目が覚めるような青空の下で
「アイスコーヒー、濃いめで」
俺はいつものようにレジでそう注文する。待つ間に店内を眺める。さすがに今日はいつもいる大学生たちの姿は無い。今日は入学式で在校生はみな休みなのだから当たり前だ。ただ、ちらほらと若い年代の客がいるということはやはりここのコーヒーの味目当てで来店したのだろう。そう、この店は個人営業のそれだった。世間では、やれなんとかフラペチーノとか、やれ期間限定だのとミーハーが多すぎる。黙ってアイスコーヒー、しかも老舗の、昔と変わりないそれを味わうのが通ってもの。コーヒーはそうやって楽しむもの。お分かりかね、君たちは。
アイスコーヒーでお待ちのお客様、とレジの奥から声がする。待っているのは自分だけだ。すぐさま駆け寄ってコーヒーを受け取る。いつもの窓際の席。ここがいいんだ。ここでコーヒーを飲みながら街行く人たちを眺める。これ、これが通ってものなの。まぁちょっと席が小さいのが問題なのだけど。
でもまぁそれも味ってものだ。そう思いながら窓の外を眺める。おうおう、スーツ姿のリーマン達が歩いているぜ。俺も直にああなってしまうのだろうか。できればなりたくないなぁ。
「お、お客様?」
すると、後ろからおそらく店員に話しかけられた。驚いて振り向くと、店員が申し訳なさそうに、
「その椅子は子供用のものなのですが・・・」
と言った。
自分の座っている椅子をよく見ると、なるほど確かによく見るキャラクターが描かれている。それに椅子が小さいのはそういう事だったのか。そりゃ小さいわけだ。
今気づくと店員の奥からこちらを訝し気に見ている叔母様たちの姿もある。やだ、恥ずかしい、こっち見てヒソヒソ話すんな。しかし、そこは俺である。全然焦っている様子も見せずに、
「あぁ、これは失礼。窓際の景色があまりにもよかったもので間違えて座ってしまいました」
と店員に言葉を返した。店員は「はぁ」だの「へぇ」だのよく分からない相槌を打った。俺は少し憤りながらも、
「じゃあ改めて」
と言いながら近くのテーブルに逃げるように座った。
恥ずかしい!!!!!ここに初めて来たのがバレちゃうじゃない!!!!!そりゃ友達いないんだからこんなカフェなんて来たことなかったさ!!笑えよ!笑えばいいよ!くっそ!!最初はいい感じだったのに!!!
熱で顔が赤くなるのを感じながら、しかし叔母様たちにそれがバレないようにと、ポケットからワイヤレスイヤフォンを取り出す。しかし、手が震えてしまい床に両方のイヤフォンを落とす形となった。だめ、もう無理。
誰に言うでもなく、「はっはっは、イヤフォンを落としてしまったよ」と演技をしながら拾う。横目でちらりと叔母様たちを見ると、まだこちらを見ながらヒソヒソと話をしていたのでいっそ死にたいと強く願った。
それに気付かぬふりをして携帯をテーブルに置いた。西連寺夢子の配信を見るためである。この現実から逃れるためでもあった。
少し開始から遅れてしまったかもしれない。放送はすでに始まっていたが、どうやらいつもと様子が違う。コメント欄も今どういう状況?と言う風に現状を確認するもので溢れていた。何かトラブルだろうか。画面も暗転している。と、いうところでようやくイヤフォンから彼女の声が聞こえてきた。
「いやぁごめんごめん、ちょっとパソコンの調子が悪くって、もう少し待っててね」
その声に一安心したのかコメント欄も流れが緩やかになった。準備してから始めろよな、というものも少数派だが見受けられたので人気配信者は大変だなぁと思った。まぁ俺も特に用事は無いから余裕で待つけど。
コメント欄の雑談に適当に付き合いながら待つこと五分。ようやく西連寺夢子が画面に中に現れた。「お待たせー」と言いながら。「いやぁ大変だったよ、今までこんなこと無かったからさ」そう、続けながら。しかし、コメント欄は「おかえり」とは言わず、ある一つのコメントで埋まった。俺も画面から目を離せずにいた。ここで今一度、西連寺夢子を始めとするvtuberというものについておさらいをしたいと思う。
vtuber、いやバーチャルYouTuberというものは人間の全身の動きを読み取るモーションキャプチャを利用し、この技術で、リアルタイムにキャラクターにリアクションを取らせ、生放送やゲーム実況を行わせるのだ。つまり、画面上には2Dないしは3Dキャラがいなければならない。
なのに、今現在、画面にいるのはキャラクターなどでは一切なく、生身の人間のそれだった。しかも、よく知っている姿の。
「カメラカメラ!」
と、コメント欄が凄まじい速さで上に流れていく。ようやくそれに気付いた西連寺夢子は小さな悲鳴と共に画面から消えた。そして、表示される『生放送は終了しました』という文字。俺は自分の目を疑った。あれは。あの、人は。
それ以降、彼女が生放送を再開することは無かった。西連寺夢子、いや春宮愛が。




