恋愛における四重奏の調べ
リクルートスーツに身を包んだ美冬がインターフォンを連打している。
「うるさいなぁ、まだ出発の時間じゃないだろ」
俺はそれに応答しながら歯を磨いている。
「早く行かないといい席とられちゃうかも!!」
「いい席ってなんだよ、映画館じゃあるまいし」
俺は画面越しのそいつと問答しながら準備をする。残念だが、着替えを見られるぐらい奴に気を許してはいない。
「お待たせ」
玄関を開けて美冬と対面する。
「へへっ、どう?」
スーツを見せるようにその場でくるりと回る美冬。ほんとはスカートの方が女性らしくていいと思うが、この時代だ、美冬はパンツスタイルだった。
「あー、いいんじゃない?」
「適当!」
だってそれ以外思いつかなかったから。
「じゃあ、道案内よろしくね、先輩」
「はいはい」
時は過ぎ、今日は大学の入学式だ。俺はまだこの辺の地理に詳しくない美冬の道案内役として役目を仰せつかった。払拭しきれていない恐怖心を逆手にとられた形だ。一も二も無く承諾した俺は美冬を連れ立って最寄り駅へと向かった。
「なんでスーツじゃないの?」
「なんで新入生でもない俺がスーツを着るんだよ」
「なんか襟元変じゃない?ちょっと見てよ」
「話聞けよ」
「あ、やばい、リップ忘れた!」
「ねぇ会話って知ってる?」
俺が必死に玉を受け取っているのに投げ返したらそれは無視。新たな玉を投げられてそれを必死にとり、投げ返したらまた無視。こんなの会話のキャッチーボールじゃない。
「どれぐらいかかるの?」
「えーと、電車の時間合わせると20分ぐらい?」
「やった!ぎりぎりまで寝てられる!」
「そんなことしてるとサボってばっかになって単位とれなくなるぞ」
「テストでいい点とるんで!」
「いや大学は、出席率とかも関係してくるんだよ・・・」
こいつには色々教えなければいけないことがあるようだ。
最寄り駅に着いて電車を待つ。うちの大学は構内のホールで入学式が行われるため、おそらく時間に追われるということはないだろう。全く持って知らない場所で行われるとしたら時間も読めないし、時間が読めないとなると焦って正常な判断ができなくなる。見知った場所でやるのが一番だ。
「あれ、藤宮さんじゃん」
ホームで電車を待っているとふいに声をかけられた。振り向くと、秋野がこちらに向かって歩いてきた。
「電車なんて珍しいな。家アーケードの方だろ」
「ちょっとこっちに用事があって。私もたまに電車を使うんですよ」
何を誇ることがあるのだろうか、眼鏡をくいっと指で押し上げながら秋野は胸を張った。と、同時に秋野の視線が隣の美冬に向く。
「この子は?」
美冬はいつかのように俺の腕を抱き寄せながら、
「橘美冬です!こいつの彼女やってまーす!」
と言った。
「いや違うからな!?」
俺は必死に否定する。何回目だよこのやり取り。
「あ、どこかで見たと思ったらあれか。ケーキ食べてる時にいきなり来た子だ。そっか、思い出した。どうりで」
ふーん、と言いながら美冬の頭の先から足先まで嘗め回すように見た秋野はちょいちょいと俺を手招きした。振り払うと後で何を言われるか分からないので、丁重に優しく美冬の腕を振りほどいた俺は秋野に歩み寄った。
「ねぇ、あの子って君のことが好きなの?」
俺の状態を低くさせて俺の耳元で秋野は俺に聞いてきた。
「いや分かんないよ」
いつか言われた美冬の好きと言う言葉を脳裏に浮かばせながらも俺は知らないふりをした。なぜか秋野にはバレたらいけないような気がした。
「今でさえ、三人候補がいるっていうのに、増やしてどうすんのよ」
「俺だって聞きたいよ」
今年のクリスマス。それまでに春宮愛、東千夏、秋野雫の三人の中で本命を決めるという秋野との約束。幸せな悩みだとは思うが、今の所それに結論は出ていない。
「ねぇ、あなたって藤宮さんのことどう思ってるの?」
秋野は急に俺から体を離して美冬に問いかけた。やめろ、本人に聞くな。
「どうって、好きですけど・・・」
その答えに満足したのか秋野は俺に向き直る。その顔はすごくいたずらっ子のような笑顔だ。
「四人になっちゃったね」
俺は観念してそれに頷く。
「まぁまだ時間はあるさ。約束はでも、守ってもらうけどね」
いたずらっ子だと思ったそれは悪魔だったようだ。いやらしい笑みを浮かべながら秋野は駅構内へ消えていく。俺は背筋に冷たいものを感じながらそれを見送った。後ろで美冬が、
「なんだったんだろう」
と呟いた。お前のせいだが?




