只今、悪役令嬢攻略中です。なお、最近ではツッコミ役にシフトチェンジの兆しあり。……たまに見せるデレが最高です。
最後まで読んでくださると幸いです。
『おーほっほっほ!わたくしと庶民のあなたでは立場が違うの。せっかく教えて差し上げたのにまだ理解なさってないの?』
悪役令嬢は傲慢な性格である。
『あら?ごめんあそばせ。田舎くさいと思ったらあなたでしたの?気が付きませんでしたわ』
悪役令嬢は主人公をぞんざいに扱う存在である。
『わたくし、何も悪いことをしておりませんわ。わたくしはこの国を思ってやっただけのこと。何がいけませんの?……殿下、そんな庶民に惚れてしまうとは……なんともお可哀想』
悪役令嬢はプライドが高く、己の信念を曲げない強い意志がある。
『殿下、愛しておりましたわ。どうか、そこにいる庶民と末長くお幸せに……わたくしはあなたの幸せを心より願っておりますわ』
だが、ほとんどの人が知らない。悪役令嬢は相手を想う一途な気持ちがある孤高の存在であると。
僕はそんなバッドエンドしかない悪役令嬢という存在をかっこいいと思う。
決してユーザーからは評価されることのない嫌われ者。
主人公を際立たせるための当て馬、都合の良い扱いをされて物語が終われば捨てられる存在。
だが、僕はそんな悪役令嬢の大ファンである。
僕が乙女ゲームをしたきっかけは些細なことであった。
当時高校生だった僕は歳の離れた妹に誘われて一緒にプレイをした。
「……まじ最高。カッコよすぎだろ」
「ね!言ったでしょ!お兄ちゃんも好きになると思ったわ!」
「ああ。特に物語の最後、断罪イベントがよかった。セリフが毎回違うんだもん」
「でしょでしょ!お兄ちゃん誰のルートが好きだった?」
「どれも捨て難いが……やっぱり第三王子アレンルートだなぁ。……あの最後まで己を曲げない気高さ……いやぁ、カッコよかった」
「……え?なんの話してるの?」
「悪役令嬢アンネローゼの姿はまじ尊敬するわ」
「え?」
「え?」
「お兄ちゃん……頭大丈夫?」
妹の冷めた視線と純粋に出た言葉が心にぐさっとくるも、妹とプレイした乙女ゲームの悪役令嬢に感じたのは尊敬だろう。
縦ロールの入った長い金髪に吊り目のサファイアのように綺麗な青い目。赤色の派手なドレスを好んで着るがその可憐な容姿は派手なドレスも自分を引き立てるための一部にしてしまう。
悪役には花があるという言葉はまさにアンネローゼのことを示すのだろうと僕は思う。
僕は妹とゲームをした後、どうにか救済ルートを探したが、見つからなかった。
どのルートも最終的に追放か田舎の貧乏男爵家に嫁いで終わるという。
僕はいろんな攻略対象たちのルートをこなして何か別手段がないかと模索したがなかったのだ。
だが、プレイをするたびにアンネローゼの存在が物語において、いかに大切な存在であるか……アンネローゼがいたから他のキャラの存在が際立っていたと言っても過言ではないと……シナリオを周回するたびに思い知らされていった。
アンネローゼなしにシナリオは成り立たない。
だからこそ、惜しいと思った。
こんな素晴らしいキャラを攻略出来ないのかと。
幸せになるルートくらい用意してもいいんじゃないかって。
主人公と悪役令嬢が和解する友情ルートくらい用意したっていいんじゃないかって。
「……そんなことを思っていたけど、まさか本当にチャンスが来るとは」
そう思っていた時期はあった。
思い続け、二次小説を書いてしまうくらいリスペクトしていたが……チャンスが来るなんて思わなかった。
簡潔に言おう。
僕は……転生というものをしたらしい。
「セシル=ハーヴェスト?」
自分の記憶を頼りに鏡を見るとそこには幼いながらも黒髪黒目で将来美形を約束された容姿。
僕はおそらく……物語に登場しないモブキャラかな?
