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†ジェイラスの葛藤

 アリシアが行方をくらましてから三年近く経とうとしている。騎士団では、五年間の休職が認められているため、彼女はまだ除名にはなっていない。


「殿下。護衛の候補者リストをお持ちしました」


 三日後、ランドルフは港町サバドに視察へ向かう。それに同行する護衛を決めなければならず、ジェイラスが候補者の名をあげるが、最終的にはランドルフの希望を優先させる。


「ああ、ありがとう。受け取る……って、相変わらずひどい顔をしているな」


 ランドルフに指摘され、ジェイラスはわけがわからないとでも言うかのように、紫眼を瞬かせた。


「ひどい顔、ですか?」


 ジェイラスはどちらかといえば整った顔立ちをしている。夜会の警備に立てば、警備の立場だというのに令嬢から声をかけられるほど。それなのに、ひどい顔というのは、目鼻立ちがどのような状態になっているというのか。髭だってきちんと剃っている。王太子つきの近衛というのは、見目もそれなりに求められるからだ。


「顔が怖い」

「それは仕方ありませんね。立場上、舐められるわけにはいきませんから。威厳というものです」

「威厳? というよりは、怖い顔のおっさんだな」


 まだ二十六歳だというのに、おっさん呼ばわりされたジェイラスは顔をしかめる。しかもランドルフとは同い年だ。


「まったく。あれから三年も経つというのに……」


 ランドルフのぼやきは、ジェイラスのかつての恋人――いやジェイラスとしてはまだ別れたつもりはないから今も恋人だと信じている――アリシアを指しているのだろう。


「あれから三年経ちますが、彼女は行方不明のままです」


 行方不明であって亡くなったわけではない。彼女の実家のガネル子爵家は、半ば諦めかけているようだが、失踪から七年経たなければ死亡とみなされない。それ以降は家族の申し立てで死亡扱いとなる場合もあるが、ジェイラスは決して諦めない。


「おまえはまだ、彼女を想っているのだな?」


 ランドルフが小さくため息をついた。


「当たり前です。彼女の生死がはっきりするまで、いや、彼女は生きています。彼女以外の女性と一緒になるなんて、あり得ない」


 ジェイラスが熱のこもった紫の瞳でランドルフを鋭く睨めば、彼はわざとらしくため息をつく。


「おまえもそろそろ、妻を娶れ。と言いたかったが、その様子では無理だな」

「殿下は、俺を怒らせたいと……?」


 獣のように腹の底から響く声でジェイラスが問うと、ランドルフは、怯えたようにふるふると首を横に振った。


「私を脅すのは、おまえくらいだ。おまえの父、公爵からも言われただけだ。とにかく、三日後にはサバドだ。久しぶりのサバドだしな」


 王家直轄領とはいえ、そんな手軽にほいほいと行けるわけでもない。むしろサバドは重要地域であるゆえ、王太子よりも国王が直接足を運ぶことが多かった。それでも前回の視察は二年前だった。


「おまえもサバドは行っていないだろう?」


 サバドの街でアリシアを探していないのではないか、という意味だ。アリシアがガネル子爵領に向かうには、サバドを経由する必要があるのは知っていたが、それは乗り合い馬車を使う場合に限る。


 あの日、乗合馬車の利用者名簿に彼女の名前はなかった。もちろん、それ以降も馬車名簿は確認しており、彼女が乗り合い馬車を使った形跡は、今まで認められていない。


 偽名を使った可能性も考えられるが、馬車組合は乗客の身分をしっかりと確認する。それは犯罪などに利用されないようにするためだ。身分を偽った客を乗せ、その者が重大な犯罪を起こしたときには、事業者も罰金の対象となる場合がある。だから、アリシアであれば偽名を使うリスクをじゅうぶんにわかっているはずだ。


 となれば、やはり馬車は使っていない。王都内にいるか、その周辺の街や村にいるか。しかし、この三年の間、ジェイラスが訪れた場所には彼女の痕跡は何もなかった。


「サバドは、第二の王都とも呼ばれているからな」


 ランドルフが手渡してきた書類は、サバドに関するものだ。特にサバドを拠点とする有力な商会、モンクトン商会について書かれている。


「今回の視察の目的の一つは、モンクトン商会だ。近年、確実に力をつけてきている。元々、この国の商会の中心を担っていたが、ここ二、三年の数値を見てみろ。こちらの報告書と合わせると、よくわかる」 


 ジェイラスも手渡された資料に目を落とすと、サバドではここ二、三年の犯罪率がぐっと下がっていた。そこにモンクトン商会の利益率も記されている。


「サバドの治安が落ち着いてきたのは、モンクトン商会のおかげだということですか……?」

「養護院への出資、貧しい子どもたちへの教育。それにモンクトン夫人はギニー国の貴族だ」


 ランドルフは、モンクトン商会がギニー国と深く繋がることを懸念しているのだろうか。


「養護院やモンクトン商会が設立した学校を卒業した子どもたちの幾人かは、ギニー国に行っている」


 その言葉でジェイラスもはっとする。


「もしかして……人身売買……?」

「ではない。ただ、ギニー国で仕事をしているだけだろう。それもモンクトン商会関係のな」


 ランドルフがジェイラスから資料を奪い、ばさっと机に放り投げた。


「モンクトン商会は違法なことはしていない。だが、こちらも受け皿を用意しなければ、優秀な人材はギニー国に流れていくということだ。そこで、だ」


 ランドルフは次に別の資料を手にすると、ジェイラスへと押しつける


「これがモンクトン商会が出資している養護院、学校の報告書だ。見てみろ」


 それには養護院にいる子どもの性別、年齢、人数が書かれ、それとは別に学校へ通っている子どもたちの情報も記載されている。貴族の子ではなく、商人の子、農民の子、下働きの子、といった平民の子たちがほとんどだ。


