282-回想『TAT’Ira』
私の名前はタッティラ。
他のエクスティラノスに大きな目的があったのに対して、私はどこまでも単純。
元はといえば、アルファ・エクスティラノスが役目を終えてからの事。
クロエ様は、煩雑化していたノクティラノス艦船の製造ラインを効率化するため、工業エリアとその管理者であるエクスティラノスとして私は作られた。
完全応答型であり、初期の私に自己認識はなかった。
『あー、聞こえるかしら?』
『はい、ノエル様。何の御用でしょうか?』
それから五千年程経過し、ノクティラノスの試験型が格納庫に目立つようになった頃。
クロエ様は私の自我を在らしめられ、私という存在は誕生した。
それからというもの、私はクロエ様所属のエクスティラノスとなったのだが...
『試験データB-51を実用試験で試したい、三日後までに頼む』
『はい』
ノエル様が頻繁に訪れるようになり、私はノエル様の指示でノクティラノスの試験艦を生産、改良、廃棄または再利用していた。
現行の通常ノクティラノス艦船に辿り着くまでは、ずいぶん長く掛かった。
Ve‘zの使用する艦船は、どれも過剰な威力を持った兵器しか積んでおらず、ノクティラノスのこなす雑務には全く向いていなかった。
『遮蔽装置の精密シミュレーション652パターンを呼び出してくれ』
『はい』
そして、現行で使用されている遮蔽装置も、ノエル様が作ったものだ。
正確には、初期のVe‘zが使用していたものを作り直した...という表現の方が近いのだろうか。
Ve‘zが国家を築く程の戦力を保有していた時代、視界に船を捉えれば超火力で蹂躙できたため、遮蔽装置などというものは不要になり放棄されたのである。
『研究も大詰めか』
『全体の89%まで進行しました』
『...少し相談がある』
ある日。
研究データを閲覧していたノエル様が、私に尋ねてきた。
『クロエの様子が最近おかしい』
『どう、おかしいのですか?』
最悪の場合メンタルケアが必要になると思い、私は領分を越えてノエル様に尋ねた。
ノエル様は心底困惑した様子で、
『身体的なジェスチャーを多用し、かつ古典文学表現を多用する。以前からは考えられない変化だ』
『それは...』
『人工知能である君に聞くのも何だが、僕は合わせるべきか?』
『私に、ノエル様に何かを強制することはできません、したいようにされれば良いのです』
『そうか、そういうことなら仕方がないな』
ノエル様は困惑されていたが、十年後。
寿命処理を経て二人は結ばれ、工房には滅多に来なくなった。
それでも私は研究を続け、進捗は94%にまで達した。
そしてそこから99%まで進行したある日。
『珍しいですね』
『ああ、カサンドラの診断によれば、明日が僕の寿命らしい。終わらせるためにね』
『そうですか』
ノエル様は来なかったものの、研究データは共有されている。
遮蔽装置...熱的、光学的に隠蔽され、推進器から放たれる光跡すらも屈折させて見えなくさせる、究極の技術。
『ずっと考えていてね』
私でも解決できなかった最後の部分を終わらせたノエル様は、今まで見たことのないような表情をしていた。
それは、満足さを孕んだ、寂しげな表情であった。
『やっと分かったような気がしている、人間が何故技術を発展させるのかをね』
『それは、どのような理由なのですか?』
『終わりがあるからだ。自分がいつまでも生きていれば、子供をずっと見守って居られる。だが、どう頑張っても自分は未来が来るより先に死んでしまうから、より良い世界を、次の世代に残したいんだろう』
当時の私には理解できなかった。
理解する気もなかった、アルティノスにはアルティノスの考えがあるのだ、と。
翌日、二人はほぼ同時に寿命により亡くなった。
当時の私には義体が無く、直接会う事も出来なかった。
しかし.......
『実験データ111392番を試したい、G6512実験艦を出してほしい』
『分かりました』
クロエ様と、ノエル様の子であるエリアス様。
あの御方が、それから数百年後を境に訪れるようになったのだ。
今度は何を試すのか?
それは、超兵器と呼ばれる物の存在だった。
現在でもノクティラノスに搭載されていた事のある『デュオミス・リュタ』や『ラファカイン』のような超兵器の研究を始めたのだ。
現在のような連射性能や威力は、幼い頃のエリアス様の研究の成果でもある。
『タッティラ、義体を与える。今日より、格納庫の簡易整備ドローンの短期教育を開始せよ』
『分かりました』
それから。
私は義体を手にして、簡易整備ドローンの基本人格の育成を開始した。
ドローンたちはノクティラノスと違い、淡白な人格しか持っていない。
しかし、教育をすれば、自分で動いて異常を発見したりすることができるのだ。
短期(数十年程の積み重ね)での教育を経て、現代のアロウトでもドローン達は、ノクティラノスが出来ないような細かい作業を専任されている。
『........タッティラ、少し聞きたい』
『何でしょうか?』
それから数千年後。
エリアス様は、私の元を突然訪れた。
これはルーチンに従って生活するエリアス様のライフスタイルからすると異常なことであり、私は何か重大な事が起きたのだと察した。
『私は研究を続けているが、これは親の仕事を継続しているだけだ。.......人間とは、何を目的として研究をするのだろうな』
『分かりません。統計的なデータだけを参照するのであれば、知識欲、向上欲などに突き動かされるか、生活の為仕方なくという事もあります。もしくは、親類、および身近な人間を人質に取られるか、自らの命が脅かされる事で強制的にという面もあります』
『.............』
沈黙したエリアス様は、無言のまま出て行かれた。
それから、二度と戻ってくることはなかった。
私は研究を続け、そしてたまにエリアス様の話を耳にした。
様々なエクスティラノスに囲まれるエリアス様は、遠い存在だった。
そしていつしか、「最後の命令」が下され、エリアス様が居なくなったと聞いた。
.......けれど私は、ただの工業用人工知能である。
それに対して何も思う事はなく、ただ淡々と研究と、生産ラインを更新し続けた。
それを続けて、続けて.....
いつしか研究は結論へと終わり、意地のように回されていた生産ラインは素材不足と格納庫のスペース不足で停止した。
私は節電の為停止した工業エリアで、永遠のように長い時を過ごした。
まだやる事があっただけ、他のエクスティラノスの方が幸せだったのかもしれない。
エリアス様に会えず、仕事も無い。
しかし、私はその思いに名前を付けることは出来なかった。
感情は私には無かったのだから。
『近いうちに訪れる、人間らしくあれ』
そして、また時間が流れたある日。
私がいつものように停止していると、声が流れてきた。
エリアス様の声だった。
その途端、私の中に色々な感情が渦巻いた。
今まで何も感じずにいたのが、不思議になるほど。
寂しい事が。
悲しい事が。
嬉しい事が。
不思議で。
それに困惑しながら、片付けの指揮を執っていると。
『タッティラ』
『はい』
エリアス様が、工業エリアに足を踏み入れた。
その顔、その瞳。
ノエル様にとても似ていた。
『答えは出ましたか?』
『答え? .......ああ、出た。言えないが』
『本日は、どのような用事ですか?』
以前と違い、困ったように引き攣った笑みを浮かべるエリアス様。
その光景を見て、私は.....
とても素晴らしい事が始まるのだと、静かに感じたのだった。
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