こんな容姿、名前のキャラ見たことないし。
立ち位置はハーヴェスト王国第二王子、攻略対象にいる第三王子の一つ上か。
乙女ゲーム「ときめくシンデレラ〜恋する乙女と4人の貴公子〜」において全てのルートを攻略したが……名前も出てこない。
第二王子は他国に留学しているという設定があった気がするが。
……まぁ、気にしたってしょうがないか。
転生しちゃったものはしょうがない。
今は喜ぶべきだろう。
調べた限り、アンネローゼは誰とも婚約をしていなかった。
アンネローゼはリンデンソワール公爵家の娘だったな。
僕の立場もあるし、国王である父上に相談したら婚約できるかなぁ?
でも、婚約って政略になるだろうし、家同士の事情も気にしなきゃいけないし……どうしたものかなぁ。
と、婚約は難しいかもと思っていたものの。
王宮を出歩いていたら、たまたま父親の公務の付き添いで来ていたアンネローゼと居合わせることができた。
時間があるから少し話をしたら盛り上がってしまい。
「ーーだから、その分からず屋の使用人に教えて差し上げたのですわ。あなたはお茶一つ入れられないのかって」
「それは大変だったね」
「やはり、そうですわよね。わたくし間違っいませんわよね?」
僕は11歳、アンネローゼは10歳。
今は新入りのメイドがお茶を入れる作法がおかしいと指摘した時の話をしている。
話を聞いていて、彼女は正しい発言をしているのだが、上から目線な言い回しで誤解を招き周りから良い印象はないようだ。
近くで控えている4人の内一人、赤髪の女性がアンネローゼの言動にビクビクしている。
もしかして今話しているのは彼女のことだろうか?わかってて言っているのか?
「だから、言って差し上げたのですわ。次同じことをしたらお父様に頼んでクビにしてやると」
アンネローゼの話を聞いてふと、再び赤髪のメイドに視線を向けると……顔を青くしていた。
あ、間違いないな。
まだ、アンネローゼは幼い。
自分の言葉の重みを理解していないのかもしれない。
「確かにその使用人が悪いね」
「そうなんです!このことを一度お父様にお話したのですが、もう一度チャンスを与えてやってほしいと言われたのです。……理解できませんわ」
彼女はまっすぐすぎる性格ゆえに間違ったことは間違っているとはっきりいうタイプ……融通が効かないらしい。
しかも、僕が肯定したらアンネローゼは少し赤髪のメイドに視線を向けながらフッと笑っていた。
……わざとなんだなぁ。なんともまぁ、子供らしい。ま、実際子供なんだけどね。
でも、このままだとアンネローゼの未来はバッドエンドしかない。
……僕がすべきは彼女が良い方向に考えてもらえるように促してみよう。
「僕の意見だけど……いいかな?」
「……どうぞ」
仕方なく聞いてあげよう……みたいに思われているのかも知らないな。
アンネローゼは少し不機嫌になるが、立場は僕の方が上なのは分かっているらしい。
「君にとって使用人って……どういう存在かな?」
「……どういう存在と聞かれましても。……屋敷の掃除……雑用をする人……ですわね」
「そうだね。いつも屋敷の掃除や身の回りの世話をしてくれている」
「……何がおっしゃいたいんですの?」
「使用人は君が住んでいる屋敷を維持する、公爵閣下が仕事をするために働いてくれている。いわば陰で公爵家を支えてくれている重要な人たちと僕は思うんだ」
「変わった考えをしておりますわね。そんなの誰にも指摘されたことないですわ」
「そうかな?」
少しは共感してくれたようだ。
「使用人たちが、身の回りのことをしてくれるから自分のすべきことに集中できているということを君のお父上はわかって欲しかったのかもね」
「……」
アンネローゼは俯いて黙り込んでしまった。
少し言いすぎたか?
多分それをわかって欲しくてアンネローゼ父は言ったんだと思う。
「……素晴らしいお考えですわ」
「……え?」
「殿下は上に立つものとしての素晴らしいお考えを持っておりますわ!」
「そ……そうかな?」
少し興奮気味のアンネローゼかわいい。
「わたくしも殿下のようになりたいですわね。……どうすれば良いでしょうか?」
「ええっと……そうだなぁ」
急にアドバイス求められても困る。
僕は少し考えたから話した。
「まずはその……クビにするって言ったメイドと良好な関係を築くことから始めたらどうかな?」
「なぜですの?」
「ほら……やっぱり、そういうのは小さいことの積み重ねだから。一つのことからコツコツと……みたいな感じかな?挨拶をしてみるとか……どうだろうか?」
「……なるほど。参考になりますわ。ありがとうございます殿下。早速試してみますわね」
そう言って、アンネローゼはご機嫌のまま立ち去ってしまった。
良い方向に考えてくれたようで安心した。
これは後日談だが、僕と会った後のアンネローゼの使用人への態度は変わったという。
もちろん良い方向へと。
この一件がきっかけだったのだろう。
アンネローゼと僕は婚約することになったのだった。
アンネローゼと婚約した僕の人生は華色であった。
見える景色が変わったと言うべきだろう。
僕は乙女ゲームでのアンネローゼしか知らないので、関わるたびに新たな一面を知れるのでとても嬉しい。
今日は定期的なお茶会。
今日はどんな話をしてくれるのだろう?
