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第四章(2)

*†~†~†~†~*


 王太子一行は、すべての視察の日程を終え、王都へと戻っていった。


 太陽の光がサバドの街を明るく包む中、彼らは民衆へ見せつけるかのようにぐるりと街を一周した。そのパレードを一目見ようと、沿道には多くの人が集まり、養護院の子どもたちも王太子一行を見送った。一行が街を訪れたときはびくびくしていた子どもたちだが、授業の見学や剣術の指導を通して、身近に感じたのだろう。


 そんな子どもたちの視線は王太子よりも剣術を教えてくれた騎士たちに向いているようだった。小さな手を振る様子は、彼らとの別れを惜しむかのよう。


 養護院の子どもたちの中から、王国騎士団で働く者が現れたら、どれほど誇らしいことか。


 やがて、街はいつもの静かな日常を取り戻した。


 だがシアは五日ほど、養護院での仕事を休んだ。その間は、フランクが時間をみつけては子どもたちに勉強を教えてくれていたようだ。


 しかし、剣術の指導はフランクではなく、意外な人物が担っていた。


 その人物が目の前に現れ、シアはキャメル色の目を見開いた。朝の光が窓から入り込み、彼を明るく照らす。


「シア嬢。あなたに怪我をさせてしまったのは、我が騎士団の落ち度です。その怪我では子どもたちに剣術を教えることができない。だから責任をもって、俺が子どもたちに剣術を教えるようにと。それが王太子殿下からのお言葉です」


 そう言って深々と頭を下げたのは、ジェイラスだった。


「は、はい……」


 シアは戸惑いを隠せない。何よりもジェイラスは王国騎士団の中でも、王太子付きの近衛騎士だという認識がある。そのような人物が、なぜここで子どもたちに指導をするのか。


 だが、その戸惑いは院長の明るい声によってかき消される。


「シア先生。聞きましたよ? 暗殺者に狙われた王太子殿下をかばって怪我をされたと。無理をしないでくださいね」


 院長の声は温かく、心配に満ちていた。その柔らかな眼差しに、シアは少し肩の力を抜く。


「はい。大した怪我ではありませんので……」


 毒が完全に抜けるのに三日かかった。傷そのものは浅いので、毒さえ抜けてしまえば日常生活に支障はない。だが、ジェイラスも言ったように剣を握っての剣術指導は難しいと感じていた。だから、しばらくは剣を持たずに、子どもたち同士で教え合う方法をとろうとしたのだが、なぜかジェイラスがその指導役を引き受けていたのだ。


「ですからシア先生。内容も変更して、シア先生が一度に教える生徒の数を減らしましょう」


 まるで名案だとでも言うように、院長はパチンと手を叩く。


 前々から、教師の数を増やしたいとボブは言っていた。シアも一人で教えるのは限界だと感じていた。いや、子どもたちへの指導が行き渡らない。それが悔しかった。もっと指導者が増えれば、意欲的な子どもたちの学力も能力も導き出すことができるのではと、常々考えていた。


 だから院長が言うように、一度に教える生徒の数が減れば、子どもたち一人一人にもっと寄り添った指導ができる。


「実は、会長が新しい先生を見つけてくださったそうで……早速、今日からいらしているのです」


 シアは何も聞いていない。驚きと不安が胸の中で交錯し、唇が微かに震える。


「どうぞ、お入りください」


 院長の言葉にうながされるようにして、扉ががらりと開いた。


「おはようございます、シア先生」

「あっ……テリー……?」

「先生。覚えてくださっていたんですね。そうです。昨年まで、こちらの養護院にお世話になっていたテリーです。十六歳になって養護院を出た後は、会長の紹介で王都で働いていました。僕もシア先生のように子どもたちに勉強を教えたいなと思ってずっと会長に相談していたんです。だけど、いきなり勉強を教えるのは難しいし、社会に出て経験を積んでからのほうがいいって」


 シアの胸はじわじわと胸が熱くなる。気を抜けば、涙までこぼれてきそう。


「でも、シア先生が怪我をしたって聞いて。会長がやってみないかって連絡をくださったから、僕、飛んできました」


 王都とサバドの移動時間を考えれば、シアが毒に倒れてすぐにテリーに連絡を入れたのだろう。そして連絡を受けたテリーは、すぐさまサバドへと駆け付けてきたのだ。


 そういえばボブが、ぽっぽちゃんに連絡を頼みたいと言っていたのを思い出した。


「ジェイラスさんのことはすでに子どもたちも知っておりますから、問題ありませんね。では、シア先生が戻ってきたことと、テリー先生が新しく来てくださったことを、子どもたちには伝えなければなりませんね」

