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第六章(2)

*†~†~†~†~*


 頭がずきずきと痛んで、シアは目が覚めた。


「うっ、ん……」


 あまりの頭痛に寝返りを打つが、この寝台は硬い。見慣れぬ天井がぼんやりと視界に映る。


「目が覚めましたか? どこか痛むところはありませんか?」


 懐かしい声に、シアははっとした。


「あ。フランク……ここはどこですか? ヘリオスは?」

「シア。顔色が悪いから、もう少し寝ていたらどうですか?」


 いつもと変わらぬフランクの笑顔だというのに、シアの心が警笛を鳴らす。


 見知らぬ室内。ジェイラスの私室とは異なり、質素な部屋。サバドで暮らしていたアパートメントに似ている。手入れはされているが、生活感をまるで感じない。一時的な宿のような無機質さだ。

 だが、なぜ自分がここにいるのか記憶が曖昧だった。


 シアは目を閉じ、今朝からの記憶をたどる。


 朝はジェイラスとヘリオスと朝食をとった。仕事に行くジェイラスを見送った後は、ヘリオスと一緒に部屋で過ごした。本を読んだり、絵を描いたりしていたが、昼食を終えた後、天気が良かったから庭に出たのだ。

 ヘリオスにとってはいつも遊んでいる場所で、どこに何があるかわかっている。シアの手を離して、たたっと駆け出したが、彼の目的地はわかっているため、シアは見失わないようにとその後ろを歩いていた。


 そのとき、声をかけられた。


 ――シア?


 聞き慣れた声に振り返ると、フランクが立っていた。彼と会うのはサバドで別れたあのとき以来。十数日ぶりだろうか。


 ――仕事で立ち寄ったら、シアの姿が見えたから。


 ずんずんと先に進むヘリオスを気にしながらも、懐かしさが込み上げてきた。そして彼と一緒にヘリオスの後を追ったのだが、そこから先の記憶がない。


「ごめんなさい。私、よく覚えていなくて……ヘリオスは?」

「シアは、どんなときでもヘリオスのことばかり考えているんですね。だけど、自分の身を案じたほうがいいですよ?」


 こんな不気味な笑い方をするフランクは知らない。


「本当に困りました。シアが王都に行ってしまうから……。まあ、シアは王都の人間だとは思っていましたが……」


 フランクは値踏みをするかのように、寝台で横になったままのシアの全身をさっと見回した。その視線に怖くなり、毛布をぎゅっと握りしめる。


 シアがアリシア・ガネルで騎士団所属の人間だというのは、ボブとコリンナしか知らない。他の人には、シアが王都の人間で家族が探していたと、そんなふうに口裏を合わせたはず。


「まだ、呪詛は解けていないようですね」

「呪詛……? まさか、記憶を奪う?」

「そうです。忘却の呪詛です」


 なぜフランクがそのようなことを知っているのか。


「三年前。僕はあなたとこの王都で出会いました」


 シアがコリンナと出会ったときのことをフランクは言っているようだ。そのとき、コリンナの侍従兼護衛としてフランクも同行していた。しかし、はぐれてしまったとコリンナは言っており、そこで出会ったのがアリシアだったとも。


