272-神の如き力
庭園に降り立ったエリアスは、そこで飛び込んできたシンとの鍔迫り合いに持ち込まれた。
カルは加勢せず、壁に隠れていた。
キネス残量が少ない以上は、妹の回復に専念するための特攻であると分かる。
エリアスは一切動かず、触手のみでシンを相手取る。
シンはパワーアーマーで武装しているが、持久力がカルに比べてはるかに劣る事を、今までの戦いでエリアスが察していた。
いずれ疲弊し、カルが飛び込んでくる。
そう察していたからこその、攻勢であった。
だが。
そんな事は、シンも承知している。
相手の賢さを侮るほど、彼も傲慢ではないからだ。
ビットも失い、キネスの力も切れかけている。
そんな状態でも、彼には切り札がある。
「なぁ、兄さん」
『どうした?』
そして、唐突に。
距離を取ったシンが、エリアスに尋ねた。
「........もしお前が生きてたら、俺たち幸せでいられたか?」
『愚問だ、全ては結果の果てにある。”もしも”を問うのは愚者だけだ....僕が思うに、お前は愚者ではないように見えるがな』
「そうか、ありがとう」
シンはそう言うと、地面に何かを投げつけた。
それは動作を認識して起爆、エリアスとシン自身を巻き込んでその効果を明らかにした。
『これは......!?』
「逃がさない」
位相置換で逃げようとしたエリアスを、シンが消滅のキネスで捕まえる。
A.O.I.(インドラの矢)と呼ばれたその弾頭の爆発が、庭園の中央部を飲み込んだ。
光の中で、エリアスは硬直していた。
空間全体を埋め尽くすような爆風を前にして、どうすればよいか判断に迷っていたのだ。
『――――キネスニュートラライザーを使うのだ!』
『あ、ああ!』
存在を忘れていたソレ。
調和のキネスを兵器に転用し、周囲の熱量をプラス、マイナスに関わらず0へと戻す驚異の業。
放たれたそれは、爆風を「なかった事」にし、膝を突くシンと、立ち続けるエリアスがそこに在った。
『随分と派手な抵抗だ』
「...........そうか」
触手が猛然とシンへと襲い掛かる。
その寸前、雷光が駆け抜けた。
我慢できなくなったカルが、介入したのだ。
「お兄ちゃんは、私が守る!」
「流歌! 片腕だけで勝てる相手ではない! キネスの回復を.....」
「要らない!」
直後。
雷や炎が吹き荒れる。
巻き起こるはずのない風が、カルの全身を翻らせる。
仮面にヒビが入り、割れて床に落ちる。
エリアスは、仮面の下の顔に直面することとなった。
整った顔だ。
まるで、神がパーツを一つずつ選び取ったかのように。
そして、その黒い瞳は、視えない炎を宿していた。
「お兄ちゃんは私を見捨てないって! 絶対見捨てないって、言ったんだから! 私だけ、何もしないなんて――――馬鹿げてる!」
『―――ッ!』
そして、エリアスが我に返ったその瞬間。
数メートル吹っ飛ぶことになった。
続けて触手を放とうとするが、次の一秒が過ぎる頃には時間が止まっていた。
宇宙全体の停止。
力を解き放っただけで、カルはそれだけのことをして見せた。
時間が動き出したとき、カルは急速に疲弊し、触手はすべて失われていた。
『かはっ.....!』
エリアスは膝を突く。
触手の修復が間に合わず、肉体の損傷も激しい。
最早傷を治すのではなく、塞ぐので精一杯であった。
『何だ.....その力は......?』
既存のキネスではありえない。
そもそも、キネスとは人工の神の一部であり、現象を起こす回路が引き起こす異能でしかないのだ。
このようにして万能を齎すのは、キネスの性質に反していた。
そう――――まるで、”神がそこにいるような”。
「お兄ちゃんを守る、キネスだよ」
『違う、それはキネスではない....!』
「うるさい!」
直後、音が消えた。
エリアスは困惑する。
これでは神そのものではないか。
神が操り糸を切った。
初めて、エリアスは一歩退いた。
それは無意識からであった。
恐れ。
恐怖だ。
少なくともキネスには、理論があった。
だが、目の前の化け物に、理論の裏打ちはない。
「お兄ちゃんを、守る......私は、そのためにッ!!」
『く!』
稲妻の槍が突き抜けた。
エリアスはそれを、調和のキネスで無力化しようとして失敗する。
その体を稲妻が突き抜け、吹き飛ばした――――――――
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