「テリーのことなら、みんな知っているはず……」


 一昨年まで養護院で暮らしていたテリーは、子どもたちにとって頼れる兄のような存在だった。今も養護院にいる子どもたちは、きっと彼を覚えているだろう。


 シアはそう確信すると、自然と笑みがこぼれた。


「今日から先生が三人もいらして、本当に喜ばしいことです」


 院長は喜びを隠しきれない。


「あ、シア先生。十歳までの子たちの授業ですが、三つに分けましょう」


 テリーの提案に、シアは首をひねる。


「三つ?」

「はい、僕が教える、シア先生が教える、ジェイラス先生が教える。教師役が三人いるから、子どもたちも三つに分けて、それぞれ順番で教えていけばいいですよね?」

「そうですね。では、それでいきましょう」


 教え子がこうして隣に立ち、同じ志を持ってくれることの心強さを、シアは初めて実感した。


「僕、ギニー語は教えられるほどではありませんから。ギニー語の授業はシア先生にお願いしたいと思います。僕は、基本的な読み書きを担当したいのですが」

「えぇ、ではテリーはそれをお願いします。私は、踏み込んだ勉強をしたい子たちを受け持つことにします」

「では、俺は身体を動かしたくて、元気がありあまっている子どもたちを引き受けよう。何も剣術だけではない。基礎体力の向上や柔軟性も必要だからな」


 ジェイラスの言葉に、シアは目から鱗が落ちる思いだった。

 騎士になるには、ただ剣を振るだけでは足りない。体力や判断力、柔軟性――それらすべてが子どもたちの将来を支える基盤となる。


 シア一人ではそこまで気が回らなかった。子どもたちの将来のことを考えれば、必要な指導だ。


「ありがとうございます」

「では、みなさん。子どもたちのところにいきましょう」


 役割分担が決まったのを見届けた院長の言葉は、やはり弾んでいた。


 院長に連れられて、いつもの教室に入ったシアだが、子どもたちからは熱い歓迎を受けた。


「先生、大丈夫?」

「先生、騎士さまたち、帰ったよ。

「先生、ぼく、パレードみてきたよ」


 先生、先生と、と次々に声をかけてくる子どもたちの純粋な笑顔に、心が熱くなる。これが、シアが教師を続ける理由の一つなのかもしれない。


「そしてみなさん、今日から新しい先生が増えました。拍手でお迎えしましょう」


 院長の言葉に「新しい先生?」と子どもたちは首を傾げるが、それでもパチパチと拍手をする。その無垢な仕草に、シアはくすりと笑った。


「みなさん、おはようございます」


 朝のあいさつと共にテリーが教室に入ってくると、室内はざわめき立つ。


「あ、テリーだ」

「え、だれ?」

「テリー、お仕事は? クビになったの?」

「こらこらこら。仕事はクビになってない。今日から、ここでシア先生と一緒に、君たちに勉強を教えることになりました」


 テリーの明るい声に、子どもたちの驚きの声が室内に響きわたる。


「えぇ~~!」

「はいはい、みなさん静かに」


 こうなったときの子どもたちを宥めるのは、院長の役目で慣れたもの。パンパンと手を叩きながら、子どもたちの注意を惹きつける。


「勉強をしたいと思う子どもたちが増え、そろそろシア先生一人では教えるのも限界だと思っていたところです。会長さんに相談したら、この学校の卒業生を教師として迎えたらどうだと、テリー先生を紹介してもらったのです。学びはこうやって次の世代に受け継がれるものですね。喜ばしいことです」


 幼い子には院長の話も難しかったのだろう。ただぽかんと見ているだけの子もいる。


「院長先生」


 一人の女の子が手をあげた。


「私も、先生になれるってことですか?」

「そうです。ここで勉強して、学んで。その学んだことを、次の子どもたちに教えたいと思ったら、ここで是非、その夢を叶えてください」

「はい。私、先生になります!」

「じゃ、ぼくは騎士」


 ぼくも、わたしも、子どもたちが続々と夢を話し出した。


「はい、では、早速、勉強を始めましょう」


 シアが声を張り上げたところで、子どもたちも静かになる。


「今日は先生が三人いますから……」


 テリーとジェイラスと決めた役割分担を、シアは子どもたちに伝えた。教室に響く彼女の声は、未来への希望と、子どもたちへの愛情に満ちていた。


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