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第四章(1)

 今日の視察は中止となった。モンクトン商会の屋敷でランドルフが襲われた。それが理由だ。

 ただ、必要な場所は昨日のうちに見て回っており、今日は主に観光施設や学習施設見学が主だった。

 次の機会にクラリッサと子どもたちを連れてこようとランドルフが言ったことで、その場は少し和んだ。


「ジェイラス。おまえはここに残れ」


 サバドを発つ準備をしていたランドルフの言葉に、ジェイラスは耳を疑った。


「殿下……?」

「シア嬢を見張れ」


 その命令に、ジェイラスは眉間に深いしわを刻む。


「見張る? 彼女に、いったい何が……? 何を疑っているんですか!」


 今にも食いつきそうな勢いのジェイラスだ。

 だが、ランドルフはこんなジェイラスにも慣れたもので、まぁまぁと手を振って制す。


「まあ、そういう理由があったほうが、おまえもここに残りやすいだろ?」


 ジェイラスは、今度はこめかみをピクリと動かした。


「で、殿下!」


 ジェイラスがランドルフの手をガシッと両手で掴もうとした。ランドルフは目を大きく見開き身体を引いたが、間に合わなかった。


「ジェイ、放せ」

「殿下! ありがとうございます、ありがとうございます」


 そのままぶんぶんと上下に振ると、ランドルフは「やめろ」を連発した。しかし、ジェイラスは興奮のあまり、ランドルフの言葉に聞く耳を持たない。


 気が済むまでぶんぶんと手を振ったジェイラスは、やっとランドルフを解放した。


「おまえ、彼女のことになると本当にぽんこつだな」

「ぽんこつ言うな。ランドルフには俺の気持ちなんかわからないんだ。結婚を申し込んだ日に逃げられ、探しても探しても見つからず、やっと見つかったと思ったら記憶喪失で俺のことを覚えていない……」


 ランドルフの崩れた話し方に、ジェイラスもつられてぐちぐちと愚痴をこぼす。


「そうやって話を聞くと……おまえ、本当にかわいそうなやつだな」


 ランドルフが、ぽんぽんとジェイラスの肩を叩いた。


「とりあえず、おまえはシア嬢の怪我が治るまで、ここにいろ。その後、彼女を王都へ連れてこい」

「そ、それは……俺とアリシアの結婚式の……?」

「ではない。それより先にやることがあるだろう? 彼女の記憶を取り戻す」


 その言葉でジェイラスもはっとして、気を引き締めた。


「それについては、モンクトン商会の会長も気になることを口にしていたのです」


 アリシアの記憶は魔法によって奪われたのではないかと。記憶の失い方が不自然だと医師が言い、記憶を取り戻すには、時間がかかるだろうとのことだった。


「なるほどな。私もその考えには同意する」


 そういえばランドルフも、アリシアの記憶喪失については気になると言っていた。


「仮に彼女がアリシア嬢だったと仮定した場合、騎士団の伝令係だったことを考えれば、騎士団の機密情報も知っているのだろう? 手紙でやりとりできない内容を、口頭で伝えるように依頼していたのではないのか?」


 ランドルフの言葉も間違いではない。文書で残せない内容は、そのまま口頭で伝えるが、それだって暗号を使う。伝令係だって、いくら暗号であったとしても、その内容を決して口外してはならないとわかっているはずだし、口の堅い者が選ばれている。むしろ、信用できない者は伝令係になど選ばれない。


 アリシアは伝令として優秀な部類に入る。だからランドルフが言ったように、機密情報を口頭で伝える依頼もしていた。


「そういった者が記憶喪失になった。しかも、失った記憶が断片的だ。いつ何がきっかけとなって、何を思い出すかわからない。そのとき、伝令の内容を思い出したら? それを彼女が無意識のうちに口にしたら?」


 暗号化されている内容だが、その暗号を解く者だっているかもしれない。


「だから、彼女にはきちんと記憶を取り戻してもらう必要がある。魔法で失われているのであれば、なおのこと。彼女から必要な記憶だけ取り出したいから、彼女の記憶を奪ったということもじゅうぶんに考えられる」


