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双子の過去

「あ、変態の人だ」


涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔で東夏美はそう言った。変態だって認識されてる?いや今はそれよりもその涙の方が気になる。


「なにかあったの?」


俺と向き合った状態でも垂らし続けているその涙と鼻水を拭おうともしない殊勝な態度に戸惑いながらも俺はそう尋ねた。東夏美は自分がぶつかった憎き電信柱に背をもたれながら空を仰いだ。言葉が無い。俺には話せない理由なんだろうか。


待てど暮らせど東夏美は言葉を紡ぐことは無い。話しかけたのを後悔していたときにようやく東夏美はその重い口を開いた。


「お姉ちゃんから何か聞いていますか」


何か、とはなんだ。ちょっとざっくばらん過ぎて分からない。


「何かって?」


思い当たるものが無くてそう聞き返すしかなかった。俺は東のことを何も知らないのだ。


「本当は本人から聞くのが一番だと思うんですけど」


東夏美はそう前置きをしてから少しずつ話し始めた。


「私たちの、家族の話です」


家族の話。確かに東は何か家族に対して後悔というか、思いのようなものがあるようだった。それを本人からではなく妹から聞くというのも違う気がしたが、俺は少しでも東のことが知りたくて先を促すことにした。


「聞いちゃいけないと思って何も聞いてないよ。できたら知りたい」


東夏美は逡巡としながらも話してくれた。要約すると、こうだ。




東千夏と東夏美は裕福な家で生まれた。会社を経営する父と海外で仕事をする母。空想の存在だと思っていたメイドが複数人家にいる状況は裕福を超えてむしろ良家と言われるほどだった。両親は多忙を極め、家にほとんどいなかったがメイドや乳母が両親の代わりを務めてくれていたため別段、寂しくは無かった。それに月に一度程度だが、家族全員が揃う日もあった。その日は豪華な食事とお土産に一喜一憂した。そんな日を心待ちにすることで両親への寂しさを紛らわさせていた。


二人が小学生になった頃、歪ができはじめた。ある晩、両親がひどい口喧嘩をしているのを目撃してしまったのだ。乳母があたふたと二人を宥めている。あんなに優しかった両親がこんなに声を張り上げるのかと恐ろしくなり、当時の双子は急いで部屋に戻ってベッドに潜り込むことしかできなかった。時間が解決してくれる、双子は手を取り合い、そう願った。


しかし、願いは届かなかった。ある日、両親に呼び出された双子は父と母が別々に住むということを告げられた。どちらに着いていくか今決めろ、と冷たい口調の父が、知らない男の人のようですごく怖かったのを覚えている。海外と国内。二人は迷ったが、奥で心配そうにこちらを見る乳母の姿がとても可哀そうで国内にいることを選んだ。父は「そうか」と興味なさげにつぶやいたと思ったらすぐに自室へ行ってしまった。母はむしろ安心した様子で「たまに帰ってくるからね」とだけ言って大きなキャリーバッグを手に、家を出ていってしまった。残った二人を乳母は力強く抱きしめてくれた。その力の強さを未だ覚えている。


その晩、ベッドで二人身を寄せ合いながら一生二人でいようと誓い合った。二人でいれば何も怖くない、二人ならなんでも乗り越えられる、二人でこの先ずっと生きていこう。手を繋ぎながら眠った。


そんな二人も神は見放した。才能の違いである。中学生になった頃、学力に差があることを東千夏は悟った。一度勉強しただけで高得点をとれる東夏美に対し東千夏は人一倍勉強をしても高得点をとることはなかった。運動能力に関してもそうだった。運動音痴な東千夏に対し、だいたいなんでもこなしてしまう東夏美は皆から特に尊敬されていた。その頃から「双子なのに」という陰口がそこはかとなく聞こえてくるようになった。しかし、東千夏はめげなかった。自慢の妹だ、そう彼女は言い放った。誰が見ても明らかだった。それは強がり以外の何物でもなかった。


ある日、学校を終えて家に帰ると父がいた。難しそうな顔をしながら新聞を広げていた。久しぶりに見る父の姿に二人は喜んだ。褒めてもらいたくて二人は近寄り、最近の成果を報告した。文武両道を報告する東夏美に対し、東千夏には何も報告するものが無かった。そんな東千夏を見て、父が「お前はだめだな」と言い放った。ガツンと頭を鈍器で殴られたような衝撃が東千夏を襲った。父がその場を離れた後も東千夏はその場を動けなかった。慰めようにも何を言っても届かないと悟った東夏美は黙って彼女の傍を離れるしかなかった。