 教育内容は、基本的な読み書き計算、それにくわえ剣術まで教えているという。


「身分など関係のないところだからな。学びたい者が自由に学べる。そこで、自分でも気づかぬ能力が開花するというわけだ」

「しかし、それには優秀な教師が必要だと思いますが? たかが民間の、まして養護院で教えるような教師にそこまでできるとは思いません」

「だからだよ。そこに書いてあるだろう? 優秀な教師の情報が」


 指摘され、学校の概要に目を通す。そこに書かれた教師の名――。


「……シア?」


 ジェイラスの心臓がドクンと大きく震えた。


「二年、三年前か? どうやらモンクトン夫人が連れてきた女性らしい。ところで、おまえの恋人の名前はなんだったかな?」

「……アリシア、です」

「その恋人がいなくなった時期は?」

「三年前……殿下が結婚された翌日……。いや、だが、しかし……なんで?」

「落ち着け。まだ本人と決まったわけではない」


 ランドルフは、大げさに息を吐いた。


「で、殿下。行きましょう、今すぐ行きましょう。サバドへ行き、すぐさま確認する必要があります」

「だから、落ち着け」


 バンッ! とランドルフが平手で机の上を叩いた。


「どちらにしろ、三日後にはサバドに向かう。その養護院、学校も視察の対象だ。そのシアという女性教師が、本当におまえの恋人かどうかは、おまえが見極めろ。だがな……」


 ランドルフは半ば呆れた様子で、言葉を続ける。


「騎士団を休職して、商会の仕事をしている。これは、騎士団の職務違反だろう?」

「彼女はそのような女性ではありません」

「落ち着け!」


 ランドルフが再び力強く机を叩いた。


 ジェイラスの大声に対抗できる処置として有効なのが、大きな音を立てること。だからジェイラスが暴れようとすると、ランドルフはすぐに机の上を叩く。


「あまり私的な感情を挟むな。客観的に物事を判断できないのであれば、今回の視察からおまえを外す」

「えぇ、それはそれでかまいません。だったら今すぐ俺は、サバドに向かうだけですから」


 呆れてものが言えないといった様子で、ランドルフは肩をすくめ「やれやれ」と首を振った。


「おまえなぁ……自分の立場をわきまえろ。あまりにもそうやって暴れてばかりいるなら、無理やりにでも結婚させるぞ? いずれにしろケンジット公爵からは、せっつかれているんだ」

「でしたら俺は騎士を辞め、父と絶縁して彼女を探しに行くだけです」

「それ、本気でやりそうだから怖いな」

「そう思うのなら、父をなんとかしてください」


 まさか結婚について、ランドルフまで巻き込むとは。あれほど、結婚したい女性がいる(ただし、所在不明)と、父親には訴えていたのに。


「とにかく、おまえを今回の視察に同行させる。だから、三日くらい我慢しろ。それまでに、もう少しサバドについて調べておけ。おまえが真面目に仕事をするなら、彼女の職務規程違反の件は、こちらでなんとかしてやってもいい」


 相変わらず飴と鞭の使い方がうまい男だ。ここまで言われれば、ジェイラスに反論の余地はない。


「承知しました」


 ジェイラスはいじけた子どものような口調で返事をした。


 それから三日間は怒濤であった。ランドルフの護衛と称してサバドへと向かう。王城の留守は他の騎士らに任せる、執務も急ぎの案件については代理にまわすように根回しをした。


 そしてサバドの街へと着いたときは、慣れない潮風に鼻をひくつかせた。


 サバドは王家直轄領ということもあり、街の代表として国が指名した者を派遣させている。今の代表は、ラーリ侯爵の次男だ。優秀な文官として、一部の界隈では有名な人物だ。


 しかし街の自立性を尊重し、代表がすべてを牛耳っているわけではない。街の運営には、他にも教会と商会も関与する。最近、力のつけているモンクトン商会が街の運営においても頭一つ飛び出ているのかと思いきや、そうでもない。


 ランドルフは、代表が住まう領主館に滞在することになっている。領主館にはそういった賓客をもてなす役割もある。


 ジェイラスたちもそれぞれ寝床を与えられてはいたが、だからといってぬくぬくしていてはならない。王太子がサバドを訪れたというのは、派手なパレードによって周知されているし、ここぞという今を狙って襲撃をかけてくる者もいるかもしれない。


 だから近衛騎士たちは交代で見張りに立ち、いつでもランドルフの盾になれるようにと、控えている。


 ジェイラスは早朝、部下と見張りを交代した。少し仮眠を取り、ランドルフの視察にも護衛として付きそう。仮眠の前に、ふらりと外に出た。


 アリシアがいなくなってからというもの、寝付きが悪い。寝台で横になっても、寝たのか寝ていないのか、意識の狭間を行き来するばかりだ。


 だからランドルフからは顔がひどいと言われるのだ。


 いつものように寝つけそうにないと思い、気持ちを落ち着けるため庭に出た。早朝の爽やかな風が庭園の花を揺らし、穏やかな時間が流れる。草花の擦れる音すら心地よい。


 突然、羽音が聞こえ、ジェイラスは空を見上げた。


「……んっ?」


 鳩が飛んでいる。しかも足に何かをくくりつけているのを確認した。となれば、あの鳩は伝書鳩だ。


 ――伝書鳩が一羽、いなくなっておりました……。


 三年前、アリシアの失踪時に、誰かがそのようなことを言っていたような気がする。


「シア……」


 やはりアリシアはこの街にいるのだろうか。

 そう思うだけで、胸がぎしぎしと軋む音を立てた。


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