西日と笑顔
いやでもほら、昨日はみんな忙しかったし?全然渡す時間なんて無かったし?一日過ぎても別に構わないよね?
色んな言い訳を頭の中で展開させながら俺は大学を終えて帰路に着いていた。なんかもうちゃっちゃと渡しちゃってこの悩みから解放されよう。忘れてたとかはもう忘れた。忘れてたことを忘れよう。そんな人間なんだ俺は。
ところで春宮は部屋に帰れたのだろうか。友達が旅行と言っていたが何泊かは聞いてない。準備もできないのであれば大学も行けないことだろう。大丈夫かな。
と、アパートの前に着いたところでそこから出てきた春宮と出くわした。噂をすればなんとやらだ。
「あ、藤宮、お疲れ」
「おぉ、お疲れ。鍵回収できたの?」
「うん。ちょうど今さっき友達が届けに来てくれてさ。無事に帰れましたよ」
「そっか、それはよかった」
「あ、昨日はありがとう」
深々と頭を下げる春宮。俺は勢いよく自分の右頬を殴った。
「え!?急にどうしたの!?」
「いや、これは自分への戒めなんだ。気にしないでくれ」
それは邪な気持ちを抱いていた自分への報復だった。お泊りが無くなった瞬間に血の涙を流したほどだ。本当のことを言うならこの程度では足りないぐらいだ。むしろ春宮、君が殴ってくれ。
「あ、そうだ、今時間ある?」
俺は春宮にそう提案した。
「うん、特には無いけど」
「じゃあ、ちょっと待ってて!」
「う、うん。いいけど」
俺は階段を駆け上がる。待っててとは言ったけど別に家はここなんだから待っててもらわなくてもよくない?そりゃそうだ。完全にミスったな。
俺は部屋に飛び込み、小袋を持ってすぐに踵を返した。春宮は素直にそこで待っていた。走り寄る。
「これ!昨日ばたばたしてて渡せなかったんだけどホワイトデーのお返し!遅れてごめん」
「え、別にいいのに」
「いや、これは気持ちだから」
「そっか、じゃあ有難く・・・」
「うん」
「ここで開けてもいい?」
「え!?」
春宮に選んだのはアクセサリーだ。目の前で開けられてすごいしかめっ面でもされたらどうしよう。心臓がどくんと脈打つ。正直言うなら部屋で開けてもらいたい。でも今、目の前で喜ぶ春宮の顔も見たい。両極端な感情が俺を襲う。そんな俺が絞り出した答えは、
「ど、どうぞ」
了承だった。気に入られるか不安で仕方ないが、何より喜んでる姿を見たかったからだ。俺は春宮の笑顔が好きだからだ。
袋を丁寧に開けていく春宮。こういう細かい気配りができるところも好きなんだ。俺だったらびりびりいっちゃうもん。
程なくしてそれは姿を現した。
「うわぁ、にゃんこだぁ!!!」
俺が春宮のために選んだそれは猫のシルエットがモチーフの髪留めだった。春宮は髪が長いから何か作業をするときにはおそらく結うことだろう。今までも猫グッズを身に着けている時があったし、おそらく猫好きだと確信しての選択だった。
「かわいい!!ねぇこれ着けてみてもいい!?」
すごくテンションが上がっており、喜んでいるというのが見て取れる。
「うん、いいよ」
髪留めのゴム部分を口に咥えて両手で後ろ髪を持ち上げる。その仕草がとても色気がすごくてまたしても心臓が高鳴る。この光景だけを切り取って印刷して額に飾って一生眺めていたいぐらいだった。
それに見とれていると、気付いたら春宮は髪を結い終えていた。
「どう!?」
髪留めが見えるようにくるりと回ってみせる春宮。そんな春宮を夕日が照らし、きらきらと輝いているように見えた。
あぁ、やっぱり俺は春宮が好きだなぁ。
「え?ノーコメント?」
「いや、すごく、その、かわいい。似合ってる」
「でしょ!?ありがと!」
あー、でも自分で見れないのはちょっと残念だなぁと言いながら春宮はどうにかそれを見ようとくるくる回り続けている。初めて自分の尻尾を認識した猫みたいだ。
「はは、ははは」
「え、なによ」
その様子がおかしくて俺は笑ってしまった。
「いや、ふふ、その、ごめん、だめだ、止まらないや。はははっ!」
「もう!なんなの!!」
西日の下。アパートの前。俺の笑い声と、春宮のぷりぷり怒る声がずっと響いていた。