「三年前も今も。どうしてあなたは僕の邪魔をしてくるのでしょう?」


 その言葉の意味がわからない。


「なるほど? あなたにはその自覚がないのか……無自覚ほど、恐ろしいものはありませんね」


 フランクの笑みがあまりにも怖くて、シアは慌てて身体を起こそうとした。


「何もしませんよ。まだ、ゆっくり休んでいてください。これから、ヘバーリアに向かいますから」

「ヘバーリア……?」

「ええ。あなたの忘却の呪詛を解きます。そうしなければ、その呪詛をコリンナにかけられませんから」


 理解が追いつかない。


「逃げようとは思わないでくださいね?」


 それだけ言い残すと、フランクは部屋を出ていった。


 パタリと扉が閉まり、室内には静けさが漂う。

 頭はまだ少し痛い。だが、この状況を把握しなければ。


 小さく息を吐いてから、シアはゆっくりと身体を起こした。


 ヘバーリア国へ行くとなれば、ここからは馬車移動だ。フランクは今、その馬車を手配しているに違いない。


 窓に近づき外を見る。見知らぬ街並みだった。一本向こうにある石畳の通りを人々が歩き、馬車や荷車が行き交う。建物の屋根が連なり、遠くに王城の尖塔がかすかに見えた。


 この部屋は四階くらいだろうか。窓から飛び降りて逃げるなんて、今のシアにはできそうにない。

 太陽はまだ高いところにあり、日が沈むまでは三時間といったところだろう。


 廊下へ通じる扉に手をかけてみたが、やはり鍵をかけられていた。


 コツ、コツ、コツ――。


 窓を叩く音がして、シアはもう一度そちらに足を向ける。


「ぽっぽちゃん……」


 通信筒が左足につけられている。だから、シアのところに飛んできたようだ。いや、ぽっぽちゃんは王都に手紙を運ぶとき以外は、左足にこれをつけている。


 誰にも見つからないうちに、ぽっぽちゃんを室内に入れた。


「ぽっぽちゃん。お手紙を運んでくれる?」


 まかせて! とでも言うかのように、ハト胸を張った。

 シアはいつでもぽっぽちゃんに手紙をたのめるようにと、小さな紙とペンを持ち歩いている。それはサバドで暮らしていたときからの習慣で、今もワンピースのポケットを探れば、それらを入れた巾着ポーチが出てきた。


 さっと室内を見回す。ここは簡易宿だ。見慣れぬ景色だったが、人の行き交う様子、周囲の建物から王都の外れだと判断した。


 そしてこの部屋の高さと内装。旅人たちの中継点として利用される場所。国内の者だけでなく、国外からの客も利用する場所。


 シアは助けを求める手紙を書こうとして、ふと手を止める。


(この場所の詳細がわからない……)


 簡易宿というのはわかったし、王城の見え具合からだいたいの位置はわかるが、どこにある簡易宿かと具体的な場所がわからない。それに王都にはこういった宿がいくつもある。


(なんて書いたらいいの?)


 助けて! と書いたところで、どこに助けに行けばいいのかなんて、誰も判断できないだろう。

 それに、途中でフランクに見つかって通信筒の中身を確認されても厄介だ。


(私の居場所を知らせる方法。ジェイラスさんがわかって、他の人にはわからない方法……)


 まるで暗号文のようだ。


(ジェイラスさんと約束したこと……)


 そこでシアは思い出して、簡潔に手紙を書いた。


(これならフランクに見つかっても問題ないはず)


 何よりも、別れの手紙を書いたのだ。


「ぽっぽちゃん。これをジェイラスさんまで……。お願いだから、お返事をもらってきて……」


 手紙を入れた通信筒を、ぽっぽちゃんの右足につける。


「くるっぽ」


 窓を少しだけ開けて、ぽっぽちゃんを外に放った。小さくなるぽっぽちゃんを見送ってから、寝台に腰掛けた。


 フランクはシアの記憶喪失が呪詛によるものだと知っていた。これだって、サバドにいたときは魔法によるものだろうという推測の領域で、ボブとコリンナに伝えただけ。他の人には言っていない。


 だから、フランクが知っている理由がわからない。


(フランク……ヘバーリア……コリンナ……)


 彼が口にした言葉から、連想ゲームのように推理するが、糸口が見つからない。


(私が邪魔……コリンナに忘却の呪詛をかける……どういう意味?)


 そうやって一人で思案していたところ、いきなり扉が開いた。フランクだ。


「馬車の用意ができましたので、今からヘバーリアに向かいます」

「今からですか?」


 ぽっぽちゃんを飛ばしてからさほど時間が経っていないように思える。ここが王城からどれくらい離れているかもわからない。


「どうしてヘバーリアに?」

「ですから、シアにかけられている呪詛を解くためです。記憶が戻るのだから嬉しいでしょう?」

「それは……でも、ユグリにも魔法師はいます。彼らでは駄目なのでしょうか?」


 むしろ明日、魔法師長エイミに魔法を解いてもらう予定だった。


「ええ。こちらの魔法師に知られると厄介なので。本当は僕と結婚して、そのうえでヘバーリアへ連れて帰りたかった。ですが、邪魔者が現れましたからね」


 邪魔者。つまりジェイラスだ。


「シアの忘却の呪詛を、ヘバーリア以外で解除されると厄介なので、こうやってすぐに追いかけてきたのですが」


 誰が解除しても同じだろうとシアは思うのだが、そうではないのだろうか。


「納得していないようですね? シアの忘却の呪詛には呪具を使っているんですよ」


 フランクが不敵に笑った。


 呪具。古い呪いを魔力によって閉じ込めた道具だ。呪具については、一部の民族が深く携わっていたため、ユグリ国内ではまだわからないことも多い。魔法師の中には呪具解析を専門に行っている者もいると聞く。


 そして何よりも、人の精神に強く干渉することから、呪具を使う魔法は呪詛とも呼ばれ、禁忌とされている。少なくともユグリ国内では。


「あなたに吸収された呪具を取り返したいのです。だからヘバーリアへ向かいます」



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