俺の安寧はそうして破られた
「ねぇ俺、いつまでこれを持ってればいいの!?!?」
凌辱の部屋、もとい飴と鞭の部屋。いや、双子東の部屋から無事に帰ってきた俺は自分の部屋でテーブルに向かいながらそう声を張り上げた。卓上には千夏ちゃんへのホワイトデーのお返し。ホワイトデーから数日経った今日この日でも未だに俺の部屋にはそれが鎮座していた。
いやもう今日渡しちゃおう。今のさっきだが、別にいいだろう。東夏美が部屋にいるが構わない。いつまでもここでのさばらせておくわけにはいかないのだ。そうと決まればチャットツールで東に連絡を・・・
と、数時間ぶりに携帯を手に取ると一つのメッセージが届いていた。時間は数時間前。ちょうど俺が新たな性癖の扉を開けるときか。
『今いい?』
要件も何も載っていないこの単調な文章は送信者の名前を見ずともすぐに分かった。美冬だ。やばぇこいつはすぐに返信しないととんでもないことになる。具体的に言うならこことは別の世界で両親と垣間見る可能性がある。
俺は勢いよく、スマホに指を滑らせた。
『すみません!今見ました!大丈夫です!どうしましたか!!!』
思わずの敬語である。しかし、ここで送る文章を間違えると想像が現実になってしまうかもしれない。
送ったメッセージにはすぐに既読がついた。それから画面は急に切り替わり、着信画面となった。やばい。これは怒られるやつだ。俺は恐る恐る通話ボタンを押す。
「は、はい、もしもし」
その声は震えている。しかし、これも仕方ないことなのだ。自分の命を守る行動なのだから。
罵声が飛んでくるかと思ったが、美冬からの声は至って温厚なものだった。
「あぁ、ごめん、忙しいときに」
それどころかこちらのことを慮っている。おかしい。あいつに至ってこんなことあるはずがない。これは裏がある。俺はそう確信した。
「いえ、それは別に、全然平気です、はい」
俺は美冬の声からその真相を図ろうと一層聞き耳を立てる。会話のない期間があったとはいえ、一つ屋根の下で暮らしていた仲なのだ。それぐらいは分かる、はず、たぶん。
「いやね、私こっちに越してきたからちょっと会えないかなって思って」
こいつ、殺る気だ!!!!ついに、俺は殺られるんだ!!!!きっと引っ越しが終わったというのは嘘で、準備が整ったから俺を呼び出すんだ!!!そうだ、そうに違いない!!!お父さん、お母さん、今まで見守ってくれてありがとう。俺もこれからそっちに行くよ。
しかし、俺もそう言われてのこのこ向かうようなアホではない。時間もすでに22時を回ろうとしている。一体、美冬がどこに住んでいるか分からないが、適当に電車が無いからと言って断ろう。
「夜遅いし、終電も無いから今日はきついと思うなぁ・・・」
できるだけ穏便にそのことを伝えた。決して俺に非は無い。そう強く語り掛けるように。
「え?何言ってるの?」
「え?」
あ、もしかしてこれからすぐって話じゃない?なんだ、それならまだいいじゃん。お父さんお母さん、もう少しだけ僕は生きられそうです。
「あ、そっか」
美冬は勝手に納得したようだ。なにが?
「電車は使わないよ。たぶん近くに住んでると思うから」
それはもはや死刑宣告と同じことだった。あー!!!お父さんお母さんごめんなさい!これから行きます!!!!
じゃあ行かなきゃいいじゃんとか思った?君はあいつのことが分からないからそんなことが言えるんだよ、前にそう言って行かなくて後にそれがバレたとき、俺がどれだけひどい目に合わされたか分かるかい?あんな死んだほうがマシだと本気で思ったことが君にはあるかい?そういうことだ。
「とりあえずちょっと降りてきなよ」
そう言われて俺は着の身着のまま家を飛び出した。すると、アパートの前、駐車場に美冬が立っているのが見えた。ひえ、もう来ている。
電話口から美冬の声が聞こえる。
「そんなわけで引っ越してきたよ。これからよろしくね。同じアパートの住人として」
俺の手から滑り落ちた携帯はカツンっという音を鳴らして廊下に落ちた。




