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第三章(3)

 港では、ギニー国の商人たちが、どのような荷物を運んできたのかを説明する。また、立ち寄り港として、毎日、さまざまな船を受け入れていることも。そのため港は活気に溢れている。物も人も金も、めまぐるしく動いている。


 商人の彼らは、共通語ではなく自国の言葉を使う者が多い。市場の喧騒の中、彼らの抑揚の強い声が響き合い、聞き慣れない単語も飛び交っている。

 だから共通語以外にも、ギニー語や各国の言葉を理解する必要があり、モンクトン商会ではそれに長けた者を何人か雇っていた。


 ギニー国の商人がギニー語で商品の説明を始めたため、それをシアが共通語へと訳してランドルフに伝える。しかしランドルフの様子からは、彼は通訳がなくてもギニー語を理解しているようにも見えた。


 それでもギニー語をわかっているのは王太子くらいで、彼の後ろに控えている者たちはシアの声に耳を傾けている。


 モンクトン商会は、農作物から加工品、魔石やその道具まで、多岐にわたる商品を扱う。農業大国ギニー国からは、黄金色の穀物や瑞々しい果実が届き、それらを商会が加工して輸出する。


 立ち寄る船の補給物資としても、これらの品は飛ぶように売れる。だが、物量が増えるにつれ、サバドの工場だけでは加工が追いつかない。そのため、商会はギニー国での加工を視野に入れ、関係者を少しずつ派遣しているのだ。


 ギニー国の商人たちとのやりとりを見たランドルフは、満足したようだ。始終、ニコニコと笑みを浮かべ、話をしていた。


「殿下、次へ移動する前に、港も見ていきませんか?」


 ランドルフは「ええ、是非とも」とボブの誘いに快く応じた。


 海から吹き付ける風は、とても穏やかだ。潮の香りが鼻をくすぐり、遠くで船の汽笛が低く唸る。

 港には次から次へと船が出入りして、積み荷や人を運んでいる。


「殿下。ギニー国は、ここから船で二日、向こうからこちらに来るまでは一日です」


 潮の流れがあるため、行き来にかかる時間が異なる。


「王都に向かうよりも、ギニー国へ向かうほうが時間はかからないのです」


 それではまるで、ボブがギニー国と懇意にしたいと言っているようなものだ。


「殿下も、私の妻がギニー国出身であるのはご存知ですね?」

「はい」

「ユグリ国にはできて、ギニー国ではできないこともあり、その逆も然り。ですから、他国との連携は必要だとは思いませんか?」


 ボブの言葉には、ギニー国との親密な関係を築きたい意図がにじむ。


「会長のおっしゃりたいことはよくわかります。ですが、それぞれの国、事情がありますから。ユグリのやり方をギニーへもっていっても、うまくできるかどうかはわかりません。そしてその逆も。我々にギニー国と同じやり方をと望んでも、それが本当にこの国にとって有益であるかどうか、見極める必要があります。会長は、関税の緩和を望むのでしょう?」

