春宮愛と東千夏②
「藤宮さんとはどういう関係なんですか」
キッチンでおたまを手から取りこぼし、シンク内に落ちる音が聞こえてきた。私も体が瞬間、硬直するのが分かる。これは、どういう意図の質問なんだ。
これは直接聞いたわけではないが、あの態度から察するに千夏ちゃんはきっと彼のことが好きだ。しかし、彼は私のことが好きだと言ってくれた。典型的な三角関係だ。そのうち二人に対して『どんな関係』と聞かれたら『そういう関係』としか言えないではないか。
「ちょ、ちょっと夏美、それはどういうことかな?」
ギギギっとまるで油を差し忘れた工具のような鈍い音を出しながらゆっくりと千夏ちゃんが振り向く。
「え、だって言ってたじゃん。春宮さんってあの人のこと好きなのかn」
「まてまてまてーい!!!」
夏美ちゃんが言い終える間もなく、キッチンから飛び出てきた千夏ちゃんがその口を塞ぐ。まぁほぼすべて喋っていたけど。ちょっとだけ遅かったけど。
「あは、あはは」
ぎこちない笑い方で千夏ちゃんがこちらを向く。
「な、なにも言ってないですよ?ね!言ってないよね!?」
口と頭を固定した手で強引に頭を縦に振らせる千夏ちゃん。ちょっと扱いが雑では?
「春宮さんは気にしなくていいですからね!さぁ、料理料理!」
さきほどのことなど何も無かったかのように千夏ちゃんはまたキッチンへ向かう。責めるような目で千夏ちゃんを追う夏美ちゃん。小さい声で「本人に聞いちゃえば手っ取り早いのに」と聞こえた。聞こえないふりをする。
それからは世間話などをしながら料理の完成を待った。そこで知ったのだが、夏美ちゃんはこうして時々こちらに遊びに来ていたそうだった。全く知らなかった。その中で夏美ちゃんが、
「まぁお姉ちゃんが少しでも実家に帰ってきてくれるなら私がこうしてくる必要も無いんですけどね」
と言っていたのが気になった。まぁ千夏ちゃんは地元がこっちなんだそうだし、そしたら無理して帰ることもないだろう。しかし、その言い方には何か別の問題があるような気がしてならなかった。そこが妙に引っかかり、意を決して夏美ちゃんに聞いてみようと思った時、ちょうど千夏ちゃんがリビングに戻ってきた。大きい鍋を持って。
「はいはい、できましたよー。お待たせしましたー」
その鍋はキムチ鍋だった。
「春も近いとはいえ、夜はまだ冷えますからね。あったかいものでも食べましょう!」
鍋の中は真っ赤だった。非常に辛そう。
「二人分を想定していたのでちょっと量が少ないかもしれませんが、まぁね、そこはほら、これで!」
そう言いながらキッチンへ戻った千夏ちゃんは冷蔵庫から缶を三本持ってきて食卓に並べた。缶チューハイだ。
「春宮さん、確かお酒大丈夫ですよね?」
「まぁ、少しぐらいなら」
「じゃあ飲みましょう!こういう日なんて次いつ来るか分からないですからね!」
エプロンを外しながら隣に座る千夏ちゃん。結局、事の真相は明かされないまま食事が始まった。まぁ時間はあることだし、アルコールが入った状態なら口も饒舌になることだろう。あとで聞けばいいや。
そう画策していたが、しかしそれは失敗に終わった。キムチ鍋は一見辛そうに見えるも、その中にも甘さがあり、程よく辛く酒の肴としては最高の代物だった。辛くなった口内を酒で流し込む瞬間が最高すぎた。そんな調子で続いた食事は千夏ちゃんが酔っぱらって床に大の字になったところで急に終わった。千夏ちゃんほどではないが、夏美ちゃんも似たようなものだ。つまるところ、その質問を投げかける相手がいなくなってしまったということだった。
私は7本目の缶チューハイに手を伸ばしながら、こうして多人数で食事をとったのはいつぶりだろうと考えた。いつもは一人で食べているから感じなかったが、やはり別の人と食事をとると美味しい。そして、楽しい。一人もいいが、複数人というのも悪くないかもしれない。
ううん、と千夏ちゃんが寝返りを打つ。その可愛い寝顔がこちらに向く。ほんとに可愛いなこの子。でっかいシルバニアファミリーみたい。
その寝顔を眺めていると、ふいに千夏ちゃんが、
「藤宮さん・・・」
と喋った。起きているかと思ったら寝言のようだ。千夏ちゃんは再度、ううんと唸りながら別の方向を向いてしまった。
寝ていてもなお、彼のことを想うのか。これは強敵かもしれんぞ。
ん?強敵?
なんで?千夏ちゃんを友人というならまだしも敵とは?私は何を言っているんだ。え?え?
私は・・・
少しずつ自分の気持ちが分からなくなる静かな夜はレモンサワーの泡のように静かに霧散していった。




