中途半端な知り合いはもう知り合いじゃない
結局、4個分のチョコのお返しを考えねばならなくなった俺はしかし何も思いつくこともなく日々を過ごしていた。いっそ、お返しなんてやめてしまおうか。そんな考えが頭をよぎるが、すぐに振り払う。彼女たちもそれ相応の勇気を振り絞ったことだろう。それに応えなければ男が廃るというものだ。
食堂でうどんを啜っていると、目の前から微妙に知り合いのような人が歩いてくるのが見えた。目が合いそうな気がしてすぐに逸らす。どこかで見たような気がするが、全然思い出せない。相手にとって、名前を忘れられるなんて失礼この上ないことだ。そしてコミュ障にとってはそんな、どこかで会ったような気がするけど全然知らないって人が一番厄介なんだ。話が思いつかないから。
まぁわざわざ俺に話しかけるようなやつなんてそこまでいないだろう。どうせ後ろの人とかに用があってたまたまこちらを見ているような気がするだけだ。これで手を挙げて挨拶でもしようものならやっぱりその相手は俺ではなくて傷つくだけだ。知らないふり知らないふり。
そんな俺の思いはあっけなく空を切り、その女性は俺の前に座ったのだった。「よっこいせ」とか言いながら。
待て待て待て待て。誰だこの人。ほんとに知らないぞ。見たことはあるとはいったが、たまたまどこかですれ違っただけかもしれない。そんな程度の知り合いかもしれない。そんな人にこちらから切り出す話題なぞあるわけがないぞ。
その女性はこちらを向いた。
「お久しぶりね、藤宮くん」
名前バレしている。ワンチャンもしかしたら席が空いているのがここしかなくて座っただけかもしれないと思っていたが、完全に俺に話しかけてきている。周りを見ると、昼の時間を少しずらしたおかげで人はまばらだ。やはり俺に話しかけているのか。未だ思い出せないけど。
俺がなんと言えばいいか決めかねていると、その女性は、
「あ、やっぱり覚えてない?私、遠藤だよ。遠藤桃子」
遠藤?いやそんな知り合いはいないはずだ。うどんを啜る手を止め、必死に脳内で検索をする。しかしそこに出てくるのは検索結果無しという文字。だめだこれ、使い物にならん。
「えー!あれだよ、大輔の彼女の!一回飲み会したでしょ!?」
古典的漫画表現を使うならば俺の頭の上に電球が現れ、勢いよく点灯していたことだろう。あぁ、そういえばそんな人もいましたね。
その正体が分かったところで俺の口から「おー!久しぶりだね!元気だった!?」と陽キャよろしく言葉が出てくることなどあるわけがない。せいぜい「ひ、ひさしぶり」と挙動不審になるぐらいのものだ。
「ひ、ひさしぶり」
なった。挙動不審だった。裏切らないコミュ障ぶりに万歳。
「私、回りくどいのとか嫌いだから率直に聞くね!春宮さんからチョコ貰った?」
なんで知ってんだこいつ。
「も、貰ったけど」
「あー!そうなんだやっぱり!よかったねぇ!」
馴れ馴れしいなこいつ。ちょっと坂口に似ているような気がする。
「あの子は?千夏ちゃんは?」
どこまで人の人間関係を知っているんだ。怖くなってきたぞ。
「も、貰いました」
「すごい!千夏ちゃんやるなぁ!」
なにこれ、尋問?そしてなんで俺は正直に答えてしまっているんだ。
「あとはー、秋野さんとか?」
めちゃくちゃ知っとるやん。なんなのこの人怖い。
「いいだろ。そ、それ以上は」
「教えてよー!知りたいんだよう!」
しかもしつこい。嫌いなタイプだ。さっさと答えてさっさと消えてもらおう。
「・・・貰ったよ」
「おおー!藤宮くんモテモテだねぇ」
遠藤は胸元のポケットから手帳を取り出してなにやらメモをしている。趣味なの?
「ありがとう!調査終了だっ!ちゃんと正直に答えてくれた君に情報を授けよう!」
調査終了?なにいってんだほんとに。頭湧いてんのか。
「彼女たちの誕生日、知りたくない?」
し、知りたい!それは知りたいぞ!そういえば知らないじゃん誕生日!サプライズできるじゃん!!!
「知りたいです!!!」
調査という言葉などすっぽり頭から抜けた俺は遠藤に詰め寄った。
「よろしい。では教えてしんぜよう。まずは春宮さん、4月12日。千夏ちゃん、7月19日。最後に秋野さん、11月15日。プレゼント、忘れるなよっ!」
矢継ぎ早に言われたものだから脳内にインプットするのに必死だった。
「それじゃあねっ、いいホワイトデーを!」
遠藤はもうこれ以上聞きたい情報は無いと言わんばかりにすぐに席を立って歩いて行った。本人に聞くに聞けない誕生日の情報を手に入れた俺は上機嫌になりつつ、伸びきったうどんを啜り始めた。調査という言葉がのちのちにあんなことになることなど露とも知らずにだ。




