270-たった一つの夢
私はずっと、何かを追い求めていた。
それが何か、今ならよくわかる。
私は.........人間らしさを、人とVe‘zの違いを探し求めていたのだ。
そこに、自らを縛る柵からの救いがあると信じて。
『永遠に続く幸福』
それこそが、私の命題。
願いを成せず、死んで行った多くのVe’z人の為、私は教育措置を終えてからすぐに研究に取り掛かった。
けれど、すぐに壁にぶつかる事になった。
Ve‘zは進化の壁に当たっており、私に出来ることは殆どなかったのだ。
それでも、諦めることは私の人生を無意味にすることだと、私は妄執に取り憑かれた。
『メッティーラ、楽しいのか?』
そんな無意味な問いを、まだ幼かった私は人工知能に尋ねた。
私の父親が生み出した、アロウト防衛用のエクスティラノス。
無意味で無価値な積み重ねに、人工知能は何を見出すのだろう?
私は、それが不思議でたまらなかった。
繰り返しに疑問を持つのは、決まって人間だけ。
アルティノスである私もまた、それから逃れることはできなかった。
それより以前、グレゴルに同じように尋ねたことを思い出す。
『楽しいか、ですか?』
『そうだ』
『無意味な問いです、エクスティラノスには定められた規律があり、楽譜の通りに楽器を弾くように、それを外れる事に大して異常だとは思いません』
エクスティラノス達は、引かれたレールの上を何度でも、何度でも走る事が出来る。
だが、それでは駄目なのだ。
それは停滞と思考停止である。
私が求めているのは、充足感と........そう、考えた時に気付いた。
幸福とはなんだ、と。
生物の欲求がすべて満たされている状態、それが幸福なのか? と。
であれば、日常の僅かな満足の中にあるこの温かさは何なのだ?
だが、答えを聞こうにも......その答えを知っているものは、アロウトには居ない。
外には人間がいるが、このような高度な問いに答えられるとも思えなかった。
『人間を知らなければ』
私では無理だが、エクスティラノス達に任せればよい事だ。
最初はケイトリンを創り、試した。
しかし、あまり成果は上がらなかった。
ヒトを統率するという王について学習させれば、ヒトが望む幸せというモノが自然と見えてくると思えたのだが......上手く行かなかった。
厳格に定められたルールは儀式的なものであり、前提である文化を完全に理解する必要があったものの、その中には私には理解に苦しむものがいくつかあり、ただ困惑して終わるだけであった。
次に、私は人間の中にある道化の存在に目を付けた。
滑稽であろうとするには、人間の感情についての秘密が眠っているはずだと。
だが.....期待外れだった。
人格を模倣しただけでは、期待通りの成果は得られなかった。
私は次に移らざるを得ず、今度はナルに研究を託すことにした。
『人を従えるための術を模索せよ』
ならば、私が国家を創り、ナルに従えさせればいいではないか。
人間は動物を飼育すると聞いたが、無論違う種類の生物を飼育するのには、容積の小さい頭脳しか持たない人類には困難なことだったはずだ。
長く寄り添い、その特徴から学んでいく。
そうするはずだったのだが.......
ナルは失敗した。
人間共は蜂起し、仕方なく惑星を焼いた。
数十代前の管理者のお気に入りの惑星だったそうだが、今では責任を問うのも詮無い事だ。
『どうすればいい......?』
考えに考えた。
一度座って考えれば、一瞬のうちに数十年が過ぎ去った。
幾度も思考を巡らせた。
けれど。
けれど。
『分からない.....』
人間とはなんだ?
生命とは?
幸福とは?
何故、永遠の幸福はVe’z人類を死に追いやったのか?
私では、到底理解できない事だった。
そして、ある日。
『もう、終わるべきか』
私はついに、大量死の原因を理解した。
それは諦めだった。
解決プロセスを導き出せないスクリプトが停止するように、私は諦めたのだ。
そして、クローンの意識転送システムをわざと書き換え、永遠に続く回生を断ち切った。
不思議な事が起きた。
私は永久に続く眠りに入ったつもりだったが、私の身体に別の誰かが入り、動き始めたのだ。
最初は、情けない人間だと思った。
アロウトに踏み入る事すら許されないような、世界の全てを非効率に運用する人間。
だが、彼が来てから.....全てが変わった。
設定された人格をなぞるだけだったエクスティラノス達が、感情豊かに動き、語り、そして主の意を超えた行動までとり始めた。
それはまるで......”人間”のようだった。
アラタと共に在ったことで、私も人間について学ぶことが出来た。
『アラタ、君はなぜ――――幸せなのか?』
ある日、私は愚かな質問をした。
それが愚かだと、言ってから気付いた。
そして、そう思ったことに驚いた。
だが、アラタは真面目に答えた。
『何もかもが満たされている。だが.....人間はそれだけではだめだ。一人で完結できる人間は、結局存在しないんだろう。家族、友人.....時には敵だって良い。自分の価値観と違う、対話できる存在がいる事。それが幸せの前提だと、僕は思う』
『理解不能だ、対話であればエクスティラノスとも可能だ』
『彼らは人間ではない』
『人間のようであれば、充分だろう』
『人間には、人間にしかない温かさがあると.....少なくとも僕は思う』
とんとん拍子に、事が進んでいく。
アロウトに滞在する人間は少しずつ増え、外部との交流も僅かながら始まった。
ケルビスが、茶や果実を栽培し始めたことに、僕は驚きを隠せなかった。
アラタを通じて伝わってくる、知らない感覚。
味や風味、香り。
同じだと思っていたものが、実は全く違うのだ。
効率だけを重視して、毎日摂っていたエネルギーブロックが、今では非常食以下の存在になっていた。
これが.......人間。
『分かった』
ようやく。
ようやく理解した。
感情。
感覚。
嗅覚。
味覚。
触覚。
聴覚。
哲学。
そして.......交友。
私たちが、不要と判断して切り捨ててきたものの全てが、幸福そのものだったのだ。
ある時一度、本物の痛覚を体感してみたこともあった。
その時、私はある考えに至った。
青白く光る体液が流れ出すのを見て、私は初めて願いを抱いた。
『人として生きる』
それは、かつて両親が選んだ選択。
人の寿命で、限られた時間を、限られた幸福を享受したい。
無論、幸福だけではない。
そこには悲しみ、悔しさ、悩み、苦しみがあるはずだ。
だが、それが人間の生きる時間なのだ。
その全てを受け入れて、私は生きたい。
意識が消え、どこにも保存されない『死』を。
味わいたい、と。
↓小説家になろう 勝手にランキング投票お願いします。




