3話 個性的な害悪特別討伐隊の人々
「申し訳ございませんでした。」
村瀬ゆきが害亜特別討伐隊日本支部長の浅井ゆうかに頭を下げ謝罪する。浅井ゆうかはズルズルと醤油ラーメンを啜っている。口の中にある麺をしばらくかみ締めて飲み込むと村瀬ゆきの顔を見て言う。
「彼のことはいいよ、けど次からは気をつけるように。」
「承知いたしました。」
どうやら、俺に剣を委ねてしまったことが原因らしく、彼女らにとっては化け物と戦うための命綱である。それを俺が強引に借りてしまったがため、彼女の管理不足で怒られたそうだ。
「近藤くんにはこれからみっちりこの世界のことについて教えてあげよう。それでチャラだ。」
「お、お手柔らかにお願いします。」
浅井さんが引き攣った笑顔を見せるが、何を言われるか怖い。
俺たちは害亜特別討伐隊日本支部に常設された食堂で腹ごしらえをしている。浅井さんは醤油ラーメンと唐揚げ定食という女性らしからぬ豪快なメニューだ。対して村瀬さんはサンドイッチが3つと小食なメニューで、浅井さんから「もっと食べないといざって時に戦えないぞ」と言われていた。俺はとんかつ定食を選んだ。
ここの食堂は害亜特別討伐隊の人が自由に利用できる。しかし、ここの施設の利用者は害亜特別討伐隊の人しかいない訳だが、施設自体国が運営しているらしい。そう考えると、ちゃんと税金は人のために使われていたんだな。
「さて、近藤くんのこれからについて説明したい。」
俺は咄嗟に姿勢を正して、浅井さんの言葉を聞く。
「ご飯を食べたら、まず整備室に向かってもらう。そこで魔力を測定してきて欲しい。」
「魔力って測定できるんですか?」
「可能だ。魔力は自然と競合したエネルギーで、体内に送り込むことで魔力となる。エネルギーを練ることが出来れば自由自在に扱える。」
魔力ってすごいんだな。その魔力さえあれば、どんな傷だった癒せるし、あの化け物も倒すことが出来る。メリットしかないじゃないか。
「メリットしかないと思っている君へ悲報。魔力の扱い方を謝ると魔力暴走することもあり、魔力を失えば最悪一生植物状態になるケースもある。」
「めちゃくちゃ危険じゃないですか!」
うまい話には裏があるとはよく言うが、魔力にもデメリットがあるわけか。俺にも魔力を持っている限り他人ごとではない。
「とにかく、魔力計測したあとは座学だ。この世界についてを教える。」
「り、了解です。」
俺は早く彼女たちとあの化け物について知りたかったため、とんかつ定食を一気に腹へ詰めた。
害亜特別討伐隊日本支部には改装が設けられている。基本的に地下施設には変わりは無いが、5階層で構成されている。地上から最も近い地下10階は福利厚生施設となっており、先程まで利用していた食堂もそこだ。地下11階と12階は主に居住区だった。害亜特別討伐隊は家を持たず魔力だけ有している人もいるとのことで、国が衣食住を最大限提供しているとのこと。地下13階はトレーニングフロアで、害亜特別討伐隊の人が各々自主練や模擬戦で利用する施設で、いわゆるジムだ。そして地下14階は支部長室や司令室といった管理職や任務時に利用する施設が備わっていた。これは食事中に浅井さんが簡単に説明してくれた内容だった。
これから魔力を測定するということで、地下14階にある整備管理室へと移動した。浅井さんは業務があるとの事で支部長室に戻り、村瀬さんは整備管理室へ俺を案内するため同行してきた。
道中彼女はほぼ無口であったが、チラチラと俺の事を覗き見していた。
整備管理室にはSFの世界にあるような機器がずらりと並んでいて、そこには研究者っぽい人が作業をしている。俺達はフロアの中央でパソコンを触っている筋肉質な男性に声をかける。
「木村さん、お疲れ様です。」
村瀬さんが木村という筋肉質な男性に声をかける。木村さんは顔を上げ、鋭い目つきでこちらを凝視した。
「そいつがゆうかちゃんが言っていた新人か?」
「ご認識の通りです。」
村瀬さんが肯定すると、木村さんは立ち上がり俺の目の前に立つ。木村さんの身長は高く、俺を見下ろす形となった。
「お前がゆきちゃんを救ったのか?」
木村さんの声が低くて野太く、裏社会の人間かと疑ってしまうような威圧感があった。木村さんからの威圧感に負けて素っ頓狂な返事をして肯定する。
「あら〜本当なの!?ゆきちゃんを助けてくれてありがとね♡」
「え?????」
突然のことだった。威圧感増し増しで目の前に立っていた大男から、オネエのようなトーンと喋り方が聞こえてきたのだ。そして、一瞬だった。ゴツゴツとした筋肉が俺の身体を包み込み、力いっぱいに抱きしめられた。
「ぎゃあああああああああああああああああぁぁぁ痛い痛い痛い痛い痛い痛い苦し!いや痛い痛い痛い痛い」
「もう、ゆきちゃんが居なくなっちゃったらあたしも生きていけないわよ!ありがとうね達生ちゃん!」
「木村さん!近藤さんが潰れてしまいます!」
俺は木村さんの剛腕によって上下前後左右に揺さぶられながら筋肉にプレスされてしまった。村瀬さんが即座に事の重大さに気づいて木村さんを静止させる。
木村さんの筋肉から開放された俺は、酷い目眩に陥り膝をつく。この人怖い、急にオネエになるし一体なんなんだ?