「殿下!聞いてください!」
「どうかしたのかい?」
「実はわたくしにお友達がいっぱいできましたの!」
「それは良かったね。それで、どんな話をしたんだい?」
アンネローゼは10歳で貴族デビューをした。
話の内容をざっくりまとめると取り巻きが出来たということ。
「そうですわねぇ……わたくしは最も王妃に相応しいとか……わたくしにはこの人は相応しくないとか……わたくしと同じ趣味だから今度ご一緒にお茶をしたいとかですわね」
「へぇ」
あ、これ絶対取り入ろうとしているやつだよ。
うーん……どう言ったものか。
このまま放っておいたら彼女の周りは綺麗事だけ並べる連中しかいなくなるかも。
僕としては信頼をおける友人を作って欲しいものだけど。
「アンネローゼ嬢のお友達か…是非会ってみたいな。もうすぐリンデンソワール家主催のパーティがあったよね?是非紹介して欲しいな」
「わかりましたわ!」
過保護すぎかもしれないけどアンネローゼのためだ。
結果は言うまでもなく、ただ取り入ろうとしただけであった。
話を合わせようと少しアンネローゼの趣味をかじった素人に毛が生えた程度の人ばかり。
話していてガーデニングやお菓子作りなど趣味の話になっても盛り上がり始まる前にほとんどの人が話についていけず、場が白けてしまっていた。
「殿下……お友達ってなんなのでしょう?」
そして、お色直しのため、パーティ会場から離れたのだが、アンネローゼは悲しそうな表情でそう言った。
なんと返せばいいのか。
なんと声をかけるべきか。
「友達って言われてなるものじゃないから難しいんだよね」
悩んな結果、僕は彼女が成長するための言葉を言った。慰めたところで彼女のためにはならないと思ったからだ。
「僕らは立場上、いろんな人と付き合っていかなければいけない。……まだ君は貴族としてデビューしたばかり。これから多くの人と関わる。その中でこの人と仲良くなりたい……そう思える人が現れるさ」
「……殿下」
僕もアドバイスを送れるような立場ではないものの、少しでも気が安らげばと思った。
だが、その心配はすぐになくなる。
「アンネローゼ様、よ……よろしければ今度ガーデニングについて詳しく教えてくださいませんか?じ…実は…私も庭を作っておりまして。是非とも……その」
確かこの子は伯爵位の息女、ルビス=クラウトだったか。
癖のない茶髪を肩で切り揃えている、どこか小動物みたいだ。
デビューしたばかりなのか、かなり緊張している。
アンネローゼも少し戸惑っていたものの、すぐに意気投合していった。
何の肥料を使っているか、この春には何の植物を植える予定かなど、今までの知識をかじっただけの令嬢たちと比べ物にならなかった。
だが、あまり長時間話しているわけにはいかず。
「二人とも、時間」
「あ……殿下申し訳ありません」
「も、申し訳ありません」
二人とも話に夢中だったらしい。
僕の指摘でやっと思い出したようだ。
……話を遮ってごめんね。だから、二人とも、そんなにしょぼんとするのはやめて欲しい。
忘れているようだけど、ここパーティ会場だよ。それにまだ挨拶しなきゃいけない人も残っている。
でも、このままじゃ可哀想なわけで。
「今度二人でお茶会をしたら?……庭を見せ合うのもいいんじゃないかな?」
「……それですわ!ルビス様よろしいですか?!」
