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「千夏ちゃん」

こんなことをするなんていつぶりだろうか。


まだ両親がいた頃に、家の壁に落書きをしてそれがまんまとバレたあの時以来か。それとも中学生の時にクラスメイトと取っ組み合いの喧嘩になり生徒指導の教師に呼び出されたときか。はたまた高校の時に文化祭の準備に参加するのが面倒でサボっていたら友人に怒られたときか。


主に、謝罪が必要な場合に使われるこの姿勢は屈辱とも呼べるものだった。


正座である。


「全く。そういう人だとは思ってましたけど覗きは本当にだめなんですよ」


「全く。恋人じゃあるまいし、胸に飛び込んでくるなんてありえないですよ」


そんなわけで俺は双子から見下ろされながら罵倒を受けていた。


「だいたい藤宮さんはそういうところがだらしないんですよ」


「だいたいラッキースケベなんて今さら流行らないんですよ」


やはり双子だからか、似たような口調である。東夏美に至っては、第一印象は『眠たげで物静かな東千夏とは真逆』だったはずなのに今となってはこうだ。根本的な所はやはり似ているらしい。


「「聞いてるんですか藤宮さん!!」」


「ひゃいっ」


ハモった。


もちろん反論するべきところはある。双子の妹が家を出ていったにも関わらず悠長に風呂に入る姉。程なく帰ってくるだろうと見越してかけていなかったであろう玄関扉の施錠。ラッキースケベは俺の意思とは関係が無いからラッキーとつくのであろうこと。だらしないと言われてもこうなのだから仕方ないこと。


あら捜しをすればまだまだ見つかることだろう。しかし、誰がこの状況で反論ができる?


「金輪際、覗きはだめですからね」


「金輪際、私には近づかないでください」


東千夏からは厳重注意で済んだが、東夏美には不可侵条約を結ばれてしまった。反論する時間すら与えてくれないのだ。甘んじてその処罰を受けるしかない。


「ところで二人してなにをしてたんですか?」


東千夏はようやくソファに座り込んで話題を変えた。よかった、あのまま見下ろされたままの状態だったら変な性癖が芽生えそうだったところだ。


「なんか家の前で見つけて声かけたんだよ」


ようやく口を開くのを許可された俺はそう東千夏に返答をした。泣いていたのは隠すべきかどうか迷ったが結局隠すことにした。直感的に知られたくないような気がしたから。


「ふーん、そうなんですか」


「もう少しで凌辱されるところだった」


俺から一番離れた窓際に陣取りながら東夏美は恐ろしいことを言った。


「え!?」


「してないしてない!!断じて!!」


俺は片膝をつきながら反論する。


「しっとだうん!!!」


立つことはまだ許されていなかった。


「だって、後ろから近付いてきて私の肩をがしって掴んで・・・」


合っているが、合っていない。そんな気持ちはさらさらない。


「それは東だと思ったから!!!」


「「どっちも東ですけど」」


「めんどくせぇなこの双子!!!!!!!」


どっちも東なことは知ってるよ。


「じゃあこれを機に下の名前で呼んでくださいよ」


「あ、私は別にいいです。変態に名前を呼ばれたくないので」


なにか面倒なことになってきたぞ。


「ほら、言ってみてください。千夏ちゃんって」


「ほら、早く言えよ変態野郎」


ぐっ。俺の隠れた性癖が花開いてしまう・・・


「ちーなーつちゃんて、ほら」


「日本語もわかんねぇのかよ、ほら」


ここはそういう飴と鞭の部屋だったのか?なんていうお店なんだ?この時間はもしかしてプレイ料金だったのか?だとしたら一体いくらなんだ。通うわ。


「ち、ち、・・・」


羞恥心が俺を襲う。顔に熱がこもっていくのが分かる。


「もう少しですよ」


「恥ずかしがってんじゃねぇよ」


俺はぎゅっと目をつぶり、言い切った。


「ち、千夏ちゃん!」


「ふあっ!!!」


悲鳴とも呼べない小さな驚きの声が上がった。ゆっくり目を開けて言わせた張本人を見ると、顔を真っ赤にさせながら両手で顔を抑えていた。そんな反応するんならなんで言わせたんだよ。


「こ、これはなかなか照れますねぇ」


手を仰いで風を顔に送り込む東、改め千夏ちゃん。それちょっとおっさんくさいから辞めた方がいいよ。


「ひゅーっ!お熱いねぇ二人とも!」


手を叩いて笑う東夏美。それもおっさんくさいぞ。


「お、お気に召されたでしょうか・・・」


「ちょ、ちょっと今日はもう無理!出てって!!」


未だ真っ赤な顔をしながらこちらを見向きともしない千夏ちゃんにそう突き放される。なにこれ。


「ようし、お疲れ!今日はもう帰っていいぞ!!」


東夏美の皮を被ったおっさんは喜んでいる。


「じゃ、じゃあ今日はこれで・・・」


ようやく立ち上がることを許可された俺は痺れる足を引きずりながら玄関へ向かう。靴を履いてドアノブに手をかけたところで、


「あ、ちょ、ちょっと待って!」


と、千夏ちゃんに声をかけられた。振り向くと、こちらに小走りで近付いてくる千夏ちゃんが見えた。俺の前に立った千夏ちゃんは服の裾をくいっと引いて上体を低くさせた。そして、耳元で、


「夏美がいないときも千夏ちゃんって呼んでくださいね」


と告げられた。


まだ顔を赤くしている千夏ちゃんはそう言うと、いつもの『にへっ』という笑い方をして、


「またね」


と手を振った。


俺は死んだ。

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