「さすが、殿下」

「ですがユグリはギニーとだけやりとりをしているわけではない。そこだけを緩めて、他国から反感を買っては元も子もありません。何ごとも適当な落とし所が必要なのです」

「では、その適当な落とし所が、双方にとってよいものであることを願っております」


 アー、アー、アー……。


 二人の声が静かに終えたとき、ウミネコの声が響いて、さらに潮騒と汽笛の音が重なった。

 風は潮の匂いを運び、シアの頬をなでる。だけどこれが港街の特徴であるし、シアもこれが嫌いではない。


 バサササッと、たくさんのウミネコがシアの元へと寄ってくる。


「今日は、餌はないわよ。大事なお客様がいるんだから」


 子どもを宥めるように、ウミネコたちに声をかけた。

 アー、アー、アー……。


 呆然と見つめるランドルフと彼の護衛たちに気づいたシアは、慌てて取り繕う。


「申し訳ありません。大事なお話をされていたのに」

「いや……驚いただけですから。シア嬢は、子どもだけでなく鳥にも好かれているのですね」


 ランドルフの言葉に「申し訳ありません……」と赤面しながら、シアは答えた。


「ええ、シアは伝書鳩も手懐けておりますから。必要であれば、王都への連絡はすぐにできますよ」


 相手はこの国の王太子だ。彼だって、王都とのやりとりはすぐにできる手段を持ち合わせているだろうに、そう言ったボブはけん制のつもりなのだろうか。


「必要となったときには、お願いします」


 ランドルフは目を細めて答えた。


 ウミネコはバサササッと飛び立っていく。そんな鳥を見送るシアだが、また誰かに見られているような感じがして振り返る。

 やはり、ジェイラスだ。彼は慌てて視線を逸らした。


「では、次の場所へご案内いたします」


 そうやってボブはモンクトン商会関係の市場や店舗などを、包み隠さずランドルフに案内した。


 そのままモンクトンの屋敷へと向かう。ここで、晩餐という流れだ。

 シアは、ほっと息をついた。なんとか必要な視察をすべて終えた。


「お疲れ様、シア。今日は本当にありがとう。私も晩餐会の準備に専念できたわ。商会の魔石の宣伝の場だから。いい感じにセッティングができたと思うのよね」


 くすっと微笑んだコリンナは肩をすくめ、言葉を続ける。


「だから、失礼なことはないとは思うのだけれど……それでも不安よね……」


 ランドルフ相手に不安になるのは、コリンナも同じだという事実にシアは安堵した。


「コリンナなら大丈夫ですよ。昨日と今日、私を励ましてくれたじゃないですか」

「そうね。ほんと、当事者になってシアの気持ちがよくわかったわ」


 おどけた口調でほんの少し舌先を出すコリンナは、どこか憎めない。


「まま~」


 シアが戻ったのを聞きつけたのか、ヘリオスが走ってきてひしっと抱きついてきた。


「リオは今日もお利口にしていたかしら?」

「リオ、おりこうよ。おうち、かえるよ」


 いつもであればもっとシェリーと遊びたいと言うのに、ここ数日はシアにべったりのヘリオスだ。


「わかったわ、帰りましょう。だけどママ、この姿では帰れないから、お着替えが終わるまで待っていてね」


 さすがにコリンナから借りたドレス姿のまま、外を出歩きたくない。このままでは変に目立ってしまう。


「コリンナ、ありがとう。これ、洗濯して返すわね」

「そうね。だけど、私は思ったの。そのドレス、シアには似合うけれど、私には似合わないの。だから今日、私が無理言って仕事を引き受けてくれた分、もらってくれない? あ、もちろん今日の仕事は契約外になるから、いつもの給金にも上乗せするわ」

「え?」


 コリンナの突然の提案に、シアは目を丸くする。


「もしかして、シア。今日の王太子殿下の視察同行の件、仕事だとは思っていなかった?」

「あ、はい。そうですね」

「もう、しっかりしてちょうだい。シアは学校で教師をしているけれども、モンクトン商会の人間なのよ。商会に対してプラスの働きをしたのだから、きちんと報酬をもらう必要があるでしょう?」


