ストレートな拒否はコミュ障には効きすぎる
この時、挙動不審という言葉はまさに俺の為にあった。
おかげで講義には身が入らず、心ここにあらずで気付いたら講義は残り5分を切っていた。その間、何を考えていたかというと、どうやって話しかけようかというただそれだけだった。
その既視感のある背中はまさにお隣さんのその背中だったからだ。
後ろ姿なんて髪型と服装が似たようなものであればみんな一緒じゃない?
誰だお前、もう一度言ってみろ。あの背中は俺が一目ぼれしたと言っても過言じゃない背中だ。そんな俺が間違えるとでも?
話しかける必要は確実に無い。ほんとに人違いかもしれないし、ただお隣さんだからというだけで話しかけてよいという判断材料にはならない。なんならしこたまキモい。それはもう擁護できないレベル。ただ、大学が始まったという悲しみからか、一周回ってちょっとハイになっていたのかもしれない。それに俺はもしできるのであればお隣さんとお近づきになりたいのだ。そしてあわよくば、付き合いたい。この童貞人生に終着を迎えたいのだ。
講義終了のチャイムが鳴る。
もしかしたらまたどこかで会えるかもしれない。話しかけるチャンスはまだあるかもしれない。でも俺は決めたんだ。もう先延ばしにはしないって。タオル?その件はもう忘れた。
お隣さんは颯爽と部屋から出ていく。
その背中に、一目ぼれしたその背中に、俺は話しかける。
「お、お隣さんですよね!?!?」
声のボリュームを間違えた挙句に声も裏返った。俺という人間はほんとになんでこんなにダメなんだ。室内に残っていた人間の目が一斉に集まる。その視線に気づかないふりをして真っすぐその背中を見る。もしかしたら顔が赤くなっていたかもしれない、汗だって大量に出ているのが分かる。
その背中はすっとこちらを振り返った。その可愛らしい顔立ちに、少なくとも人違いではないことに安堵し、ほっと息をつく。彼女は静かにこちらに歩み寄りって、え、まってどこで止まるの、ずっとこっちに来るんだけど、もしかしてもうキスされるの?まって色々早い、しかもこんなに人が多いところで?俺のファーストキスがこんなところで無くなるなんt
「14時、第二教室で待つ」
彼女は俺の耳元でそう告げた。2歩ほど後ずさって俺にニコっと微笑んでから踵を返し部屋を出て行った。その一連の出来事に周りがざわざわとし始める。俺は我に返り、すぐさまその教室を後にした。
告白されるのかなぁ。
食堂で一番安いかけそばを食べながら俺は淡い期待に胸を膨らませていた。というか、すごいいい匂いがした。もしかしたら服に匂いがついているかもしれないと嗅いでみたが、もちろん香ることはなかった。今日はもうすべての日程が終了したのでこのまま帰れるわけだが、あんなことを言われたら14時までいるしかない。緊張で脈打つ心臓を宥めながらただひたすら時間が過ぎるのを待った。
絶対に遅れてはならないという思いから14時の30分前には俺はその教室にいた。午後からは空いているようで誰もおらず、少し離れた場所にあるためか、すごく静かで世界に俺しかいないみたいだった。いやでもこれから俺一人じゃなく二人になるのか、ふへへ、と邪な考えが頭をよぎる。基本的に楽天家なのだ。
14時を少し過ぎた時、扉がガラッと開いた。心臓が破裂するほど高鳴った。
「お待たせ」
彼女はペットボトルのお茶を片手に現れた。
まごうことなき彼女だ。俺の心臓はさらに鼓動を早める。静まれ俺の心臓。
「あんまり勘違いしないでほしいんだけど」
なるほど、今はそんなツンデレな口調で告白はされるんだな、どんな言い回しをされても俺はOKするんだからさっさと言ってほしいのに、いじらしい子だな。
「あんたとは部屋が隣ってだけで、友達でもなんでもないんだからあんまり気安く話しかけないでほしいんだよね」
心臓がすっと鼓動を弱めるのが分かった。
「なんか見覚えあるやつがいるなぁって思ってた。そしたらそいつは隣の部屋の住人だって気付いた。そりゃそうよね、あんな短時間に私に二度もぶつかってくるやつなんて忘れるはずがないもの。でもどうか、できるなら私のことは忘れてほしい。そして、二度と話しかけないで。私の大学生活を壊さないで」
あれ?心臓?そこまで弱めなくていいんだよ?鼓動止まったら死んじゃうって知ってる?
「全部言わなくても分かるよね?隣に住んでる人と一緒の大学なんて知られたくないの。どんな噂が立つのか容易に想像がつくわ。いい?もう一度言う。もう、二度と、話しかけないで。あんたの印象は最悪なの。友達にもなりたくないわ」
ふんっと言って彼女は出ていく。
俺は放心状態のまま、その場で立ち尽くすしかなかった。