 ランドルフの言葉には妙な説得力があった。


「そのため、おまえはシア嬢の側にいて、彼女を監視しろ」


 その言葉の意味は重いはずなのに、ランドルフの思いやりが見え隠れする。いや、もしかしたらジェイラスへ向ける同情なのかもしれない。


「それから、彼女のあの怪我では、子どもたちの剣術の指導は無理だろう。彼女に怪我をさせた責任をこちらで取る。おまえは、彼女の代わりにここで子どもたちに剣術を教えろ。そして、優秀な子がいたら、騎士団に引き抜け」


 優秀な子どもたちがギニー国に流れることを懸念しているのだろうか。


「御意」


 ジェイラスは深く頭を下げた。


「それよりも、彼女の家族に連絡は入れたのか? シア嬢の伝書鳩を借りるか? あれだって、騎士団の鳩じゃないのか?」


 やはりランドルフは鋭い。


「はぁ、まぁ……三年前、伝書鳩が一羽いなくなったという報告は受けています」

「いったい、彼女からはいくつ罪が出てくるんだ? 騎士団の伝書鳩を無断で持ち出したわけだな?」

「それは、違うかと? 殿下も見ましたよね? 鳥が彼女に向かう様子を」


 昨日、視察のために港を訪れたとき。ウミネコたちが一斉にアリシアに向かってきたのだ。


「あぁ、そうだな。あれは圧巻だった」

「しかも昨夜の侵入者の動きを止めたのも、アリシアの鳩です。侵入者の顔に向かって、くちばしでつついていました」


 ランドルフもなんて言葉にしたらいいのかがわからないようだ。困ったように眉間に力を込めていた。


「鳩は帰巣本能が強い生き物です。あの鳩の帰る場所がアリシアの側なのでは?」

「おまえは、シア嬢はアリシア・ガネルであると信じて疑わないのだな?」

「えぇ。そしてあの子は俺の子で間違いありません。瞳の色もそうでしたが、あの子の名前が……」


 ジェイラスが言い淀むと、ランドルフが身を乗り出してきた。


「名前、だと?」

「はい。あの子の名前はヘリオスというそうです。聞いてください、殿下!」


 そこでまた、ジェイラスがランドルフの手をガシッと両手で掴む。不意打ちすぎて、ランドルフも逃げる暇がなかった。


「な、なんだ! ジェイ、顔、近い。少し、離れろ!」


 必死にジェイラスと距離をとろうとしているランドルフだが、残念ながらそれは叶わない。ジェイラスは、離れろと言われるたびに顔を近づけてくる。


「ヘリオス。俺の名前と似ていませんか?」

「あ? まぁ。そう言われれば、そうかもしれないか? 最後に『ス』がつくところは同じだな?」

「そうです。名前の響きが似ている。その名前は、アリシアが俺との間に子どもが生まれたらつけたい名前だと言っていたんです。彼女はそれだけは覚えていたに違いありません」


 うっとりとするジェイラスは、知らぬうちに手に力を込めていたようで、ランドルフが「痛い、離せ、この馬鹿力」と言うまで気づかなかった。


「だから彼女がアリシアであることに間違いはありません!」

「だが、彼女自身、自分を証明するものを持ち合わせていない。おまえが、彼女がアリシア・ガネルだと信じたい気持ちがわかる。そのために客観的判断ができていないとも言える。だから、彼女がアリシア・ガネルと証明するためには、やはり彼女の家族の証言が必要だ。もしくは、彼女自身がその記憶を取り戻すかだな」


 うぅっとジェイラスはうなだれる。


「ただ私も彼女がアリシア・ガネルで間違いないと九割方は思っている。だから、失われた記憶が利用されることを懸念している。それは理解してくれるな?」

「はい……」


 ぶんぶんと尻尾を振って喜んでいたのに、叱られて萎えた大型犬のようなジェイラスの表情に、ランドルフは鼻で笑う。


「ところでジェイ。彼女の記憶が魔法で奪われたのだとしたら、犯人に心当たりはあるか?」

「はぁ、まあ、そうですね。魔法といえば、魔法師。我が国の国家魔法師が、アリシアを狙う理由はわかりません」

「となれば、やはり国外だろうな。どの国でも魔法師は貴重な存在。だからこそ、どの国でも魔法師を囲っているはずだが……」


 他国がアリシアの知っている機密情報を狙っていると考えるのが無難かもしれない。

 ただ、三年もの間、彼女が無事だった事実に、ジェイラスは安堵するしかない。


「だから、おまえをここに残す理由がもう一つある」


 ランドルフの声色が変わった。


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