「は…はい。よろしくお願いします」
僕が提案するとアンネローゼはルビス嬢の手を両手で掴み笑顔でそう言った。
ルビス嬢は戸惑っているものの嬉しそうだ。
殿下!やりました!とチラチラ視線を向けているアンネローゼだったけど。……だけどねぇ。
「アンネローゼ嬢、嬉しいのはわかるけど少し静かにね」
「はう……も…申し訳ありませんわ」
あ、かわいい。
顔真っ赤にして……だけど嬉しそうにニヤニヤしていた。
乙女ゲームではルビスというキャラはいなかった。モブ令嬢なのだろう。
それでも乙女ゲームのアンネローゼには仲の良い友人の存在はいなかった。
シナリオブレイクしてしまったけど今更だな。
……だって。
「……楽しみですわ」
こんなにも嬉しそうにしているのだから。
この日以降もアンネローゼとルビス嬢の交流は続き、親友同士となった。
その後もアンネローゼは公爵令嬢として、僕の婚約者として頻繁にパーティに出席した。
このタイミングで王子妃教育も始まった。
成長するに連れてアンネローゼは落ち着いた性格になり、大人の女性になっていった。
だが、全てが順風満帆にいったわけではなかった。
アンネローゼは公爵令嬢として、僕の婚約者として完璧な振る舞いをしていた。
だが、そんな彼女にも一度だけ問題を起こしたことがあった。
問題を起こしたというよりも突っ込んだと表現した方が正しいのかもしれない。
それは13歳となったアンネローゼと参加したとあるパーティで起こった。
この時、僕とアンネローゼは挨拶が落ち着き次第、友人たちと談話するために離れていた。
それが悪かったのかもしれない。
「も…申し訳ありません!」
「この使用人不在が!この俺の正装を汚しおって!」
パーティ会場で飲み物を運んでいた使用人が侯爵閣下に飲み物をかけてしまい、汚してしまった。
使用人の女性はその場で頭を下げている。
だが、悪いのはどう考えても侯爵閣下の方だ。身振り手振りで自分の武勇伝を話しているうちに体勢を崩して女性にぶつかってしまったのだ。
「これは何の騒ぎですの」
パーティの雰囲気は最悪だ。アンネローゼは公爵令嬢として見過ごすわけにはいかなかったのだ。
僕は問題が起こった現場とは少し離れていたせいで出遅れてしまった。
騒ぎが大きくなってようやく気がついたんだ。
「何って……今からこの使用人に罰を与えようとしていたんだが?」
「わたくしは一部始終を見ておりましたが、あなたの不注意が原因ではなくて?」
「は?何を言っているのか理解できませんねぇ。こいつが飲み物を運んでいたのが悪いのではありませんか?使用人の代わりはいくらでもいますので、こんな無能即刻クビにしてやろうかと思いまして」
言い分がめちゃくちゃだ。
自分が悪いと指摘されても認めることなく自分が正しいと肯定する。
……くそ、もう少し気づくのが早ければ。
僕は友人たちに断りを入れて急ぎ仲裁に向かう。
「使用人不在?……なんともまぁ、愚かな考えだこと。あなたがどのような生活をしているか存じませんが、わたくしたち貴族が何不自由なく生活できているのは誰のおかげかご存知ないのですか?彼女ら使用人の方が陰で支えてくれているからですのよ?」
「……なんだと?」
ああ!火に油を注がないでよ!
なんで煽るようなことをするの!
めっちゃ怒ってるじゃん!
間違ってないけど、せめて僕がくるまで待ってよ!
