オフホワイトの告白
「くそっ、どこに行ったんだあいつは」
キャリーバッグを引きずっていたということはまだこちらに引っ越してきたわけではないのだろう。アパートの下見か何かで来たんだ、そこで俺を見つけて話しかけてきたと予想する。だからこの辺にはそこまで詳しくないはずだ。俺は闇雲にその辺りを回りながらあいつの姿を探した。
そこでふと記憶が蘇った。そういえばあいつは、家では俺を目の敵としていたが外ではあまり無かった気がする。普通の、どこにでもいる女の子だった。家に帰れば豹変していたから当時は「今日は機嫌がいいな」としか思わなかったが。
そういえば外で会うときはだいたい俺が友達と会っていた時だったっけ。あれにもなにか意図はあったんだろうか。
記憶を一つ思い出すと、するするとそれに続くようにどんどん思い出が紐解かれていく。そういえばあいつは何か嫌なことがあると近くの山に登ってぼーっと景色を眺めていたっけ。
それを知っていたから俺はよくあいつを追って山を登った。嫌なことがあったときは人に話せばいくらか楽になるものだ。俺でも力になれるかと思い、よく隣に座ったものだった。まぁその時も俺を足蹴にしていたのだが。でもそれ以上、何もしなかったし、言わなかった。どちらも喋らないまま並んで景色を眺めた。その時間は、あいつとの時間の中で一番好きなものになった。
俺の足は近くの展望台へ向かっていた。以前、東と一緒に来たときは人が多すぎて出戻る形になったその場所だ。もうあいつの行きそうなところなど分からない。ここにいてくれればいいのだが。
エレベーターが最上階へ到着し、扉が開く。夜とは違い、人がまばらなその場所で見知った背中を見つけた。いつものあの丸くなった背中だ。山を登ったときに見えるあのどこか寂しそうな背中がやっぱりそこにあった。
何も言わずに隣に座る。美冬はこちらを一瞥ともせず、階下の景色を眺める。ここだけ、あの山に時間が戻ったような感覚に落ちる。周りの雑音が次第に音を無くしていく。あの山みたいに二人しかいないようだった。
「ひどい言い方をして、ごめん」
しばらく二人でそうしたあと、俺は静かにそう零した。美冬は何も言わなかった。
「今日来てたのか?言ってくれれば案内したのに」
「・・・うるさい」
「ごめん」
いつもの強気な態度とは裏腹にずいぶん弱くなってしまっている。完全に俺のせいだが。でも俺の知ってる美冬はあんなことを言われたらすぐさま言い返していたと思う。どこか違和感があった。
「びっくりさせようと思った」
「え?」
「サプライズして、あんたの家に行ってやろうと思ってたの」
「あぁ、そうだったんだ」
俺が家にいなかったらどうしていたんだろう。
「この街に来るのは初めてだったから、ちょっと舞い上がってた。ほら、私たちの家ってすぐ近くに山があるでしょ?だからこんなに海が近いのがちょっと嬉しくて。でも少しだけ寂しかった。誰も知らないから」
身に覚えがあった。俺もそうだった。誰も俺のことを知らない街。誰も知ってる人がいない街。新しくできるであろう交友関係に胸を躍らせながらもどこか不安が常に付きまとっていた。
「だから歩いてる時にあんたを見つけた時は嬉しかった。あぁこの街にも知っている人はいる、この街でもやっていける、そう思って嬉しくなっちゃった」
だからちょっと舞い上がっちゃったのか。
「こっちこそ、ひどい言い方をしてごめん」
美冬はやっぱりこっちを見ることもなく、小さく頭を下げた。
「いいよ、世界で一人の俺の妹だもん」
俺はそう言って美冬の頭を撫でた。久しぶりに撫でたその髪は当時と何も変わってなかった。
「さぁ、帰るか。今日泊まり?それとも日帰り?いい飯屋知ってるから連れてくぜ」
俺は立ち上がり、美冬を促した。美冬も何も言わずに立ち上がった。すごすごと後ろをついてくる。ちょうど到着したエレベーターに二人で乗り込む。
二人きりになった途端に美冬が口を開いた。
「それさ、もうやめない?」
「それ?どれ?」
「妹、ってやつ」
え、勘当?戸籍外されるってこと?
「え、なんで?」
「あんたと同じ大学に入ったのも、あんたと同じ街に来ると決めたのも、全部それを辞めるためなんだ」
俯きながらも美冬は続ける。
「家族でも、血が繋がってないんだからいいよね」
「え?」
そう言う間もなく、美冬の顔が近付いてきた。避けることもできないまま、俺の唇に柔らかい感触が触れる。それは一瞬のようで、しかし長くもあって。美冬の唇が離れる瞬間にエレベーターは一階に到着した。
俺が呆然としていると、美冬はとびきりの笑顔で、
「さっきお店で言ったこと、嘘じゃないよ。私はあんたのことが好き。あんたの彼女になりにきたの」
エレベーターから降りた美冬はこちらを振り向いて言った。
「これからよろしくね」
俺はその場に立ち尽くすことしかできなかった。




