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第一章(3)

 その後、アリシアは休職する手続きを滞りなく行い、宿舎にある自室も、五年間はそのまま残しておけることとなった。五年経っても騎士団に戻る意志がなければ、そのまま除名処分となるようだ。自室におきっぱなしにしてある荷物は、騎士団で処分するとのこと。


 必要最小限の荷物を手に、ゆったりとしたワンピースをまとったアリシアは、馬車乗り場へと向かった。朝日が髪をやわらかく照らす。


 街はどこか浮き足立っているようだった。市場の喧騒や行き交う人々の顔には、いつもより明るい喜びが漂っている。


 アリシアが田舎のガネル子爵領に戻るには、港街サバドを経由しなければならない。そこで馬車を乗り換え、緑豊かな丘陵を越えて北へ進んだところに領地がある。両親に顔を見せた後は、誰一人自分を知らない遠い土地へ旅立つのもいいかもしれない。


 人生の再スタート。


 だがアリシアとしては、仕事を放り出して実家に戻る形になってしまったことに胸も痛むし、無責任だとは思っている。


 それでも彼の気持ちを知ってしまった以上、もうあそこにはいられない。いるのが辛い。

 いてもたってもいられなくなって「辞めます」と団長に突きつけていたのだ。団長の機転のおかげで休職扱い。気持ちが落ち着いたときには、騎士団に戻ってもいいだろう。


 そんなことを考えながら、荷物片手に馬車乗り場へと向かっていたアリシアだが、肩に鳩がぱさっととまった。


「くるっぽ……」

「ぽっぽちゃん。あなた、ついてきたの?」


 伝書鳩のぽっぽちゃん。


 アリシアの相棒のような存在だ。遠くにいる対象者に、素早く正確に手紙を運ぶ。


 しかし、ぽっぽちゃんは第二騎士団で管理している伝書鳩であるためアリシアの所有物ではない。誰かが鳩小屋を開けたときにするっと飛び出てきたに違いない。

 帰りなさいと言っても帰らないだろう。ぽっぽちゃんはなぜかアリシアになついている。


 ぽっぽちゃんは伝書鳩の中でも訓練された優秀な鳩だ。二百キロ以上離れた場所でも難なく手紙のやりとりができる。

 二百キロといえば、王都セレからガネル子爵領までの直線距離くらい。馬車を使って向かうにはもう少し距離はあるが、ぽっぽちゃんなら、一日で王都セレとガネル子爵領を行って帰ってくることができる。


「私があなたを連れ出したって思われなければいいんだけど……」


 ぼそりと呟くと、まるでその言葉を理解したかのように「ぽっぽっ」と鳴く。


「でも、あなたは馬車には乗れないわよ?」


 問題ない、とでも言うかのようにハト胸を張ったように見えた。

 アリシアが馬車乗り場でサバドの街へ向かう馬車の時間を調べようと足を向けたとき、ぽっぽちゃんがアリシアの服の裾をくちばしで挟んだ。まるで、行くなとでも言っているかのよう。


「ぽっぽちゃん?」


 アリシアの向かう先とは反対方向に服を引っ張る。このままでは、服が破けてしまう。決して上等な服ではないものの、こんな公衆の面前で服が破れたらと想像したら、いや、想像したくない。