早く止めないと。
「侯爵閣下、どうかこの場は僕の顔に免じて許して貰えないだろうか?」
「殿下!何をおっしゃってーー」
「アンネローゼ嬢、ここは僕に任せてもらえるかな?」
「……はい」
とりあえずアンネローゼには悪いが、この場は早く解決させてもらう。
これ以上の事を大きくするのはまずい。
「いや…しかしですね」
「では、僕の権限でそこにいる使用人はクビにさせる。それにーー」
僕は周囲に視線を配らせ侯爵閣下に現状を伝える。
これ以上悪態をつく気か?……そう意味を込めて。
その視線に気がつき、周囲を見渡す侯爵閣下。
「……わかりました」
「ありがとう、僕は一度失礼するよ。婚約者と話がしたいからね」
そう言って僕はアンネローゼと謝罪していた使用人を連れて会場を後にした。
アンネローゼには個室で待ってもらい、顔を青くしていた使用人は今日の件の謝罪と別の雇い先を用意することを伝えた。
「ご迷惑をかけて申し訳ありませんでした」
「いや、君も災難だったね。とにかく今後の衣食住は保証するからそんなに気にする事はない。今日はゆっくりと休むといい」
「はい」
顔色は少し悪かったが、安堵しているようだった。
事が大きくならなくてよかったよ。もしも僕がいなきゃどうなっていたか。
アンネローゼと少し真剣に話さなくてはな。
「殿下!どういうおつもりですか!わたくし何か間違っておりましたか!?」
アンネローゼが待つ部屋に入った瞬間、席を立ち詰め寄られる。
僕はそんなアンネローゼに少し怒りを感じた。
「アンネローゼ嬢、君は間違った行動をしたよ」
「え……な、どこが間違っていたというのですか!……使用人を大切にしろと……そう言ったのは殿下ではーー」
「そういうことを言っているんじゃないよ」
ああ……やっぱりわかっていない。
僕がこんなに怒りを感じるのは初めてかもしれない。
「あの時、僕がいなかったらどうなっていたかわかるかい?もしかしたらあの男は君に手を出していたかもしれないんだよ」
「……それはありませんわ。わたくしは殿下の婚約者ですもの」
「あの男は素行が悪いことで有名なんだ。昔、怒りに任せて女性を暴行をした、そんな噂もあるくらいにね」
「……そ…それは本当ですの?」
「ああ。思い出してごらん。君が注意している時のあの男の表情を」
アンネローゼは僕の言葉に冷静になったのか、パーティでの一件を思い返す。
僕の発言の可能性が拭いきれないのか、少し顔が青くなり、体が震えだす。
僕は震えているアンネローゼを抱きしめる。
「君のまっすぐな正義感は美徳だろう。そのおかげであの使用人は助けられた。でもね。その後先考えない行動で僕がどれほど焦ったか……不安だったか」
「……心配をおかけして申し訳ありませんでした」
「もう少し自分の身を大切にしてほしい。本当に無事でよかった」
その言葉を聞いてやっと怒りが鎮まる。
アンネローゼは静かに僕の胸で泣いていた。
僕はそんな彼女の背中を優しく摩ってあげた。
その後落ち着き次第会場に戻ったのだった。
きっかけはどうあれ、僕とアンネローゼの距離はグッと縮まった。
僕はロゼと、アンネローゼはセシルとお互いを呼ぶようになった。
ちなみに問題を起こした侯爵閣下には別途で罰を与えた。
どんな内容かは秘密だ。
ただ、僕のロゼを怖がらせた罪は重いよ。
しっかり反省してもらわなきゃ。
それから2年が経過した。
僕は16歳、アンネローゼは15歳になった。
今日は貴族学院の入学式だ。
僕はアンネローゼより一つ年上なため、一年早く入学した。
貴族学院は全寮制、手紙でやりとりはしていたものの、会うのは実質一年ぶりくらいだ。
僕は彼女といち早く会いたいがため、入学式の準備をいち早く終わらせ、目立たぬように物陰に隠れて待機をしている。
僕は木陰から想い人が来るのを待ち続けた。
「お、……来たかな」
学院の門の前に豪華な作りのリンデンソワール公爵家の紋章のある馬車が到着した。
馬車の扉が開き、赤髪の女性がエスコートして、待ちに待った貴族学院の制服を着た彼女が降りてくる。
赤髪の女性、名をマーサと言う。
マーサは僕とアンネローゼが始めて会った時に顔を青ざめていたメイドだ。
今は侍女の立場にいる。
僕とアンネローゼが初めて会った日以降、アンネローゼはマーサによく指導をしたとのことだ。
お茶の淹れ方を教え始めたらマーサは飲み込みが早く優秀であった。
アンネローゼもマーサを気に入り、一介の使用人であったマーサは侍女になるという出世をしたのだ。
今では気のおける存在らしい。
……あれ?どうしたのだろうか?アンネローゼの元気がないように見えるが。