「達生ちゃんごめんね、ゆきちゃんを命懸けで助けてくれたと思ったらつい嬉しくなっちゃって」
木村さんはテヘヘと照れながら後ろ頭をかいている。正直、もうこの人に会いたくないし、筋肉プレスはもうコリゴリだと思った。
「いえ……大丈夫です……けど……結構痛かったです。」
「近藤さん、紹介します。我々害亜特別討伐隊の武器や防具、スキルを整備してくれる整備室長の木村さんです。」
村瀬さんはトントン拍子に木村さんの紹介をする。木村さんは腰に手を当てて胸を張る。
木村さんが整備室長であれば、組織に関わり続ければ、今後も筋肉プレスされる可能性はある。記憶を消されるのと筋肉プレスされるのとで一瞬どちらが嫌かを天秤にかけてしまった。
「どうも、近藤達生です。よろしくお願いします。」
「木村涼太、ここの整備室長をやっているわ。これから達生ちゃんの魔力測定をするわね。奥の小部屋に助手がいるから彼女に説明して魔力を測定してもらってね。」
「了解です。」
木村さんのオネエ口調はそんままなんだ。きっと本質からオネエ属性を備えた人なのだろう。でも最初の声色は怖かったし、筋肉プレスはもうコリゴリだ。
俺は村瀬さんと別れて木村さんに言われたとおり、整備室の奥にある小部屋に向かう。小部屋と言っても保健室や病院の患者室のようにカーテンで仕切られているだけだった。
失礼します。と一言かけてからカーテンを開けると、中から背丈が低い少女に飛びつかれた。一瞬の出来事で体制を整えることが出来ず、バランスを崩して尻もちをついてしまう。
「びっくりした、君大丈夫?」
「ゆきちを助けてくれてありがとです!」
元気で明るい声をして、満面の笑みを達生に向けた少女がそこにいた。彼女は達生の体に腕を回したままだ。
「えっと、立ち上がるから離して欲しいな。」
「嫌だ!ゆきちを助けてくれたたっちゃんは命の恩人。ゆきちがたっちゃんと友達ならくらげとも友達なのです。だからぎゅーするのです!!」
ゆきち?たっちゃん?海月?一体この子は何が言いたいのだろうか。そんな疑問を寄せていると、いつの間にか村瀬さんがこちらに来ていた。
「海月ちゃん、近藤さんの魔力測定をお願いします。」
「あい、りょーかいです。」
村瀬さんの一声で、海月という子は達生から離れ、手馴れた手つきでデスクのコンピュータを操作している。
「ありがとう、村瀬さん。彼女は?」
「彼女は木村さんの助手で田中海月さん。中学生にして害亜特別討伐隊の整備士を担当しています。」
「まじか、中学生!」
驚くことに、ここは中学生も雇って働かせているのだ。人手不足のようなことは言っていたが、まさか中学生を働かせているとは、労働基準法だかなんだかは大丈夫なのだろうか。
「そちらも後ほど説明させていただきますが、政府公認です。」
害亜特別討伐隊は一体どんな手を使って法律を覆しているのだろうか。村瀬さんとやり取りしていると、田中さんから声をかけられる。
「たっちゃん!準備が出来たのであそこの台に乗ってくださいです。」
コンピュータの操作が終わったのか、田中さんは振り返ってコードで繋がれた台を指さす。
「あの、たっちゃんってのは俺のこと?」
「はい!たっちゃんはたっちゃんです!」
田中さんは元気いっぱいに答えてくれた。俺のことでいいんだよね?ゆきちはおそらく村瀬ゆきさんのことを指していたのだろう。
俺は田中さんが指さす台に乗ると、再び田中さんはコンピュータを操作し始めた。しばらくすると台は緑色に発行しだし、全身をスキャンされる。10分ほど待っていると、台の発光が収まり、田中さんからサムズアップされた。
台から降りると田中さんは俺の左腕にしがみついて、壁にかかったモニターへと誘導する。
「モニターにたっちゃんの魔力が表示されるです。この数値に適した武器をりょうちゃんが作るです。」
「よし、木村さんのことだな!だんだん適応してきたぞ」
自分自身でもここまで個性的な人が集う場所に馴染めたのには驚かされている。異常とも思える化け物に、魔法を使う人間と地下施設にオネエや中学生といった"普通"ではありえない要素が数時間の間に起きたのだ。これ以上何を言われてもどんな人間が出てこようとも驚くまい。
「たっちゃんの魔力はゆきちより大きいです」
「「えっ?」」
田中さんの一言で村瀬さんと俺は疑問詞の言葉をハモらせてしまった。
「正確には数値は同じです。でも、同じ1箱のダンボールでも中に入っている物の量が違うです。」
余計分からなくなった。同じ魔力の量(?)を持っていても、質や強さが違うってことか?
