親友の大罪
何か大事なことを忘れている気がする。
一晩経ったその日、俺は頭を悩ませながら大学に向かっていた。昨晩は色々とありすぎてそちらの記憶の方が勝ってしまっていた。なんだっけ、何も思い出せない。
電車に揺られている間もうんうんと唸りながら考えていたが、結局答えは出ることは無かった。もういいか。思い出せないならばその程度のことだったんだと前向きに思考を変えることで何か忘れていることを忘れることにした。気にしたってしょうがない。
大学の最寄り駅に着いて電車を降りる。すると、肩を叩く人がいた。
「よう、藤宮」
今になっては親友かどうかも怪しい男がそこにいた。(色々と裏切られているので)
「あぁ、坂口か」
「あぁ、とはなんだよ、寂しいじゃないか」
「お前の胸に手を当てて最近の自分の行いに向き合ってみたらどうだ」
「やってみよう」
電車を降りる人でごった返す中、坂口は突然立ち止まり、目をつむって胸に手を当てた。普通に邪魔だと思うんだが、一向に介さずという風に坂口は気に留めない。俺も提案してしまった責任があるので坂口と一緒に立ち止まる。今はそんなことよりも周りを気にしてくれ。俺が悪かったから。
「なるほど」
一分も経たないうちに坂口はそうして目を開けた。よかった、とりあえずそこまで邪魔にはならなかったようだ。坂口の歩き出しを待つが、一向にその気配は無い。訝し気に坂口を見ると、何やら考えあぐねている様子だった。
「どうした?」
「なんっも、思いつかん」
「お前はそういうやつだよ」
ようやく歩き出した坂口に次いで俺も改札へ向かう。
「というか、電車とか珍しくない?お前電車使う必要ねぇだろ」
前に言った気がするが、坂口は大学へ徒歩15分の所に居を構えている。電車を使う必要なんて全くありやしない。
「いや昨日、彼女の家に泊まっててさ」
「くそ。嫌い。お前なんて砂漠で水が無くて飲み物といったら自分の鼻水ぐらいしか無いぐらいの夢を見ればいいんだ」
「なにその微妙な悪夢」
俺は昨晩の春宮一泊デートが無くなったことを思い出して、行き場のない怒りをそうやって坂口にぶつけるのだった。俺も女の子の家に泊まってみてぇ、そして彼女の家に泊まったからさ、とか言ってみてぇ。
駅から出ると、目の前を赤坂が通るのが見えた。今日はやけに知り合いによく会うな。
赤坂を見つけた坂口が声を張りながら近づいていく。
「あかさかーっ!!」
それは大型犬を彷彿とさせた。あのスピードで追突された日には俺は吹っ飛ぶ自信があるぞ。
「おー、坂口、おはよう」
俺も赤坂の元へたどり着く。
「あ、藤宮も。おはよう」
赤坂は、なんというか、いつもと違っていた。
「あれ、赤坂、いつものは?」
赤坂はいわゆる『パリピ』というものに憧れていた。色の派手な服を好み、馬鹿でかいサングラスをかけ、髪は金髪にし、うぇいと語尾につけた。それは傍から見ると滑稽と言わざるを得なかったが、彼のアイデンティティを尊重することにして触れなかったのだが。
「なんか、地味になった?」
あんなに手入れをしていた髭は綺麗さっぱりと無くなり、髪は大人しめの茶色がかった黒、服は暗色系のセットで整えられ、もちろん馬鹿でかいサングラスなどしていない。普通の、大学生になっていた。
「いや昨日ちょっと、色々あってさ」
「なによ、色々って」
坂口が涎を垂らしそうな勢いでそれに食いつく。あぁ、情報だからってこと?
「実は、な・・・」
「もったいぶらずに教えろよー」
坂口の高圧的な風貌に根負けしたのか、赤坂はゆっくり喋り出した。
「彼女が、できたんだ」
俺は後頭部をハンマーで殴られたような衝撃を感じた。裏切りや、これは確実に裏切りや。その行為は腹切りなどでは決して許されるものではないぞ。有罪だ。死罪だ。俺が直々に手を下してやる。
「え、まじ!?おめでとう!」
「あ、いやごめん!彼女ができたっていうかできそうっていうか!」
「え、なに、そうなの?」
坂口の判決は保留となった。命拾いしたな。
「どういうことなの?」
それまで二人を静観していた俺だったが、やはりそこは気になるので坂口に話の続きを促した。
「いや昨日、ある人に会ったんだけど、その人がパリピは好きじゃないんだって。赤坂くんは性格はけっこう好みなのに見た目がなぁとか言われたから、昨日の夜にこうして自分改造したってわけさ。見た目が変われば付き合えるってことだろ?」
なんかちょっとその子、大丈夫?美人局的な奴じゃない?失礼だけど。
「そっか!よかったな赤坂!進展したら教えろよな!」
「わかったわかった」
肘で小突いたりしながら二人は遊んでいる。ところでなんでこんな昨日に色々あったんだ?昨日ってなんの日だったっけ?
「やっぱりさ、プレゼントって大事だよな。気持ちだもん」
プレゼント?
「まぁ、お返しだからな。無いと失礼だろ」
お返し?
「ホワイトデーだしな」
ホワイトデー・・・
「ホワイトデー!!!!!」
「うおっ、急にどうした」
「忘れてた!!!!!」
ようやく本来の目的を思い出した俺だったが、それはまさに時すでに遅し、であった。