とりあえず、僕はなるべく気配を消してアンネローゼに近づき声をかける。
「やぁ!ロゼ、久しぶりだね」
「ひゃあああ!って、セシル様!?」
お、いい反応だ。
5年の付き合いになるが、アンネローゼは反応が面白い。最近だと少しツンが出てきたけど、そこが可愛い。
だから、たまにこういう悪戯をしたくなる。
「どうしたんだい?そんな大声出して」
「誰のせいです!誰の!……せっかく……」
アンネローゼは話す後半から声が小さくなっていき、聞こえない
「ごめん、なに?」
「なんでもございません!……それよりセシル様はなぜこんなところにおられるのでしょう?……入学式の準備で忙しいため、会う約束は式の後となっておりましたが?……生徒会としてのお仕事を全うできないなんて王族として恥ずべきことでは?」
まぁ、確かにその疑問は仕方ないな。
でも、しょうがないじゃないか。
「ロゼをエスコートするためにここにいるんだけど?……おかしいかな」
「そう言うことを言っているのではありません!あなたには嫌味というのがわからないのですの?」
「いや、別に生徒会の人には許可もらっているし、大丈夫だけど」
「……もういいです。……初めからそう言ってくださいませ」
「悪かったよ。照れるロゼを見たくついね。手紙では書かなかったんだよ」
アンネローゼはイタズラすると必ず突っ込んでくれる。
悪役令嬢からツッコミ役の兆しが見え始めている。
僕がこんなことを思っていること関係なく、アンネローゼによる指摘は続く。
「事前の連絡するべきですわ!これだから周りから陰口を言われーー」
「お嬢様」
アンネローゼと話している途中、後ろに控えているマーサに話を遮られる。
本来なら侍女の立場のマーサがするのは失礼にあたるのだが、今は僕たち3人だけ。
アンネローゼも許してあることだ。
「何かしらマーサ。もしかして式までの時間かしら?」
「いえ……そういうわけではないのですが」
「もう……私たちだけの時は気を使わなくてよろしくてよ。それで、何が言いたいの?」
マーサはアンネローゼに許可を得る形で話し始める。
この時、口元が緩んでいた。
あ、もしかして爆弾投下してくれる流れかな?
「お嬢様、もう少し素直になられたらどうですか?お嬢様は殿下と会うのを楽しみにしておりましたし、会場までエスコートをいただけないと知った時、ショックを受けられていたではありませんか?」
「ちょ!マーサ!何を言ってーー」
「馬車から降りた時も、寂しそうにしていましたし」
へぇ。こりゃいいことを聞いた。
まぁ、反応から予想出来ていたけど。
マーサ!ナイス!
「へぇ。そうなんだ。入学式の準備頑張った甲斐があったよ」
「……マーサ?」
「私もこのようなことはしたくなかったのです。ですが、殿下からの命令で仕方なかったのです」
「あなたの主人はわたくしですわよね?なぜセシル様を優先したのかしら?」
「お嬢様が意地を張って素直になられないからではないですか?」
「……え?おかしくありません?わたくしが悪いんですの?」
アンネローゼの質問に堂々と答えるマーサ。
いい主従関係だなと思う。
そう二人を見ていると、マーサが手元の時計を見て話かけてくる。
「あ、もうお時間ですよお嬢様。では、私の役目はここまでなので、失礼しますね。セシル殿下、お嬢様をよろしくお願いいたします」
すると、マーサはアンネローゼ、僕に挨拶をして、乗ってきた馬車に戻っていった。
「マーサ、お待ちなさい。お話しはまだ……」
すぐにアンネローゼは呼び止めようとするも、声をかけた時にはすでに馬車に乗り込んでいた。
ふ、せっかくマーサが気を使ってくれたんだ。
アンネローゼをエスコートしなければ。
「ロゼ……お手を」
「……よ、よろしくお願いしますわ」
僕はアンネローゼに右手を差し出し、エスコートをする。
門から入学式会場まではおおよそ50mほどだろう。
会場までの道のりは石造りの純白の道を愛しのアンネローゼと二人で歩き始める。
すると、急にアンネローゼの握られている右手にギュッと力が入るのを感じる。
気になり、様子を窺うと、ほんの少し頬を赤くしたアンネローゼが話しかけようとしていた。
僕は催促する事なくゆっくりと言葉を待つことに徹する。
「……セシル様……その……会えて嬉しいですわ」
「……そ…そうかな」
僕は嬉しさのあまりニヤケそうになるが、平然を装う。
普段、僕相手に素直に接することが稀なアンネローゼが素直に気持ちを伝えてくれるのは少ない。
だから、こそこう思う。
たまに見せるデレが最高です!
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