 まだ呆けているシアの肩をぽんぽんと叩いたコリンナだが、シアの着替えを手伝うようにと、使用人たちに指示を出していた。


 着慣れぬドレスは一人で脱ぎ着ができないから、手伝ってもらえるのであれば助かる。


 着替えを済ませたシアは、コリンナからドレスを受け取って帰ろうとするが、やはりヘリオスは不機嫌なままだった。


 仕方なくシアがヘリオスを抱き上げると、どこにいたのかフランクがやってきて「送っていきます」と声をかけてきた。


「リオ。ママが重いだろう? 僕のところにおいで」

「やっ」

「肩にのせてあげるよ?」

「やっ」


 ヘリオスはシアの服にしがみついたまま、頑なにフランクの誘いを拒んでいる。


「ごめんなさい、フランク。なぜかここ数日、リオがこんな感じで……」

「えぇ、僕は気にしておりませんから。やはり、母親と一緒にいたいんでしょうね。では、こちらの荷物を預かります」


 フランクはシアが手にしていた荷物をさりげなく手に取り、そっと笑いかける。


 シアもそれに笑顔で応えた。


「ありがとうございます、フランク。では、コリンナ、シェリー。また明日」

「今日は本当にありがとう、シア」


 コリンナとシェリーに見送られ、シアはフランクと並んでモンクトンの屋敷を後にする。外に出れば、夕暮れの心地よい風が吹いてきて、シアの前髪を弄ぶ。庭園に咲く花も、身を任せていた。


「無事に終わって安心しました。フランクも今日は、学校のほうをみてもらったみたいで……ありがとうございます」

「僕も久しぶりに子どもたちと触れ合えて、元気をもらいましたから」


 こうやってのんびりと歩いていると、先ほどまで王太子と一緒にいたことが夢のように感じる。


「あれ……?」


 フランクの声に、シアも真っすぐに視線を向ける。

 門の前に荷車が止まっている。


「どこの業者でしょう?」


 どちらにしろ、門をくぐらなければシアは家には帰れない。自然とその荷車に近づく形になる。


「どうかされました?」


 荷車の男に声をかけたのはフランクだ。


「もンクトン商会の人? ワたし、荷物をモってきた。ドこに、運ぶ、いい?」


 拙い共通語だ。ところどころに、訛りを感じる。慣れぬ共通語を使うギニー国の商人に多い。


「荷物? いったいなんの荷物でしょうか? この時間、荷物が届くとは聞いていないのですが」


 フランクが慎重に対応を始める。


「香シン料とマ石ね。こレ、注文書」


 男が注文書を見せてきたので、フランクがじっくりとそれを確認する。シアも顔を寄せて、ボブのサインを確認した。


「……サインは本物のように見えますね」


 シアがこそっとフランクの耳元でささやくと、フランクも小さく頷く。


 ボブのサインには特徴があって、一文字ごとに終端が小さくはねるのだ。そのはね方が独特であるため、ボブのサインの真偽を見極めるときには、そこを確認するのが商会の人間にとっては周知の事実となっている。


「そういえば会長が、香辛料と魔石が足りないと言っていましたね」


 それはシアも聞いた。だからシアも王都に向かってぽっぽちゃんを飛ばしたのだ。


「荷物を確認してもいいですか?」


 フランクが尋ねると、男は後ろめたいことなどないのか「ドうぞドうぞ」と促してきた。


「いつも仕入れている物かを確認します」


 今度はフランクがシアにだけ聞こえるような小声で言った。

 商品の見極めならばフランクが適任だろう。彼はボブの側で、さまざまな商品を目にしているはずだ。


「う~ん、そうですね。これはいつも商会で仕入れているものと同じですね。シア、ここを見てください」


 魔石の一つを手にしたフランクは、両手が塞がっているシアの目の前で魔石を見せた。


「ここのカットの仕方。モンクトンのやり方なんですよ」


 魔石を採掘したあと、運びやすいようにその場でカットするのだが、そのカットの仕方も各商会によって異なるらしい。


「香辛料も……いつものものですね」


 フランクが手にした香辛料を荷車に戻すと、モンクトンの屋敷の裏口から入るようにと促した。場所を口頭で説明したのだが、男は理解したらしい。


「アりがとう、アりがとう」


 礼を言いながら、男は荷車を引いていった。

 だが、背筋に走る言い表せない不安がシアを襲った。何かが引っかかる。


「かえるよ~」


 ヘリオスが顔をすりすりと寄せてきたため、家路を急ぐことにした。


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