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追いかけた先には

「だ、大丈夫?」


自室に戻った俺と春宮は向かい合わせるように座っていた。去り際に見せたあの東の悲しそうな顔が脳裏にこびりついて離れなかった。忘れようとあがくも今度は春宮の裸が出てくるものだから俺はもう体育座りをしながら顔を伏せていることしかできなかった。というか今の小学生って体育座りはもうしないってまじ?


「千夏ちゃん、たぶん勘違いしてるよね、私たちのこと」


「うん、だと思う・・・」


「いいの?このままで」


「え?」


「いいわけないよね?」


我ながら傲慢な考え方だと思う。口では春宮のことを好きだと言いながら東も秋野も不幸にはしたくないという。秋野の言葉を思い出す。幸せにできる人は一人だけ。そんなの分かってる。痛いほど分かってるつもりだ。でも。でも。


「私の知ってる藤宮はそんなことを放ってる人じゃないよ」


でも、ここで知らないふりをするのは違う気がする。


「行って。私はここで待ってるから」


ここで追いかけないでどうする。それが男ってもんだろ。行け。何も考えないで走ってしまえ。


「・・・ありがとう。ちょっと行ってくる」


「うん」


見送った春宮の顔は少し寂し気に見えたが、気にせず部屋を出る。すぐさま隣の部屋の呼び鈴を押した。部屋の扉は程なくして開いた。


「うわ、さっきの。えっと、なんだっけ、藤宮って人だっけ?」


東千夏に瓜二つなその女の子はそう言って扉を閉めようとした。


「いや!ちょっと待ってごめん!東は!?」


「東はあたしだけど・・・」


「あぁ、えっと、そうだよね、えっと、そう!姉の方!千夏の方!」


「お姉ちゃんだったらさっき出かけていきましたよ、どこに行くのか聞いても答えてくれなかったけど」


「そっか!分かった!ありがとう!」


「あ!ちょっと!」


東夏美の言葉を背中に受けながら走り出す。雨はすでに上がっており、足元の水たまりを避けながら俺は進んだ。頭の中で東がどこに行ったのか考える。コンビニかスーパー?いや買い物だったらすでに東夏美が済ませたと言っていたはずだ。買い物ではないとすれば。


もうすでに陽はとっぷりと暮れて路上を歩く人の姿も少なくなっている。こんな全力疾走をしている自分の姿を俯瞰で見ておかしくなる。ドラマみたいだな、なんて思いながら韋駄天の如く駆ける。そして、ついに東を発見した。


息を整えながら東に近付く。


「やっぱり来てくれたんですね」


「そりゃあ、あんな顔されたらね」


「よく分かりましたね」


「東のことだから分かるよ」


「なんですかそれ」


いつもの夜景が見えるあの公園に東はいた。あの時のようにベンチに腰を下ろして。


「隣、いい?」


「どうぞ」


東の許可を得てから隣に座る。そろそろ花粉が飛び始めるなぁと思いながら夜景を見てると、


「何か言いたいことがあったんじゃないですか?」


と東から言われ、ようやく当初の目的を思い出した。


「あ!そう!春宮が俺の部屋で風呂入ってたのは全然そういうんじゃないから!まだ!」


「まだってなんですか」


「いやなんか友達の家に家の鍵を忘れちゃったらしくて、で、その友達は旅行に行っちゃって鍵を回収できなくて、そんで、ほら、雨降ってたじゃん、濡れちゃったみたいで仕方なくうちで風呂に入ってたってわけ!先に東の部屋に行ったらしいんだけど、出かけてたみたいでさ!」


身振り手振りをつけながらそう説明する。


「必死過ぎませんか」


「なんか、東には勘違いされてほしくなくて」


身勝手だ。自己満足だ。自分勝手だ。でも東は悲しませたくなかった。好きとか嫌いとか関係なく。ただ悲しませたくなかったんだ。


「どういう、意味です?」


「なんだろ、なんて言えばいいのかな。東には泣いてほしくないんだ」


頭で考えるよりも早く口が言葉を繋ぐ。


「ヒーローみたいにさ、世界中の人間全部笑顔にさせることなんてできないよ?ヒーローじゃないしね?でも、周りの、自分の周りの人間くらいには笑顔でいてほしいって思うんだ。いや笑顔でいさせる。俺はそう決めてる。俺が笑顔にさせるんだ」


「笑顔になりたくない人がいたらどうするんです?悲しいことが起こって、笑顔なんて忘れちゃった人は」


「そんなのは知らん!俺が笑顔にさせるって言ってんだから大丈夫!」


「自分勝手過ぎません?」


「そう!自分勝手なんだよ。俺はね、俺が一番好きだ。だから俺がやりたいことは俺が一番応援してる。その俺がやるって言ってんだからやるんだ。そんな俺のことを好きでいてくれる人たちぐらいは幸せにしてあげないと」


こんなに熱弁したのはおそらく初めてだ。そしてこんなことを人に打ち明けるのも。


俺は東の両肩を掴み、目を見ながら真剣に言う。


「東、お前も例外じゃないんだ。俺が笑顔にさせてみせるから」


「ありがとう、ございます。でも私、人のことをお前呼ばわりする人は好きじゃないです」


「あぁ、ごめん!ちょっと言葉の拍子というか・・・」


「まぁ一回ぐらいなら許してあげます」


そう言うと東は少し顔を伏せた。


「・・・でも私、まだ笑顔じゃないです」


「俺にできることならなんだって言ってくれ。東の笑顔の為ならなんでもするぞ」


「じゃあ・・・キス・・・してください」


「・・・え?」


そう言うと東は静かに目をつむる。えっと、え?い、いいの?


受け手ではなく攻め手に変わった瞬間にキスというのはこんなに緊張するものなのかと思った。意を決して顔を近づける。東の長いまつげがみるみるうちに近くなり、俺たちの唇は小さく触れた。


顔を離すと、東の顔はぱっと明るくなり、


「藤宮さんからキスしてもらっちゃったー!」


と、その辺を飛び跳ねて喜んだ。


過剰では?と思ったが、その姿がほんとに可愛らしくて俺は東から目を離せなかった。

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