「わかった、わかったから。引っ張らないでちょうだい」


 その言葉に満足したのか、服をパッと放したぽっぽちゃんは、アリシアを導くように軽やかに飛び去った。


「ちょ……どこにいくの?」


 アリシアが見失わない程度の速さで飛んでいくぽっぽちゃんは賢いのだ。本当に鳩かと思うくらい。

 ぽっぽちゃんを追いかけていくと、大きな通りから外れて細い路地に入る。さらにその奥で、人の塊が見えた。


「あなたたち、何をしているの?」


 いくら下っ端の伝令係であったとしても、アリシアは騎士。騎士道に反する行いをする者は見逃せない。


 複数の男がか弱い女性たちを囲っているのだ。小さな女の子と成人した女性が二人で、計三人。


「んあ? なんだ? おまえ……」


 いかにも柄が悪いですといった口調の男たち。人数は四人。


「助けてください!」


 女性の一人がそう言葉を発したことで、やはり複数の男が女性を襲っていると判断した。

 残念ながらアリシアは帯剣していない。しかもひらひらとしたワンピース姿だ。


「ぽっぽっぽっ……」


 ばさばさっとぽっぽちゃんが男に襲いかかり、目の上辺りをくちばしで狙っている。


「うわ、な、なんだ、この鳥」


 そこでアリシアはひらめいた。いくら騎士として鍛えているアリシアであっても、一人で四人は多勢に無勢。


 ピーっと指笛を吹く。


 するとどこからか羽音が聞こえてきたかと思うと、わっと一斉に鳥たちが男らに襲いかかる。

 ピーチクパーチク、チュンチュンチュン、バッサバッサと、一羽一羽は小さな個体であっても数が揃えばそれなりの脅威となる。


「今のうちにこちらに」


 アリシアは男の油断した一瞬をつき、母子の手を引いた。急ぎ足で路地を抜け出し、街を巡回する騎士の姿を見つけ出した。


 アリシアは近づき、息を整えながら告げた。


「路地裏に怪しい男がいて、善良な市民を脅しています」


 やがて明るい広場にたどり着いた。人々の笑い声や道化師の声が響き、活気が辺りを包んでいる。

 アリシアはそこで母子の手をそっと放し、ほっとした表情で彼女たちを見つめた。


「ここまで来れば大丈夫だと思うのですが……」

「ありがとうございます、ありがとうございます」


 女性のうちの一人が何度も頭を下げる。少し癖のある茶色の髪は艶やかに波打ち、控えめな化粧に宝石のような青い目が映えている。見るからにお金持ちの家の人、という感じがする。女性が手を繋いでいる女の子は、その女性にそっくりだ。髪の色も目の色も同じ。ただ髪の毛は兎の耳のように二つに結わえてあった。


 もう一人の女性は、よく見ると年配の女性であった。


「私はモンクトン商会の者で、コリンナと申します。娘のシェリーと侍女のサマンサです」


 母子の母親のほうがコリンナで娘がシェリー。そして年配の女性が侍女でサマンサという名のようだ。


「なんとお礼を申し上げてよいのやら……あの……お名前を……」


 モンクトン商会といえばこの国でも名の知れた大きな商会である。


「いえいえ、名乗るほどの者でもありませんから」


 一度は言ってみたかった台詞ではあるものの、ここで名を名乗ってしまってそこから足跡がつくのを避けたかった。置き手紙に気づいたジェイラスは、アリシアを追いかけてくるかもしれない。彼に見つかる前に、実家にまで戻りたかった。少なくとも、母親はアリシアの味方をしてくれるはずだ。


「そんな……ですが、何かお礼を……」

「お礼だなんて、人として当たり前のことをしただけですから」

「それでも、あなた様も女性で……相手は男性が四人もいたのに……下手すればあなた様だって……」


 コリンナが申し訳なさそうに顔をゆがめている。


「はい。ですから、気にしないでください。私にとっては困っている人を助けるのは当たり前のこと。それに、ここに優秀な相棒がいますから」

「ぽっぽー」


 いつの間にかアリシアの肩に戻ってきたぽっぽちゃんは、褒められてご機嫌な声をあげる。


「とりしゃん、ありがとね。わたし、シェリーよ」

「ぽっぽっ」


 ぽっぽちゃんはシェリーを気に入ったようだ。


「え、と。では、私はこれで。乗り合い馬車に乗りたいので……」

「馬車ですか?」


 なぜかコリンナの顔がきらりと輝いた。


「どちらに行かれるのです? よければ一緒に行きませんか?」


 魅力的な誘いだ。だが、「はい、喜んで」とも言えない。


「ご迷惑をおかけするわけにはいきませんから。この時間でしたら、まだ乗り合い馬車もありますし」

「ご迷惑だなんて、むしろ一緒にいてくださったほうが心強いです」


 ね、とコリンナはサマンサと顔を合わせて頷き合う。


「例えば……目的地まで私があなた様を護衛として雇うとかはいかがでしょう?」


 アリシアはコリンナが向けるこの熱い視線を知っている。羨望の眼差しだ。崇拝かもしれない。憧れとか、そういったもの。これを断るのはなかなか至難の業であるし、むしろ護衛として雇ってくれたうえで目的地まで馬車に乗せてもらえるのであれば、一石二鳥というより三鳥くらいだろう。



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