二人の仲は裂かれた。東夏美は順当に進学するも、東千夏は不登校となった。たまに誰かと遊んでいるようだったが、それ以外は布団をかぶって出てこなくなった。そんな東千夏に何度も手を伸ばしたが、汚い言葉で罵られるだけだったのでその回数も徐々に減っていった。ついに愛想を尽くして東夏美は東千夏を無視するようになった。幼少期の誓いなど無かったかのように。


今思うとあれは父の人脈と金の為せる業だったのだろう、それから一度も学校に行かなかった東千夏と卒業式で代表スピーチを務めた東夏美は中学校を卒業した。東夏美は私立の高校へ進学し、東千夏は不登校を続けた。もう周りからは何も言われなくなっていた。


そんな時、乳母が急死した。事故死だった。母代わりになってくれた人は急にこの世からいなくなった。久しぶりに顔を合わせた双子は二人して一晩中泣いた。そんな二人を見て父は「代わりはいくらでもいる」と言った。怒りで目の前が真っ赤になったのは初めてだった。思いを同じくした東千夏は近くの灰皿を手に取り、父を襲った。すんでのところで他のメイドたちに取り押さえられたが、彼女の怒りは収まらなかった。殺してやる、と呪詛のようにつぶやく彼女の姿は獣とさして違いは無かった。父は「お前のようなやつはこの家にはいらない、出ていけ」と叫んだ。彼女は着の身着のまま家を出ていった。


それから数年が経った。東夏美が高校を卒業する直前、家を出ていった彼女が戻ってきた。その姿は家を出ていった当時の汚く、みすぼらしい姿とは一変してずいぶん小綺麗な格好になっていた。「こっちで大学行くから少しお邪魔するよ!」そう元気に言い放った彼女は私の出ていった時の印象からはかけ離れていた。今までどこに行ってたのと聞く私に彼女は何も教えてくれなかった。


それから数か月が経って、またしても彼女は突然家を出ていった。引っ越しをするんだそうだ。この数か月、元の双子に戻ったみたいでとても楽しかった。あの劣等感の塊みたいな彼女はもういなくて、それがすごく安心した。それでも彼女は家を出ていった。戻ったと思っていたのは私だけだったのかもしれない。


そんな中、彼女から初めて新住所の通知が来た。急いで来てみたらここだった。本当は連れ戻しに来たが、そんな気持ちにはならないと言い放った彼女の目はいつかの灰皿を持って父に向かったあの時の目と同じだった。それを向けられたのが本当に悲しくて、辛くて、衝動的に出てきてしまった。涙が止まらなかった。そこにあなたが来た。




自分の知らない世界の話を突然されたものだからこれはフィクションかと疑った。しかし、彼女の目が紛れもない真実だと告げていた。俺は何発も殴られたような気分で話を聞いていた。黒い感情が体を侵していく。


「その父親どこにいるの?ぶん殴りたいんだけど」


「父に手を出したらこの先どうなるか分かりませんよ。社会的に抹殺されるか、最悪沈められます」


「それでも、ここで立ち上がらなければ男じゃない」


「ずいぶん粋なことを言うんですね」


「俺のモットーは『自分の周りの人ぐらいは幸せにする』だからな」


「夢みたいな話です」


「自分で決めた。だからやる」


「なるほど」


だからお姉ちゃんが好きに、と小声で東夏美は言った。


「とりあえずお前らを先に救う」


「え?」


「姉妹ってのはこの何億人もいる世界で一人しかいないんだぞ。このままでいいわけあるか」


俺は東夏美の手を取り、来た道を戻った。


「ちょっと!余計なことを!」


「余計なお世話は十分承知だ。そんな話を聞いた以上、俺の夢見が悪いんだよ!!」


「自分勝手だ」


「自分勝手で何が悪い!俺は俺のやりたいようにするんだ!」


アパートの階段を駆け上がり、東の部屋を開ける。東夏美が部屋を飛び出したせいか、鍵はかかっていなかった。


「東!話があるんだ・・・が・・・」


扉を勢いよく開けたら、バスタオルで頭を拭きながらこちらを振りむく全裸の東がそこにいた。


「あ・・・」


それに見とれるも一瞬、顔を真っ赤にした東千夏が俺にビンタを食らわす。衝撃で俺は反転しながらよろめく。よろめいた先には東夏美の、東千夏とよく似た豊満な胸。勢いよくそこに飛び込む俺。キャッと東夏美は小さく悲鳴をあげたかと思ったら東千夏とは叩かれていない方の頬をビンタされた。それで結局、反転ではなく回転した俺は無様にその場に膝をついた。


おう。息、ぴったりじゃねぇか。

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