290-バカンス
「..........」
耳に届くのは、打ち寄せる波の音。
鼻腔をくすぐるのは、淡い潮の香り。
肌を日光が容赦なく突き刺し、僅かに涼しい風が吹く。
「エリアス、泳がないの?」
『ああ』
「せっかく海に来たのに....」
僕は今、海辺に置かれたビーチベッドの上に寝そべっている。
隣に立つのは、浮き輪装備のティニアだ。
泳げないのかとも思ったが、普通に海で遊ぶために付けているようだ。
『カニマは......いい所だな』
「でしょ? 私、よく休暇はここで過ごしてたんだ。」
『そういえば、女王だったか?』
「昔は、普通の女の子だったもの」
何があったのかは知らないが.....
少なくとも、思い出の地である事は確かなようだな。
ここはティニアのプライベートビーチであり、行ける筈もないのに長年維持費を払ってきたところを見ると、相当のお気に入りだったのだろう。
「エリアス、遊びましょうよ」
その時、エリスがやってくる。
花柄の水着を着ていて、とても似合っている。
『僕はいい』
「そんな事言わずに、ね?」
『....分かった』
エリスに言われれば仕方ない。
僕は砂浜を数歩歩き、波打ち際に足を踏み出す。
最初に海に来た時、懐かしい感覚に戸惑った。
きめ細かい砂が足の裏に触れ、予想外に冷たい海水が緩やかに足の上に登ってくる。
「新鮮だ」
『そうなのか?』
「うむ。吾輩の故郷に海はない」
『そうか.....』
ニトも楽しんでいるようで何よりだ。
僕は一気に海の中へと入り、深く深く潜る。
エリス達を置き去りにして、沖合の深度まで潜った。
目を開いたまま上を見て、光が静かに降り注ぐ海底で暫し滞在する。
ここまで来れるのは、アディナくらいのものだ。
そのアディナとはいうと、前世で見たようなリゾートの子供預り所のような場所で、キシナとニトのクローンたちを世話している。
テレビを見たり、お遊戯を.....という具合に。
海面に上がった僕は、体内に入った海水を吐き出す。
そのさなかに、エリスが泳いで近づいてくる。
「酷いじゃない、置いて行くなんて」
『悪かった、一人になりたくて』
「......そうね、ごめんなさい」
エリスは、アロウトを失ったことを僕が悲しんでいると思っているだろう。
だが、違う。
エリアスが......居なくなったことが寂しいだけだ。
死んだとは思いたくない。
彼女は僕を――――うわっ!?
『何をするんだ』
「水鉄砲よ、こうやると水が飛ぶの」
『はぁ.....仕方ない、報復だ』
僕は両手を合わせて海水を掬うと、エリスに向けて投げ飛ばす。
海水は掬った時より総量が遥かに少ない状態で、エリスの顔面に当たってはじけ飛ぶ。
きゅっと目をつぶった彼女は、半目でこちらを認識して水鉄砲で反撃してくる。
『くっ、ターボ・シールドでは防げないか』
周囲の水まで曲げてしまう。
仕方なく、海水を受けて後退する僕。
「あっ、そういえば」
『何だ?』
「私があげた水着、着なかったのね」
僕は自分の身体を見下ろす。
Ve’z基準の、若干サイズに余裕のある水着だ。
エリスのは....
『サイズが合わなかったんだ』
「.....どっちの?」
『胸』
この義体というより、エリアスに胸はない。
だから、エリスの水着はブカブカだ。
こう思ったら、彼女はどう思っただろうか?
興味深いが.....それももう叶わない。
「はっきり言うわね、気に入らないわ」
『どうも』
「気休めだけど、エリアスは可愛いわよ」
『....ああ』
僕もそう思う。
美を突き詰めたような顔であるのは間違いないだろう。
しかし、美しさとは何も均整だけにあるものではない。
綺麗な事を前提として、遊びや余裕、多少の汚点すら吞み込んで、それが美しさになる。
エリスの顔のように。
「....まじまじと見ないで、恥ずかしいじゃない」
『わ、悪い』
「私に夢中でよかったわ。次々別の女の子を連れ込むんだもの」
「駄目だった? ごめんね~」
その時、唐突に海中からティニアが顔を出す。
ティニアがここに居るなら、サーシャとニトはどうしたんだ?
そう思って砂浜に目を向けると、レジャーシートの上でサングラスを付けた二人が寝転がっていた。
日光浴中のようだ。
『...平和だな』
「そうね」
「そうだね!」
その時、沖合から強い風が吹き、僕らの前髪を揺らした。
水にたっぷり浸かった髪は揺れなかったが。
見上げた紺碧の空には、大きく、分厚く白い雲が浮かんでいた。
横から見れば、入道雲に見えるのだろうか。
大きすぎる物事は、あらゆる面から見なければ俯瞰できないことも多々ある。
それに気付けただけ、此度の生に意味はあったな....。
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