俺はなんの説明もされていない"説明"で困惑していた。
「要するに1回の魔法を使う消費が少ないということです。魔力の解説は後日でも良いでしょう。今はこの世界について知っていただいた方がよろしいので。」
「ゆきちフォローありがとです!」
村瀬さんの説明で多少理解はできたが、まだ分からないことだらけだ。村瀬さんのおかげで一区切りがついたというべきか、村瀬さんは俺の腕を引っ張って研究室の入口へと向かっていく。すると、後ろからさらに田中さんから引っ張られた。
「たっちゃん!いつでも遊びに来てね!」
「え、仕事の邪魔じゃない?」
「大丈夫です!たっちゃんといると安心するのです。」
そう言うと、田中さんは頭二個分も背丈の高い俺にジャンプして抱きつく。ジャンプの予兆を見ていた俺はしっかりと足の重心を考えて、飛びかかり田中さんを受け止めた。
「くらげはたっちゃんがここに来てくれて嬉しいです!」
そう言うと、田中さんは俺の頬に口付けをした。
「んな!」「え?」
驚愕に満ちた声を発した村瀬さんと唖然とした声を上げる俺。それを見ていた他の研究員は暖かい眼差しでこちらを見ていた。
口付けが終わった田中さんは俺から離れて、手を振りながら作業場へと戻って行った。一体彼女はなんだったのだろうか、と疑問に満ちた顔をしながら村瀬さんの方を見ると、鬼の形相を浮かべながらこちらを睨んでいた。俺は恐る恐る村瀬さんに話しかける。
「あ、あのー村瀬さん?」
「近藤さん、後でお話があります。」
そう言って村瀬さんは踵を返して、そそくさと整備室から出ていく。ロリコン認定されていそうで、誤解を解こうと俺は村瀬さんの後を着いていく。
浅井さんがいるであろう支部長室に向かう道中、俺は村瀬さんに必死の弁解をしていた。しかし、村瀬さんは取り合ってくれなかった。
「不可抗力だ!田中さんが急に迫ってきて────」
「良かったですね、かわいい女の子から接吻されて。」
「だから違う!I'm not bad!!」
必死の弁明も取り入ってくれず、支部長室に到着してしまった。しかし、村瀬さんは支部長室の扉を開ける前にくるりと俺の方に向き直った。振り向いた衝撃で村瀬さんのサラサラしてふわっとした髪の毛の動きで、ほんの少しだけ女の子らしい良い香りを感じた。
「小さな女の子に迫られて鼻の下を伸ばすのは勝手ですけど、他の女の子にデレデレしないでくださいね。」
村瀬さんは俺にそう言って、部屋の扉を開けて支部長室の中へと入っていく。振り向きざまにふと視界に入った村瀬さんの横顔は、どこか赤面しているかのように見えた。しかし、達生は気の所為と思いあまり気にしなかった。
それよりも、今の彼女の言葉はどういう意味なのだろうか。まだ出会って数時間しか経っていない彼女から嫉妬された?いや、少し自意識過剰になっているだけかもしれない。それに、これから世界の真実とやらを聞きに行くんだ。村瀬さんと仲良くなりたいを建前にして下心で関わろうとしているだなんて思われたくないし、真剣にあの化け物が何なのか、村瀬さん達が何者なのかを知りたい。
これから知るであろう世界の真実と向き合う覚悟を決めて、俺は浅井さんと村瀬さんが待つ支部長室へと入っていく。