔場面:拘置所前・夕暮れの坂道〕
(面会を終えた弁護人がゆっくりと坂を下る。すると──)
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被告人(走って追いかけながら):
「弁護士よ…俺はどうしたらいい…」
(立ち止まる弁護人。振り返ると、被告人が真正面から頭を下げる)
被告人:
「ほんっっっとうに!! 悪かった……!!
耳……あんなことになるなんて、思ってなかったし、なっちゃいけなかったし……
でも……なんとか、許してほしい……!」
(深く頭を下げたまま)
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弁護人(静かに):
「……俺さあ、
法律の知識よりも、“人を信じる力”でここまでやってきたんだよ。」
弁護人:
「鼓膜は……まぁ、戻らんかもしれん。左は無理だ。でもな、
おまえが“自分のやったこと”を正面から見つめて、
“ちゃんと人と向き合う”気になったってんなら──」
(ふっと微笑む)
弁護人:
「……今夜ぐらいは、居酒屋つきあってやるよ。
ただし、大声出したらその場でぶん殴るからな。」
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〔場面:駅前・大衆居酒屋「すずらん」〕
(のれんをくぐるふたり。カウンター席に並ぶ)
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弁護人(グラスを持ち上げて):
「“反省”ってのは、口じゃなくて生き様で見せるもんだ。わかるな?」
被告人(グラスを合わせながら):
「……わかるようになった、気がする。」
(乾杯の音が響く)
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(雑談が続く)
弁護人(笑いながら):
「それでさ、あの検事が新人の頃、証拠品と間違えて自分の弁当出しそうになったって話──」
被告人:
「マジで? あの人、あんなカチカチな顔でそんなミス……」
(ふと、あなたの視線が横のテーブルへ向く)
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〔周囲の様子:違和感の正体〕
左隣──冷奴をつつく検察官:
「……証拠品と弁当を間違えたことは“ない”。聞こえてるぞ。」
右手──メモをとる書記官。
奥の座敷──大笑いする裁判長の声。
厨房の奥──代理弁護人がエプロン姿で注文を通している。
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あなた(小声で):
「……ちょっと待って、
なにこれ……あの法廷の連中……全員、いるんだけど……?」
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弁護人(グラスを傾けながら):
「気づいたか。ここはな、“すずらん”。
──裁判が終わっても、裁かれる前に人として繋がれる場所さ。」
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裁判長(離れた席から声をかけて):
「被告人! 今はただの“客”だ。礼儀を忘れなければ、隣に座って飲んでもよいぞ。」
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(被告人の中に、再び怒りが立ち上る)
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〔トイレ前・決意の足音〕
(裁判長がトイレに立つ。被告人はゆっくり立ち上がる)
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被告人(心の声):
「“ただの客”って言いながら“被告人”って呼ぶのか……
じゃあ、俺は──“被告人”として、
お前にこの言葉を──刻みつけてやる……!」
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〔トイレ前・個室を出た裁判長に背後から接近〕
被告人(静かに、怒気を秘めた声で):
「これがお前の、生涯最後に聞く……“被告人”からの言葉だ。受け取れ……」
──そして叫ぶ
被告人:
「「「「裁判官ッッッ!!!!!!!」」」」
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(音が炸裂。裁判長、膝をつき両耳を押さえ絶叫)
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裁判長:
「ぐ、あっ……ッッ! な、なんだこの音は……!? ……何も、聞こえ……な………い………」
(両耳から血。鼓膜、完全に破裂)
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〔店内騒然〕
書記官:
「……まただ!人の声だ……!!」
検察官:
「これはもう、“裁判”ではない。“事件”だ。」
代理弁護人(包丁を握って出てくる):
「警察を呼べ!!これは現行の傷害だ!!」
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(被告人は無言でその場に立ち尽くす)
被告人(心の声):
「これで……“裁かれた”のは……どっちだ?」
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(パトカーのサイレンが遠くに近づく音)
──幕
被告人が“被告人”であることを選び直した瞬間、
物語は“裁判”ではなく、“報い”へと突入した。