誰かがやってくれると思っていたけど、誰かって誰だ
「大の大人がこうして戸惑っているのはなかなか滑稽なものね」
秋野がくすくすと笑いながら俺を見る。
「いやだってまじでUFOだと思ったんだって」
改めて秋野の手元にあるUFOもとい、ドローンを見る。それはもうどこからどう見てもドローンだった。遠目にはUFOに見えたんだよ仕方ないだろ。
「私、このあと用があるからもう帰るけど」
「あぁ、そうなんだ。じゃあ俺らも帰ろうかな」
「UFOじゃなくてごめんね」
「それはもういいって」
俺は美冬に向かって振り返った。
「じゃあ俺らも帰るか」
しかし、そこにはもう美冬の姿なんて無かった。いつの間に。
「その子だったらさっき君がおろおろしてる間にもういなくなってたわよ」
「じゃあその時に言ってくれよ」
「そういうものかと思って」
「それじゃ」
俺の脇を通り過ぎる瞬間、誰もいないのにも関わらず美冬は俺に耳打ちした。
「あと、八か月」
耳がくすぐったいのと、急だったのとが相まって俺は飛びのく。心臓が脈打つ。
「ふふ、じゃあね」
秋野はその姿を見て満足したのか、そのまま校外へと出ていった。あいつは12月までカウントダウンでもするつもりなのだろうか。焦らせていい結果が出ることなんてあり得ない。そっとしておいてくれ。一人取り残された俺は空を見上げてそう思った。
アパートに帰ると軒先で箒を持った人が歩き回っていた。管理人かなと思い、挨拶をしようと近寄るとそれはすぐに違うと分かった。
「あ、藤宮さーん!おかえりなさい!」
「東じゃん、なにしてr」
「ち・な・つ・ちゃん!!」
「ち、千夏ちゃんはなにしてるの?」
「見て分からないんですか?掃除ですよ!」
ふんっと胸を張る千夏ちゃん。やめろ、目が行くだろ。
「へぇ、すごいね。感心した」
「ふふん、私をもっと見習ってください」
「へいへい。というか・・・」
「というか?」
「意外だなと」
千夏ちゃんはどこからどう見ても今どきの女の子という感じだ。今どき、というと多少語弊があるかもしれないが、最近の若い子たちというのは感覚だけで生きている節がある。それはもちろん俺も含まれているが、何かこう前よりも『考える』人というのは少なくなった気がする。まぁ今となっては欲しい情報は手元のスマートフォンを操作すればすぐに手に入るし、わざわざ辞典を開くことなどしなくなった。そんな子たちが『誰かに頼まれるまでもなく、自分で考えて得もないのに行動する』なんてことするはずがない、と思っていたからだ。
「失礼ですね、私だって常日頃から人のためになることをしてるんですよ?」
「へぇ、例えば?」
「これとか!」
手に持っていた箒をずいっと俺に突き出す。
「うん、それに関してはもう褒めたわ」
「まぁ、そうですね」
「他には?」
「ほか、に?」
途端、腕組みをして考える千夏ちゃん。むむむ、としばらく考えた後に、
「まぁすぐには出てこないんですけど」
と、罰が悪そうな顔をした。
「で、なんで掃除してるの?」
千夏ちゃんはそれに少しだけ目を泳がせてみせた。どう答えればいいか考えあぐねているようだ。
「いや別に言いたくなければいいよ」
「うーん、そういうわけじゃないんですけど・・・」
目を伏せながらも千夏ちゃんは教えてくれた。
「ちょっと尊敬してた先輩がトラブっちゃって」
「トラブル?」
「まぁ、不慮の事故というやつです」
あぁ、怪我でもしたのだろうか。それでショックを受けて。
「そうだったんだ」
「だからまぁ心配で顔でも見に行こうかと思ったんですけどちょっと連絡がつかなくてですね」
「余計心配だと」
「そうです」
「だから気晴らしに掃除ってこと?」
「そですそです」
やっぱりこの子はいい子だな。心から素直にそう思う。
「まぁそれだけじゃないですけど」
「それだけじゃない?」
「いや、こちらの話です」
「良くなればいいね、その先輩」
「本当にそうですね」
「じゃあ俺は帰るから」
「え!手伝ってくれないんですか!?」
うっ、手伝わされると思ったからすぐに帰ろうとしたのに。
「わ、分かったよ」
その後、二人で掃除をした。やり始める前はあんなに億劫だったのにやり始めるとそんな気持ちは無くなるから不思議だ。少しずつ綺麗になっていく軒先を眺めながら、顔も名前も知らないその先輩が早く良くなればいいな、と願った。




